時計じかけの脳梗塞 さん プロフィール

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時計じかけの脳梗塞さん: 赤坂の思い出
ハンドル名時計じかけの脳梗塞 さん
ブログタイトル赤坂の思い出
ブログURLhttps://akasakanoomoide.muragon.com/
サイト紹介文昭和30年代の東京赤坂の思い出を書きます。旧住居表示で現在の場所も特定。
自由文赤坂田町 赤坂一ツ木町、赤坂表町、赤坂台町、赤坂丹後町、赤坂氷川町、赤坂檜町、赤坂福吉町、赤坂中ノ町、赤坂新町、赤坂新坂町、元赤坂、赤坂溜池町、赤坂傳馬町、麻布霞町、麻布笄町、永田町、平河町、紀尾井町などの町名が出てくると思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供411回 / 365日(平均7.9回/週) - 参加 2014/07/19 17:25

時計じかけの脳梗塞 さんのブログ記事

  • ホッとするロック(癒し)
  •  60年代もちょっと想起させるホッとするロック(ポップス)を挙げてみます。  ほんわか系のサウンドですね。 Peter, Bjorn & John"Young Folks"  アメーバピグでDJをやってた時に偶然知った曲です。 masha qrella goes broadway-talk to the trees  タワレコで買いました。2009年発売。 Papercuts - Dict [続きを読む]
  • 黒い水
  •  L-システイン錠(二日酔い予防)とビタミン剤を1錠ずつ飲みこんだ。のどに引っかかりそうだったが、ゴックンとやった。  ああ、飲みこめた。  部屋の家具が少ないなと思った。こっちは和室の6畳だが、あっちの部屋は洋室の8畳だ。部屋からわずかに商店街が見える。  8畳の洋間を覗いたら部屋のど真ん中に丸い便器があった。黒い水があふれ出ている。便器の真下に排水溝があるので、黒い水はそこに全部流れ込んでいる [続きを読む]
  • 鏡に照らす   島田忠臣
  •  島田忠臣は828年に生まれました。祖父の清田は『経国集』の詩人で、忠臣自身は菅原道真の父是善の門下生でした。忠臣の娘は菅原道真の妻になっています。  鏡に我が身を照らして「照鏡」は明鏡の意もありますが、ここは、「照」を動詞に読みます。    照鏡        鏡に照らす  勿論同人與異人   論(あげつら)ふこと勿(なか)れ  鏡中鏡外兩般身   鏡中鏡外(きょうちゅうきょうぐわい) 両般(り [続きを読む]
  • み空  金延幸子
  •  金延幸子は日本の女性シンガーソングライターの草分け的存在です。  CDアルバムは持っていますが、全体的なボリュームが小さく今イチ印象が薄い。金延自身ははっぴいえんどの「ゆでめん」が好きだったというのでアオイスタジオでアルバムは録音したのでしょう。  2004年のインタビューによると、「ゆでめん」はバンドの音だけど「風街ろまん」は個々のサウンドになっているので「ゆでめん」のほうが好きだということで [続きを読む]
  • 送り火迎え火・盆灯籠・玉菊灯籠
  •  迎え火  迎え火  江戸では身分の高い武家や筋目の高い町家では、魂迎えをするために、各々の檀那寺へ行きます。墓前に灯火をささげ礼拝をして、まるで生きた人を迎えるように、家紋のついた弓張提燈をともして道の上を照らし、魂迎えをしました。  一般の町家では、主人が着流し羽織姿で、家の者と一緒に玄関までお迎えをします。その際、門口では焙烙(ほうろく)の上に苧殻(おがら)をのせて焚きました。これを迎え火と [続きを読む]
  • 江戸の月見
  •  『江戸自慢』には以下のような記述があります。  「八月十五夜、九月十三夜も同様ニ而、芋、枝豆、団子を備へ、片月見る事を嫌ふ。団子の形?丸くして大小二品を備へり。月の大小ニ像るにや。月?本来形丸ければ、丸く製する?相応に而面白し。若山ニは本太く末劣り、男児の陽物ニ似て、五月の団子ニ同じ製なり。月は陰なれど中ニ桂男の住めバ、かゝる形にせしは無理ならねど、五月八月、夏秋の季節も異なれバ、節句と月見のけ [続きを読む]
  • 少年ブーバーの馬との出会いの体験
  •  ドイツのユダヤ系学者マルティン・ブーバーの少年時代の体験について山口一郎氏が論じた文章を抜粋してみます。  ブーバーは11歳の少年のころ、祖父母の経営する農園で夏休みを過ごしました。そのときのエピソードは自分とは全く違った「汝」に触れる体験として大人になって何回となくふり返られ文章にされました。  少年は馬小屋にこっそり忍び込み、自分の好きな馬のたてがみを撫でたのです。  それは少年にとって親密 [続きを読む]
  • 泉涌寺雲龍院の小松院古廟に春遊す   一休
  •  一休宗純(応永元年1394年生まれ)の漢詩を紹介します。     泉涌寺雲龍院の小松院古廟に春遊す  定中唯有白頭僧    定中(じょうちゅう) 唯だ白頭の僧有れど  何記鑾與鳳輦曾    何ぞ鑾與鳳輦(らんよほうれん)の曽(むかし)を記せん  天上風流泉下魄    天上の風流 泉下の魄  松梢寒月廟前燈    松梢の寒月 廟前の灯  泉涌寺  雲龍院 鑾與鳳輦=雲龍院御幸  鳳輦   〈大意〉 [続きを読む]
  • 涼州郊外遊望   王維
  •  王維は699年の生まれで、李白より2歳上です。  「涼州郊外遊望」という詩を挙げてみます。   涼州郊外遊望  野老才三戸    野老(やろう) 才(わずか)に三戸(さんこ)  邊村少四鄰    辺村 四隣少なし  婆娑依里社    婆娑(ばさ) 里社に依り  簫鼓賽田?    簫鼓 田神(でんしん)に賽(さい)す  灑酒澆芻狗    酒を灑(そそ)ぎて芻狗(すうく)を澆(ぬ)らし  焚香拜木人 [続きを読む]
  • 夏日?詠   梁川(張)紅蘭
  •  梁川紅蘭は梁川星巌の妻です。中国風に張紅蘭とも名乗っていました。19世紀初めの生まれで、文政七年(1824)の21歳作の「夏日?詠」を紹介します。    夏日?詠       夏日?詠  倦抛鍼線慵重理   倦みて鍼線を抛(なげう)ちて 重ねて理するに慵(ものう)し  汗珠透衣睡方起   汗珠(かんしゅ) 衣に透(とお)りて 睡りより方に起く  沙焦金鑠午逾熱   沙焦(すなこ)げ 金鑠(と)け [続きを読む]
  • チーマーたちの共同生活
  •  渋谷を散歩していた。センター街のルノアールあたりで小競り合いが起こっている。すごいケンカだ。間近で見るのは初めてだ。ヤバい、死傷者が出そう。  破落戸(ならず者)の一人がぼくに近寄ってきて、  「お前、金目のもの持ってるか?」  と訊いてきた。  「ダイヤならあるよ」  「よし、ついてこい」  ぼくは、少し離れた路地の隅に連れていかれた。西武へ抜ける路地だ。そこで外国人がポツンと立っていた。29 [続きを読む]
  • 納涼船遊び 屋形船 花火大会
  •  両国川開きの花火見物は船宿の船が数日前から皆売り切れとなり、当日は川を埋めた船づたいに向こう岸まで歩いていけると言われたくらいでした。  風流の遊客は隅田川の川上から笙、篳篥を吹いて楽しむ者や、碁、将棋を打つ者がいました。  文政四、五年ころから屋根船で銅鑼、拍子木を打ち鳴らしたり芝居のモノマネをする者(蔭芝居)がいました。  壱両が花火間もなき光哉 其角(五元集)  川涼み小判流せし其噂さ 抱 [続きを読む]
  • 夏日の作   梁田蛻巌
  •  梁田蛻巌の夏日作を紹介します。   夏日作      夏日の作  風簾揺返照   風簾(ふうれん) 返照(へんしょう)を照らす  柯影舞如人   柯影(かえい) 舞いて人の如し  石鼎茶前水   石鼎(せきてい) 茶前(ちゃぜん)の水  衣桁浴後巾   衣桁(いこう) 浴後の巾(きん)  琵琶湖すだれ  柯影=風簾に映る枝の影  石鼎=石造りのかなえ。湯を沸かすのに用いる。  衣桁=ころもかけ。 [続きを読む]
  • Mandy Morton マンディー・モートン
  •  さっきコップを洗うときにBGMに使っていた古いiPodの中に聴き覚えはないものの、何だコレと思ういい曲がありました。  目を凝らして見るとMagic Ladyとあります。CDを探しましたが見つかりません。  YouTubeで検索したらMandy Mortonが出てきました。見覚えのあるジャケット。  なんで無いんだろう。CDを何十枚も売るとき何となく女性ヴォーカルの写真の写りが悪かったんだなと思 [続きを読む]
  • 港区の歴史 その2
  •  『港区の100年』などから抜粋します。  古川の洪水:明治41年9月29日に渋沢栄一の長男・篤二が撮影した写真が残っているそうですが、見つかりませんでした。二の橋から撮ったものらしいです。  西久保巴町の鞆絵小学校  品川駅だと思います  三田綱町渋沢栄一邸。孫の代で相続税のため物納したそうです。  赤坂消防署  氷川小学校:勝海舟邸を氷川小学校に建て替えて明治41年に創立しました。  北里研究 [続きを読む]
  • 港区の歴史
  •  『港区の100年』から抜粋します。  麻布區役所:明治11年7月22日「郡区町村編制法」が発布され、同年11月2日、これまでの「府下11大区69小区」を「15区6郡」に分割する。麻布區は15区に一つとして同年11月4日、麻布區宮村町63番地「龍澤寺」内に開庁した。その後、麻布市兵衛町へ庁舎を新築したが、老朽化と手狭になったため明治42年6月改築された。  赤坂區役所:明治11年7月22日「郡区町 [続きを読む]
  • 貧甚だし 戯れに絶句を作る  宮沢雲山
  •  宮沢雲山は安永九年武蔵国秩父に生まれました。現在は埼玉県にあたります。  文化十二年に雲山は北遊から戻って江戸に出ました。北原秦里、梁川星巌と共に『今四家絶句』を選輯(せんしふ)しました。  今四家とは市河寛斎、大窪詩仏、菊池五山、柏木如亭のことです。雲山は寛斎の門下です。  梁川星巌は西遊するに際し七絶を雲山に送りました。一方で雲山も上州や信州に旅に出ましたが、旅の途中で七絶を詠みました。   [続きを読む]