胡同窯変 さん プロフィール

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胡同窯変さん: 北京・胡同窯変
ハンドル名胡同窯変 さん
ブログタイトル北京・胡同窯変
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/hutongyaobian
サイト紹介文北京。胡同歩きが楽しい。胡同のあれこれを写真と拙文でのんびりと綴ります。胡同窯変拝
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供49回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2014/09/01 17:48

胡同窯変 さんのブログ記事

  • 第139回 通州・悟仙観(その四) 戻って来た9号院の門牌!!
  • 4月26日(水曜日)。前回、行方不明になってしまい、気をもんでいた悟仙観9号院の住所表示板・門牌が再び貼られていました。こんなことを書くと「門牌如きで!!」と笑われてしまうかもしれません。しかし、「たかか門牌、されど門牌」なのです。時と場合によって、門牌はとんでもないお宝。たとえば、北京の胡同・小楊家胡同の老舎の生まれた旧宅の門牌などは現在貼られていません。門牌を持ち去ってしまうふとどき者がいたにちがいな [続きを読む]
  • 第138回 通州・悟仙観(その三) 名前の由来となった場所44号院
  • 9号院を後に歩き出しました。9号院の出入口が壊されていたのはショックでしたが、歩き出して玄関に貼られている春聯を見ると元気が回復してきて「よっしゃぁ!!」と気合が入ります。私好みの宅門が見えます。曲がっているところが「ちょっと」と思わないでもありませんが、これはこれでよろしいかと。入口の戸の上に渡してある木製の横木、中国語で「門楣(menmei)」。感触といい、模様といい、十分説得力のある細部です。門墩。磨り [続きを読む]
  • 第137回 通州・悟仙観(その二) 9号院は、どうなるの!?
  • 3号院の前の家。どなたも住んでいらっしゃらないようです。このお宅の入口の形が面白かったので、脇の路地の塀沿いから中を覗いてみました。胡同には、いっぱいの宝物が埋まっています。いや、転がっています。中を覗くと、琺瑯引きの洗面器が当たり前のように転がっていました。この空き家斜め前に広がる光景。青空に似合うもの。ヒコーキ雲と道端に干された洗濯物。斜め前辺りのお宅。蓋のはずれた、木製の新聞受けがありました [続きを読む]
  • 第136回 通州・悟仙観(その一) オヤジ、3号院で励まされる!!
  • 前回、前々回で書きましたように胡同会のFさんとSさんという遊び友達が北京を離れ、柄にもなくガックリと意気消沈したオヤジですが、「これでは、いかん!」とばかりに元気を出して、今回は通州の胡同・悟仙観をご紹介いたします。悟仙観は、第130回から第133回でご紹介した周倉庵胡同から一本南側にある胡同です。写真は南大街から西方向を撮ったもの。入口右手のお宅前に煉炭を配っている方がいらっしゃいました。前にも書きまし [続きを読む]
  • 第135回 北京の胡同・オヤジの「三つのお願い」
  • 3年前に胡同会で知り合ったSさんが北京を離れることに。そこで急遽、ささやかながら送別会を開かせていただきました。ここしばらく胡同会でSさんのお顔を拝見していなかったので、心配していました。そんな時、連絡をくれたので送別会を開くことが出来て嬉しかったです。送別会の場所は后海沿い。お店は屋上から鼓楼や鐘楼、そして后海がよく見える、こんなところ。慶雲楼飯荘食前の二人のイケ女。テーブルに並べられた料理は次の [続きを読む]
  • 第134回 北京の胡同・オヤジの愛しき胡同
  • あんずや桃の花が咲き始め、北京もだいぶ春めいてきた3月下旬。胡同会の皆さんと北京の胡同、まるで迷路のような九道湾胡同界隈を歩いていると、いろいろな人たちに出遭いました。当日幹事はOさんとKさん、協力者はSさんとHさんでした。胡同の道端で、日本では1960年代まで主流であったと思われる足踏み式ミシンの手入れをしていらっしゃる方。大切に手入れされたこのミシンで、どんな色の糸を使って、どのような作品をお作りにな [続きを読む]
  • 第133回 通州・周倉庵胡同(その四) 南端と名前の由来となった場所
  • 写真の正面奥、道が二つに分かれています。まっすぐ進むとこの胡同の西の端、左に行くと南端の出入り口です。ワンちゃんが向かっているのが南端への道。今回は、南端の出入り口まで歩き、続いてこの胡同の名前の由来となったといわれる場所を訪れてみたいと思います。それでは歩きます。三輪車がやっと通れる道幅で、しかも直進できないところがいかにも胡同。胡同を歩いていて、宅急便の人にどう行ったら目的の住所に行き着くかを [続きを読む]
  • 第132回 通州・周倉庵胡同(その三) 西の端まで
  • 前回の結びに「次回は、西端及び南端まで歩くと共にこの胡同の名前の由来となった場所をご紹介いたします。」と書きましたが、都合により今回は西端までの写真をご覧いただくことになりました。どうぞお許しを。次の写真はこの胡同の西端へ通じる道と南端へ行くための道との分岐点で撮ったもの。直進すると西端へ。前方に蔓巻き用の棚。今回はその棚をくぐり抜けて進みます。くぐり抜けると頭上にハト小屋。ハトののんびりとした啼 [続きを読む]
  • 第131回 通州・周倉庵胡同(その二) “突き上げ戸 ”から北端まで
  • 今回は「突き上げ戸」の前からこの胡同の北端まで歩きます。突き当りを左へ。直進し突き当りを左に進むと、この胡同の西端に通じる道に出る。北端に行くには、ここはもちろん右折だが、直進した場合の写真を次にアップしておきます。左側のお宅。隅きりと言うのだろうか、建物の角が切り取られたようになっている。右側には「福」の字。ここ数年の間に通州の胡同でも清掃員の方たちの姿をよく見かけるようになった。それでは元に戻 [続きを読む]
  • 第129回 通州・東順城街(その二) 胡同の企らみ、秘かな愉しみ
  • 「8号と7号はどこですか?」道端にいつまでもたたずんでいる訳にもいかず、道行く人にお訊きすると、その方、笑顔で私のすぐ後ろを指差すではありませんか。「あそこが甲8号。そこが8号ですよ」そう言いながら、私のコートの袖口をつかむようにして、その場へ・・・。胡同で迷子になり困った場合は、道行く人に遠慮なく訊ねるに限ります。また、言葉が分からない時は、筆談。そのための筆記用具を忘れずに!!北京の胡同では、恥ずか [続きを読む]
  • 第128回 通州・東順城街 (その一) 胡同の企らみ、秘かな愉しみ
  • 今回は「眼光紙背に徹す」、そんな“ややこしい言葉”を伴った胡同歩きになってしまいました・・・。今回ご紹介するのは、東順城街。(この界隈の胡同を南北に貫く商店街・南大街から東方向を撮影。撮影日は2016年11月1日。)明の洪武元年(1368年)に通州に城壁(下の地図を参照)が築かれた頃、この辺りは城内巡視のための馬道で、「東馬道」と呼ばれていました。時代が下って中華民国成立後の1913年前後、まず城壁の北側(東馬道の北側 [続きを読む]
  • 第127回 前回「これ、だーれだ?」(その2)の答え
  • 答え。哪?(なた)さま、だよ。(文字化けするかもしれないから書いておくと、「な」は「口へん」に「那」、「た」は「口へん」に「宅」のウかんむりを取ったもの。)哪?さまにまつわるお話には、いろいろあるんだ。ここではその内の二話、しかもホントはもっと長い話なんだけど、ポイントだけご紹介しておくね。昔、北京は一面苦い潮水の海で、「苦海幽州」と呼ばれていたんだ。そのころ苦海一帯を支配していたのは竜王とその家族。 [続きを読む]
  • 第125回 通州・小営房(胡同) 清の軍隊駐屯地があった場所
  • 小営房(胡同)。以前ご紹介した「頭条胡同」の東端少し手前から南方向に走る路地。その路地の東側一帯が「小営房(胡同)。(写真向かって左側一帯が「小営房」。)清代、この胡同は軍隊の駐屯地でした。その駐屯地の名は「東営房」。これは通州城内西側にあった駐屯地と対を成していました。時代が変わり1913年前後に一般住民の住む胡同が形成されたようです。下の写真は光緒九年(1883年)の旧通州城地図の一部。「東営房」「西営房」の [続きを読む]
  • 第123回 前回「これ、だぁーれだ?」の答え
  • もう分かっていると思うけど、答え。みんな大好き兎児爺だよ。むかし北京で疫病が流行ったんだ。それを見かねた嫦娥(じょうが)という月の女神が地上に送り、北京っ子たちを疫病から救ったのが、“兎児爺(トゥールイエ)”なんだ。(写真は北京・首都博物館にて。子供たちの作った“兎児爺”)日本では月でウサギが餅をついていると言うけど、むかしの中国の人たちは月でウサギが薬(仙薬・不老不死の薬など。「竹取物語」にも出てく [続きを読む]
  • 第122回 北京の胡同・「これ、だぁーれだ?」
  • 琉璃廠のお店で見かけた大きな人形。北京っ子はもちろんのこと、北京に住んでる日本人も知ってると思うけど・・・。でも、知ってるようで知らないかも。そこで、これ、だぁーれだ?       こんなに大きなところを見ると北京にとって大切な人形なんだね、きっと。 にほんブログ村 にほんブログ村 [続きを読む]
  • 第121回 通州の胡同・饅頭を歩き食い!
  • 冬の胡同歩きの帰り道。してはいけない、してはいけない と思っていた歩き食いをとうとうしてしまいました。小腹がすいて立ち寄ってしまったのは胡同近くの商店街・南大街のこのお店!!買ったのはつましく一個。食べるのに忙しく、もう少しで写真撮るの忘れるところでした。食べかけなんですが、買ったのは、これ!!人に媚びない甘さ、この大きさ、そして1.5元というお手頃価格。なんと!! 美味さとお得感が化学反応を起こして口の中 [続きを読む]
  • 第120回 通州・南三条胡同 坂のある路地を歩く
  • 南三条胡同。人を包み込むようなほどよい道幅、その謎めいた静けさ。惹かれますよね。歩いて行くと屋根越しから不意に顔を出す柿の木。ウエストのくびれた蓋柿。この柿、凍柿子にして食べると美味い。冬の寒い夜中、外に出しっ放しにして、がっちんがっちんに凍らせましょう。それを水につけたり、外で陽に当てたりして、じっくりと解凍。決して慌てちゃいけません。すると、とろーんとした柿菓子の出来上がり。どうぞお召し上がり [続きを読む]
  • 第119回 北京の胡同・前回「これ、なぁーんだ?」の答え
  • もう分かっていると思うけど、念のために答えをば。「魔除け(避邪)のために玄関に掛けられた鏡」、護符だよ。次に同じ働きを持った仲間たちを紹介しておくね。1、影壁(これには、目隠し壁としての役割もあるんだ。)(撮影・北京の胡同にて。影壁については『第115回 通州・頭条胡同(その五) 影壁と“鳩の家”』で簡単に触れたので、よろしければご笑覧ください。)2、石敢当(特に効果的なのは「泰山石敢当」だよね。)(撮影・北京の [続きを読む]
  • 第117回 通州・南二条胡同(その二) 吉祥図案のオンパレードか!?
  • 前回ご紹介したWさんにお礼を言ってから、再び胡同を歩き始めました。すると、さっそく私をふらふらっと惹き寄せるものが。それは、こちら!!今回私を惹き寄せたのは、この年季の入った、庶民のお宅に多く見られる鉄製「門?(menbo・ドアノッカー)」じゃあなくて・・・。置き方が全く違う、彫り飾りが綺麗に削り取られた門墩でもなくて・・・。それにしても、よくまぁ、ここまでキレイに削り取ったもんです。今回ハートをぐいぐい吸 [続きを読む]
  • 第116回 通州・南二条胡同(その一)胡同のおちゃめな花
  • 今回は南二条胡同をご紹介。名前の由来につきましては、前回の『通州・頭条胡同(その五)影壁と“鳩の家”』をご覧ください。胡同入り口にこんな貼り紙。「優質煤」・・・「燃焼時に発生する一酸化炭素などの有害物質の少ない練炭」販売のお知らせ。この胡同は少し湾曲していて、見通しが微妙に悪いところが奥床しい。前進方向右側。不意に目に飛び込んできた景色。瓦に見られる小刻みな律動感、庇の色彩などが作り出す諧調が心地よ [続きを読む]
  • 第115回 通州・頭条胡同(その五) 影壁と“鳩の家”
  • この胡同に人が住み始めたのは明末以降。その時の名前は「草廠胡同」。「草廠」は、明の駐屯部隊に燃料を提供するため、ここに燃料用草木の集積場のあったことに由来しています。明末に「草廠」がなくなり、人が住み始めますが、時代が下り、清の初めに居住者が次第に増加。その結果この胡同を含め、北側から南側へかけて大小三本の胡同が形成されました。北から「草廠頭条胡同」「草廠二条胡同」「草廠三条胡同」が、その時の名前 [続きを読む]