しろながすくじら さん プロフィール

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しろながすくじらさん: くじら旅行記 回顧録
ハンドル名しろながすくじら さん
ブログタイトルくじら旅行記 回顧録
ブログURLhttps://ameblo.jp/kujira-parade/
サイト紹介文2ヶ月間で世界一周の旅をしてきました。 その時の記録を残したくて書いているブログです。
自由文はじめまして。
旅と世界遺産、写真が大好き。
会社が崩壊したのを機に、人生一度きり、やってみたい事はやっておこうと思い、憧れだった世界一周の旅に行ってきました。
これから旅に出られる方や、世界一周に興味のある方の参考になればと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2014/10/17 21:33

しろながすくじら さんのブログ記事

  • タクシーとiPhone
  • オーストラリアから帰ってまいりました。念願だったエアーズロックを見る事が出来て、感無量でした。オーストラリアの話は忘れる前に書きたいので、どこかで書こうと思ってます。とりあえず、ナポリの続きです。 -------------------------- 警察署で無事、盗難証明をGETして外に出て来たのですが、またもや困った事が発生。パトカーに乗ってここまできたので、現在地がどこなのかさっぱりわからなかったのです(>_5分程度しかパト [続きを読む]
  • おまわりさん
  • 今回のブログはくじら初のスマホからの投稿となります。そんな事もあるのですが、内容的にもナポリ旅の写真は一切ありません。申し訳ない…人生初のパトカーに乗ってつれられてきた、ナポリの警察署。そのパトカーは、確か白と水色のアルファロメオだった。パトカーも人生初なら、アルファロメオも人生初だった。実は僕、アルファロメオって結構好きな車なんです。お金があれば、かなり買いたい車の一つなんです。しかし、憧れの [続きを読む]
  • そして警察へ…
  • 次の目的地はナポリ! 「ナポリを見てから死ね」(※1)という言葉があるくらい風光明媚な街。世界三大夜景(※2)としても有名ですね。 ※1 ナポリの風光を見ずに死んでしまっては、生きていた甲斐がない。ナポリ湾一帯の美しさを強調したイタリアのことわざ。※2 函館、香港、ナポリって事になっている。 ただ、ナポリは治安が悪いと聞いていたので、当初は来る気はまったくありませんでした。それでも、なぜナポリにやってき [続きを読む]
  • フィレンツェ2日目の夜 そして次の街へ
  • ミケランジェロ広場で夜景を堪能し、大満足で帰路につきます。 雨あがりで濡れた石の道に、光が反射して良い雰囲気でした。 坂道を下って 来る時も通ったサン・ミニアート門 写真にすると、見た目以上にキレイにみえますw お気に入りの一枚。タイトル「フィレンツェの街角」 撮影モードをいじって色を強調してあるけど、こういうのも写真の楽しみの方の一つですね。 なにげない壁に 落書きに対して怒ってる落書き?(^^; なんて [続きを読む]
  • 絶景のミケランジェロ広場
  • ガイドブックを読みながら、この後どうしようか考える。天気も悪いし、時間も17:00を回り、美術館とかももう終わりの時間。そんな中、時間にあんまり関係なく、しかも無料で楽しめるGOODな場所を発見! そこは… ミケランジェロ広場! ガイドブックによると「高台の広場」「フィレンツェを一望できる展望台」「デートコースとしても人気があり、夜には若い地元のカップルでにぎわう」「のんびり散歩しながら行くのがおすすめだ」 [続きを読む]
  • 雨の午後
  • こんばんは。もしくは、こんにちは(^^) 旅行記とはまったく関係ないのですが、先日、愛用していたパソコンが壊れました。ある日、モニターの色がなんか薄いな〜と思ってたら、気が付いたら白っぽくなっちゃって、ものすごく見にくくなってしまったのです。モニター以外は動いているので、ちょっともったいない気もしたのですが、ちょうど春モデルのPCが値下がりしていたので、この際、win10のPCに買い換えました。まぁ、win7のPC [続きを読む]
  • ドゥオーモの中へ
  • ウッフィツィ美術館を堪能し終わると、時間は11:00を回ったくらいでした。お昼を食べるにはまだ早かったので、フィレンツェのシンボルであるドゥオーモへ向かう事に。 この時間になると人がいっぱい 街門にて 昔、馬をつなぎとめていたと思われる輪っか。所々に歴史を感じるものがあります。 かと思えば なんだろう? 謎の頭がいっぱい。売り物なのか、アートなのか?詳細不明なまま通り過ぎました。 そして再びドゥオーモへ。 [続きを読む]
  • 朝のドゥオーモとウッフィツィ美術館
  • おひさしぶりです。忘れた頃に更新されるこのブログ。本当に書ききれるのか、自分でも心配になってきました。ダラダラしているうちに、アメブロのエディターが変わってしまいましたが、とりあえず以前と同じ表示になっていて安心しました。個人的には、プレビューが見やすくなったなぁと感じています。ともあれ、約一か月ぶりの続きです。 ------------------------------- フィレンツェで泊った宿は、ヴェネツィアに続きドミトリ [続きを読む]
  • ヴェッキオ橋
  • ウッフィツィ美術館を抜けると橋が見えたヴェッキオ橋流れているのはアルノ川。この橋はフィレンツエ最古の橋だそう。中世以前より橋がかかっていたが、洪水で流されてしまい、現在の物は1345年に再建されたもの。16世紀半ばに「ヴァザーリの回廊」と呼ばれる二階の部分が増築された。メディチ家の人々が移動の際に、身の安全を守るために造られたんだって。橋を渡ってみる両脇には金細工店が並んでいます。先程とは反対側から。 [続きを読む]
  • 彫刻いっぱい・シニョーリア広場
  • フィレンツェ観光の中心地はそんなに広くないので、徒歩で見て回れる感じです。というか、ドゥオーモ周辺はほとんど昔のままって感じの道で、車が走ってた記憶もほとんど無く、観光客は歩くしかないと言った方が正確な気がします。ドゥオーモ周辺で絵を売ってる人こういうの買った事ないんだけど、どれくらい売れるものなんだろ?最近ある方のブログを見て思ったんだけど、自分も絵が特技だったら、旅先でこんな事しながら小遣い [続きを読む]
  • 花の都へ
  • 突然ですがフィレンツェと言えば何を思い浮かべますか?僕の中でのイメージは「冷静と情熱のあいだ」2001年11月10日公開。(もう16年前の映画だったのね。)当時、結構話題になってたハズ。僕もまだ、夢と希望にあふれる青春時代を過ごしていたこの頃、CMでフィレンツェの映像が、何度も繰り返し流れていたのを覚えております。まぁ、いまだに映画を見た事は無いんだけど。とにかくね、↑の映像みたいなのを当時よく見ていたせい [続きを読む]
  • 乗り換え駅で…
  • お久しぶりです!!当初の予定よりも、かなり長い間、ブログから遠ざかっておりました。半年ぶりの更新です。(1月に書きかけて、また挫折してました…)昨年9月半ばには更新するつもりでいたんですが、人生とはうまくいかないものです…ぶちゃけ、放置状態のこのブログに来てくださった方、ありがとうございました。もう、当時の事を忘れつつありますが(^_^;)、なんとか最後まで書き残したいと思っております。また、突然消える [続きを読む]
  • またまた更新が止まってまして…
  • こんばんは。いつもブログを読んで下さっていただいてる皆様、そして、はじめましての皆様、ご訪問ありがとうございます。以前から読んで頂いてる方には、おなじみかもしれませんが(^_^;)またまた更新が止まっております。今、絶対に頑張らないといけない事がありまして、要領の悪い自分は、ちょっとブログを楽しんでいる余裕がなくなっております。大変申し訳ないのですが、9月半ばまでは忙しいハズなのでそれまでは、更新できな [続きを読む]
  • 移動 & おまけ(ヴェネツィアのおススメスポット)
  • ヴェネツィア3日目。なんだけど、もう今日は移動日。余裕をもって動きたいので、鉄道なのに一時間前に駅に着くように移動してしまいました。駅までは船で向かいます。こんな景色も見納めだ…だけど、 天気はドン曇り(T_T)まったく綺麗じゃないな〜ともかく、何もトラブルなく… サンタ・ルチア駅に到着早く着いたので、周辺をちょっと散策。駅そばにはポストがあったんですがメッチャ汚い(^_^;)駅の近くのポストですら [続きを読む]
  • 夜景
  • いつもブログを見てくれている皆様、ありがとうございます。ここ最近、色々ありまして、書こうか書かまいか散々悩んだんですが、やっぱり、少々書いておこうと思って、この文章を書いています。ネット上でのトラブルや詐欺まがいの話を時々聞きますが、ネット上でつながりが増えれば増えるほど、そういう事態に遭遇する可能性が増えてくると思います。くれぐれも、怪しいメールやうまい話にひっかからないようご注意下さい。オレ [続きを読む]
  • 鐘楼
  • 寺院を出てきました。寺院北側にある獅子像。前にも書きましたが、ヴェネツィアのシンボルである有翼の獅子像はあちこちにあります。ただ、これはなんていうか、狛犬みたいに見えました(^_^;)対になってるし、羽が無いし。ちなみに、寺院を出てこっちにまず来たのは、荷物を取りに行くためです。こちら側のそばに荷物の預け場所があります。横(南側)から見たサン・マルコ寺院寺院を見疲れたので、外の空気を吸って一休み。ドゥ [続きを読む]
  • 寺院
  • リアルト橋から再びサン・マルコ広場へ戻ります。ゴンドラが行きかう水路こんな細道を抜けて…再び広場へ戻ってきました。サン・マルコ寺院ここはヴェネツィアの守護聖人である聖マルコを祀るために建てられました。828年にヴェネツィアの商人が、エジプトのアレクサンドリアからマルコの遺体を運んできて、この街の守護聖人としたのです。寺院が現在の場所に出来たのは832年なんだそう。その後、暴動で焼失、さらに再建されて、1 [続きを読む]
  • 散歩
  • ヴェネツィア二日目。昨日、迷子のくじらを助けてくれた白人カップルは、起きた時にはもう姿が見えませんでした。もう一度、ちゃんとお礼が言いたかったなぁ…と思いつつ宿の外へ。この日はとりあえず、電車の切符を購入するために駅へ向かいました。翌日はもう街を出る予定だったので、スムーズに電車に乗る為に買っておきたかったのです。出発直前にトラブったら面倒ですからね〜それにフランスで知った事ですが、ヨーロッパの [続きを読む]
  • 広場
  • 迷子になってさまよって、再びサン・マルコ広場にやってきたら、もう夕暮れ。でも、やっと落ち着いて観光できる気持ちになり、広場周辺を見て回る事にしました。サン・マルコ寺院すでにこの日は営業時間が終了し、扉が閉まっています。おそらくヴェネツィアで、広場とセットで一番有名な観光名所。そして、今でも街のシンボルであり、宗教的なよりどころです。832年に建てられたそうですが、何度か改修を加えられて現在の形になっ [続きを読む]
  • 迷子
  • ようやく宿にたどり着き、扉をあけると、すぐにせまい階段がありました。それを登って受付へ行くと、なにやら白人のお姉ちゃんと宿の主人がもめている様子。(お姉ちゃんは20歳くらいの学生さんの様に見えた)どうも予約をしたはずなのに、取れていなかったらしい。そして、宿も今日はもう予約で埋まっているらしく、「どうしたらいいんだ?」って感じのやりとりでした。一瞬、自分の予約も取れてなかったらどうしよう?と思い [続きを読む]
  • 水の都を行く
  • ヴェネツィアの空港は正式には「ヴェネツィア・テッセラ空港」と呼ぶのですが一般的には、マルコ・ポーロ空港と呼ばれます。あの、マルコ・ポーロがヴェネツィア出身だったからです。その空港は、島にあるわけではなく、大陸側にあり、空港からバスで島まで行く事になります。空港から島までのバスはけっこうな本数が出ていて値段も安いので結構便利です。ヴェネツィアの空港に到着し、荷物を受け取って外に出るとバスのチケット [続きを読む]
  • さよならバルセロナ
  • バルセロナ最後の夜。宿に戻るとオーナーの方がいて、ちょっと雑談する事に。すると、そこに日本人女性のお客さんもちょうどやってきました。前日は、日本人どころか他のお客さんにも会ってなかったのであ、一人っきりじゃないという、ちょっとした安心感と、日本語で会話できる楽しさで、ついつい長話になってしまいました。聞けば、彼女の方も「日本人宿だから日本人が多くいると思っていた〜」と、言ってました(^_^;)まぁ一人 [続きを読む]
  • バルセロナ旧市街を歩く7 〜2人の巨匠〜
  • まだまだ続く市内観光カテドラルを出た後、次に向かったのは世界遺産 カタルーニャ音楽堂ドメネク・イ・モンタネルによって1908年に建設されたモデルニスモを代表する建築物。モデルニスモとは19世紀末から20世紀初頭にカタルーニャで流行した曲線や華やかな装飾性があるのが特徴のそれまでとは違った新しい芸術様式の事です。バルセロナには世界遺産はふたつ登録されていてひとつはサグラダ・ファミリアを始めとする「アントニ [続きを読む]
  • バルセロナ旧市街を歩く6 〜カテドラルの中へ〜
  • 地中海プチクルーズが終わる頃には時刻も夕方に。そろそろ、カテドラルの中に入れる時間も近づいてきたので、そちらへ向かう事に。※カテドラルに向かった時の事はコチラhttp://ameblo.jp/kujira-parade/entry-12117538037.html途中の道にはピカソがいたwインパクトありすぎ!なんの店か気になってのぞいてみると  犬がいた…んじゃなくて、どうもここはお面とか仮装グッズのお店だったらしい。↑の写真の右上に写ってます [続きを読む]
  • バルセロナ旧市街を歩く5 〜地中海クルーズ?〜
  • 地中海を前にして、くじらの目に入ったのが遊覧船乗り場今回の旅では、パリからローマまでどう移動するかは最初に決めてませんでした。理想はパリから、ベルギー、オランダ、ドイツそしてイタリアと鉄道で移動して行きたかったのですが…鉄道代が高すぎる!で、次の案として考えたのがフェリーでの移動。ガイドブックを見てると、南フランスのマルセイユの近くから、ローマの近くのチヴィタヴェッキアまで航路が載っていたのです [続きを読む]