言葉の救はれ??時代と文學 さん プロフィール

  •  
言葉の救はれ??時代と文學さん: 言葉の救はれ??時代と文學
ハンドル名言葉の救はれ??時代と文學 さん
ブログタイトル言葉の救はれ??時代と文學
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/logos6516
サイト紹介文言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。
自由文日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供189回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2014/10/06 21:46

言葉の救はれ??時代と文學 さんのブログ記事

  • 『カエルの楽園』を読む。
  • カエルの楽園 (新潮文庫)百田 尚樹新潮社 文庫になつたら読まうと思つてゐたら、想像以上に早く文庫になり、直ちに読んだ。三時間ほどで読める。内容は、まさに現代日本を戯画化したものである。安全保障を巡る私たちの国の言論状況のお粗末ぶりを真剣に的確に書いてゐる。 しかし、百田尚樹氏は楽しくはなかつたであらう。笑ひながら書いてゐたかもしれないが、平和主義者の主張の方をたくさん書かなければならないのである [続きを読む]
  • 『オデッセイ』を観る。
  • オデッセイ [Blu-ray]マット・デイモン,ジェシカ・チャステイン,クリステン・ウィグ,キウェテル・イジョフォー,ジェフ・ダニエルズ20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン ふとしたきつかけで『オデッセイ』を観ることになつた。 アメリカ映画。不慮の事故で火星に一人取り残された仲間を再び地球に帰還させるといふ話。 死んだと思つてゐた仲間が生きてゐたといふことを知る。船長はその仲間が死んだはずだと [続きを読む]
  • 犬塚勉の絵を観る。
  •  二週間ぶりに休みが取れたので、県内の美術館でやつてゐる「リアルのゆくえ」展を観に出かけた。高島野十郎の絵との再会も楽しみであつたが、なんといつても今回はスーパーリアリズムと呼ばれる写真のやうな絵画を描く犬塚勉の絵を観るのが楽しみであつた。 ここに貼り付けることはご法度だらうから、犬塚勉の公式ホームページを張り付けておくので興味のある方はご覧ください。そこに出てゐる「梅雨の晴れ間」(1986年)と、ホ [続きを読む]
  • 『関ヶ原』を観る。
  •  8月26日公開を待ち望んでゐた。もつと正確に言へば、公開が遅すぎである。お盆の頃に公開してくれれば場所も時間も選べたのにである。 内容は、とても良かつた。最初の20分はもたもたしてゐたが、あとは食ひ入るやうに見てしまつた。途中で細かいことについては知識がついていけないところもあつたが(この辺りのところは不満の人も多いやうだ)、家康や島津に嫌な感じを抱き、小早川にいらいらした感情を抱いたのはいつもなが [続きを読む]
  • 夏過ぎる頃、ニヒリズム
  • 反学問のすすめ―視点 2松本 道介邑書林 夏休みが終はる頃、学生時代は危機を迎へてゐた。宿題をためてゐたせいもあるが、宿題が手につかない状況になるからでもあつた。今の言葉で言へば「うつ」といふことにならうが、我が家の語彙にはさういふ言葉はなく、怠け心といふことになり、自分自身もその怠け心に負けてなるものかといふことで体を奮ひ起こして学校に行つてゐた。家にゐて何もせず、ただ時間を無駄に過ごしてゐた。さ [続きを読む]
  • 箕面の滝
  • 昨日はふと思ひ立ち、箕面の滝に出かけた。バスで箕面駅に行き、歩いて45分ほど。薄曇りの絶好の散策日和。気持ちよい汗をかいた。 やうやく夏休みらしい一日を過ごした。今夏は教員免許更新に物心を費やした。かういふ一律研修をして何になるのか。行政府が真面目に教育を考へてゐない証拠であらう。教員免許を持つてゐない大学の先生が教員免許の更新の研修をするといふのもをかしなものだ。初等中等教育と大学との関はりは [続きを読む]
  • 『現代建築のトリセツ』を読む。
  • 現代建築のトリセツ (PHP新書)松葉 一清PHP研究所 「現代建築」に強い関心がある。最初に心惹かれたのは、代々木体育館だ。丹下健三の設計である。大阪万博の大屋根、それをぶち抜いた岡本太郎の「太郎の塔」いやいや「太陽の塔」、あの時代の建築はとても魅力的である。モダニズム建築とひとくくりにされるが、実用一辺倒といふわけでもないやうな気がする。建築は思想を体現してゐるが、思想だけで建築を語るのもどうかと思ふ。 [続きを読む]
  • なんだか変な本だつたな。
  •  知人に勧められて、こんな本を読んでみた。現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史 (イースト新書)北田暁大,栗原裕一郎,後藤和智イースト・プレス 著者の三人をいづれも知らない。ただ、現代の批評はつまらないなと思つてゐたので、その「事情」を知るのもいいかと思つて手を出してみた。 曰く。論者が経済を知らないからだ。 曰く。論者が若者を見くびつてゐるからだ。 曰く。論者が安倍憎しで凝り固まつてゐるからだ。 こ [続きを読む]
  • 『ネガティブ・ケイパビリティ』を読む。
  • ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書)帚木蓬生朝日新聞出版 このブログを継続して読んでくださつてゐる方は、ご存じかもしれないが『ケイパビリティ』といふ言葉を今年になつて取り上げたことがある。その意味は、「能力、手腕、性能」といふ意味である。 その言葉の前に「ネガティブ」と著者の帚木は付けて「答えの出ない事態に耐える力」といふ意味にとらへてゐる。この言葉を最初に使つたのは [続きを読む]
  • 芥川賞「影裏」を読む。
  •  昨日は終日、大阪市立大学で「越境の文化論」といふテーマの講義を受けた。教員免許を更新するためには、大学での受講が必須であるからだ。午前中は、映画について(西部劇を中心に)、文学について(イギリスの唯美主義作家ウォルター・ペイター)。午後は、民話について(異類婚姻譚を中心に)、そして演劇について(蜷川幸雄)である。 とても興味深い内容であつたが、かういふことを義務化してどうするのかといふ気もする。 [続きを読む]
  • 『反戦後論』を読む。
  •  反戦後論浜崎 洋介文藝春秋 浜崎氏の文藝評論である。 読むのに時間がかかつたが、それはこちらの能力がないことからである。福田恆存の研究者として知られる氏の論考は、現代思想を踏まへて書かれるから、とても分析的である。その分析を一つ一つ勉強しながら理解しようとするから遅くなる。でも、途中で投げようとは思はないのは、氏の筆力ゆゑであらう。安吾についての評は秀逸であつた。 それから発見だつたのは、氏が [続きを読む]
  • 『父・福田恆存』を読む。
  •  昨日、『父・福田恆存』を読了した。 批評家についての批評が息子によつて書かれ、その本がその批評家についての本の中で最も売れるものであつたとすれば、それは批評家にとつて幸福なことであらうか。吉田健一については、確かにご令嬢によつて書かれてゐる。しかし、小林秀雄、河上徹太郎、竹山道雄、唐木順三、中村光夫、三島由紀夫、保田與重郎、江藤淳、丸谷才一についての評論が、誰によつて書かれただらうか。そんなこと [続きを読む]
  • ロレンス『死んだ男』を読む。
  •  福田逸氏の新著『父・福田恆存』を読んでゐる。その感想は後日書くことにしようと思つてゐるが、読みながらいろいろと寄り道をしてゐる。ロレンスによつて若き福田恆存は「生きる杖」を得たとどこかで書いてゐたが、そのロレンスの思想は『チャタレー夫人の恋人』よりも『死んだ男』に表れてゐるとその本の中で書かれてゐたので、早速それを読んでみた。 あらすぢは、ここが参考になる。なかなかすぐには手に入れられないと思ふ [続きを読む]
  • 時事評論 7月号
  • 「時事評論石川」7月号のお知らせ。 今月号の内容は次の通り。 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。 1部200圓、年間では2000圓です。(いちばん下に、問合はせ先があります。)                     ● 安倍政権の支持率が下がつて喜んでゐるテレビ局やアナンサー、コメンテーターがゐる。いかにも心配げな表情を浮かべてゐるから笑つてしまふ。それなら、本気で喜んだ方がいい。 安 [続きを読む]
  • 世に厄介な人・こと・気分
  •  先日、出張があつて上京した。帰りの新幹線まで時間があつたので、国立新美術館のジャコメッティ展に出かけることにした。あの針金で造られたやうな人物造形に、なぜか不思議に惹かれてゐるからだ。 いつかは手に入れたいと思つてゐる。なぜだか分からないけれども。 今回はそれでもこれまでとは違ふ印象があつた。 一つ。足が全体のバランスからすると異常に大きいこと。重さを支へるといふ物理学的な要請であるなら興醒めだ [続きを読む]
  • 翻訳できないのは、文章が正しくないから。
  •  外国文学を日本語でしか読めない。 語学無能力者の悲哀であるが、それを逆手にとつて役に立てることもある。 それは何か。 翻訳物を読んでゐてつまらないものが多い。そのほとんどは、翻訳文が悪いからといふことが理由になつてゐる。しかし、本当か。 考へられる可能性は二つ。 1 翻訳者の原文理解が稚拙である場合。 2 原文自体が稚拙である場合。 多くは、原文は名著であるのだから翻訳が悪いといふところで落ち着 [続きを読む]
  • コメントを下さる方へ
  •  わづかだが、このブログを継続的にお読みくださつてゐる方がゐる。一見さんもたくさんいらつしやると思ふが、中にコメントをくださる方がゐる。ありがたいことだと思つてゐる。 メモ=下書きのやうな、文の整合性も取れてゐない、とにかくアイディアだけを残しておかうと思つて書いてゐるから、読みにくいこと甚だしい。私も偶然過去のものを読んで「ひどいな」と思ふぐらゐだから、人様はもつと厳しい感想をお持ちだらうと思ふ [続きを読む]
  • 「時間が出来たら劇場へ」とは思ふものの
  •  東京にゐたころは、仕事半分、趣味半分で、毎週のやうに芝居を見てゐた。劇評を書いてゐると、あちらこちらからチケットが送られてくるし、劇場に行けばチラシが所狭しと並べられてゐたらから、次はこれを見ようかなと目星をつけて予約してといふことを繰り返してゐた。 だから、今どんな芝居をやつてゐるかといふことが自然に情報として入つてきた。 ところが、地方に引き越してからはさういふ機会はめつきり無くなつた。今は [続きを読む]
  • 四半世紀振りの再会
  •  先日の日曜日、東京に出張で出かけた。そこでなんと四半世紀ぶりに友人と再会した。それも二人とである。 不思議なことである。こんなこともあるのかと、狐につままれたやうな気がした。 二人ともそれなりに年をとり、生活の疲れが体全体に漂つてゐた。つまりは、私もさうであるといふことである。久しぶりに会ふ友人が無言で教へてくれることは、さういふことである。 生きてゐると、かういふことがあるのだな。出会ひは一瞬 [続きを読む]
  • 『いま世界の哲学者が考えていること』を読む。
  •  「世界の哲学者がいまどんなことを考へてゐるのか」 そんなことをタイトルを見て興味を持つた。私にとつて考へるとは善とはなにか、教へるとはどういふことか、自己とは何か、といふスタイルにしたがつたある種の原理的な思考のことを意味するが、実際の哲学者はさういふ思考ではなく、現実の課題にたいしてその対処法を考へてゐるのであつた。 それがとても新鮮であつた。なるほど考へるとは何か対象があつて起きることであり [続きを読む]
  • 時事評論石川 6月号
  • 「時事評論石川」6月号のお知らせ。 今月号の内容は次の通り。 どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。 1部200圓、年間では2000圓です。(いちばん下に、問合はせ先があります。) 1面吉田先生の論は、亡くなつた松原正を彷彿とする斬れ味である。東大法学部の宍戸常寿氏が『正論』に書いた「これまでの憲法論議に欠けていたこと」への批判である。 東大法学部と言へば、先日も井上達夫氏と石川健治氏との激論 [続きを読む]