ポンヌフ さん プロフィール

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ポンヌフさん: 手当次第
ハンドル名ポンヌフ さん
ブログタイトル手当次第
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/mpxnm623
サイト紹介文運転中や地図で見て気になった場所へ、手当り次第に行って紹介していきます。ダム、神社、珍スポット等。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供115回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2014/10/23 13:36

ポンヌフ さんのブログ記事

  • 途中 (下伊那郡天龍村平岡)
  • 小和田駅を訪れた後、中井侍方面へ向かう林道の途中にある途中(とちゅう 読みは推定)集落です。詳しい地図で見る現在の住所としては地番に置き換えられているようでGoogle Mapでは表示されませんが、地理院地図には出ています。集落への入り口。同じ場所から見た集落の風景。地図からも察せられるように、山間のわずかな土地に茶畑と五戸ほどの家が建つ小さな集落です。水窪から天龍村へ抜ける林道沿いには他にもこうした場所が [続きを読む]
  • 高瀬橋 (浜松市天竜区水窪町奥領家)
  • 小和田駅探訪シリーズ第4回。駅周辺のもう一つの見どころ、通行不能となった吊り橋の高瀬橋を目指します。詳しい地図で見る駅舎内に地図を貼ってくれています。駅前からは25分と案内が出ています。塩沢集落へ向かう道の途中、M氏宅そばの分岐が高瀬橋へのルート。入り口に「通行不可」の看板があります。右上がM氏宅。坂に立てかけられたバイクはスズキのK125だ。M氏のものでしょうか。なんと1965年から小改良のみで2000年まで販売 [続きを読む]
  • 小和田池之神社 (浜松市天竜区水窪町奥領家)
  • 小和田駅の西側にある(あった)神社です。地図で川沿いの行き止まりになっている方がルートになります。詳しい地図で見る集落に建つ看板。製茶工場跡の横を流れる小川を越えて西へ向かいます。倒木等はありますが、道にはなっているので問題なし。境内手前から。鳥居などはなし。こちらには祠か石碑か何かあったと思われます。奉納札。水神、富士浅間神社の文字が見えます。年代では昭和三十年の奉献が確認できます。こちらが小和 [続きを読む]
  • 小和田駅 その2 (浜松市天竜区水窪町奥領家)
  • M氏宅を後にしていよいよ小和田駅へ。詳しい地図で見るM氏宅を過ぎた辺りで天竜川河畔に出て、道が明るく平坦になります。川沿いの道を歩いていくと「カンカンカンカン…」と電車が近づいたことを知らせる音が聞こえてきました。ちょうど電車がやってくる時刻だったようです。小和田駅前の集落に到着。左が駅への道。右へ進むと見どころの一つのオート三輪。これがあるということは過去には車が走れる道がここまであったのでしょう [続きを読む]
  • 小和田駅 その1 (浜松市天竜区水窪町奥領家)
  • ゴールデンウィークの頃に、秘境駅として有名なJR飯田線の小和田駅(こわだえき)へ行ってきました。場所は天竜川左岸上流、静岡と長野の県境近く。詳しい地図で見る鉄道に詳しくない僕からすると「飯田線のこの辺なんて全部秘境駅みたいなもんじゃねーの」と思わなくもないですが、その中でも小和田駅は現状、駅から山道を1時間弱歩かないと人家がないという点で全国屈指の存在のようです。行き方は当然飯田線に乗っていくのが一 [続きを読む]
  • 永野神社 (額田郡幸田町永野)
  • 前回の素盞嗚神社向かいの墓所山に鎮座する永野神社(ながのじんじゃ)です。詳しい地図で見る山裾の集落の間から山頂へ向かう参道。この入り口とロケーションですでに80点ぐらいある(個人の感想です)。鳥居前。「岡崎 石工 今井新太郎」の銘入り。明治36年建立。同じ作者の銘が前回の素盞嗚神社の鳥居にも入っていましたが、昭和3年建立のそちらでは肩書が「石匠」に変わり、石工の弟子(?)を従えていました。その間25年の [続きを読む]
  • 素盞嗚神社 (西尾市上羽角町)
  • 西尾市と幸田町の境近くの羽角山に鎮座する素盞嗚神社です。詳しい地図で見る山の南側ふもとから社殿正面へ向かう参道と、南西の中腹からの参道と入り口が2か所あります。まずは中腹の参道入り口から。こちらからは車も入れる道幅ですが、普段は縄で通行止めになっています。鳥居は御大典記念の昭和3年建立、「石匠 今井新太郎 石工 乙部■吉」の銘。石匠・石工って一応使い分けあるんですね。テキトーに自称してるのかと思って [続きを読む]
  • 秋葉社 (西尾市花蔵寺町)
  • 川に挟まれた田園地帯の中に建つ秋葉社です。近所の人以外はあんまり通らないかな。詳しい地図で見る神社全景。境内の手前側は花蔵寺児童公園となっています。鳥居をくぐって境内。子取・玉取の狛犬。平成5年、作者不明。写真で見るとだいぶ団子っ鼻だな。割に新しい社殿。奥の灯篭はそれなりに古く見えるが建立年等読み取れなかった。境内入り口の由緒記。創建は不明。元々は幡豆郡花蔵寺(地名なのか、その元となった吉良家菩提 [続きを読む]
  • 神明神社 (西尾市善明町)
  • 西尾市街の東にある峠道、通称「グリーンロード」の入り口近くの神社です。山の端にある感じ。詳しい地図で見る参道前。境内へは石段を登る。鳥居は明治33年、「柴田勝■郎」の銘。幟立には岡崎の石工、堀井源次郎の銘がある。ついでに書くと、境内の水盤には「石工 ■甫■𠮷」とあった。こういう石造物に銘を入れる・入れないはどうやって決めてるんでしょうね?明るい境内。左手前の建物は集会所。拝殿正面。右は稲荷社 [続きを読む]
  • 吉良古川頭首工 その2 (西尾市鵜ヶ池町-吉良町岡山)
  • 前回からの続き。お次は東側を流れる広田川(こうたがわ)と須美川の吉良頭首工です。詳しい地図で見るこちらが吉良頭首工。古川頭首工よりゲートが高く、2.45mある。幅の広い2門が広田川、狭い方が須美川をせき止めています。吉良頭首工上流で広田川と須美川が合流というか並走し始める。頭首工からは合流して一本の川に。さらに隣の矢作古川とも樋門でつながっており、水位を調節できるようです。古川吉良用水調節樋門。堤 [続きを読む]
  • 吉良古川頭首工 その1 (西尾市鵜ヶ池町-吉良町岡山)
  • 二つの頭首工がほぼ横並びになっている吉良古川頭首工です。なので吉良頭首工・古川頭首工と書くのが正しいかもしれません。地図を見てもらうと地形と配置がイメージしやすいと思います。詳しい地図で見る今回は右岸側というか西側を流れる矢作古川に建つ古川頭首工をご紹介。上流側から。いつ来ても釣りをしている人が数人いる。下流側から。4門の洪水吐と土砂吐の2門のゲートをもつ。ゲートの高さはそれぞれ1.1mと1.7m [続きを読む]
  • 秋葉神社 (西尾市宅野島町)
  • 西尾市宅野島町に鎮座する秋葉神社です。…紹介の仕様がないくらいフツーの神社なんです。詳しい地図で見る神社全景。桜がアクセント。鳥居には「岡崎市 石匠 今井新太郎」の銘。検索すると何件か引っかかります。というかこの間行った磤玖娜社(おくだしゃ)の鳥居にも名前がありました。たぶんこの三河周辺には結構作品が残っていそうな気がします。社標の裏には「昭和10年四月 昇格記念」とあります。『西尾市史 現代』によ [続きを読む]
  • 鮎滝 (新城市出沢)
  • 前回紹介した猿橋のすぐ上流にある鮎滝です。詳しい地図で見る鮎滝全景。まぁこれだけだと単にキレイだねぇという以上の感想を抱きにくいかと思いますが、ここは名前の由来となった鮎の漁法と歴史が面白い。ということでちゃんと説明書きがあります。約400年前に出澤村の領主が丸木流しの障害となっていた岩盤を開削したことで鮎滝が現在の形になり、木材の流通だけでなく鮎の遡上も増えた。その功により「永代瀧元支配」を認めら [続きを読む]
  • 猿橋 (新城市出沢・横川)
  • 猿橋というと山梨県のものが有名ですが、こちらは長篠の合戦で有名な長篠城址の上流にかかる小さな橋。詳しい地図で見る愛知県の東部を流れる豊川は、長篠城址の所で宇連川と合流します。今回紹介する合流点より上流の部分は、寒狭川(かんさがわ)の別名で呼ばれることが多いです。猿橋遠景。岩場の間隔が狭くなっている地点に架けられています。上の写真は現在猿橋の上流に架かる寒狭峡大橋から撮影。橋の右岸から下へ降りられる [続きを読む]
  • 諏訪神社 (北設楽郡設楽町川合)
  • 宇連ダム上流の廃村に残る神社です。いつものGoogleMapでは出ませんが、地理院地図では鳥居のマークが表示されています。詳しい地図で見る道順は簡単で宇連ダムからひたすら上流へ向かい、通行止めになっている橋の前の分岐へ入ってまたひたすら進むだけ。道が細いところもあるけど車で行けます。ここを左へ。この先も一応舗装路ですが、ここから歩きます。…「進入禁止」はきっと橋のことだろう、と自分に言い聞かせる。川を右手 [続きを読む]
  • 千代姫神社 (北設楽郡東栄町月)
  • 中腹に槻神社が建つ御殿山山頂に鎮座する千代姫神社です。大村神社、御殿神社の名もありますが、公式サイトの表記に従いました。詳しい地図で見る槻神社の脇から登っていきます。事前にネットで調べたら「山ヒルがでる」とか書いてあってビビりましたが、季節のおかげか大丈夫でした。登山道から外れるとやられるのかな?槻神社からしばらくはこのような石垣が続いています。猪垣かとも思いましたが、何に使われていたものなのかわ [続きを読む]
  • 農村景観日本一展望所 (恵那市岩村町)
  • 岩村城とおんな城主で知られる岩村町。その田園風景を一望できる展望台です。…今「おんな城主」って言うと「直虎」が浮かびますが、別の人です。活躍した時代も近いですね。詳しい地図で見る国道沿いの登り口。手前にも看板が出てるのですぐわかるかと。プレーンな展望台。岩村の田園地帯を東端から西向きに見ることになります。あいにくの曇り空に加え、時期も3月と田園風景を見るには最悪のタイミングで日本一感ゼロですが、逆 [続きを読む]
  • 旧真弓橋 (豊田市御所貝津町)
  • 稲武の街並みの西側にかかる旧真弓橋です。詳しい地図で見る国道153号線を足助方面からやってくると、真弓大橋西交差点で町の南を通る新道と、町の間を抜ける旧道とに分かれます。それぞれ新道には真弓大橋が、旧道には真弓橋が架かっていますが、すぐ近くにもう一世代前の橋が残っています。それがこちら。クルマは通れません。上流側から。下流側から。僕の大好きなアーチ橋。苔むした姿が渋い。同じ飯田街道の旧郡界橋や新城の [続きを読む]
  • 地獄谷 (知多郡阿久比町)
  • 「地獄 地獄と犬ノ尾が… ここが地獄じゃー!!」ということで地獄谷です。詳しい地図で見るちなみに冒頭のセリフは「読むと強くなる横綱漫画」のキャッチフレーズでおなじみ(?)、『ああ播磨灘』の対凄ノ尾戦ですね。今読んでも面白いと思うので漫喫とかで読んでみて下さい。…それはそれとして。地獄谷も含め地獄とつく地名は各地にあって、温泉や火山の周りの見るからに変わった風景の場所につくのは納得できるとして、現地 [続きを読む]
  • 平成 (知多郡阿久比町)
  • 昭和があれば平成がある、ということで前回に続いて同じ阿久比町内の地名、平成です。ここがまた何にもねぇんだ…。詳しい地図で見る丘陵地を開いた畑の中に集落が点在する、いかにも知多半島の風景といったところです。平成の東側の丘の上から北西を撮影。えー、いま写真を見返してビックリしたんですが、これ以外に風景を撮影しておらず、後は各自GoogleMapとかでみて下さい。あ、スマホで撮ったパノラマがあった。まさにバブル [続きを読む]
  • 昭和 (知多郡阿久比町)
  • 4月になり職場に新たに人が入ってくる季節。数年前からではありますが新人は当然のように平成生まれなわけで、その事実を噛みしめるたびショックを受ける昭和の男でございます。ということで知多半島道路阿久比インター近くの地名、昭和です。詳しい地図で見る名鉄河和線の坂部駅北の、線路と阿久比川に挟まれた一画です。南の土手から撮影。来る前から分かってはいたが、何にもない。地図で見つけたときは「お、昭和。面白いかも [続きを読む]
  • 砥鹿神社 (豊田市大沼町)
  • 焙烙山山頂の砥鹿神社(とがじんじゃ)です。豊川市にある同名の三河国一宮を勧請したと思われます。詳しい地図で見る神社としてはこの祠があるだけ。縄は鳥居の代わりか。あと水盤。建立年は見たけど書いてなかったような。ナゾの字が刻まれた石柱。麤(ソ、あら‐い)かな?鹿が三つで鹿の群れを表し、その様子から疎、粗のようなはなれた、あらいという意味が充てられている。だからなんだって感じですが、ここでは単純にこの辺 [続きを読む]
  • 焙烙山展望台 (豊田市坂上町)
  • 豊田市街の東、六所山と並ぶ焙烙山(ほうろくさん)へ行ってきました。2005年の合併前まで豊田市で一番高い山でした。詳しい地図で見る山登りとしては県道361号線沿いの駐車場から歩くのが良いと思いますが、林道で頂上付近まで行くことができます。ということで山頂直下の広場と「若人の森」碑。案内図。山頂へのルートにそれぞれ「たくましさの道」とか名前がついています。とりあえずこの看板の左側のルートで登ってみます。す [続きを読む]
  • 流れ橋跡 (豊田市越戸町ー百々町)
  • 百々貯木場から矢作川左岸を川沿いに下っていくと「流れ橋」の看板が。場所は大体ですが歩い
    てれば看板はすぐ見つかるかと。https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m12!1m3!1d2056.192055885857!2d137.18898825
    433212!3d35.10666389022152!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1490503163095詳しい地図で見る橋脚
    が残っているというので探してみると、竹やぶの奥に確かにありました。この上の部分 [続きを読む]
  • 流れ橋跡 (豊田市越戸町ー百々町)
  • 百々貯木場から矢作川左岸を川沿いに下っていくと「流れ橋」の看板が。場所は大体ですが歩いてれば看板はすぐ見つかるかと。詳しい地図で見る橋脚が残っているというので探してみると、竹やぶの奥に確かにありました。この上の部分に板を載せてたんだと思いますが、…渡ることを想像するとなかなかスリリングな感じです。もう少し下流には倒れて流されたらしい橋脚も残っています。下流から。川の中の木の辺りに橋が架かっていたと [続きを読む]