およまる さん プロフィール

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およまるさん: つはものどもが夢のあと
ハンドル名およまる さん
ブログタイトルつはものどもが夢のあと
ブログURLhttp://ameblo.jp/oyomaru-0826/
サイト紹介文洋の東西を問わず歴史好きの者が書いているブログです。今は平安末期〜鎌倉初期の記事を主に書いてます♪
自由文歴史には必ず多くの人がいて、人がいなければあらゆるものの歴史は生まれませんでした。そう考えると、歴史というのは様々な人たちが営んだ活動の物語と言えます。
っとまぁ、難しい話はともかく。歴史大好きな者が試行錯誤で、歴史に少し興味を持った方が歴史好きになってもらえるようにと願って色々書いてます。どうぞよろしくお願いします♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2014/09/10 17:41

およまる さんのブログ記事

  • 石橋山の戦い(中編)【治承・寿永の乱 vol.28】
  • 治承・寿永の乱第28弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ大庭景親(おおば-かげちか)と北条時政(ほうじょう-ときまさ)とが一通りの言葉争いを交わすと、いよいよ戦いの時は満ちました。開戦に当たって頼朝が、「相模・武蔵両国の名のある者たちは皆大庭方にいる。中でも大庭景親と俣野景久は名高い武士と聞く。果たしてその者たちと誰に戦わせるべきか」と、先陣を誰にきらせるか尋ねると、傍らにいた岡崎義実(おかざき-よ [続きを読む]
  • いつの間にか
  • お久しぶりです、およまるです いつの間にかすっかり春めいてきて、朝晩はまだ冷え込みがあるものの、日中は結構暖かい日が増えてきたように思います。って、もう3月の終わりですもんね〜時が経つのがほんと早いです さてさて、私が冬の間育てていた野菜たちもだいぶ成長して収穫の時期を迎えました。 実を言うと、3月は土曜・日曜も予定でふさがってしまったり、野暮用で忙しく、あんまり世話できなかったの [続きを読む]
  • 寒さには弱いのです
  • 先日、寒さに負けず元気に育っている小かぶの話をしましたが、一緒に育てているこちらの方々は寒さに弱いのです。それはスナップエンドウとソラマメです。ご覧のように、にわか作りの簡易ビニールハウスにすっぽり入ってヌクヌクしております。彼ら、この冬の寒さと霜にやられて、一時期もの凄く萎れてしまって元気がなくなってしまったんです。ああ、失敗した〜。ダメかも〜って思いながらも、ダメもとでビニールハウス作って、し [続きを読む]
  • 寒さに負けず
  • ここ数年、家庭菜園をやっているおよまるですが、この度この秋冬シーズンも野菜を育ててみようとチャレンジしてみました作っているのは、小かぶ、大根、スナックエンドウ、そら豆、ホウレンソウですその中から今回は「小かぶ」の写真をアップします写真中央に写っているのが小かぶですなんだか育てやすそうな「時なし小かぶ」って品種を選びました。種を蒔いたのは12月の初旬。最初はこんなにかわいい双葉だったんですよそれが寒さ [続きを読む]
  • 石橋山の戦い(前編)【治承・寿永の乱 vol.27】
  • 治承・寿永の乱第27弾になりますこれまでのお話はこちらの一覧からどうぞ 山木兼隆(やまき-かねたか)を討ち取り、伊豆国で自立への布石を打った頼朝たちでしたが、これで順調な滑り出しとは言えない状況でした。実はなんとしても倒さなければならない厄介な難敵が兼隆の他に控えていたのです。それが東伊豆の伊東祐親(いとう-すけちか)と相模の大庭景親(おおば-かげちか)という武士でした。伊東祐親は東伊 [続きを読む]
  • 私を構成する成分は・・・
  • ▼私を構成する成分は・・・\あなたはなにでできている!?/成分チェッカーで分析する だーいじょーぶです。安心してください この「たまに吐き出される毒」に関しては、70%も占めて、人間の身体の水分並みの含有比率ですが、アメブロで吐き出されることはありませんから〜 [続きを読む]
  • 鎌倉政権の出発点 【治承・寿永の乱 vol.26】
  • 今回は治承・寿永の乱第26段ですこれまでのお話はこちらの一覧からどうぞ 頼朝が山木兼隆を討った直後の治承4年(1180年)8月19日。この日、頼朝は早速、とある文書(もんじょ)を発給(はっきゅう:文書を発行して与えること)したことが『吾妻鏡』に記されています。その文書の内容とは、史大夫知親(し-の-たいふ-ともちか)という人物が行っている伊豆国・蒲屋御厨(かばや-の-みくりや)の管理を停止して、 [続きを読む]
  • 山木攻め(後編)【治承・寿永の乱 vol.25】
  • こちらも久しぶりの更新、治承・寿永の乱第25弾です前回までのお話しはこちらの一覧からどうぞ 別動で山木兼隆(やまき-かねたか)の後見役・堤信遠(つつみ-のぶとお)を討ち取った佐々木定綱(さだつな)・経高(つねたか)・高綱(たかつな)の兄弟が山木館へ来てみると、頼朝勢は思いのほかの苦戦をしいられていました。当初三嶋大社の祭礼に出かけた者たちが結構いるため、警備は手薄と思われていた山木館で [続きを読む]
  • 戦に間に合わなかった曲輪 【伊豆国・山中城 vol.10】
  • 明けましておめでとうございます。およまるですさぁ、今回は山中城の第10弾、岱崎出丸(だいさき-でまる)エリアです では今回も例によって山中城の全体鳥瞰図から岱崎出丸の場所を赤〇で囲います。 んで、こちらが拡大図。 岱崎出丸は「出丸」という名がつく通り、このように山中城の本城部分から飛び出したような曲輪となっていて、さらに出丸の中にいくつか曲輪があります。そのためこの部分 [続きを読む]
  • ゆく年くる年
  • このブログにお越しくださったみなさま、今年1年も本当にありがとうございました 私の2016年振り返ってみると、そうですね・・・もし漢字1文字で表すなら、迷うことなく「病」の一字ですねあろうことか2回も入院してしまいましたし・・・。 まだまだ全然若いと思っていた身体が知らずに変調をきたしていたんですね。 健康でいられるってとても幸せな事だと思いましたし、その健康は [続きを読む]
  • 山木攻め(前編) 【治承・寿永の乱 vol.24】
  • 治承・寿永の乱、第24弾になります今回はいよいよ頼朝挙兵。山木兼隆に戦いをしかけます。前回までのお話しはこちらからどうぞ 治承4年(1180年)8月17日戌の刻(19:00〜21:00)。 頼朝の側近である安達盛長(あだち-もりなが)に仕える少年が北条館の釜殿(かまどの:釜のある台所、調理場)で山木兼隆(やまき-かねたか)に仕える雑色(ぞうしき:貴人の側で雑務を行う者だが身分は低い)の男を生け捕り [続きを読む]
  • あなたの性格を診断!鍋占い
  • やってみました意外に選択できる鍋の種類が多くて、一瞬えっって思いましたが、今一番食べたい鍋すきやきで押したらこんなん結果になりました ▼あなたの性格診断はこちらあなたの性格を診断してみる まぁまぁやね 全然記事と関係ないのに・・・(笑)にほんブログ村 [続きを読む]
  • 運用の妙は一心に存す 【岳飛(がくひ)〔1103年〜1142年〕②】
  • こんばんは。今回は岳飛の紹介、第2弾です第1弾はこちらからどうぞ 前回、北方の異民族・女真(じょしん)族の王朝である金の攻勢を受けて、北宋第8代皇帝の徽宗(きそう)と第9代皇帝・欽宗(きんそう)の2皇帝をはじめ、皇族や后、王朝の高級官僚たち数千人もの人たちが中国北方へ連れ去られるという靖康の変(せいこう-の-へん)が起こったところまでお話ししましたが、この靖康の変の災難から幸運にも逃れた [続きを読む]
  • 中国の国民的英雄 【岳飛(がくひ)〔1103年〜1142年〕①】
  • 今回はいつもと違い、海外の方の人物紹介ですどれも中途半端なのにまた新しいシリーズ始めちゃっていいのって思いますよね〜。私も正直そう思っています さ、記念すべき1回目の今回は岳飛(がくひ)さんを取り上げたいと思います なんで岳飛さんが一発目なのか特に深い意味はありませんが、ちょうどこのブログのメインである治承・寿永の乱の起こった平安末期にちなんで、ちょうどその頃活躍していた [続きを読む]
  • 山中城の中枢部 【伊豆国・山中城 vol.9】
  • こんばんはおよまるです。今回は伊豆・山中城の紹介・第9弾。本丸・北の丸エリアの続きです前回記事に本丸・北の丸エリアの鳥瞰図・拡大図がありますので、参考にどうぞ 前回は3段構えの本丸をご紹介しましたが、その本丸の北北東角に小高い天守櫓跡というものがあります。この天守櫓跡の地点が山中城で最も標高の高い地点になっています(586m)。 真ん中の部分が盛り上がっているのがわかり [続きを読む]
  • 佐々木四兄弟の遅参 【治承・寿永の乱 vol.23】
  • 治承・寿永の乱、第23回目になります。どうぞよろしくお願いしますこれまでの話はこちらから 源頼朝と北条時政(ほうじょう-ときまさ)は、山木兼隆(やまき-かねたか)攻撃を来たる8月16日〜17日にかけての夜討ちとし、頼朝に味方する武士たちにも16日には北条館に参集するように通知されました。 ところが、16日になっても味方してくれるはずだった佐々木の者たちが来ません。 頼朝はこれをし [続きを読む]
  • 現役当時の姿が今ここに!? 【伊豆国・山中城 vol.8】
  • こんばんは、およまるです山中城のご紹介第8弾、今回はいよいよ本丸・北の丸エリアです では、さっそく山中城全体の鳥瞰図から本丸・北の丸の位置を。 そしてこちらが、拡大図になります。 では早速。 二の丸から本丸に渡るには、上の拡大図でもわかる通り、畝堀(うねぼり)にかかる橋(本丸西橋)を渡ることになるんですが、そこの橋でとってもいい写真が撮れたんです& [続きを読む]
  • 頼朝の周りに集う人々 【治承・寿永の乱 vol.22】
  • 治承・寿永の乱、第22回目です今回はチョット長いかな?でも、がんばって書いていきます 山木攻めの準備を着々と整える頼朝と時政でしたが、襲撃を成功させるのはやはり兵力でした。 その後、頼朝には北条氏の他にも近隣の武士たちが続々と支持を表明してきてくれていたものの、そんな彼らも北条と同じく中小の武士勢力であったため、なんとか山木兼隆(やまき-かねたか)を倒すことはできたと [続きを読む]
  • 頼朝の挙兵準備 【治承・寿永の乱 vol.21】
  • 治承・寿永の乱、21回目です前回までの話はこちらからどうぞ 大庭景親(おおば-かげちか)の帰国を受けて、頼朝と時政はいよいよ具体的な挙兵の段取りについて話し合い、急ピッチで準備を開始しました。そして、挙兵のまず最初のターゲットととして伊豆国の目代(もくだい:国司の代行)・山木兼隆(やまき-かねたか)に定めました。 この山木兼隆という人は、なんとも変わった経歴の持ち主でして、も [続きを読む]
  • なぜにこの曲輪は傾斜しているの? 【伊豆国・山中城 vol.7】
  • こんばんは今回は伊豆・山中城の紹介・第7弾。二の丸エリアの続きです前回記事に二の丸エリアの鳥瞰図・拡大図がありますので、参考にどうぞ さて、前回元西櫓(もと-にし-やぐら)から二の丸へと進もうとしたところで話を切ってしまいましたが、ちょっとこれを見てください。 これは元西櫓から二の丸の間にある橋を渡ったところの二の丸虎口(こぐち:曲輪の戦術上の出入口)なんですが、 手前 [続きを読む]
  • 大庭景親の帰国 【治承・寿永の乱 vol.20】
  • 治承・寿永の乱、第20回目です 三善康信(みよし-の-やすのぶ)から連絡を受けて、早くも約1か月半が経った治承4年(1180年)8月2日。 大番役として都にいた相模国(今の神奈川県の大半)の大庭景親(おおば-かげちか)がついに帰国してきました。それを受けて、頼朝の周辺ではにわかに騒がしくなり、動きが慌ただしくなりました。なぜなら、景親の帰国は、かねてより言われている平家による以仁王の乱の残党征 [続きを読む]
  • まさに畝堀天国です♪ 【伊豆国・山中城 vol.6】
  • こんばんはお盆を過ぎたというのに相も変わらぬ暑い日が続きますね。もういいよぉ・・・。夏産まれの私ですが、はっきり言って夏は嫌いです笑 それに台風が3つも一つはなんだか変な方行ってるし・・・、一個はこっち来ようとしてるし・・・。さらにもう一個は大雨降らせてるし・・・。これから台風シーズンで多少は被害が出てしまうのかもしれませんが、できるだけ軽微であることを祈ります。。。 さて、今 [続きを読む]