万屋太郎 さん プロフィール

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万屋太郎さん: 思い出される昭和のあの日あの頃
ハンドル名万屋太郎 さん
ブログタイトル思い出される昭和のあの日あの頃
ブログURLhttp://ayamegusa01.blog55.fc2.com/
サイト紹介文異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。
自由文昭和の時代は今以上に人情味が溢れていた時代だったと思います。
時の流れが過去のドロドロした性愛関係も甘味な思い出に変えるのでしょうか。
異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供5回 / 261日(平均0.1回/週) - 参加 2014/10/29 20:28

万屋太郎 さんのブログ記事

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  • 読者の皆様へ
  • 此方のブログは「アダルトサイト」です。18歳未満の方は退出してください。昭和の時代は今以上に人情味が溢れていた時代だったと思います。時の流れが過去のドロドロした性愛関係も甘味な思い出に変えるのでしょうか。異性への恋心を大切にして生きてきた昭和の時代を振り返ってみましょう。〜別冊・思い出される昭和のあの日あの頃〜livedoorのブログです。従来の"初恋総集編”が引っ越しました。〜別冊・詩と小説で描く「愛の [続きを読む]
  • このブログの目次です。(2)
  • ◇あの日あの時(8P)私の生まれ育った場所は群馬県の山の中、今は高崎市に編入されましたが、克っては、群馬郡倉渕村と言うところである。親達は田舎で百姓を遣っていたのですが、私が12歳の時横浜に出てきました。◇本能の赴く儘に(7P)私が中学生になった春先に、母は遠くの町の飲み屋に働きに行き、姉も町の看護学校の寮に入り、田舎の農家造りの大きな家に祖母と二人きりに成ってしまった。物心ついてから、常に母か [続きを読む]
  • このブログの目次です。(3)
  • ◇泥沼の中で掴んだ幸せ(3P)「おい、チョツトそこまで出かけようか」今朝のことです。家業を長男に譲ってから隠居としての自由を謳歌して今日はあちらの無尽、今日は此方の集まりと、滅多に腰を据えることもなく飛び回っております主人が、私を誘ってまいりました。◇下宿先の未亡人(6P)昭和36年私が工業高校を卒業して最初に就職したのは。横浜市港北区(現緑区)中山町に有る中堅の電機メーカーでした。初めは市内に有 [続きを読む]
  • このブログの目次です。(4)
  • ◇色ごのみ(8P)今年71歳になる私は処女のまま最初の夫に嫁ぎました。今時の娘さん達には信じられない事かも知れませんが、当時は処女で嫁に行くのが当然であり、結婚するまでは純潔を守るのが女の嗜みだったのです。◇家族愛ー私と母と妹と・・・(9P)私(69歳)の若いころの思い出をつづって見ようと思います。5年前に85歳で亡くなった母と、遠くで暮らす2歳年下の妹に想いをはせながら・・・。当時私は大学3回 [続きを読む]
  • このブログの目次です。(5)
  • ◇夕暮れの作業小屋で(5P)昭和四十四年十月の事である。私は結婚していて、長男が八月に生まれたばかりで、まだ禁欲中だった。女房は産後の日が浅く野良仕事が無理なので、私一人で家里離れた山の田圃で稲刈りに精を出していた。気が付いて見ると辺りは薄暗くなってきて、帰ろうと思って道路に駆け上がった。◇わが3P体験記(5P)群馬県の神流川砕石場での実績が買われ、私は親戚の砕石工場を任されて、再び単身赴任で田 [続きを読む]
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