‡Azure‡ さん プロフィール

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‡Azure‡さん: ‡Azure‡のbaseball日記-HYPER-
ハンドル名‡Azure‡ さん
ブログタイトル‡Azure‡のbaseball日記-HYPER-
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/starflushcocoa/
サイト紹介文画像・動画数No.1の高校野球ブログ。読者の皆様に満足して頂けるようなブログを目指して日々更新中。
自由文名勝負、トリビア、野球選手の紹介などがメインです。名勝負は、懐かしい試合から最近の試合まで幅広く取り扱っており、オールドファンの方にも楽しめるような内容になっております。野球選手は、プロ入りをしていない選手に焦点を当てた内容になっており、当ブログで最も人気が高いカテゴリーです。他にも甲子園トリビア、古豪・強豪校の紹介、高校野球ニュース、クイズなど、盛りだくさんの内容で更新しております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2014/06/19 15:46

‡Azure‡ さんのブログ記事

  • 185.本当にあった⁉? 球児を巻き込んだ高校野球の不祥事事件④
  • 1971年春、選抜出場校に選出された北海ナインは3月13日の早朝、甲子園に向けて出発した。札幌駅では盛大な壮行会が行われ、選手たちは函館行きの列車に乗り込んだ。しかし、その裏で学校では、不祥事が発覚していた。一般の2年生生徒による3年生への暴力事件で、被害者の3年生が入院。各新聞社にも知れることになっていた。函館に到着し、青森への青函連絡船に乗り込んだ選手たちは、学校で甲子園出場を辞退するか職員会議が行われ [続きを読む]
  • 184.史上3人目のサイクル安打達成、2死無走者からの大逆転劇
  • ※2本立て記事の2つ目PL学園を崖っぷちまで追い込んだ「雑草軍団」の夏から7年後、秋田県勢は再び大阪府勢と対戦することになる。1991年夏、3回戦で萩原誠(のち阪神→近鉄→日本IBM野洲)、背尾伊洋(のち近鉄→巨人)を擁する大阪桐蔭と秋田が対戦した。大阪桐蔭の先発・背尾投手秋田のエース・菅原朗仁(のち武蔵大)1回裏、秋田は菅原勇輝(のち東北福祉大→川崎製鉄千葉)の右越え本塁打などで3点を先制すると、投げては菅原朗投手が [続きを読む]
  • 183.優勝候補を崖っぷちまで追い込んだ、「雑草軍団」の夏
  • ※2本立て記事の1つ目1984年夏、準決勝で桑田真澄(のち巨人→パイレーツ)、清原和博(のち西武→巨人→オリックス)、岩田徹(のち三菱自動車水島)、松山秀明(のち青山学院大→オリックス)、内匠政博(のち近畿大→日本生命)、今久留主成幸(のち明治大→横浜→西武)を擁するPL学園に、みちのくの無名校・金足農が挑んだ。金足農のエース・水沢博文(のちプリンスホテル→TDK)PL学園のエース・桑田投手前年夏の王者・PL学園と「KKコンビ [続きを読む]
  • 182.二十四の瞳、部員12人の無名校が掴んだ笑顔の準優勝
  • 1977年春、市川幸輝監督の下、わずか12人の戦力でありながら初の甲子園となる中村は見事、準優勝を果たした。初々しく、はつらつとした戦いぶりで甲子園に鮮烈な印象を残した。中村のエース・山沖之彦(のち専修大→阪急→阪神)191cmの長身右腕・山沖投手を中心に、1976年秋に快進撃を見せた中村は高知大会を制し、四国大会で準優勝。翌1977年の選抜出場を確実にした。当時は選抜のベンチ入りが14人だったため、四国大会準優勝後に [続きを読む]
  • 181.痛恨の一発、ゴジラ松井と勝負した竜ヶ崎一のエース
  • 「この季節は、いつも私が打たれてる映像が流れる」「夏の甲子園の松井のホームランはそれしかないはずです。だから、この季節はいつも私が打たれてる映像が流れて…」1991年夏、竜ヶ崎一のエース・藁科智尉は3回戦の星稜戦の前、メンバーにこう宣言した。「700号は俺が打つ!」公式戦の本塁打数は0であったため、メンバーの反応は冷たかったが、藁科投手は本気だった。3回裏、藁科投手は甘く入った高めの直球をフルスイングし、レ [続きを読む]
  • 180.勝利目前から痛恨の悪送球、1つのエラーに泣いた夏
  • 1987年夏、1回戦で徳山と東海大山形が対戦した。徳山のエース・温品浩(のち青山学院大)東海大山形の先発・増田英之(のち住友金属鹿島)試合は温品、増田両投手ともに6回まで得点を許さず、息詰まる投手戦となった。7回裏、6回までわずか2安打に抑えられていた徳山は、1死から靏本がレフトのグラブをかすめ、スタンドに入る幸運な本塁打で先制点を挙げた。1-0と徳山がリードしたまま迎えた9回表、東海大山形は1死後、宝角が左中間に3 [続きを読む]
  • 178.戦国武将も驚く⁉? 変わった名前の球児たち
  • 近年、甲子園で変わった名前の球児を見かけることが多い。1990年春、北陽(現・関大北陽)の背番号12は、戦国武将っぽい名前を持つことで有名になった。その名も太田平八郎忠相(おおた・へいはちろうただすけ)兄の孔子郎信忠(こうしろうのぶただ)も1988年春に背番号13でベンチ入りを果たし、1回戦の山田喜久夫(のち中日→広島→阪神)を擁する東邦戦で代打出場。山田投手からタイムリーを放った。ベスト8入りをかけた2回戦の玉野光南 [続きを読む]
  • 177.ナインの奮起を促し優勝、魔法の言葉で奇跡の逆転
  • 1990年夏、南竜次(のち日本ハム)、谷口功一(のち巨人→近鉄→オクラホマ→サーフ→ジャクソンセネターズ)を擁する天理は1回戦で鈴木一朗(のちオリックス→マリナーズ→ヤンキース)、伊藤栄祐(のち近鉄)を擁する愛工大名電に6-1で快勝し、2回戦で成田と対戦した。成田のエース・猪俣広(のち東洋大→川口球友クラブ)3回表、南投手は1点を先制されてしまう。また、打線も猪俣投手に6回まで無安打無得点に抑えられ、苦しい試合展開にな [続きを読む]
  • 176.強気のサイドスロー投手、一球に泣いた尽誠学園のエース
  • 尽誠学園のエース・森本裕治の持ち味は、サイドハンドから繰り出される切れのよいストレートとスライダーである。1998年夏、当時2年生だった森本投手はエース番号を背負い、甲子園に出場。1回戦で市立船橋と対戦した。1回表、尽誠学園は妹尾の右中間を破る適時打で1点を先制したが、市立船橋のそつない攻撃に森本投手は逆転を許してしまう。その後、木村昇吾(のち愛知学院大→横浜→広島)の同点タイムリー、田中浩康(のち早稲田大 [続きを読む]
  • 174.2017年春の選抜優勝候補は⁉? ドラフト候補、注目選手を探る
  • 第89回選抜高等学校野球大会が今年の3月19日から開催される。組み合わせ抽選会は3月10日に行われ、入場行進曲は星野源の「恋」に決定した。☆21世紀枠(3校)☆不来方(岩手・初出場)中村(高知・40年ぶり)多治見(岐阜・初出場)☆初出場校(2校)☆至学館(愛知)市呉(広島)*北海道*札幌第一*東北*盛岡大付仙台育英*関東・東京*作新学院前橋育英健大高崎東海大望洋早稲田実日大三*東海*静岡至学館*北信越*高岡商福井工大福井*近 [続きを読む]
  • 173.本当にあった⁉? 球児を巻き込んだ高校野球の不祥事事件③
  • 2008年夏、第90回全国高校野球選手権記念大会に群馬代表で出場を決めていた桐生第一の2年生野球部員が強制わいせつ容疑で逮捕された。この事件に対し、高野連は全国理事会の冒頭、一般審議事項に先立って審議した。各理事から「あってはならない事件」などと厳しい意見が出たが、近年の部員の個人的な非行に対する審査方針に沿って出場が決定。出場辞退という最悪のケースには至らなかった。脇村会長は「野球部員が関与したことを [続きを読む]
  • 172.雨中に散った怪物、1大会最多奪三振を記録
  • 2016年夏、決勝戦で作新学院が北海を7-1で下し、54年ぶり2度目の優勝に輝いた。作新学院のエース・今井達也作新学院のエース・今井投手はスリークォーターからMAX152km/hの直球とスライダーが最大の武器であり、2回戦の尽誠学園戦で完投勝利を記録。また、準々決勝の木更津総合戦では3-1で早川投手に投げ勝った。決勝も最後まで一人でマウンドを守り切り、132球の力投で深紅の優勝旗をチームにもたらした。ところで、作新学院とい [続きを読む]
  • 170.少数部員で挑んだ夏、甲子園出場で乗り越えた廃部危機
  • 1966年夏、甲子園出場を果たした塚原は1988年に校名が塚原青雲に変わったが、1999年から生徒が減少し、経験難に陥ったことから、体育コースを廃止。野球部寮も2002年春に閉鎖されることになった。部員は3年生が13人、1年生が4人であり、3年生が卒業すれば、もちろんチームは組めなくなってしまう。何とか野球部を存続させたいと願う羽鳥監督は、「学校や卒業生のためにも甲子園に出よう」と部員たちに檄を飛ばした。甲子園に出場す [続きを読む]
  • 169.2016年夏の甲子園の見どころは⁉? 夏の甲子園開幕直前特集
  • 第98回大会の組み合わせ抽選会が4日、大阪市にあるフェスティバルホールで行われた。☆抽選結果☆史上8校目の春夏連覇を目指す智辯学園は、1日目の第2試合で初出場校の出雲と対戦。また、出場校の中で最も前評判が高い寺島投手を擁する履正社も初出場校の高川学園と対戦。さらに、埼玉大会6試合無失点52奪三振、防御率0.00で甲子園出場を決めた高橋昂也を擁する花咲徳栄も初出場校の大曲工と対戦することが決定した。ちなみに、1回 [続きを読む]
  • 168.龍谷がまさかの出場辞退⁉? リベンジを果たせなかった最後の夏
  • 2015年夏、龍谷は1回戦で成田翔(のちロッテ)を擁する秋田商と対戦した。中でも身長160cmと小柄なサウスポー投手・池田智浩は当時2年生であったが、5種類の変化球を繰り出す技巧派として注目を浴びた。チームの悲願である「夏1勝」を託された池田投手は小柄な身体を目いっぱい使い、119球を投げ切った。秋田商のエース・成田投手との投げ合いは、甲子園のファンをうならせた。初回、池田投手はいきなり先制を許したが、その後は低め [続きを読む]
  • 167.懐かしいあの甲子園球児は今、Ab日記2周年記念
  • 旧ブログの内容+α1998年春、京都西(現・京都外大西)の三好剛(のち近畿大)が、選抜史上初となる手話交じりの選手宣誓を行った。開会式で選手宣誓することが決まった時、エースの山口から「手話でやったらどうだ」と勧められたのがきっかけだった。学校関係者から紹介された日本自立生活センター・ワークス共同作業所の牧野正和氏から4日間の特訓を受け、前日のリハーサルでは一部間違えることもあったが、本番では完璧にこなし、 [続きを読む]
  • 165.帽子に書いた「闘争心」、4強入りの原動力となった鳥羽のエース
  • 鳥羽のエース・谷口豊は選抜前、全くの無名選手であった。秋の公式戦の防御率は2.62と普通であり、注目が集まったのはバッテリーを組む捕手の近澤昌志(のち近鉄→楽天→シルバーソックス)だった。しかし、1回戦の埼玉栄戦で「今までこんなに緊張したことがないくらいガチガチだった」と言っていたが、5安打2失点の好投で初勝利を挙げた。初回に里井の2塁打、中井の3塁打などで4点を先制し、試合の主導権を握ると、7回にも小鑓の3塁 [続きを読む]
  • 164.1イニング2本塁打で同点、落球でまさかのサヨナラ負け
  • 2008年春、2回戦で下関商と履正社が対戦した。下関商は8回を除き、毎回走者を出したが、履正社のエース・三村庸平(のち青山学院大→ミキハウスREDS)から決定打を奪えなかった。8回まで0行進が続き、このままズルズルいってしまうかに見えたが、予想外のドラマが待ち受けていた。9回表、先頭の西村が2ボール2ストライクから左翼ポール際に大会第1号となる本塁打を放ち、2-1と1点差にまで迫る。次打者の岡田は中飛に倒れたが、今度は [続きを読む]
  • 163.手に汗握る投手戦、死闘の熱戦は延長15回で決着
  • 1995年夏、3回戦で飯田雅司(のちロッテ)を擁する敦賀気比と花田真人(のち中央大→ヤクルト)を擁する柳川が対戦した。敦賀気比のエース・内藤剛志(のち駒澤大→JR東海)柳川のエース・花田投手試合の内容に入る前に、柳川のベンチには、史上初めてベンチに入った女性として注目された高木功美子部長がいた。剣道4段という輝かしい実績を残していたが、野球についてはスコアブックの付け方はもちろん、ルールすらもよく知らなかった。 [続きを読む]
  • 162.伝統の全員野球が支える、兵庫の強豪・報徳学園
  • 春の選抜は20回出場し、優勝2回、夏の甲子園は14回出場し、優勝1回と好成績を収めている。また、学校が西宮市にあるため、地理的にも甲子園に最も近い学校である。数々のドラマティックなシーンに関わっており、「逆転の報徳」という異名を持つ。☆伝統の全員野球が「逆転の報徳」を支える☆報徳学園の粘り強さを支えているものは「全員野球」である。時々傑出したヒーローは出現するが、基本的には全員が一丸となった野球で”一戦 [続きを読む]
  • 161.春の悔しさを糧に4強入り、リベンジを果たした育英のエース
  • 育英のエース・橋本剛にとって、2000年春の選抜は悔しい結果となった。開幕試合に登場した育英は、國學院栃木と対戦。1回表、國學院栃木は先頭の柄目が犠打安打で出塁。動揺した橋本投手は攻められ、この回3失点。その裏、育英も1死から走者を出したが無得点に終わり、リズムに乗り切れないまま試合は進行。後半の追い上げも及ばず、10-6で初戦敗退となった。「初回のプレーが全てでした。今思うと初めてのバントがセーフになった [続きを読む]