シャボン玉の詩 さん プロフィール

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シャボン玉の詩さん: シャボン玉の詩
ハンドル名シャボン玉の詩 さん
ブログタイトルシャボン玉の詩
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/getanooto
サイト紹介文残り少ない道のりになりましたが、 気持ちをこめて! ありのままを!
自由文大きな病気を三つ抱えてておりますが、自伝小説や詩を書いたり、ネット囲碁、ゴルフなどたまにやったりして日々を過ごしております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供93回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2014/09/27 14:37

シャボン玉の詩 さんのブログ記事

  • 可愛いお団子行列
  • ありゃまあ、久しぶりに出会ったぞ。此処を通るたびにいつも楽しみにしているのだけれど、なかなかチャンスが巡ってこなかった。今日は凄いことに十数人単位で三つのグループの可愛い子供たちの行列に遭遇だ。数十メートル先の方から小粒のお団子行列がだんだん近付いてくる。がやがやと少々興奮気味でお喋りしながら、くねくねと歩く、歩く。今日はね、帽子がね、いつもと違って三つの色に分れている。赤、桃色、緑色。それがね、 [続きを読む]
  • 久し振りですね、チュン君
  • あれっ、椿の小枝がガサガサと揺れている。何かが居るようだ。あっ、あれは雀のチュン君じゃないか。久し振りだね、何カ月ぶりだろう。あれっ、もう1羽いる。夫婦で来ていたんだね、それとも兄弟かな。妙に可愛いんだよな、何となく懐かしいんだよ、チュン君。僕ら子供の頃はチュン君たちに見守られながら夕暮れまで遊んだもの。何処にでもいっぱい飛んでいたからね。友達みたいだったものね。あらら、もう1羽飛んで来た。3羽にな [続きを読む]
  • 無念の結末
  • 自然を大好きなその男がどうも最近元気がない。僕は一寸心配しています。彼は気の合う連中とよく散策に出掛けます。彼女と一緒に歩けたらどんなにか楽しいだろうと何時も言っておりました。然し何度誘っても彼女は付き合ってくれなかったようです。高い山ではないのです。僅か2,3百メートルの丘みたいな山で充分なのです。手を繋いで歩き、一緒にお昼を食べ、色んな話をする。彼はそんなことを想像し夢見ておりました。彼はロマン [続きを読む]
  • 鈍い奴
  • さて、困ったな。どうしてくれようか。このままじゃ近々歩けなくなる。間欠跛行、これって恐ろしいんだね。歩ける間の間隔が明らかに短くなってきているもの。ふくらはぎや太ももが痛くってね。もう必死だよ。ところが、痛いのを我慢して歩き続けていたら全身の関節が痛み出した。そもそもがだよ、歩くことによって筋肉が活動し、新しい毛細血管を創りだすと先生に言われたんだ。それが足の付け根の閉塞した動脈を補完し、治る可能 [続きを読む]
  • 有難う、お嬢さん
  • 眠気眼で障子を開けたら、ちらりと君の姿が見えた。と思ったら、突然窓ガラスをすり抜けて飛び込んできた。いきなりだもの、びっくりしたよ。まさかこんなにも美しい衣装付けて現れるなんて思いもよらなかったもの。あっ、僕の顔見て微笑んでいる。何かを伝えようとしている。優しいんだね。こんな泥臭い病人に寄り添ってくれるなんて。嬉しくてね。それから僕は色んなお話をさせてもらったよ。時々君は顔ゆらゆらさせて声立てて笑 [続きを読む]
  • 分らないことがまだあるのです
  • 殆どの生き物は、縄張り争いに腐心しているようです。自分の縄張りに他のものが入って来ようものなら恐ろしい顔して威嚇。殺し合いにまで発展することさえあるのです。さらに、欲深い生き物は縄張りを広げようと虎視眈々です。そして結局力の強いものが広く縄張りを勝ち取り支配します。人類社会にも同じようなことが起こっているのです。これは棲み処だけの話ではないのです。思想、宗教においても同様のことが起こっています。こ [続きを読む]
  • 分らないことがあるのです
  • どうしても分らないことがあるのです。太平洋戦争の終戦記念日にはいろいろな催しがあります。二度と戦争はしないという決意。戦争で尊い命を失った御霊や遺族の皆様への哀悼の念。戦争は恐ろしい、二度とあってはならないことです。これらのことについてはお偉い方々が毎年語っています。聞き飽きました。戦争を起こしたことの「反省」については聞いたことがありません。あれって「反省」しなくてもいいのでしょうか。もう一つ、 [続きを読む]
  • 子離れ出来ない親父
  • ブログを開設して3398日と画面に出ている。数か月前、開設10周年おめでとうというメールも入った。1週に1回か2回の投稿であったがよく続いたものと我ながら感心している。2007年、50日間の入院生活を送り20kg体重を落としての帰還であった。その時以来日記を付け始めている。病気の大群との闘いの始まりでもあった。何かに叩き付けなきゃ、やってられるかの強い思いがあった。日記の中の1部を切り取って投稿を始 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(甲状腺機能の病気)
  • 腎不全の進行とともに尿酸の値が上昇する。所謂合併症である。すぐにユリノームやアロシトールなどの薬が処方された。たちまち尿酸値は正常になったが、何れも発疹などの副作用が出て中止した。後、フェブリクという新薬が出る。腎臓患者の待ち焦がれていた薬であった。副作用もなく痛風などの発作の心配も消え、ほっと一息つく。帰宅してじっくり血液検査の結果を確認していると、何時もの血液検査項目中に何故かTSHの項が入って [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(尿路結石 その2)
  • 受付で診察カードを機械に入れると血液&尿検査、と書いてあった。大急ぎで採血と尿提出を済ませ、待合室で待つ。3時間後漸く診察の呼び出しがあった。「痛みますか」と聞かれる。「痛みは大分楽になっています」と答える。「血尿は」と聞かれる。「普通の色に戻りつつあります」と答える。「石が出たかもしれませんね。2、3日様子をみましょうか」と言う。「そうします」と答える。「再び痛くなったらこの薬クラビット、ブスコ [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(尿路結石 その1)
  • 「尿路結石」と書いたが本当の病名は「腎盂腎炎」である。腎臓患者に多く、私の場合も、もう一つ小さな石があると言われている。つまり又なんどきあの激痛に襲われるかもしれないのである。忘れもしないあの日であった。就寝前、トイレに行き、小便が出てくるのを何故かこの日、観察していた。真っ赤であった。赤小便、僕はびっくりして途中で止め、大急ぎで女房殿を呼んだ。「血尿だ、サンプルを取りたいから適当な入れ物を用意し [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(腰痛との闘い)
  • 自慢じゃないが、おいらの腰痛との闘いは50余年に及ぶ。病名は30年前「腰椎分離すべり症」と言われている。原因ははっきりしている。20歳の時、体操部での練習中着地で腰へづんと来たことによる。その後、痛みのあるがままに野球をやっていたら動けないほど痛くなった。病院に行き、元軍医の先生に診て貰った。曲げて、曲げてと言われるままに曲げていたら、がくっと強烈な痛みに襲われた。レントゲンでの検査で5番腰椎の骨 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(難しい不整脈 その3)
  • カテーテルアブレーション。心臓に信号を送る異常な回路を断つ施術の事である。根治治療はこれしかない、年齢的にも今しかないと先生は言う。そうでなくても私の苦しみは最早限界に来ていた。瞬時に決断し、その日を待ち焦がれたのは当然の事であった。こうして遂にその日は来た。3時間ぐらいで終わり、3,4日で退院と聞かされていた。ルンルンとした気分で手術室に向かう。4人の先生が手術室で待ち構えている。手術は始まる。間 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(難しい不整脈 その2)
  • 心電図検査は数十回、24時間ホルダー検査も10回位、エコー検査も受け続けた。不思議な事に何もかも正常である。異常が出てこないから病名がつかない。従って治療の手段がない。やっぱりセルシンのみの処方箋である。そして先生曰く。取り敢えず発作が出たその時点ですぐに脈を自分で診てください。不規則な拍動、速い拍動、遅い拍動、弱い拍動等がないか、ということです。けれども素人には一寸難しい。第一、発作が来たときは強烈 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(難しい不整脈 その1)
  • 初めて心臓に異変を感じたのは18歳の時である。受験を終えて帰りの電車の中で妙に心臓がどきどきし、息苦しくなった。が、それ以上の事はなく、大した問題ではなかろうとそのままにしておいた。ところがその症状は4日間続く。我慢をしていたら7日位経って治った。就職して働き始めるまでの4年間、すっかりそのことを忘れていた。ところが働き始めて2年目、仕事中突然それは現れた。息苦しさの程度はあの時よりも一寸重い。何とか頑 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(肺気腫との闘い)
  • 15年ぐらい前からその症状は出始めていた。日記で追っかけているうちに分かったことである。勿論この頃は未だ症状は軽く、[何だかこの頃息切れを感じるようになった]と軽く触れている程度である。7、8年前から常に自覚するようになり、主治医の腎臓の先生に相談している。当時、先生は明快には応えず「腎臓が悪いからね」で、話は簡単に終わった。あ、そうか、腎不全の影響があるんだなと思って諦めていた。半年後、これはやは [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(恐怖の動脈硬化その2)
  • 半年前、何だか歩く時に左足の膝が痛くってね。前日70センチぐらいの処から飛び降りたのがいけなかったんだと思っていた。年とるとすぐにこうなるんだからと、それでも散歩を続けていた。暫くして膝の状態は良くなったが、今度はふくらはぎが痛くなってきた。情けないなと思いながら、それでも散歩を続けていた。ところが今度は太もものあたりが痛くなって歩けなくなった。こんなもの、すぐに治るだろうと湿布したり体操したりして [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(恐怖の動脈硬化 その1)
  • 11年前、カテーテルアブレーション手術後で合併症を発症したのです。腎不全。原因は動脈硬化でした。腎臓は毛細血管の塊で、非常に大切な役割を担っている臓器だそうです。その毛細血管中にコレステロールの微粒子がごっそり詰まったのです。血管の壁にへばりついたコレステロールがカテーテル挿入中にはがれたのです。顕微鏡の世界、詰まってしまった以上最早手の打ちようはありません。腎不全になると造影剤を使った治療や検査が [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(痔の病を笑うでないよ)
  • 5年目にして漸く便秘を克服したのであるが、これに呼応するかのように厭らしく進行したのが「いぼ痔」の症状である。「痔」という病はどちらかというとコミカルに聞こえ、なかなか白状しない。おいらもそうであった。もう30年も前から排便後肛門に紙を当てて上手に押し込む必要があった。にもかかわらず、何とか30年間、凌いできた。ところが便秘という大敵が現れ、排便ノイローゼになるほど辛くなった。それでも病院には行かず、 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(便秘の克服)
  • こうして我が腎臓と胃は見事な連携を保ちながら月日は流れる。ところが、如何せん食事の量は並の健常者の半量である。数年後、酷い便秘に悩まされることになる。分かってはいたが、これ程のものになるとは夢考えていなかった。食べる量が半量なら、出る量も半量、せいぜい3日に1回という程度であろうと思っていた。ところが違った、下手をすると5日、7日に1回になってくる。抜群の食事管理と褒められながら、排便は計算通りにはい [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(便秘の克服)
  • こうして我が腎臓と胃は見事な連携を保ちながら月日は流れる。ところが、如何せん食事の量は並の健常者の半量である。数年後、酷い便秘に悩まされることになる。分かってはいたが、これ程のものになるとは夢考えていなかった。食べる量が半量なら、出る量も半量、せいぜい3日に1回という程度であろうと思っていた。ところが違った、下手をすると5日、7日に1回になってくる。抜群の食事管理と褒められながら、排便は計算通りにはい [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(腎不全は怖くない)
  • こんなに形の悪い胃でも、こんなに弱い胃でも良い点もあるのです。悲観してはいけません。こんな胃、最早用はないなどと言って自暴自棄に陥ってはなりません。今のおいらはね、この弱々しい胃に感謝しなければならないのです。慢性腎不全。11年前急性腎不全から慢性腎不全へと移行いたしました。いきさつは何れお話ししますがね、とにかく今はCcr18%。当時はね、「3年以内に透析になります、治療薬はありません」と言われま [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(この胃は可哀想)
  • どうもね、胃の調子が悪いな、いつもこうなんだから参っちゃう。もう20年も前からだがね。胃が完璧という日は一カ月中2日位かな、痛みは少ないがいつも重苦しい。食べられないからね、普通の人の半量位かな、麺類が多いね。何とかならないものかとあちこちの病院へ行ってはみたが、ダメだったね。ちょっと赤くなっていますね、とか、一寸荒れていますね、で終わる。入院して徹底的に調べて貰ったこともあるけれど、原因不明。先 [続きを読む]
  • 病気のいろいろ(睡眠薬は怖いぞ)
  • どうやらとんでもない処へ来たようだぜ。ここは何処だろう、見覚えのある風景じゃないね。人の姿は見かけないし、それらしき家もないし、一寸心配になって来たぞ。迷い込んだら迂闊に動くなと聞いているが、じっとしていたってどうにもなりはしないぜ。落ち着け、落ち着け、決して焦るんじゃないぞ。よいか、必ずや何とかなる。そこらで寝ころんで、空でも眺めて居なされ。じゃあそうするか、と思って寝ころんではいるがね、何も出 [続きを読む]
  • 進化の過程だからね
  • 中学一年生の時であった。先生が「我々は自由になった、解放されたのだ」と言った。それ以上のことは話してくれなかった。私にはまるで意味不明の言葉であった。私達は貧乏しながらも自由に生活している。家庭の仕事の手伝いは厭であったが、苦痛に顔歪めるというほどの事ではない。勉強だって適当にやっておればよい。トンボ取り、蝉取り、鮒取り、山の柿や栗取って食べ、そして遊ぶ。戦前はこんなことができなかったということな [続きを読む]