座間コミニティー さん プロフィール

  •  
座間コミニティーさん: 座間コミニティー
ハンドル名座間コミニティー さん
ブログタイトル座間コミニティー
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tosi_1968
サイト紹介文自己紹介苦手なので質問してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供2831回 / 365日(平均54.3回/週) - 参加 2014/09/29 08:00

座間コミニティー さんのブログ記事

  • 9月23日(土)のつぶやき
  • ルカの福音書15章7節 goo.gl/YcoAZb― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月23日 - 10:56詩篇64篇7−10節 goo.gl/p52FFP― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月23日 - 10:59◆神はその愛する方によって私たちを受け入れてくださった。 goo.gl/4QxvrU― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月23日 - 11:01◆真 理 を 買 え goo.gl/qnyPjv― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月23日 - 11:02今日の聖人の記念日 goo.gl/y39fns― 大西利幸 (@tosi_o) 201 [続きを読む]
  • ◆イエスは言われた。
  • 「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」(マルコ九・二三)ある人の息子が悪霊につかれていた。その父は、弟子たちが息子をいやすことができないのを見て、キリストに対してもほとんど、あるいは全く信仰をもっていなかった。だから、イエスが子どもを連れて来るように命じられた時、「ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください」と言った。あわれな震えおのの [続きを読む]
  • 「ほんとうに、私は主のはしためです。
  • どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(ルカ1:38)マリヤは婚約中の幸せの中にある、ごく平凡な女性だった。それが、ある日突然、御使いから「みごもって、男の子を産む」と言われた。マリヤは、どんなにか戸惑い、恐れや不安に襲われたことだろう。マリヤはメシヤ到来を知り、信じていた。だが、余りも唐突で、なぜ自分なのか?処女で出産するとは。当時、婚約中の姦通は石打ちの刑だ。おことば通りこの身 [続きを読む]
  • 今日の聖人の記念日
  • 聖テクラおとめ1世紀 テクラは、小アジア(トルコ)のイコニオンの裕福な家に生まれた。いろいろな学問を勉強し、18歳のときには婚約していた。  そのころ、この町を宣教のため訪れた聖パウロの説教を聞き、そのすばらしさに感動したテクラは、キリストの愛の深さを知り、すべてをささげようと、婚約を破棄することを決めた。そのため婚約者がパウロを訴えたので、パウロは追放され、テクラは処刑されることとなった。しかし彼女 [続きを読む]
  • ◆真 理 を 買 え
  • 真理を買え。それを売ってはならない。知恵と訓戒と悟りも。       (箴言二三23)私は、このことばを読んですぐ、イエス・キリストのなさったたとえ話を思い出しました。「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います」(マタイ一三44)。持ち物全部を売り払っても買いとるべき、人生の宝とは何でしょうか。イエス・ [続きを読む]
  • ◆神はその愛する方によって私たちを受け入れてくださった。
  • (エペソ一・六英訳)なんという特権だろう。これは神の御前における私たちの義認を含むだけではない。ギリシヤ語の「受け入れる」ということばは、それ以上の意味をもつ。神の満足の対象であること、否、神の喜びの対象であることをさえ意味する。私たちは虫であり、死すべき者、罪人である。それなのに神の愛の対象となるとは!ある信者は、その経験において受け入れられているように見える。少なくとも、彼らはそう理解している [続きを読む]
  • 詩篇64篇7−10節
  • 64:7 しかし神は、矢を彼らに射掛けられるので、彼らは、不意に傷つきましょう。 64:8 彼らは、おのれの舌を、みずからのつまずきとしたのです。彼らを見る者はみな、頭を振ってあざけります。 悪しき者の悪は、永遠に続くわけではありません。また悪しき人も、永遠に生きるわけではありません。自分では意識しなくても、不意にその裁きは訪れます。神さまが裁きの矢を放たれるからです。それは、その人の栄華を極めている時である [続きを読む]
  • ルカの福音書15章7節
  • ★あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。■O:今日のコラムルカの福音書15章には有名な放蕩息子の話しを含む三つの話しが記されています。その内容には同じテーマがあり「失われたものが見いだされる」ことについて記されています。また、この15章は主イエスの元に罪人と呼ばれる者たちが喜んで集まるのを見て、ねたみの [続きを読む]
  • 9月22日(金)のつぶやき
  • ルカの福音書14章24節 goo.gl/Dcj8o1― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月22日 - 06:33詩篇64篇5−6節 goo.gl/XcdVwj― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月22日 - 06:35◆イスラエルは、 goo.gl/Gzc74d― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月22日 - 06:36◆父  を  敬  う goo.gl/KBqiS1― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月22日 - 06:37今日の聖人の記念日 goo.gl/SKKDFN― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月22日 - 06:38おはようございます。 [続きを読む]
  • ◆私の心が衰え果てるとき……
  • どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、私を導いてください。(詩篇六一・二)私たちはたいてい、心が衰え果てた経験をもつ。それは、あらしのために転覆して沈んだ舟のようである。もし主が私たちの深い堕落の底をかきまわし、どろや汚物が立ち上がるのを許されるならば、私たちは内なる腐敗を見いだしてこのような姿となる。また失望落胆によって、このような状態となる。大波が次々と頭上を越えていく時、私たちは壊れた貝が [続きを読む]
  • 「『あなたののろわれたいちじくの木が枯れました』
  • イエスは答えて言われた『神を信じなさい』」(マルコ11:21)当時、道に生えた野生のいちじくは自由に食べていた。主がいちじくを食べようとしたのに、実がなかったので、腹を立て、木を枯らしたということではない。いちじくはイスラエルの象徴であった。「この良いいちじくのように、わたしは、良くするために彼らに目をかけ」と。「葉のほかに何もない」というのは、ユダヤ人への嘆きだった。ユダヤ人の宗教指導者たちが、 [続きを読む]
  • 今日の聖人の記念日
  • 聖トマ(ヴィラノヴァ)大司教1488年-1555年 トマは、スペインのヴィラノヴァに生まれた。  アルカラで勉強した後、サラマンカ大学で道徳神学を教え、1516年にアウグスチノ会に入り、司祭となった。管区長として、多くの宣教師を新大陸に送った。  また、ドイツ皇帝カール5世の聴罪司祭として相談に乗り、1544年にヴァレンシアの大司教となってからは、教区内の教会改革をするとともに、貧しい人たちの救済に努め、学校・病院・ [続きを読む]
  • ◆父  を  敬  う
  • あなたを生んだ父の言うことを聞け。あなたの年老いた母をさげすんではならない。(箴言二三22)聖書は、徹底的に、「父を敬い、母を敬え」と言っています。しかしこの世には、父を敬えない人が実に多くいるのではないでしょうか。私の知っている女性は、母といっしょに、小さい時に父に捨てられました。やっと高校を出て、銀行に就職しましたが、職場で得た男友達からも、肉体をもてあそばれた上で捨てられたのです。彼女は、徹底 [続きを読む]
  • ◆イスラエルは、
  • おのれの造り主にあって喜べ。(詩篇一四九・二)信者よ。心から喜べ。そしてその喜びは神からわき出ることを知れ。あなたは喜ぶべき多くの理由を神のうちにもち、詩篇の作者のように「私の最も喜びとする神」と歌うことができる。喜べ。主が支配者であられることを。また主が王であられることを。主が御座に座しておられること、すべてを支配されることを。神の性質の一つ一つは、私たちの喜びの日光の新たな光線となるべきである [続きを読む]
  • 詩篇64篇5−6節
  • 64:5 彼らは悪事に凝っています。語り合ってひそかにわなをかけ、「だれに、見破ることができよう」と言っています。 64:6 彼らは不正をたくらみ、「たくらんだ策略がうまくいった」と言っています。人の内側のものと心とは、深いものです。 人は悪いことと思っても、自分の利益になることを知りますと、不正な方法を用いてもそれを得ようとします。そして、それがうまくいくと、その悪事に慣れてますます細工が細かくなります。こ [続きを読む]
  • ルカの福音書14章24節
  • ★言っておくが、 あの招待されていた人たちの中で、 私の食事を味わう者は、 ひとりもいないのです。■O:今日のコラム私の得意料理はお好み焼きです。多くの方が「こんな美味しいお好み焼き、食べたことがない!」と言ってくださいます。自分でもそう思います(笑) ですので、うちにご招待した人は、招かれたことよりも「お好み焼きが食べられる!」と、招待されたことよりも食事を喜んでくださいます。イエス様は今日の通読箇所の [続きを読む]
  • 9月21日(木)のつぶやき
  • ルカの福音書13章23〜24節 goo.gl/4Ec676― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月21日 - 06:17詩篇64篇1−4節 goo.gl/vJcmEK― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月21日 - 06:20◆わたしは彼らを幸福にして、 goo.gl/kL2FTS― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月21日 - 06:21◆友  を  選  べ goo.gl/eD9bx6― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月21日 - 06:22今日の聖人の記念日 goo.gl/CVje98― 大西利幸 (@tosi_o) 2017年9月21日 - 06:23おは [続きを読む]
  • ◆どうか私のたましいを罪人とともに……
  • 取り集めないでください。(詩篇二六・九)恐怖のため、ダビデはこのように祈った。何者かが彼に「おそらく、ついにはおまえは悪人とともに取り集められるのだ」とささやいたからだ。その恐れは不信仰に脅かされたものではあるが、主として過去の罪を思い出したことによる聖なる心遣いから生じた。罪赦された人でも、「もし最後の時に私の罪が記憶されていて、私の名が救われた者の名簿から落とされたらどうしよう」と言う。彼は、 [続きを読む]
  • ヨハネ10:3
  • 「門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます」(ヨハネ10:3)私たちの心に、様々な「声」が聞こえて来る。それらすべてが神の声ではないので、よく注意することが肝心だ。神の声、サタンからの声、自分の思いからの声がある。それらが混線している。間違ってしまわないように、どこからの声なのかを、よく確かめる必要がある。間違った声に従って行くと、御心と正反対の方向へ向かってしまう。確かめるために、まず、そ [続きを読む]
  • 今日の聖人の記念日
  • 聖マタイ使徒福音記者1世紀 マタイは、カファルナウムの町で、ユダヤの徴税人として働いていた。当時の徴税人は、ローマの手先となって同胞からお金を取る者として、罪人とみなされ人びとから疎まれていた。ある日、収税所の前を通られたイエスから「わたしに従いなさい」と声をかけられてイエスに従い、12使徒の一人となった。  マタイは、福音書を当時のユダヤ社会で使われていたアラマイ語で著わし、旧約の預言がキリストにお [続きを読む]
  • ◆友  を  選  べ
  • 大酒飲みや、肉をむさぼり食う者と交わるな。大酒飲みとむさぼり食う者とは貧しくなり、惰眠をむさぼる者は、ぼろをまとうようになるからだ。(箴言二三20―21)人は、交わる友に似ていくのではないでしょうか。「朱に交われば赤くなる」と昔からいわれています。親として、自分の子どもが、よい友と交わってほしいと願うのと同じ思いで、神は、「肉欲をむさぼる者と友となってはいけない」とおっしゃるのです。クリスチャンの先輩 [続きを読む]
  • ◆わたしは彼らを幸福にして、
  • 彼らをわたしの喜びとし……。(エレミヤ三二・四一)神が聖徒を喜ばれ、愛してくださるとは、信者にとってなんという慰めであろう。主はなぜ私たちを愛されるのか。その理由を私たちは自分の中に見いだすことはできない。私たちは自分自身を喜ぶことはできないのである。しばしば重荷にあえぎ、自分の罪深さを意識し、自分の不誠実を嘆かなければならないからである。さらに私たちは、神の民が私たちを喜ばないのではないかと恐れ [続きを読む]