詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記) さん プロフィール

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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)さん: 詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)
ハンドル名詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記) さん
ブログタイトル詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/shokeimoji2005
サイト紹介文日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供520回 / 365日(平均10.0回/週) - 参加 2014/10/02 10:33

詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記) さんのブログ記事

  • 高良勉「打ち捨てられたヒモ」
  •  高良勉「打ち捨てられたヒモ」は、こんな作品。ムラサキ露草に朝露がまだ残るあかときサトウキビ畑の広がるいつものウォーキングコースにおびただしい紐が打ち捨てられている赤、青、黄、黒、白のヒモたち砂糖キビの枯れ葉を束ねていた黄色いヒモパソコンのコードであったか黒いヒモ若い娘の腰巻きの残りか赤いヒモ路傍に無造作に捨てられた現代のヒモたち ハライ好みの紐を拾って帰ってもヒモのゴミは増えるばかり一度切られた [続きを読む]
  • 八木忠栄「やあ、詩人たち」
  • 八木忠栄「やあ、詩人たち」(「現代詩手帖」2017年02月号) 八木忠栄「やあ、詩人たち」は「折句の試み」。詩人の名前を行頭に組み込んでいる。「しみずあきら」は、こんなふうに。死花咲きみだれる風情嵐山。水たまりに隠れてさわぐ激情からずらかれ! という秘かな声。アメリカが燃える。きみの長いのども、燃えて乱世をどこまで駆け抜けていくつもり? ただ名前を読み込んでいるだけではなく、清水昶が書きそうなことばが並 [続きを読む]
  • 星野元一「カニになった日」、長嶋南子「生きている」
  • 星野元一「カニになった日」、長嶋南子「生きている」(「蝸牛」54、2017年01月30日発行) 星野元一「カニになった日」は、戦後、サワガニを食べたときの記憶から書き始めている。「かんべんしてよ!/カニは両手を上げ/岩の穴に逃げていった」という描写のあと、秋を挟んで という美しい一行があって、世界が転調する。カニになったことがある穂高連峰を渡った青春の真っただ中体がボール紙になって岩壁に貼りつけられた谷は口 [続きを読む]
  • 小林坩堝「エンド・ロール #3」
  • 小林坩堝「エンド・ロール #3」(「現代詩手帖」2017年02月号) 私は最近、若い世代の日本語に違和感を覚える。たとえば小林坩堝「エンド・ロール #3」なにかを匿すかの如くに街に雨が降りしきる視えるか無数の瞳が瞬くのがおれでおまえでおれたちおまえたちわれわれであるところのオモイデの数だけ伝説は生まれ滅びやがて都市の赤子として転生する 「意味」はわかる、いや、わかったつもりになる。「オモイデ」とカタカナ [続きを読む]
  • 中井久夫『中井久夫集1 働く患者』
  • 中井久夫『中井久夫集1 働く患者』(みすず書房、2017年01月16日発行) 私が中井久夫を初めて読んだのは『カヴァフィス詩集』だった。そのあと、リッツォスの詩を知った。それ以後、エッセイも読むようになったが、『カヴァフィス』以前については何も知らなかった。今度の著作集には、私の知らなかった時代の中井久夫がいる。知らなかった時代の中井久夫なのだけれど、ふと、あっ、知っていると感じるものがある。 私にとって [続きを読む]
  • 石川慶監督「愚行録」(★★★★+★) 
  • 監督 石川慶 出演 妻夫木聡、満島ひかり 私は推理小説が嫌い。映画も「犯人探し」は大嫌い。すぐに「犯人」がわかってしまう。 この映画の場合に、妻夫木聡がバスのなかで老人に席を譲れ、と他の客にからまれ、席を譲る。足をひきずるような感じで歩き、バスのなかで倒れる。降りてからも足をひきずって歩く。しかし、バスが行ってしまうとふつうに歩きだす。これは「ユージュアルサスペクツ」でケビン・スペーシーがラストシ [続きを読む]
  • 荒木時彦『アライグマ、その他』
  • 荒木時彦『アライグマ、その他』(私家版、2017年02月10日) 荒木時彦『アライグマ、その他』は反復の中で「時間論」を展開する。方法論としてはベケットに似ている。今朝、バス停で毎朝七時半に会う男に、いつものように挨拶をした。彼も私の顔を見て、軽く会釈した。しかし、その挨拶は何かしっくりとこないものだった。ダークブルーのスーツにストライプのネクタイ、銀縁のメガネ。見たところ、彼は確かにいつもの彼だった。一 [続きを読む]
  • 深沢レナ「神経症のレッサーパンダ」
  • 深沢レナ「神経症のレッサーパンダ」(「ぷらとりあむ」1、2017年01月21日発行) 深沢レナ「神経症のレッサーパンダ」は動物園でレッサーパンダをみたときの詩。同じところをまわり続けている。「僕たちはその様子を長い間眺めていたが/もしかしたら神経症なのかもしれないね、という結論に達した」と書いたあと、硬い雨が透明な薄いカーテンとなって僕たちと彼を一つの空間の中に閉ざした 「一つ」ということばに引き込まれた [続きを読む]
  • 千人のオフィーリア(メモ29)
  • 千人のオフィーリア(メモ29)水は見ていた、水をみつめるオフィーリアを。水は晴れ上がった空を映す水の色。梢から雨の名残が落ちてくる。水面に小さな輪を描いては消えていく。水は聞いていた、その音楽に耳をすませるオフィーリア。高いところで知らない小鳥が鳴いた。さえずりは鋭くちらばる光になった。水は見ていた。オフィーリアが水を踏むのを。*詩集「改行」(2016年09月25日発行)、残部僅少。1000円(送料込み/料金後 [続きを読む]
  • 溝口健二監督「山椒大夫」(★★★★)
  • 監督 溝口健二 出演 田中絹代、花柳喜章、香川京子、進藤英太郎 田中絹代は不思議な俳優だ。「楢山節考」もそうだが、この「山椒大夫」も一種の「物語」である。実際にありうることかもしれないが、架空の話。それなのに田中絹代が出てくると、それがリアリズムにかわる。「肉体」が物語をのみこんでしまう。ただしリアリズムといっても、「現実」の押し売りではない。「悲惨」の押し売りではない。なにか「ゆとり」がある。「 [続きを読む]
  • 倉橋健一「胎内遊泳」
  • 倉橋健一「胎内遊泳」(「イリプスⅡ」21、2017年02月10日発行) 倉橋健一「胎内遊泳」は、倉橋が「胎内」にいるときのことを書いたのだと思うのだが。わけ知らずわたしのいちばん好みの灯明はなんといっても明治の初期銀座にはじまった青白いガス燈の放つあの色調に尽きるがその原因もどうやら母親の胎内で見た暁暗からはじまっている 「胎内で見た」と書いているから、倉橋は「胎内」にいる生まれる前の「胎児」なのだろう。こ [続きを読む]
  • 山下晴代『今はもう誰も杉村春子など思い出さない』
  • 山下晴代『今はもう誰も杉村春子など思い出さない』(Editions Hechima、2016年11月28日発行) 山下晴代『今はもう誰も杉村春子など思い出さない』にも「意味」というか、「文学」が出てくる。ただしそれは伊藤浩子『未知への逸脱のために』とは全く異なる。「e fango e il mondo」の全行。そして世界は泥である夢のなかで泳いでいた夢の空間を夢の文法があり夢の論理があったそこでは、レオポ [続きを読む]
  • 伊藤浩子『未知への逸脱のために』
  • 伊藤浩子『未知への逸脱のために』(思潮社、2016年10月30日発行) 伊藤浩子『未知への逸脱のために』は「意味」が先走る。タイトルもそうだが、「未知」「逸脱」ということばにはすでに「意味」が存在し、しかもその「意味」は伊藤のなかで完結している。まるで「翻訳」を読んでいる気持ちになる。「意味」は「原典」(伊藤の頭のなか)に存在していて、その「解説」を「日本語(読者に理解できることば)」で聞かされてる感じ。 [続きを読む]
  • 峯澤典子『あのとき冬の子どもたち』
  • 峯澤典子『あのとき冬の子どもたち』(七月堂、2017年02月01日発行) 峯澤典子『あのとき冬の子どもたち』は外国を旅行したときの詩を集めているのだろうか。バスに揺られているあいだは息が吸える気がした遠ざかってゆく、のか近づいて行くのかもう誰にもわからなくなっていたから          (「パリ、16時55分着」) 「わからない」こと、決定しないことによって、「肉体」が解放される。新しく生き始める。不安があ [続きを読む]
  • 中川智正「炎天下」ほか
  • 中川智正「炎天下」ほか(「ジャム・セッション」10、2016年12月28日発行) 中川智正「炎天下」を読む。俳句である。冬北斗 わが頭上にも傾(かたぶ)ける息よりも熱き風吸い初打席 「冬北斗」は冬、「息よりも」は夏だろうか。季節は違うのだが、「孤独」を感じさせる。しかも、「周囲」が見える孤独である。自分と他者(他の存在)のあいだが完全に透明になったような「孤独」。秋彼岸看守へ頼む針へ糸 「看守」につまずいた [続きを読む]
  • 田中紀子「生い立ち」
  • 田中紀子「生い立ち」(「豹樹」27、2017年02月01日発行) きのう映画「たかが世界の終わり」を見た。そのあとで、田中紀子「生い立ち」を読んだ。ナナカマドの樹はそこで芽吹いたときから葉をつけ花をつけ実をつけ風のかたちに撓みながら伸びていったどこからか吹かれきた一枚の枯葉ナナカマドとあなたの隙間に漂い落ち差し出したあなたの手元からするりと舞いあがるあなたはあとを追うことができるとわかった 淡々とした描写。 [続きを読む]
  • 内政問題?
  • 内政問題?               自民党憲法改正草案を読む/番外71(情報の読み方) 2017年02月12日読売新聞(西部版・14版)は「日米首脳会談」一色。どんな成果があったのか、よくわからない。1面に、「尖閣に安保」明記 という見出しが躍っているが、私はどうしても、それでは「北方四島は?」と思ってしまう。いまは無人島の尖閣諸島と違い、北方四島は実際にロシア人が住んでいる。これは、このまま放置? 日米 [続きを読む]
  • 山下澄人「しんせかい」
  • 山下澄人「しんせかい」(「文藝春」2017年03月号) 山下澄人「しんせかい」は第 156回芥川賞受賞作。退屈で、やりきれない。 芝居出身の人で、「間」を描いている。「間」がテーマである。「間」そのものは、この小説のなかでも芝居の稽古のところに出てくる。そこに出てくる「定義」は無視して、私自身のことばで言いなおすと。 「間」というのは、人間(個人)がもっている「過去」が「現在」のなかへ噴出してくる瞬間のこと [続きを読む]
  • 危険な共同声明
  • 危険な共同声明               自民党憲法改正草案を読む/番外71(情報の読み方) 2017年02月103 日読売新聞(西部版・14版)1面に、次の見出し。あす日米首脳会談/「尖閣に安保」共同文章に/最終調整 中国けん制前面/南シナ海懸念も表明 目が痛いので記事は引用しない。 これは、とても危険な「共同声明」になる。 尖閣諸島をめぐっては中国とのあいだと「領有権」問題が確定していない。そこに日米安保 [続きを読む]
  • 閻連科『年月日』
  • 閻連科『年月日』(谷川毅訳)(白水社、2016年11月20日発行) 閻連科『年月日』は大旱魃の村に残り、一本のトウモロコシを育てる七十二歳の老人と目の見えない犬の話。 ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を連想させる。『百年の孤独』は雨が降り続くのに対し、『年月日』は旱魃がつづく、と「設定」は違うのだが、「寓話」を感じさせる。「毎日毎日数珠つなぎに出てくる太陽」という、主人公の暮らし(土の匂い)を感じさせる [続きを読む]
  • 岩田亨『聲の力』
  • 岩田亨『聲の力』(角川書店、2016年04月25日発行) 岩田亨『聲の力』は歌集。ことばを声に出すことによってつかみとった力。それをもう一度ことばに返す。そうやってできた歌集。 ということなのだが。 私は岩田の声を聞いたことがない。また、私は黙読しかしない。だから、この歌集を読んでも、そこに書かれていることの半分もつかみ取ったことにはならないと思うのだが、感想を書いてみる。聲を撃つ夜(よ)の地下室の空間の [続きを読む]
  • 伊口すみえ「冷蔵庫には昨日の中身が詰まっている」、深沢レナ「病室」
  • 伊口すみえ「冷蔵庫には昨日の中身が詰まっている」、深沢レナ「病室」(「プラトンとプランクトン」3、2016年11月23日発行) 伊口すみえ「冷蔵庫には昨日の中身が詰まっている」はゼリーが食べたいと思い、ゼリーをつくる詩。ゆっくりと かき混ぜる混ぜながら 細胞が1つ死んで(3つか4つかもしれない)また誰かいい子が その細胞を埋めた 「細胞」はゼリーの細胞か。かき混ぜている「わたし」の「肉体」の細胞か。よくわ [続きを読む]