風のyo-yo さん プロフィール

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風のyo-yoさん: 風の記憶
ハンドル名風のyo-yo さん
ブログタイトル風の記憶
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/yo88yo
サイト紹介文風のように吹きすぎてゆく日常を、言葉に残せるものなら残したい…… ささやかな試みの詩集です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供63回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2014/10/31 15:12

風のyo-yo さんのブログ記事

  • 瀬戸の夕なぎ
  • 夏の夕方、大阪では風がぴたりと止まって蒸し暑くなる。昼間の熱気が淀んで息ぐるしく感じる時間帯がある。瀬戸の夕凪やね、とぼくが言うと、みんなは笑う。大阪人は海の近くで生活しているが、ほとんどの人は海に無関心で暮らしている。海岸線が全部埋め立てられて、海が遠くなったこともあるかもしれない。瀬戸の夕凪という言葉を、ぼくは別府で療養していた学生の頃に知った。療養所は山手の中腹にあり、眼下に別府の市街と別府 [続きを読む]
  • 遠くの花火、近くの花火
  • 幼稚園のお泊り保育の勢いで、その翌日は、孫のいよちゃんがひとりでわが家にお泊りすることになった。すっかり自信のついた顔つきになっている。夕方、いよちゃんのお気に入りの近所の駄菓子屋へ連れていったが、あいにく店は閉まっていた。バス通りのコンビニまで歩けるかと聞くと大丈夫と答えたので、手をつないで坂道をのぼってコンビニまで行く。以前は買物かごの中に、次々とお菓子を入れていくので戸惑ったものだが、いつの [続きを読む]
  • 夏の手紙
  • きょうも早朝からセミが鳴いている。 セミは、ある気温以上になると鳴き始めるという。セミが鳴いているということは、気温がぐんぐん上昇していることでもある。夏の太陽も顔を出して、きょうの近畿地方は35度をこえる予報が出ている。 セミのことを手紙に書いた。 セミのことばかりを書いた。好きだということを書けなかったので、その想いの量だけ、とにかくセミのことをいっぱい書いた。 ぼくは若かった。 はじめにマツゼミ [続きを読む]
  • 花のなまえ
  • 連日あつい真夏日が続いているが、百日紅の花も負けずに燃えるように咲いている。あちこちで白い花や黄色い花、小さな花や大きな花など、名前もわからないが、それぞれの花が、それぞれの花の時季を迎えて咲いているようだ。こんなただ暑いばかりの夏も、花の季節なのだろうか。炎天下で咲き誇っている、真夏の花の強さを感じる。キハナ(季華)という名の女の子の孫がいる。いつのまにか、女の子とも言えないほど成長してしまった [続きを読む]
  • いつか、朝顔市のころ
  • アサガオは朝ごとに新しい花をひらく。毎日が新しいということを、なにげなく花に教えられる。アサガオが中国大陸から渡来した時の名前は、「牽牛(けんご)」あるいは「牽牛花」だったという。中国ではアサガオの種は高価な薬で、対価として牛1頭を牽いてお礼をするほどだった。牽牛(けんご)という言葉の語源は、そんなところからきているらしい。牛からアサガオなどと、とても連想しにくい名前だったのが、アサガオが好まれた [続きを読む]
  • 雲の日記
  • 小学生の頃の夏休みに、雲の日記というものに挑戦したことがある。絵日記を書く課題があったのだが、その頃は絵も文章も苦手だったので、雲を描写するのがいちばん簡単だと考えたのだった。たしかに雲の写生は簡単だった。白と灰色のクレヨンがあればよかった。日本晴れの日は雲がない。何も描かなくていい、やったあ、だった。それでも1週間も続かなかった。やはり簡単で単純なものは面白くないのだった。午後は、日が暮れるまで [続きを読む]
  • ひとはなぜ、絵を描き始めたのだろうか
  • 先日、近くの大阪府立弥生文化博物館に行ってきた。およそ2千年前の弥生時代の土器や銅鐸に線描きされた絵は、見ているとどれも妙に懐かしいものがあった。どこかで見たことがあるような懐かしさだ。それは幼児が初めて描く絵と似ている。ひとは誰でも、幼い頃そんな絵を描いていたにちがいない。身近にある物のかたちを写し取ることができた喜びを、親子で味わった瞬間があると思うが、絵というものを初めて認識したときの、そん [続きを読む]
  • どこかにいい国があるかな
  • ヒグラシの声を久しく聞いていない。    また蜩(ヒグラシ)のなく頃となった    かな かな    かな かな    どこかに    いい国があるんだ                 (山村暮鳥『ある時』)ぼくの住んでいるあたりでも、かつては車で1時間ほども走ると、里山ではヒグラシが盛んに鳴いていた。谷あいを細い川が流れ、瀬音に混じってカジカの鳴き声も聞くことができた。清流の石ころに巣食っている [続きを読む]
  • むらさきいろさくかも
  • ことしもアサガオが咲いた。種から種を引き継いできたから、咲く花の形も色もいつもと同じだ。今年もまた、いつもの夏の顔に会うことができた、といった懐かしさがある。もう何年つづいているだろうか。もともとは、孫のいよちゃんから種をもらったものなので、たしかブログに記録が残っていると思って、ブログの中のアサガオを検索してみた。早いものだ、十年一日の如し、10年前の記録が残っていた。アサガオの花は、きょう一日を [続きを読む]
  • 木にやどる神
  • クリスチャンではないので、ふだん教会にはあまり縁がないが、旧軽井沢の聖パウロカトリック教会には魅せられた。建物にみせられたのだ。思わず教会の中に入ってしまったが、居心地が良くて、しばらくは出ることができなかった。周りの木々に調和した木造の建物は、柱や椅子、十字架にいたるまで、木が素材のままで生かされており、信仰を超えて、木の温もりの中に神が宿っていそうだった。それは柔らかくて優しい神だった。「初め [続きを読む]
  • 赤いノスタルジー
  • ヤマモモの実がたわわになっている。赤く熟れた実をみると取って食べたくなる。飢えていた子どもの頃からの習性だろうか。というよりも、ぼくらの子ども時代は木の実をとって食べるのが本能みたいなものであり、遊びでもあったのだ。木の実はたいがい酸っぱさと渋み、それにわずかな甘みがある。子どもの頃に甘みに敏感だった舌は、成長するにつれて酸味や苦みへの反応が増していくみたいで、子どもの頃の味の記憶は忘れかけている [続きを読む]
  • 詩人の手
  • 室生犀星の『我が愛する詩人の伝記』を読む。その中で、立原道造のことを次のように書いている。「彼は頬をなでる夏のそよかぜを、或る時にはハナビラのやうに撫でるそれを、睡りながら頬のうへに捉へて、その一すぢづつの区別を見きはめることを怠らなかった」。建築士でもあった道造は、色鉛筆をさまざまに使い分けて葉書を書いたらしい。ドイツ製の色鉛筆の蒐集は、道造のもうひとつの手が愛したものだった。「此の不思議な色鉛 [続きを読む]
  • ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
  • この日ごろ、季節の風が吹くように、ふっと立原道造の詩のきれぎれが頭を掠めることがあった。背景には浅間山の優しい山の形が浮かんでいる。白い噴煙を浅く帽子のように被った、そんな山を見に行きたくなった。   ささやかな地異は そのかたみに   灰を降らした……ぼくも灰の降る土地で育った。幾夜も、阿蘇の地鳴りを耳の底に聞きながら眠った。朝、外に出てみると、道路も屋根も草木の葉っぱも、夢のあとのように、あら [続きを読む]
  • 自分の心をみつめる
  • 最近読んだ旅の冊子の中にあった、「仏とは自分の心そのもの」という言葉が頭の隅に残っている。旅に関する軽い読み物の中にあったから、ことさらに印象に残っているのかもしれない。仏縁とか、成仏とか、仏といえば死との関わりで考えてしまうが、仏が自分の心そのものという考え方は、生きている今の自分自身をみつめることであり、仏や自分というものを死という概念から離れて、もっと明るい思考へと誘ってくれる気がする。宗教 [続きを読む]
  • 夢の公園
  • 母親は息子に、ときどき話をしていたのだろう。象や縞馬や、ほかにも、いろいろな動物たちがいる公園のことを。人間が作った動物たちは、いつまでも動かずにじっとしているということを。母親が子どもだった頃も、そして今でもきっと、そのままの公園が街のどこかにあるということを。ある日、少年は突然、夢の公園に行きたいと言いだした。え、どこに、そんな公園あるの? と母親。ほら、いつも話している動物のいる公園やんか。 [続きを読む]
  • ガラス玉遊戯
  • 久しぶりに、いよちゃんに会ったら、前歯が1本なくなっていた。笑ったとき、いたずらっぽくみえる。乳歯が抜けかかっていたのを、えいやっと自分で抜いてしまったらしい。それを見て母親はびっくりしたと話していた。その母親は、初めて乳歯が抜けたとき大声で泣いたものだった。親子でもたいそう違うものだ。わが家に来ると、いよちゃんはどこからか、おはじきを取り出してくる。彼女の母親が、子どもの頃に遊んでいたものだ。ぼ [続きを読む]
  • インディアンの森
  • 本棚に積んだままにしてあった古い本を整理しているうちに、懐かしい本が次々に出てくるので、ついページを繰りながら飛ばし読みをしたり、おもわず読みふけったりしてしまつた。かび臭い匂いと埃に包まれていると、それだけの年月を越えて、過ぎ去ったものの中へ帰ってゆくようだ。ヘミングウェイというアメリカの作家の名前が、いつのまにか古くて懐かしい名前になっている。文体も懐かしい。「彼(ニック)は父を二つのことでほ [続きを読む]
  • ナオキの相対性理論
  • ナオキという、小学4年生の孫がいる。学校でのあれこれを、よく母親に話すという。その話をまた母親から聞く。なかなか面白い。先日、相対性理論のことを口にしたら、クラスの誰も知らなかったと言う。え? 相対性理論? ぼくは耳を疑った。そんなことを知っている小学生がいたら、このじじが教えてもらいたいものだ。もしかして、きみは天才か秀才か。なんでそんな言葉を知っているのかと、驚いた。光速? 重力? そんな言葉 [続きを読む]
  • ニセアカシアの花が咲くころ
  • アカシアの雨にうたれて〜♪満開のニセアカシアの花の下に立つと、そんな古い歌が聞こえてきそうだ。高い樹の上で白い花をたわわにつけて、強くて甘い香りをふりまいてくる。歌にうたわれているアカシアも、このニセアカシアらしい。いつのまにどうして、ニセなどという名称が付けられてしまったのか。花にニセモノやホンモノがあるのだろうか。手持ちの樹木ポケット図鑑をみたら、ハリエンジュという別名も出ていた。小さなポケッ [続きを読む]
  • さわらび(早蕨)の道
  • 宇治は茶の香り。爽やかな五月の風が吹きわたってくると、自然と香りのする風の方へ足が向いてしまう。「おつめは?」「宇治の上林でございます」そんな雅な風も耳をくすぐるが、まずは茶よりも腹を満たすことを考える。駅前のコンビニでおにぎりを買い、宇治川の岸辺にすわって食べた。宇治川は水量も多く、流れも速い。「恐ろしい水音を響かせて流れて行く」と、『源氏物語』宇治十帖の中でも書かれている。美しい浮舟の姫君は、 [続きを読む]
  • 書を捨てよ、野へ出よう
  • 「ぼくは速さにあこがれる。ウサギは好きだがカメはきらいだ。」これは、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』の書き出しの文章だ。この本が出版されたのは、ちょうど50年前の1967年のこと。その頃から日本人はひたすら速さに憧れ、速さを追求してきたのではなかっただろうか。そして、やがてシフトダウン。スローライフの勧めや、ゆとり教育などが提唱されるようになる。週休2日の制度や祝日の増加などで、すこしはゆっくりのん [続きを読む]
  • ふらんすへ行きたしと思へども
  • 新しい5月のカレンダー、爽やかな季節だ。とくに5月の朝は特別な朝、明るい光の中で目覚めもいい。5月の朝の東雲(しののめ)、と口ずさみながらベランダに立って、明るくなってゆく東の空をしばし眺めていた。    ふらんすへ行きたしと思へども     ふらんすはあまりに遠し     せめては新しき背広をきて     きままなる旅にいでてみん。     汽車が山道をゆくとき     みづいろの窓によりかかりて   [続きを読む]
  • 美しい言葉
  • 『わたしが一番きれいだったとき』という、茨木のり子の詩を読んだことがあるひとは多いと思う。実際もきれいなひとだったらしくて、『櫂』という詩誌の同人だった川崎洋が、初対面のときの印象をきれいなひとだったと、どこかで書いていた。彼女の『二人の左官屋』という詩の中に、「奥さんの詩は俺にもわかるよ」という詩行がある。たしかに彼女の詩はやさしく読める詩が多いので、幅広い年齢層に親しまれているようだ。彼女の詩 [続きを読む]
  • 飛鳥の風になって
  • 近鉄飛鳥の駅前で、レンタサイクルを借り、中学生の健太くんとふたり、飛鳥の風になって野を駆けた。風が気持ちええなあ、と健太くん。うん、飛鳥は千年の風が吹いてるよってな、特別なんや。古代の不思議な石像なんかに出会いながらの、気ままなサイクリングになりそう。猿石からスタートして、鬼の俎板と雪隠へ。石棺も主が居なくなると、鬼の棲みかになってしまうんやな。iPodをポケットに入れた健太くんが低い声で歌っている。 [続きを読む]
  • 涙は小さな海だろうか
  • 娘の家族が、潮干狩りで収獲したアサリをくれた。さっそく妻が砂ぬきをするのだといって、アサリを塩水に浸ける。海水と同じ濃度の塩加減でないと、うまく砂を吐き出さないのだと言う。いつのまにどうやって、妻は海水の濃度など覚えたのだろうか。女だからわかるのか、それとも、年を食っているからわかるのか。女はやはり、海の生き物に近いのかもしれない。塩加減がよかったのか、アサリは活発に潮を吹いたので、すぐさま台所か [続きを読む]