クマコ♡ さん プロフィール

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クマコ♡さん: セラピスト♡クマコ日記
ハンドル名クマコ♡ さん
ブログタイトルセラピスト♡クマコ日記
ブログURLhttp://ameblo.jp/the-kumako/
サイト紹介文クマコとは…人大好き♡癒す仕事大好き♡ 人生泣いたり、笑ったり、笑ったり、笑ったり。
自由文クマコは、
マザー・テレサの
「Love is doing small things with great love.」
〜小さなことを、大きな愛で〜
という言葉が大好きです♡

目の前にいる大切な『あなた』を
何度でも何度でも笑顔にしたい!

そんなシンプルな想いで
セラピストをさせていただいております。


心豊かな方。お友達になりましょう!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供239回 / 365日(平均4.6回/週) - 参加 2014/10/14 06:09

クマコ♡ さんのブログ記事

  • 【言志後録 151条より】 盲人はよく耳で見る
  • 【言志後録 151条より】 瞽目(こもく)は能く耳を以て物を視、 聾瘂(ろうあ)は目を以て物を聴く。 人心の霊の頼むに足る者此くの如し。 88888888888888888888888888888888 目の見えない者は、耳でよく物を視る。 聾瘂者は、よく目で物を聴く。 このように人の心の霊妙な働きはまことに頼みに足りるものである。 88888888888888888888888888888888Q.あなたはどこで何を感じているのか? [続きを読む]
  • 【言志後録 146条より】 子弟の業と草木の移植二則 その一
  • 【言志後録 146条より】 草木の萌芽は、必ず移植して之を培養すれば、乃ち能く暢茂(ちょうも)条達す。子弟の業に於けるも亦然り。 必ず之をして師に他邦に就きて其その籥(たくやく)に資せしめ、然る後に成る有り。膝下に碌碌(ろくろく)し、郷曲に区区たらば、豈(あ)に暢茂条達の望み有らんや。 88888888888888888888888888888888 草木の芽ばえは、必ず他所に移植してこれを培養すると、よく成長し、枝葉が延び [続きを読む]
  • 【言志後録 137条より】 有益な学問
  • 【言志後録 137条より】 仁義礼智、種種の名色は、皆是れ本心呈露の標目にて、総称有り。子称有り。 処に随いて指点し、究(つい)に一己の心体を状するに過ぎず。 即ち是れ我が見在の活物なり。今此の言を做(な)すも、亦此れ是の物なり。 故に書を読む時は、当(まさ)に認めて我が物を講ずと做すべし。 事に臨む時に至りては、卻(かえ)って当に認めて活書を読むと做すべし。 是くの如く互いに看れば、 [続きを読む]
  • 【言志後録 4条より】 儒教の本領
  • 【言志後録 4条より】 孔子の学は、己を修めて以て敬することより、百姓を安んずることに至るまで、只だ是れ実事実学なり。 「四を以もって教う、文行忠信」「雅(つね)に言う所は、詩書執礼」にて、必ずしももっぱら誦読(しょうどく)を事とするのみならざるなり。 故に当時の学者は、敏鈍の異なる有りと雖(いえど)も、各々其の器を成せり。 人は皆学ぶ可し。能と不能と無きなり。 後世は則ち此の学墜ちて [続きを読む]
  • 【言志録 222条より】 民衆の心を知れ
  • 【言志録 222条より】 民の義ぎに因りて以て之を激し、 民の欲に因りて以て之に趨(おもむ)かしめば、 則ち民其の生を忘れて其の死を致さん。 是れ以て一戦すべし。 88888888888888888888888888888888 民衆が正義とするところを察してこれを激励し、 民衆の行なわんと欲するところを知って、その方向に赴かせれば、 (民衆は感激し、信服して)自己の生命をも忘れ、一死以て難に当る勢いを [続きを読む]
  • 【言志後録 32条より】 寸言四則 ①精神修養
  • 【言志後録 32条より】 申申夭夭(しんしんようよう)の気象は、 収斂(しゅうれん)の熟する時、自ら能く是くの如きか。 88888888888888888888888888888888 ゆったりして、やわらぎよろこぶ気分は、 精神修養が十分に熟した時にこそ、自らこうなれるものだろうか。 88888888888888888888888888888888Q.あなたは精神修養が熟しているといえるか? [続きを読む]
  • 【言志後録 30条より】 「中」二則 ②狂人と陶酔の間
  • 【言志後録 30条より】 気魄(きはく)の人の認めて以て中と為す者は、 固(も)と過ぎたり。 而(しか)も其の認めて以て小過(しょうか)と為す者は、 則ち宛(あたか)も是れ狂人の態なり。 弱(ぜんじゃく)の人認めて以て中と為す者は、 固(も)と及ばずして、而も其認めて以て及ばずと為す者は、則ち殆ど是れ酔倒の状なり。88888888888888888888888888888888 気の強い人が、「中」だと認めたものは、 [続きを読む]
  • 【言志後録 31条より】 精神を収斂する時
  • 【言志後録 31条より】 精神を収斂(しゅうれん)する時、自ら聡明を閉ずるが如きを覚ゆ。 然れども熟後に及べば、則ち闇然として日に章らかなり。 機心酬酢(きしんしゅうそ)その時、自聡明通達するを覚ゆ。 然れども稔(じん)して以て習と成れば 則ち的然として日に亡ぶ。 88888888888888888888888888888888 精神をひきしめて修養する時には、 自ら自己の賢明がふさがれたように感ずる。し [続きを読む]
  • 【言志後録 26条より】 地上の美観
  • 【言志後録 26条より】 山水の遊ぶ可く観る可き者は、必ず是れ畳嶂(じょうしょう)、攢峰(さんぽう)、必ず是れ激流、急湍、必ず是れ深林、長谷、必ず是れ懸崖、絶港なり。 凡そ其の紫翠(しすい)の蒙密(もうみつ)、 雲烟(うんえん)の変態、 遠近相取り、険易相錯(まじ)りて、然る後に幽致の賞するに耐えたる有り。 最も坤輿(こんよ)の文たるを見る。若し唯だ一山有り、一水有るのみならば、則ち何の奇趣か [続きを読む]
  • 【言志後録 27条より】 死生観
  • 【言志後録 27条より】 物には栄枯有り、人には死生有り。即ち生々の易なり。 須らく知るべし、 躯殻(くかく)は是れ地にして、性命は是れ天なることを。 天地未だ曾(かつ)て死生有らずば、則ち人物何ぞ曾て死生有らんや。 死生、栄枯は只だ是一気の消息盈虚(えいきょ)なり。 此れを知れば則ち昼夜の道に通じて知る。 88888888888888888888888888888888 物には栄えるあり枯れるあり、人に [続きを読む]
  • 【言志後録 28条より】 「思」という字
  • 【言志後録 28条より】 心の官は則ち思うなり。思うの字は只だ是れ工夫の字のみ。 思えば則ち、愈(いよいよ)精明に、愈篤実(とくじつ)なり。 其の篤実なるよりして之れを行こうと謂い、其の精明なるよりして之を知と謂う。 知行は一の思の字に帰す。 88888888888888888888888888888888 心の役目は思うということである。 思うということは、道の実行について工夫を重ねることである。 思 [続きを読む]
  • 【言志後録 29条より】 「中」二則 ①君子の道たる「中」
  • 【言志後録 29条より】 中の字は最も認め(がた)し。弱(ぜんじゃく)の人の認めて以て中と為す者は、皆及ばざるなり。 気魄(きはく)の人の認めて以て中と為す者は、皆過ぎたるなり。 故に君子の道鮮(すく)なし。 88888888888888888888888888888888 「中」に該当するものはなかなかないものである。 心の弱い人が「中」だと認めるものは「中」に及ばないものである。 反対に気概のある勝気の人が [続きを読む]
  • 【言志後録 99条より】 増さず減らさず
  • 【言志後録 99条より】 古往今来、生生息(や)まず。 精気は物を為すも、天地未だ嘗(かつ)て一物をも増まさず。 游魂は変を為すも、天地未だ嘗て一気をも減ぜず。 88888888888888888888888888888888 昔から今に至るまで、生々として休みなく精気は物を作りつつあるが、 天地の間に未だ何等一物を増したという事がない。 生物は死んでその魂は去ったであろうが、天地は未だ一気をも減じていない [続きを読む]
  • 【言志後録 98条より】 心の安否を問え
  • 【言志後録 98条より】 人は皆身の安否を問うことを知れども、而(しか)も心の安否を問うことを知らず。 宜しく自ら問うべし。 「能く闇室(あんしつ)を欺かざるか否か。 能く衾影(きんえい)に愧(は)じざるか否か。 能く安穏快楽を得るか否か」 と。 時時是(か)くの如くすれば心便(すなは)ち放れず。 または放(ほしいまま)ならず。 88888888888888888888888888888888 人は皆身体 [続きを読む]
  • 【言志後録 24条より】 真の功名
  • 【言志後録 24条より】 真の功名は、道徳便ち是れなり。 真の利害は、義理便ち是れなり。 88888888888888888888888888888888 本当の功績名誉は道徳を実行して得られるものである。 本当の損得は義理によって得られるものである。 88888888888888888888888888888888Q.あなたが得ようとしているのは真の功名であるといえるか? [続きを読む]
  • 【言志後録 25条より】 達人の見解
  • 【言志後録 25条より】 人の一生遭う所には、険阻(けんそ)有り、坦夷(たんに)有り、安流(あんりゅう)有り、驚瀾(きょうらん)有り。 是れ気数の自然にして、竟(つい)に免るる能わず。 即ち易理なり。人は宜しく居って安んじ、玩(もてあそ)んで楽むべし。 若し之を趨避(すうひ)せんとするは、達者の見に非ず。 88888888888888888888888888888888 人の一生の間に出会うところは、道路にたとうれば、 [続きを読む]
  • 【言志後録 21条より】 心と身を養うには
  • 【言志後録 21条より】 礼儀を以て心を養うは、即ち体躯を養うの良剤なり。 心、養を得れば則ち身自(おのず)から健なり。 旨甘(しかん)を以て口腹を養うは、即ち心を養うの毒薬なり。 心、養いを失えば則ち身も亦(また)病む。 88888888888888888888888888888888 人はただ外面にあらわれる形式的のものとせずに立居振舞をもって、精神の修養の手段とすることは、身体を養う良薬である。なぜなら、精 [続きを読む]
  • 【言志後録 22条より】 敬の真義
  • 【言志後録 22条より】 心に中和を存すれば、則ち体(たい)自(おのず)から安舒(あんじょ)にして 即ち敬なり。 故に心広く体胖(ゆた)かなるは敬なり。 徽柔懿恭(きじゅういきょう)なるは敬なり。 申申夭夭(しんしんようよう)たるは敬なり。 彼の敬を視ること桎梏(しっこく)徽纏(きてん)の若く然る者は、是れ贋敬(がんけい)にして真敬にあらず。 88888888888888888888888888888888 人は心に [続きを読む]