風のyo-yo さん プロフィール

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風のyo-yoさん: 風の記憶
ハンドル名風のyo-yo さん
ブログタイトル風の記憶
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/yo88yo
サイト紹介文風のように吹きすぎてゆく日常を、言葉に残せるものなら残したい…… ささやかな試みの詩集です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供57回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2014/10/31 15:12

風のyo-yo さんのブログ記事

  • ナオキの相対性理論
  • ナオキという、小学4年生の孫がいる。学校でのあれこれを、よく母親に話すという。その話をまた母親から聞く。なかなか面白い。先日、相対性理論のことを口にしたら、クラスの誰も知らなかったと言う。え? 相対性理論? ぼくは耳を疑った。そんなことを知っている小学生がいたら、このじじが教えてもらいたいものだ。もしかして、きみは天才か秀才か。なんでそんな言葉を知っているのかと、驚いた。光速? 重力? そんな言葉 [続きを読む]
  • ニセアカシアの花が咲くころ
  • アカシアの雨にうたれて〜♪満開のニセアカシアの花の下に立つと、そんな古い歌が聞こえてきそうだ。高い樹の上で白い花をたわわにつけて、強くて甘い香りをふりまいてくる。歌にうたわれているアカシアも、このニセアカシアらしい。いつのまにどうして、ニセなどという名称が付けられてしまったのか。花にニセモノやホンモノがあるのだろうか。手持ちの樹木ポケット図鑑をみたら、ハリエンジュという別名も出ていた。小さなポケッ [続きを読む]
  • さわらび(早蕨)の道
  • 宇治は茶の香り。爽やかな五月の風が吹きわたってくると、自然と香りのする風の方へ足が向いてしまう。「おつめは?」「宇治の上林でございます」そんな雅な風も耳をくすぐるが、まずは茶よりも腹を満たすことを考える。駅前のコンビニでおにぎりを買い、宇治川の岸辺にすわって食べた。宇治川は水量も多く、流れも速い。「恐ろしい水音を響かせて流れて行く」と、『源氏物語』宇治十帖の中でも書かれている。美しい浮舟の姫君は、 [続きを読む]
  • 書を捨てよ、野へ出よう
  • 「ぼくは速さにあこがれる。ウサギは好きだがカメはきらいだ。」これは、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』の書き出しの文章だ。この本が出版されたのは、ちょうど50年前の1967年のこと。その頃から日本人はひたすら速さに憧れ、速さを追求してきたのではなかっただろうか。そして、やがてシフトダウン。スローライフの勧めや、ゆとり教育などが提唱されるようになる。週休2日の制度や祝日の増加などで、すこしはゆっくりのん [続きを読む]
  • ふらんすへ行きたしと思へども
  • 新しい5月のカレンダー、爽やかな季節だ。とくに5月の朝は特別な朝、明るい光の中で目覚めもいい。5月の朝の東雲(しののめ)、と口ずさみながらベランダに立って、明るくなってゆく東の空をしばし眺めていた。    ふらんすへ行きたしと思へども     ふらんすはあまりに遠し     せめては新しき背広をきて     きままなる旅にいでてみん。     汽車が山道をゆくとき     みづいろの窓によりかかりて   [続きを読む]
  • 美しい言葉
  • 『わたしが一番きれいだったとき』という、茨木のり子の詩を読んだことがあるひとは多いと思う。実際もきれいなひとだったらしくて、『櫂』という詩誌の同人だった川崎洋が、初対面のときの印象をきれいなひとだったと、どこかで書いていた。彼女の『二人の左官屋』という詩の中に、「奥さんの詩は俺にもわかるよ」という詩行がある。たしかに彼女の詩はやさしく読める詩が多いので、幅広い年齢層に親しまれているようだ。彼女の詩 [続きを読む]
  • 飛鳥の風になって
  • 近鉄飛鳥の駅前で、レンタサイクルを借り、中学生の健太くんとふたり、飛鳥の風になって野を駆けた。風が気持ちええなあ、と健太くん。うん、飛鳥は千年の風が吹いてるよってな、特別なんや。古代の不思議な石像なんかに出会いながらの、気ままなサイクリングになりそう。猿石からスタートして、鬼の俎板と雪隠へ。石棺も主が居なくなると、鬼の棲みかになってしまうんやな。iPodをポケットに入れた健太くんが低い声で歌っている。 [続きを読む]
  • 涙は小さな海だろうか
  • 娘の家族が、潮干狩りで収獲したアサリをくれた。さっそく妻が砂ぬきをするのだといって、アサリを塩水に浸ける。海水と同じ濃度の塩加減でないと、うまく砂を吐き出さないのだと言う。いつのまにどうやって、妻は海水の濃度など覚えたのだろうか。女だからわかるのか、それとも、年を食っているからわかるのか。女はやはり、海の生き物に近いのかもしれない。塩加減がよかったのか、アサリは活発に潮を吹いたので、すぐさま台所か [続きを読む]
  • 西行の桜
  • ことしも、吉野の桜を見てきた。こよなく桜を愛した西行も、いつかこのような吉野の花を見たのだろうか。1985年4月に桜の吉野山で、作家の中上健次と俳人の角川春樹が対談している。「やっぱりいちばん華やかで、いちばん怖くて気持ち悪いなあ、という感じの時が、この花の時ですね。いちばん妖しい感じですね」と中上がしゃべっている。そんな桜が、満開の吉野である。路地の作家と呼ばれた中上健次は、1992年に46歳の [続きを読む]
  • 花の下にて春死なん
  • また桜の季節がきた。父は桜が咲く前に死んだ。父の妹である伯母は、桜が満開のときに死んだ。伯母は90歳だった。老人施設で、明日は花見に行くという前夜、夕食(といっても、流動食ばかりだったそうだが)を気管に入れてしまった。まさに桜は満開、花の下にて逝ったのだった。伯母の娘が嫁いだ寺で、親戚だけが集まって静かな葬儀が行われた。葬式にしか集まらない親戚だ。これも仏縁と言うそうだが、いつのまにか親の世代はい [続きを読む]
  • 蕪村の春
  • 春、大阪の川べりでは、堤や河川敷などが野生の菜の花で黄色く染まる。日に日に高くなってゆく太陽の光を照り返して、風景がきゅうに輝きはじめる。   なの花や 月は東に 日は西によく知られた与謝蕪村の句。見はるかす広大な菜の花の原が眼前に浮かんでくるようだ。蕪村は1716年に摂津国(いまの大阪府北西部と兵庫県南東部あたり)の毛馬村というところで生まれた。「さみだれや大河を前に家二軒」の淀川のそばである。 [続きを読む]
  • 線路はつづくよ
  • その数日間、ぼくは毎日あてもなく近くの山を歩き回っていた。風景は春がすみに覆われて、焦点の合わない夢のようにぼんやりとしていた。遠近感が曖昧になった視界の果てに立ちのぼる、阿蘇の噴煙も雲と見分けがつかなかった。外輪山から幾重にも、山々が層をなしてなだらかに下りてくる。その中を、とぎれとぎれに白い煙が縫っているのがみえた。汽車が吐きだす蒸気だった。汽車はいくつもトンネルを抜け、古代の大火山が噴き上げ [続きを読む]
  • 北の国の神たち
  • その言葉を耳から聞いたら、どんな風に聞こえるだろうか。もしかしたらそれは、神の声に聞こえるかもしれない。    シロカニ ペ ランラン ピシカン    コンカニ ペ ランラン ピシカンこの美しい響きのある言葉は、アイヌ語とされる。もちろん、もとの言葉は口伝えによるもので、これは『アイヌ神謡集』に収められた13編の神謡(カムイユカラまたはオイナ)の冒頭の部分である。口承によるものを、ローマ字で表記し初 [続きを読む]
  • 水が濡れる
  • 春の水は、濡れているそうだ。水に濡れる、ということはある。しかし、水が濡れているというのは、驚きの感覚だった。次のような俳句を、目にしたときのことだった。   春の水とは濡れてゐるみづのことこれでも俳句なのかと驚いたので、つよく記憶に残っている。たしか作者は、俳人の長谷川 櫂だったとおもう。水の生々しさをとらえている、と俳人の坪内稔典氏が解説していた。「みづ」と仮名書きして、水の濡れた存在感を強調 [続きを読む]
  • 春の匂い
  • ああ春だなあと、春をつよく感じるのは、懐かしい花の香りに出会ったときかもしれない。歩いていると風の淀みに、覚えのある香りが漂っている。どこかで沈丁花の花が咲いているようだ。いまはしっかりと、その花の名前も知っている。子どもの頃の記憶にも、同じ香りがあったことを覚えている。ぼくはそれが、春先の川から立ちのぼってくる、水の匂いだと思っていた。すこし暖かくなって、水辺が恋しくなる頃だった。大きな岩の上か [続きを読む]
  • だったん(春の足音がする)
  • ちょうど阪神大震災があった年だった。東大寺二月堂の舞台から、暮れてゆく奈良盆地の夕景を眺めているうちに、そのままその場所にとり残されてしまった。いつのまにか大松明の炎の行が始まったのだ。舞台上でまじかに、この激しく荘厳な儀式を体感することになったのだった。はるか大仏開眼の時から、一度も欠かさずに行われてきたという、冬から春へと季節がうごく3月始めの、14日間おこなわれる修二会(お水取り)の行である [続きを読む]
  • おどま かんじん
  • 浮浪者のことを、九州では「かんじん」と言った。今ではもう聞かれないかもしれないが、ぼくが子どもの頃には、その言葉はまだ生きていた。そして今も記憶に残る、ふたりのかんじんがいた。ひとりは女のかんじんで、おタマちゃんと呼ばれていた。おタマちゃんは、汚れてボロボロの着物を重ね着していた。当時は子どもたちも貧しく汚い服装だったから、おタマちゃんが特別だったわけではない。ただいつも大きな風呂敷包みをぶらさげ [続きを読む]
  • 霜柱はなぜ霜柱なのか
  • 冷え込んだ今朝は、公園の草むら一面に霜が降りていた。草の葉っぱのひとつひとつが、白く化粧をしたように美しくみえた。地面がむき出しになった部分では、よく見ると小さな霜柱も立っている。なんだか久しぶりに見たので、それが霜柱だとは信じられなかった。子どもの頃は、よく霜柱を踏みながら登校した。夜中の間に、地面を持ち上げて出来る氷の柱が不思議だった。地中にいる虫のようなものが悪戯をしているのではないか、と思 [続きを読む]
  • なべなべ がちゃがちゃ
  • ずっと気になっているわらべ唄があった。    なべなべ がちゃがちゃ    そこがぬけたら かえりましょう♪なぜか、鍋があり、鍋はとつぜん底が抜けてしまうのだ。楽しい遊びがとつぜん中断されて、子どもたちはそれぞれの家に帰ってゆく。そんな遠い日の懐かしい光景が浮かんでくる。東京荻窪で自炊をしていた学生の頃、ぼくの手元に鍋といえるものはフライパンがひとつあるきりだった。目玉焼きも野菜炒めも、そしてたま [続きを読む]
  • 蜜の季節
  • 梅が咲いた。枯木のようだった枝のどこに、そんな爽やかな色を貯えていたのか。まだまだ寒さも厳しいが、待ちきれずにそっと春の色を吐き出したようにみえる。溢れでるものは、樹木でも人の心でも喜びにちがいない。懐かしい香りがする。香りは、花の言葉かもしれない。梅は控えめでおとなしい。顔をそばまで近づけないと、その声は聞き取れない。遠くから記憶を引き寄せてくる囁きだ。ぼくは耳をすましてみるが、香りも記憶も目に [続きを読む]
  • 泳ぐことや飛ぶことや
  • 鳥になって空を飛んだり、魚になって水中を泳いだりする、そんな夢をみることは、たぶん誰でも経験することだと思う。かつてアメーバだったころの古い記憶が、ひとの深層にある眠りの回路を伝って、原始の海から泳ぎだしてくるのだろうか。あるいはまた、かつてコウノトリに運ばれた未生の感覚が、意識の底から夢の中へと舞い戻ってくるのだろうか。近くにある公園の池に水鳥が飛来している。この冬は寒さが厳しく、この池も珍しく [続きを読む]
  • ひとさしゆびの指の先
  • 「ほら、あそこに」と言って、ひとさし指で何かをさし示すとき、自分の指先の形に、ふと父の指先の影を見ることがある。そのときの自分の手に、父の手を見ているような錯覚をするのである。この感覚は、咳払いをするときなどにも感じることがある。もちろん父の咳払いは、私のものよりも勢いがあり、父の手は私の手よりも大きかった。父は背も高かった。成人した私よりも1センチ高かった。体形は私と同じで痩身であったが、私のよ [続きを読む]
  • 吾輩も猫である
  • いつものように、公園のベンチで朝の瞑想をしていたら、目の前を異様なものが移動していく。そんなものが目に入るということは、いかに瞑想がいいかげんであるかということだが、その瞑想の原っぱを横切ったものは、公園を棲みかにしている野良猫だった。異様にみえたのは、そいつが鳩をくわえていたからだ。鳩の羽がやつの口元からひろがっていて、まるでライオンのたてがみのように堂々としてみえた。大きな獲物をくわえているせ [続きを読む]
  • 風邪とたたかう
  • 髭が赤くない医者は信用できないから、ぼくは風邪を引いても医者にはかからないことにしている。けれども、そうするには、それなりの覚悟と体力、忍耐力なども必要になってくる。容赦なく攻めてくる敵に対して、孤軍奮闘するようなものだから、勝つためには、まずは敵を知らなければならない。昼間は咳や鼻みずの責苦があることはもちろんだが、ぼくの場合は夜戦の方が問題となる。敵はぼくが眠った隙をついて襲ってくる。無防備な [続きを読む]
  • かすかに見えるものの中に
  • いま私は3畳の狭い部屋に閉じこもって日々を送っている。かといって、世間の壁と折り合えずに閉じこもっているわけではない。どちらかと言えば、世間に見放されて閉じこもっている、あるいは自分勝手に閉じこもっている、と言った方がいいかもしれない。そんな人間だから、いつのまにか、うちのカミさんとの間にも間仕切りのようなものが出来てしまっている。小さな家の中で無益な諍いを避けるため、お互いに傷つけあわなくてもす [続きを読む]