MailING!日月説法日誌 さん プロフィール

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MailING!日月説法日誌さん: MailING!日月説法日誌
ハンドル名MailING!日月説法日誌 さん
ブログタイトルMailING!日月説法日誌
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/jouan
サイト紹介文一生の宝物「法華経」の宝島の世界へあなたをエスコート 経典の中の王様「法華経全28品」を完全に解読
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供3回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2014/11/03 17:56

MailING!日月説法日誌 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 京都六波羅探題の謎
  • 六波羅探題とは、1221年の承久の乱において天皇軍に勝利した鎌倉幕府の北条氏により京の都の朝廷などを厳しく監視統制するために新たに設置された、それまでの京都守護に代わる鎌倉幕府の最重要かつ最新鋭な出先機関のことです。六波羅探題とはその名の通り、仏教修行法での最高峰と云われる難易度が高く険しい六波羅蜜の法を用いて敗北した天皇族への監視と統制を固める目的で設置したものといってもよいでしょう。 ところで、仏 [続きを読む]
  • 「人は見かけに寄らぬ」パワーの出し方
  •  潜在能力とは、人間に内在する、従来の能力よりも質的や量的に高い能力のことをいうらしいです。一般に潜在パワーというと、その人自身が以前から秘かに隠していた狙いある力、つまりある意味では能ある鷹は爪隠すというふうにおかしな勘違いをしてしまってはいないでしょうか? そこで、本当の潜在パワーの出し方とは、はっきり言って、過去世を活用して未知なる未来世の力を引き出すということだと考えてよいと思います。つま [続きを読む]
  • 方便「理論」 と 真実「原理」
  • お釈迦さまは方便話を「捨てよ!」とも「忘れるな!」とも言う   近頃はボランティア活動も慣れてきて要領(ノウハウ)を覚えたためか、かえってその都度の出かける際が億劫である。そんな近頃は、再び初心に戻って何も考えず無心になって出かけようなどとも考える。  最初ボランティアを経験しだした頃は解からないことだらけであることが新鮮だった。その新鮮さとはおそらくボランティアを経験した者しかわからないと思うが [続きを読む]
  • 『地方創生はじゅ文パズルのようなのもの』
  • 地方創生は呪文パズル合わせのようなもので、元々その場所なりの古い時代に、その方法は既に存在したのです。 簡単に説明すれば、地域の宝さがしですね。新たに気付くということは、その宝の付近、或いはその発見時期が近づいてきたということでしょうね。  地域的な社会福祉などには、とかく自分らしさや地域での生き甲斐が問われています。ところで、その人としての自分らしさや生き甲斐というものがどこに隠れているかと言えば [続きを読む]
  • 【言葉の使い道】らってね!
  • 私の住む新潟平野部では、○○です。○○だ。を「ら行」で発音しているようです。 実は、○○です。と、○○ですか?は同じく、○○ら。とだけ発言するのです。その区分は、語尾の「ら」のトーンを下げるか上げるかで調整します。  トーンが乗らない時やもう少し丁寧に言う時は、○○です。は、○○らいね、らよ(ですよ)、らっけね(ですからね)、らったよ、らったいね(でしたよ)。○○ですか?は、○○らかね、らろか(です [続きを読む]
  • 「女人の罪障とは感性の違い?」・・勧持品第十三【第四月の2】
  • ところで、女人の罪障とは今だ佛法上の大きな疑問点です。たとえば、釈迦に対して、「念を作さく」という表現がたまに出てきますが、この念を作さくとは、言葉に出さずに心にそう思ったということらしいです。   この念を作さく、に対して釈迦はその都度、鋭く感じ取り、それに対する答えを与えているようですが、この念を作さく、と表現されているのは、五百弟子受記品の富楼那彌多羅尼子や授學無學人記品の阿難、新發意(しん [続きを読む]
  • 「女の子のように思える富楼那彌多羅尼子」・・五百弟子受記品第八【第四月】
  • 釈迦は自身で富楼那を説法第一の弟子と称賛してきただけでなく、過去九十億の諸佛の所でも同じく説法第一だったといい、そして、今回も過去七佛の説法人の中でも第一であり、今の釈迦の所の説法人の中でも第一であることが認められているといって、繰り返し繰り返し富楼那が説法第一の弟子であり、右に出る者は将来にも他にはいないことを釈迦はとても強調していますね。   これだけに富楼那へ大きく期待する釈迦の気持は一体ど [続きを読む]
  • 「日蓮聖人解明の義と事の違い」・・方便品第二【第四月目】
  • 義と事とは佛法に於ては古くから重要な意味があるらしく、日本の日蓮聖人が説かれた教義の中でもこの二つの意味と違いは極めて重要なのです。   日蓮聖人の願いは、日本中の国民すべてに佛法の願いを起させ、日本の国土に国が設立する佛法戒壇を建設し、それにより本来国の責任による佛法をもたらして日本を佛国にすることが究極の目的なのであり、その建設計画の戒壇の種類としては、「義の戒壇」と「事の戒壇」とに意味の種類 [続きを読む]
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