スパニッシュ・オデッセイ さん プロフィール

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スパニッシュ・オデッセイさん: スパニッシュ・オデッセイ
ハンドル名スパニッシュ・オデッセイ さん
ブログタイトルスパニッシュ・オデッセイ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/donelvis
サイト紹介文スペイン語のトリビア コスタリカ、メキシコ、ペルーのエピソード パプア・ニューギニア、シンガポー
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供181回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2014/11/13 12:38

スパニッシュ・オデッセイ さんのブログ記事

  • Con 爺さんの子供たちの姓など
  • 【壮年期の Con 爺さん】   Con 爺さんは最初、中国人女性との間に2人の男児をもうけた。彼らは Con 爺さんの中国名「容麟?」の姓、「容」を継いでいる。 Con 爺さんはその後、コスタリカに渡って、まず黒人女性と関係を持ち、子ももうけた。それが女房殿の父である。この女性は男出入りが激しく、他の男の子供も生んでいる(このばあさんには一度だけ会ったことがある)。 この女性と別れたあと、Con 爺さんは白人女性とも関 [続きを読む]
  • 「容」さんのローマ字表記 Yong, Yung, Iong
  • 【若かりしころの Con 爺さん】  Con 爺さんの中国名は「容麟?」ということが判明したが。Con という名はどこから来たのかまだわからない。1980年ごろコスタリカには日本留学経験のあるドクター・コン(Doctor Con)という中国系医師がいた。彼は女房殿の一族ではなさそうだが、Con という中国系の姓は確かに存在する。 ところで、Con 爺さんには中国にいたころ、中国人女性と結婚して子供を二人もうけている。一人はコスタリカ [続きを読む]
  • 女房殿のいとこ宅にて
  •   飲茶の昼食をご馳走になり、女房殿のいとこの息子の奥さんが運転する車でいとこ宅に向かう。息子のほうは昼食の後、仕事に戻った。 いとこ宅はマカオの北のほうで、中国との境界に割りと近い。 マカオには第二次世界大戦に大陸から狭い国土に大量の難民が押し寄せたこともあって、現在人口密度は世界一である(参考:ウィキペディア「マカオ」、「国の人口密度順リスト」)。 というわけで、住宅は上へ上へと伸びていかざる [続きを読む]
  • マカオの飲茶
  •  女房殿のいとこがフェリー乗り場の出口のタクシー乗り場まで車で迎えに来てくれた。大きな車なので、総勢5人が乗り込んだ。 フェリー乗り場の近くにはカジノがあるが、レストランもその近くである。 表通りに出ると、カジノ・ホテルの入り口前である。  ここを通り過ぎると、すぐに目的地であるモールに着いた。  ディズニーランドの雰囲気も漂っているが、ご覧のように平日の昼間なので、閑散としている。夜にはにぎやか [続きを読む]
  • 女房殿、いとこと感動の初対面
  •  マカオには女房殿の親族訪問に来た。親族の電話番号はコスタリカにいる女房殿の親戚から聞いていた。しかしながら、マカオの親戚はスペイン語はもちろんのこと、英語さえままならないようなので、香港在住の女房殿の香港人の友人から連絡を取ってもらっていたのである。 彼女によると、この日はマカオのフェリー乗り場に黄色いシャツを来た年配の男性が迎えに来ているとのことである。一度も会ったこともない上、写真さえない。 [続きを読む]
  • マカオ上陸
  •  フェリーがマカオ港に着いた。 マカオはポルトガル語では Macau と表記されるが、英語では Macao である。スペイン語も同様だと思うが、手元の辞書には Macao の項目はない。 「マカオ」の語源については、マカオ半島にある道教の廟、媽閣(Magok)廟に由来する説が有名とのこと(ウィキペディア「マカオ」)。ただ、諸説あるうちの一つである。  媽閣(Magok)廟には航海・漁業の守護神である媽祖という女神が祀られている [続きを読む]
  • マカオ行きのフェリーの中のポルトガル語表示
  •     マカオ行きのフェリーに乗り、席に着く。座席の前にライフ・ジャケットの取り出し方の説明が書いてある。  漢字で書いてあるが、中国語(普通話)か広東語か区別がつかない。どちらにしても意味はわかる。英語の表示も見慣れているが、さらにポルトガル語でも書かれているのである。 香港は旧英領だが、マカオは旧ポルトガル領である。両方とも現在は中国に返還されてはいるが、特別行政区である。ということで、マカオ [続きを読む]
  • マカオ行きのフェリーに乗る
  •   路面電車を降りたところに Western Market の古い建物があるが、その前の通りを渡ると、マカオ行きのフェリー乗り場がある。  【対岸は大陸の九龍(Kow Loon)側】 上の写真の右側にフェリー乗り場がある。  ノラさんに連れられて階段を登る。2階にチケット売り場がある。フェリーは15分おきぐらいに出ている。  さすがにここでは Octopus カードは使えない。クレジット・カードもだめなようで、現金で購入する。普通の [続きを読む]
  • 香港の路面電車に乗る
  •  中環(Central)で降りて地上に出ると、すぐ路面電車の電停がある。いろんな路線があるようだが、ノラさんに従って、電車に乗る。電車はすべて2階建てである。電車の運賃の支払いも Octopus カードでOKである。乗車時に Octopus カードをかざす。観光するには当然2階の方がいい。シンガポールにも2階建てのバスがあったのを思い出した。 路面電車は大陸の九龍(Kow Loon)側にはなく、香港島にしかない。  やっぱり香港観光 [続きを読む]
  • 香港の地下鉄に乗る
  •  改札は自動改札で、自動券売機で買った切符を通してもいいが、ほとんどの人は Octopus カードを利用している。カードは差し込み式ではなく、タッチ式である。 初めてなので、よくわからなかったが、カードのうらではなく表面を読取装置にかざす。日本では開閉式の小さなドアが開くが、香港では回転バーを押して通る。これがよくわからず、2度カードをかざしてしまったが、運賃が二重にとられたわけではないと思う。 エスカレー [続きを読む]
  • 案内人登場
  •  10時に女房殿の友人の義妹がホテルまで来てくれる。マカオへは日帰りの予定なので、荷物はほとんどない。 10時前にホテルのロビーまで降りていく。女性だということはわかっているが、写真もないので、どんな人かは全くわからない。中年女性だろうと思って探してみた。英語もあまりわからないという話だったが、女房殿の友人が日本語で書いてくれたメモを持っていたので、すぐわかった。 しかし、全く予想と違っていたのである [続きを読む]
  • ホテルの前(うら?)の食堂にて朝食
  • 3月21日(火)晴れ、または薄曇り 午前7時過ぎに起床。まだまだ香港は不案内なので、女房殿の友人の弟の嫁さんがホテルまで来て、マカオ行きのフェリー乗り場まで案内してくれる手はずになっている。 10時ごろホテルに来てくれる予定である。 時間は十分あるので、近くで朝食を摂ることにした。ちょうどホテルの出口の向こう側に昨晩見かけた食堂がある。 場所が場所だけに、昨晩ほど安くはすませられないだろう。 まずは店に [続きを読む]
  • マージャンと天九の遊技場発見
  •  無事夕食を終えて、ホテルに戻るのだが、その前に夜市を少しぶらぶらした。 さきほどの食堂の近くにマージャンと天九のネオンサインが出ている。  天九というのはドミノの牌のようなものを使って遊ぶゲームだが、ルールは全然違う。  詳しくは「世界遊戯博物館天九牌」をご覧いただきたい。このサイトの管理人さんとは遊戯史学会で一度お会いしたことがある。その際に、中国のサイコロ(1と4の目が赤い。2は点が斜めでは [続きを読む]
  • 夜市での夕食
  •  食堂はオープンテラス(というほどしゃれたものではないが)の中にも席があるが、道路にもテーブルと椅子が出されている。外のほうが気持がよさそうなので、外のテーブルにした。 座ると、店の中からおばさんがメニューを持ってやってきた。このあたりはあまり観光客が来ないようである。メニューは中国語と英語で書かれている。写真も載っている。ただし、おばさんは広東語で話しかけてくる。英語はあまりできないようである。 [続きを読む]
  • ホテルの近くの夜市を目指す
  • ホテルで小休止のつもりが、この日は午前5時起きだったので、ベッドに横になったとたんに寝てしまった。1時間ぐらい眠っていただろうか。外がそろそろ暗くなってきた。時計を見ると7時近いがまだ明るい。香港と日本の時差は1時間だが、実質的には1時間半ぐらいありそうな感じである。 昼食は機内食だったので、量的には不十分である。だいぶ空腹を覚えてきた。ホテルの近くにも食べるところはたくさんあるようだが、ホテルでもら [続きを読む]
  • ホテルにて小休止
  •   香港はもう暑いだろうと思って短パン(西 pantaloneta)も持ってきたが、それほど暑くなかった。北緯22度ぐらいだから、3月末ではそれも当然だろう。結局、短パンは荷物になっただけだった。 ホテルやレストランの中は寒いぐらいだと聞かされていたので、長袖のシャツも2枚持っていったが、同じシャツを何日も着る羽目になってしまった。 香港到着当日の天気は薄曇りである。滞在中、からっと晴れることはなく、大体こんな天 [続きを読む]
  • 香港国際空港にて
  •   飛行機が無事着陸すると次は入国及び通関手続きである。1983年には入国審査の時にパスポートに入国のスタンプを押してもらったような気がするが、今回は紙切れを渡された。  【表】 【裏】 1997年に中国に返還されたことに伴う措置だろうか。  次は通関だが、申告するものはないので、あっけなく素通りである。1987年のシンガポールの通関と同様であった。 空港の到着ロビーはかなり広い。 香港では“Octopus Card”と [続きを読む]
  • 成田から香港へ
  • 2017年3月20日(月) 成田発の香港便は午前10時なので、5時起床。ホテルの前からバスが出ているので、それに乗ると7時過ぎに空港に着いた。 早速チェックイン手続きにかかるのだが、1年半前にコスタリカに行ったときとは様子が違っている。窓口もあるが、機械がずらっと並んでいるのである。5種類の書類のうち、一つを選んで手続きをするのである。パスポートが一番簡単そうなので、それにした。 画面の指示通り、パスポー [続きを読む]
  • 出発前日、成田へ向かう
  • 2017年3月19日(日) 女房殿の父方の祖父 Rafael Con じいさんの親族探し(もちろん観光も)の旅に出る。 20日(月)成田発の香港便に乗る予定だが、出発は午前10時ごろである。地方から当日出かけるわけには行かない。前日成田駅まで行く。 成田空港まで行ってしまうと、ホテルの近くにリーズナブルの料金の飲食店があまりなさそうである。 というわけで、成田駅近辺に宿泊することにした。 JRを乗り継いでいく。居住地近辺 [続きを読む]
  • 女房殿のルーツ探しの旅(1) ー Con 爺さん
  •   女房殿には香港在住の香港人の友人がいる。彼女は日本人と結婚して長い間、日本に住んでいたが、病気療養のため、実家のある香港に戻った。その彼女から、遊びに来いと何度も言われていたが、やっと行くことになった。 このブログはスペイン語関係なので、香港とは何の関係もなさそうであるが、実は少々あるのである。 香港に行けば、カジノのあるマカオも近い。筆者はカジノには興味はないが、女房殿の親族がマカオにもいる [続きを読む]
  • 2015年のコスタリカのカレンダー 13 Yo Soy Costarricense
  •  今回の歌は“Yo Soy Costarricense”(I am Costa Rican)である。You Tube で聞こうと思ってみたが、何かのエラーで聞けない。たった一つのバージョンしかないので、あまり有名な歌ではなさそうである。  女房殿に聞いてみたが、知らないとのこと。 歌詞には特定の地名が現れないが、写真が撮影された場所はアラフエラ州の Zarcero(サルセロ)の教会前の公園である。Zarcero の町については「コスタリカ再訪(162)Zarcero [続きを読む]
  • 2015年のコスタリカのカレンダー 12 Tico de corazón
  •  今回の歌は“Tico de corazón”。英語に逐語訳すると“Costa Rican of(from)heart”。「心からコスタリカ人」ということだが、「根っからのコスタリカ人」とでも言おうか。 スペイン語では「コスタリカ人」という言葉は手元の辞書には costarriqueño と costarricense の2つの形が載っている。ただし、コスタリカでは後者が用いられ、前者は聞いたことがない。一方、スペイン人が前者を使うのを聞いたことがある。 いずれ [続きを読む]
  • 2015年のコスタリカのカレンダー 11 Recordando Mi Puerto
  • 今回の歌は“Recordando Mi Puerto”(わが港を想って)というタイトルである。この歌はグアピレスにある義父のパン屋を訪問した Gilberto Hernández のバージョンもある。 この歌は義母がよく歌っていたそうである。 さて、港は太平洋側にもカリブ海側にもあり、カリブ海側のリモン(Limón)港の写真が使われている歌(Callaloo)はすでに紹介した。 今回の歌の歌詞に Puntarenas という地名が出てくるので、この港はプンタ [続きを読む]
  • 2015年のコスタリカのカレンダー 10 ¡Qué Linda Es Alajuela!
  • 今回の歌は“Qué Linda Es Alajuela”(ケ・リンダ・エス・アラフエラ)である。英訳すると、“How beautiful Alajuela is!”である。カレンダーには“Que linda es Alajuela”と書かれているが、これは感嘆文なので、本当は“¡Qué linda es Alajuela!”と書かなければならない。 ここで、que と qué の使い方を簡単に記しておく。 qué は英語の what に相当し、疑問文や感嘆文に使われる。 que はそれ以外で、英語の関係 [続きを読む]
  • 2015年のコスタリカのカレンダー 9 Noche Inolvidable(忘れえぬ夜)
  •  今回は“Noche Olvidable”(忘れえぬ夜)である。 タイトルには地名が出てこないので、場所が特定できない。歌詞を見てもやはりどこかわからない。 手がかりは鉄道の駅しかない。かつてはサンホセ・リモン間に大西洋路線があり、シキーレス(Siquirres)からはグアピレス(Guápiles)方面への支線があった。線路はグアピレスの街中は撤去されたが、今でも残っているところがある。  一方、プンタレーナス(Puntarenas) [続きを読む]