郷土愛好 さん プロフィール

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郷土愛好さん: 歴史さんぽ
ハンドル名郷土愛好 さん
ブログタイトル歴史さんぽ
ブログURLhttp://rekishi-sanpo.blogspot.jp/
サイト紹介文主に広島周辺の史跡巡りを中心にした写真ブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2014/08/16 17:54

郷土愛好 さんのブログ記事

  • 幕之内峠を歩く(1)
  •  6月20日には、飯室の道標から土井泉神社までしか行かなかったので、6月23日改めて幕之内峠を歩いてみることにしました。この道はかつては人や牛馬しか通れないような狭い道であったものを明治18年から19年にかけて、地域住民の労力や費用の3分の1を負担して改修工事が行われ馬車や荷車も通れるようになったということです。しかし戦後自動車の通行が盛んになると、狭い上に急坂、急カーブ、断崖絶壁のあるこの道は、 [続きを読む]
  • 安佐北区 飯室土井泉神社に参拝
  •  土井泉神社は前に参ったことがある神社ですが、鳥居の前では玉乗り狛犬が迎えてくれています。急な長い石段を見ると、これは上らないわけにはいきません。途中手水鉢などのある壇があり、また石段を上ると社殿がありました。参拝し拝殿に上がってみると、明治7年に奉納された絵馬が掲げられています。その武者絵が気になりました。太刀と金砕棒で戦っている場面です。これは誰の、どの戦いの場面の図なのか分かりません。調べて [続きを読む]
  • 安佐北区飯室の道標
  •  6月20日 安佐北区飯室に道標があるというので行ってみました。旧国道261号と幕の内峠との合流地点、養専寺の前に大きな灯籠と並んで建っていました。道標は大正8年に建てられたもので広島市など各地への方向と距離が書かれています。飯室が交通の要衝であったことが分かります。そこから幕の内峠の方向に向かいます。古い家並みが続く道を通っていると、土井泉神社の鳥居と神社に向かう高い石段があり、その下に一等水準 [続きを読む]
  • 安佐北区可部の道標
  •  6月17日 広島市安佐北区可部の旧道を歩いてみました。南原峡に向かう道との分かれ道に道標がありました。墓のような変わった形です。中央に南無阿弥陀仏 道 右三よし(みよし) 左者また(はまだ)と書いてあります。このような形の道標は初めて見ました。道標の下に「道」というなかなか含蓄のある言葉が書いてあるお土産の置物が置いてありました。墓石のような形の道標中央に南無阿弥陀仏 道 右三よし 左者また(は [続きを読む]
  • 縮景園の田植えまつりを撮る(2)
  •  有年場は狭いので田植はすぐ終わります。場所を跨虹橋に移動してもう一度はやし田の演技が披露されます。バチをバトンのように高く投げあげたり、激しく動かしたりしながら、太鼓を打ちます。田植えが終わった有年場場所を移動跨虹橋の上でもう一度披露?バチをバトンのように高く投げあげるバチを激しく動かしながら太鼓を打つ [続きを読む]
  • 縮景園の田植えまつりを撮る(1)
  •  6月11日 広島市の縮景園では五穀豊穣を祈願して、古くから行われている田植え行事を再現して田植えまつりが行われました。新庄郷土芸術保存会の方が国重要無形文化財「新庄はやし田」を披露してくださいます。13時から橋を渡ってメンバーの入場です。最初新庄はやし田についての説明があり、いよいよサンバイのササラの拍子に合わせて笛や手打ち鉦に太鼓、、田植歌に合わせていよいよ早乙女による田植えが行われます。縮景 [続きを読む]
  • モリアオガエルの里 安芸太田町加計を訪ねて(1) 吉水園①
  •  安芸太田町加計の吉水園が園内のモリアオガエルの産卵時期に合わせて開園されていると聞き、加計を訪れました。早速街頭やデザインマンホールのモリアオガエルが迎えてくれました。吉水園に着くと、すでにたくさんの観光客が訪れていました。吉水園は1781年から1782年にかけて加計隅屋16代当主の佐々木八右衛門が山荘として建設したものです。街頭(カエルのキャラクターがお出迎え)デザインマンホールもモリアオガエ [続きを読む]
  • 荒谷林道の白い花
  •  6月に入り、7日には広島地方は梅雨入り宣言がありましたが、一日雨が降っただけで、またさわやかな晴れの日が2日続きました。この時期団地の近くの荒谷林道を歩くと白い花が目立ちます。初夏に白い花が多いというのは何かわけがあるのでしょうか。?ウツギウツギの花ピラカンサス?ノリウツギ [続きを読む]
  • 安佐動物公園への散歩
  •  今年から年間パスポートを買って安佐動物公園に行く散歩を始めました。団地から歩いて行って園内で一時間過ごして歩いて帰って2時間。ちょうどいい運動になります。最近は動物圓も動物を近くで見ることができるようにするなどいろいろ工夫されていて楽しめます。?いろんな種類のフラミンゴがいるキリンは食事中シマウマは内緒話ライオンは近くで見ることができる [続きを読む]
  • 「日本遺産尾道」を訪ねて(8) 埋め立てられた痕跡
  •  尾道の街が埋め立てにより広がった痕跡を見つけに厳島神社(八坂神社)の裏手に回ります。高い石垣が築かれています。海を埋め立てるとき、こうして高い石垣を築きうねたてたようです。石垣の積み方は谷積みです。こうしてみると厳島神社はかつては海岸に建てられていたことになります。最後に千光寺に登り埋め立てによって広がった尾道の街と狭くなってしまった海(尾道水道)を眺め今回の現地見学会は終わりました。厳島神社( [続きを読む]
  • 「日本遺産尾道」を訪ねて(7) 八坂・厳島神社
  •  6月最終土曜に行われる祇園祭で三体神輿廻しに使われる三体神輿が収められている八坂神社に行きました。鳥居の額には「八阪神社 巖嶋神社」と併記されています。明治時代の初めに神仏分離令で常称寺にあった八坂神社が厳島神社に合祀されたようです。八坂神社の屋根には三巴紋が取り付けられています。境内の大きな狛犬は何度見ても見事です。また足が長いかんざしのような形をしたかんざし灯籠は悲恋のため井戸に身を投げて亡 [続きを読む]
  • 「日本遺産尾道」を訪ねて(6) 艮神社〜住吉神社〜旧本陣跡
  •  艮神社からJRのガード下をくぐり、住吉神社に向かいます。ガード下には山陽線が単線だった時の石垣と複線になった時のコンクリートの継ぎ目があります。住吉神社は海岸沿いにあります。1741年住吉浜が築造されたとき、港の守護神として浄土寺から移されたのだそうです。尾道の町がしだいに埋め立てにより、広がってきたことがわかります。境内には港で働く人たちが力比べをした力石が奉納されていました。当時のにぎわいが [続きを読む]
  • 「日本遺産尾道」を訪ねて(5) 艮神社
  •  艮神社は尾道最古の神社で創建は千光寺と同じ大同元年(806年)といわれています。社殿の造りは切妻造りの妻入りの出雲大社系です。境内の文政8年(1825年)奉納の狛犬も来待石製の出雲狛犬でした。出雲とのつながりを感じます。境内のクスノキは樹齢推定900年といわれており、県の天然記念物に指定されています。これだけ古く大きいと神威を感じます。また境内には巨石もあります。昔の人は大きい岩にも神威を感じた [続きを読む]
  • 「日本遺産」尾道を訪ねて(4) 天寧寺
  •  宝土寺の次に向かったのは、天寧寺です。この寺は貞治6年(1367年)に室町幕府2代将軍足利義詮が創建した寺です。3代将軍足利義満は厳島参詣の帰途この寺に一泊しています。本堂の背後に見える三重の塔は1388年に建てられたときは五重の塔でしたが、永年の風雪のため上部を損じたので1692年に三重の塔にしたようです。境内には江戸時代から明治時代にかけて尾道の人々が寄進した五百羅漢像が安置されている羅漢堂 [続きを読む]