イッセイホンダ さん プロフィール

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イッセイホンダさん: 経営コンサルタント本多一成の社長の仕事
ハンドル名イッセイホンダ さん
ブログタイトル経営コンサルタント本多一成の社長の仕事
ブログURLhttp://isseyhonda.blog.fc2.com/
サイト紹介文社長の仕事にまつわることを、コンサルティング、人との出会い、本との出合いを通じて書いています。
自由文経営コンサルタントです。
中小企業の社長の仕事は曖昧です。
従業員から社長はどんな仕事をしているんですか?という質問はよくでます。
実際に自分の仕事を理解して進めている社長も少数です。
ここがわかれば、起業後10年で生存率3%というようなことはなくなるはずです。
この数字を変えていきたいと挑んでいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2014/09/03 13:58

イッセイホンダ さんのブログ記事

  • 経営の知とは
  • 経営の知とは、綜合的な知の追求である。それは、論理的な真理の追究という側面だけではなく、五感も知性も、仮説と事実も、多様な要素を駆使する知である。苅谷剛彦は「複眼的思考法」を提示している。それは、「ものごとを一面的にとらえるのではなく、その複雑さを複数の視点から把握する方法である。常識やステレオタイプに陥らずに、自分自身の視点からものごとをとらえ考えていくことが大切だ。そのためには、疑問を感じるこ [続きを読む]
  • 潜在的メカニズム
  • 科学の古典ともいえる実証科学は、閉じたシステム内での実験や経験を重んじ、特定の事象の経験を超えることができない。一方、反実証主義は、カントに代表される「超越的理想主義者」とも呼ばれ、人間が見ることのできるもの、できないものは何かを問題にして、人間が思念することを優先する認識論的アプローチで、逆に、自然現象の現実を軽視することにつながる。人間が見るものだけを秩序立て、説明しようという感覚論や認識論は [続きを読む]
  • アメリカと日本の政治にみる
  • 国会では共謀罪を含むテロ等準備罪の法案が可決された。この採決と強引な国会運営を巡って、大きな批判が起きている。今回の件を首謀している安倍晋三を中心とした勢力と海の向こう側でやはり強引な政治運営によって批判されているドナルド・トランプを中心とした勢力はよく似ている。この指導者二人に共通する点は、他者の意見の耳を傾けないという点ではないだろうか。自らの何らかの信念によって、何としても目的を達成しようと [続きを読む]
  • 意味づけ
  • 社会学者のA・シュッツは、ウェーバーの展開した社会学の科学としての基礎づけと、フッサールの現象学を結びつけた。シュッツは、私たちの日常生活の世界、常識的な活動、日々の何気ない現実、自明なことなどに視点を向けた。人々は日常生活のおのおのの場面で相互的行為やコミュニケーションを通じ、現実の意味づけや秩序化を行い、絶え間なしに現実を構成している。つまり、「現象は経験された事実ではなく、意味であり、観察者 [続きを読む]
  • フィールドワークのステップ
  • 参与観察(調査者自身が調査対象の社会や集団に参加する)では、まず、出会いが大きな位置を占める。観察対象(ビジネスの世界では顧客、現場、競合などさまざまな場合がある)への有効なアクセスと関係の確立が不可欠である。インフォーマント(対象集団内の情報提供者)や集団との人間関係(ラポール)を築くことが重要だ。現場(フィールド)では、五感を駆使した体感によって暗黙知を獲得し、情報を集めることが課題となる。そ [続きを読む]
  • フィールドワーク
  • 現象の構造と意味を探る方法にフィールドワークという「観察」の知がある。「観察して、記述する」このことを探求するのがフィールドワークである。社会調査の観察では、調査者自身が調査対象の社会や集団(日常という現場)に参加する。(参与観察)場合によっては長期間住み込み現場を観察し、調査研究する方法だ。そこでは地域社会や集団組織の成員としての役割を演じながら、対象を観察・記述することが求められる。===== [続きを読む]
  • 理念型という視点でみる
  • 「タイプ」は現実そのものでも、その記述されたものでもない。ただし、「理念型」は現実にあてはめてみることによって因果関係の把握や測定などの役割を担う。「ある人が自分は官僚の一員である」と認識し、ウェーバーのいう官僚制の特性に自分の生活との共通性を見出す。つまり、個人の主観に基づく行為が関連しあって社会が形成される。「理念によって作り出された世界像は歴史の中で、しばしば転轍機(ターンテーブル)として軌 [続きを読む]
  • 理念型
  • 知は不確実なものであるだけでは、何も言ったことにならない。そこで、「価値自由」という知識獲得のルールを定めたウェーバーは、社会科学では「絶対真理」ではなく、「理念型(アイデアル・タイプ)」を構築するべきだと主張した。「理念型」とは、社会学者が現実を説明する方法的道具として作り上げる概念だ。人為的に形成された仮説であり、一貫した説明のできるモデルといえる。「理念型」は現実の世界にそのまま存在していな [続きを読む]
  • 06/15のツイートまとめ
  • issey_honda 因みに安倍にいいように利用されている。読売新聞とか日本テレビとかメデイア界から潔く退場するべきでしょう。もはや、メデイアとしての存在意味がないわけですから。ホント、民間のサラリーマンじゃないんだがら。夕恥を知れ!ホント、腐ってるな! 06-15 23:50 共謀罪を含むテロ等準備罪が本日の未明に、どさくさ紛れに強行可決された事実を伝えるニュース番組を見た。NHKは論外、朝日は加計問題が背景にあること [続きを読む]
  • 価値自由
  • 昨日からの続き・・・・ウェバーは価値自由(ヴァリュー・フリー)という概念を打ち出した。科学研究を行うのであれば、価値観をいったん相対化し、事実の認識や判断と、自らが下す価値判断については、とらわれなく厳しい区別をしなければならないと主張した。価値自由とは既存の価値観からの自由である。社会科学の視点には必ず誤解やこじつけがつきものであり、そうした錯誤を除くための考えやコントロール可能な方法論がいる。 [続きを読む]
  • ウェバー行為への注目
  • 社会学の方法論を確立したウェバーは、人々の意図や動機などの主観に基づく「行為」が社会に影響を及ぼすと考えた。つまり、原因となる「行為」の主観的意味が、一般法則を介してではなく、きわめて個人的で歴史的な関係を経て、ある結果を生ずるととらえた。人々は日常生活の中で何らかの価値観によって行動している。そして、彼らはその判断によって縛られている。こうした主観が社会に影響を与えていると考えた。しかし、問題は [続きを読む]
  • デュケームの自殺論
  • デュケームは、個人の問題と思われる自殺は、実は社会的集合現象なのだととらえた。個人+個人+個人・・・・という足し算では計り知れないような共同体の集合力(集合的無意識)や人間の社会的結合力といったものを、統計データをもとに実証し、個人が根拠でありながら個人を超えたところに存在する社会の成り立ち、すなわち「構造」を考えた。デュケームはヨーロッパでのプロテスタントとカトリックの二大宗派によって自殺率が異 [続きを読む]
  • 社会科学の知
  • 社会科学は人間社会や経済現象の把握や分析、理解や説明を目的に、人間の意図、動機や価値観など「見えざるもの」を見、あるいは創り出す知の方法である。近代科学を自然科学、人文科学(人間科学)、社会科学に分類するとき、、社会学、経済学、経営学、法学、政治学などの総称を社会科学という。社会科学の中で最も具体的に方法論を展開してきたのが、社会学を中心とする領域になる。現代の社会学者、P・L・バーガーは、次のよ [続きを読む]
  • 相対的価値観
  • 「相対的価値観の中で、現代の私たちは生きる」このことが、私たちに本来の生き方を見失わせる。幼い頃から相対的なものの観念や信念が上書きされていく。身近なところでは親、先生、友人など、そこにメディアも加担する。だから、名前のない「わたし」を説明するのは、なかなか難しい。絶対的価値観を私たちは教えられない。「わたし」と他者が存在するとすれば、他者が相対的価値観の相手であり、「わたし」が絶対的価値観の相手 [続きを読む]
  • エポケー
  • フッサールは、知識が私たちの主観の中で、どのような現象として現れ、体験され、知識として構成されていくのかを分析し記述するものとして、自らの哲学を位置づけた。それはまず、エポケー(判断停止)という方法からはじまる。どういうことかというと、私たちがいま行っている行為や判断をとりあえず止めてしまうということである。エポケーは「カッコに入れる」ということだという人々も多い。私たちは普段の日常生活において、 [続きを読む]
  • フッサールの現象学
  • 私たちの日常にある知覚対象は、私たち自身が自然に構成している。たとえば、目の前のサイコロ(正立方体)がある。このサイコロを正立方体と認めるには、正面の四つ角が直角で、四辺が等しいことを確認しなければならない。実際に、目の前にある面は台形や平行四辺形に見えている。それでも私たちはそのサイコロの側面を見ることなどによってそれを正立法体としてみる。その「見ている」という行為は根源的に何であるのか。これが [続きを読む]
  • 客観性は幻想にすぎない
  • 暗黙知を提唱したポランニーは、真理が持つとされる客観性は幻想に過ぎないと指摘した。知識の客観性の理想が科学の方法であり、真理の認定証であるということが確信されるに至っているのだが、その実、そうしたことは科学で実行されてもいなければ、真理を打ち建てる力もないのだ。『マイケル・ポランニーの世界』〜ゲルウィック〜また、量子力学で有名なハイゼンベルクは、量子力学というきわめてミクロな世界では、観察者の存在 [続きを読む]
  • 超越的実在論
  • 「超越的実在論」または、「批判的リアリズム」は、エジンバラ大学の科学哲学者のロイ・バスカーが提唱した。社会現象というのは、私たちの主観を通して仮想的に「存在」する(してみえる)のとは別に、独立した真の客観的な存在を持つのだという考えだ。つまり、私たちが社会現象を認識しようとしまいと、社会的現象はそのものとして存在する。すなわち、人間がある社会現象を頭の中のイメージで形成しているのではなく、社会的現 [続きを読む]
  • レトロダクション(遡行推論)
  • 近代科学は自然科学から確立された。その中に、伝統的な論理学の方法として、演繹法と帰納法がある。しかし、この2つでとらえきれない、現象がある。その背後にある真理を把握する論理法がレトロダクションだ。イギリスの経済学者、トニー・ローソンはこう説明している。[演繹(ディダクション)]一般から特殊への移行である。たとえば、「もしカラスはすべて黒いなら、つぎに現れるカラスも黒いであろう」または、「すべての銅が [続きを読む]
  • 毛沢東の実践論
  • 「実践を通じて真理を発見し、さらに実践をつうじて真理を実証し、真理を発展させる。感性的認識を能動的に理性的認識に発展させ、さらにその理性的認識にもとづいて能動的に革命の実践を指導し、主観的世界と客観的世界を改造する。実践、認識、再実践、再認識というこの形態は、循環しつつ無限にくりかえされ、そして一循環ごとに、実践と認識の内容は、より高い程度のものに進んでいく。これが弁証法的唯物論の認識論のすべてで [続きを読む]
  • SECI(セキ)モデルと弁証法
  • SECI(セキ)モデルは、1回きり回転するのではなく、スパイラル(螺旋)状に繰り返されるのが重要なことだ。スパイラル的な思考の運動、すなわちヘーゲルの弁証法的である。弁証法とは人間が持つ思考の本質をきわめて正確にとらえた知の綜合法だといえる。知的創造プロセス(SECI)とは、個人から個人(S)、個人から集団(E),集団から組織(C)、そして再び組織から個人(I)へと進む、上昇的スパイラルに沿って知 [続きを読む]
  • ビジネスはタイミングこそ
  • 先日、古い友人と1年ぶりにランチした。友人といっても彼のほうが10歳ほど若い。1年前はマレーシアに居た彼が、急に日本に帰国したのは半年ぐらい前だった。何かあったのかと気になっていた。マレーシアでは、インターネットでのマーケティングを手掛け、日本でセミナーを展開するという仕事をしていた。1年ぶりの彼は笑顔が弾けていた。「僕はじめてビジネスの世界で自ら大ブレークしました」と楽しそうに話してくれた。1契 [続きを読む]
  • SEKI(セキ)モデル2
  • 昨日の続きです。共同化(Socialization)/表出化(Externalization)連結化(Combination)/内面化(Internalization)本日はSEKI(セキ)モデルの連結化と内面化について。連結化(Combination)は、形式知の獲得、結合、すでにある形式知を体系的に結びつけ、新たな知を生み出すことだ。これは、前提として分割、分析も含むもので、表出化された概念を再構築していくプロセスだともいえる。内面化(Internalization)は、形式知を暗黙 [続きを読む]