山城めぐり さん プロフィール

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山城めぐりさん: 山城めぐり
ハンドル名山城めぐり さん
ブログタイトル山城めぐり
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi
サイト紹介文新潟、山梨、長野、群馬、栃木、埼玉県などの埋もれた城跡を探索しております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供400回 / 365日(平均7.7回/週) - 参加 2014/11/17 21:53

山城めぐり さんのブログ記事

  • 和田城④
  • 曲輪3へ前回記事の縄張り図で堀切ク堀切ケ東下の腰曲輪二段目の腰曲輪曲輪3の城壁を見上げています。曲輪3曲輪3の南西下の堀切コ曲輪3の南西城壁、宮坂氏はここまでで縄張り図は終ります。さらに南西に歩くと大きな平地があります。この尾根を南西に登り土橋があります。和田城はここまで。次回 中山城大井氏③信濃守護代大井氏  その後、大井氏は光長が惣領となったようで、大井光長は信濃守護小笠原政長の守護代をつとめ [続きを読む]
  • 和田城③
  • 南西尾根を歩きます。堀切西斜面に竪堀、このようにこの和田城は竪堀をこれでもかというくらいに堀切っています。南西曲輪2、土塁で囲んである曲輪です。縄張り図は「信濃の山城と館3」著者宮坂氏は竪堀は正確に描いておりますが、曲輪・堀切は省いていた?のかもしれません。第二虎口土橋と堀切これに付属した東斜面に竪堀南西尾根第三曲輪南西尾根を歩き進み堀切また尾根を歩くと堀切、これが縄張り図の左端、曲輪3の入り口で [続きを読む]
  • 和田城②
  • 南西尾根を歩きます。大堀切を振り返って見ています。二重堀でした。尾根を進むと浅い堀切が見えてきました。堀切が二段見えます。間に曲輪虎口堀切この堀切は東側に竪堀が繋いであります。二重堀二重堀の奥にある堀奥の堀から東に竪堀尾根を進みねじれたような面白い堀切ここにも竪堀尾根が続きます。西南曲輪1(仮に)堀切西南尾根はまだ半ばです。以後は次回に大井氏②南北朝内乱期の大井氏  伴野氏が没落すると、小笠原惣領 [続きを読む]
  • 和田城
  • 和田城は長野県長和町和田にあります。和田城地図国道142号線の信号役場前から県道178号線に入ります。信定寺(この寺は大井信定の菩提寺)を過ぎて、東へ廻ると大きな碑があり、登り口があります。信定寺遠景和田宿、街道沿いの町並みには中山道の宿場町の面影が残っています。ここで食べたおそばがおいしかったです。和宮様が宿泊した本陣跡、700円?史料があり見学ができます。信定寺を過ぎて100mくらい東回りに、 [続きを読む]
  • 埴原城⑫
  • 埴原城はこの記事で最後になります。各尾根の遺構がよく見ることができています。私は3時間をかけて見て回りましたが、全貌を見ておられない方は、この機会に出かけてください。南西尾根から戻って、蓮華寺に向かいます。前に見える中央尾根を下ります。中央尾根の左手の山道通りに歩いて、薮に向かい進めば、蓮華寺の左尾根になります。中央尾根を下り、尾根の真ん中に壕が貫いています。中央第一堀切第二堀切第三堀切中央尾根第 [続きを読む]
  • 埴原城⑪
  • 南西尾根へ溝(曲輪4)から南西に下ります。南西第一曲輪第二曲輪第一堀切第三曲輪第三曲輪から堀切を振り返って見ています。第二堀切第三堀切八幡平曲輪八幡平から第三堀切を振り返って見ています。第四堀切第五堀切第五堀切を見返しています。ここで城域次回 蓮華寺に向かう尾根小笠原長時大永6年(1526年)11月5日、13歳で元服する。家督を継いだのは天文10年(1541年)、父長棟が出家したときと思われる。この頃から当主とし [続きを読む]
  • 埴原城⑩
  • 溝(曲輪4)から南支尾根へ溝に向かう麓にある説明板溝の西側東側は一段低くなっている。南側領域を守る重要な曲輪であると思われます。溝の南下第一堀切近くに寄って見ています。南小曲輪から第一堀切を見ています。堀切は竪堀と繋いでいます。南支尾根を登って腰曲輪で城域としています。溝からここを渡って主郭部へ曲輪3方面を見上げています。次回 溝から南西尾根へ説明版にある小笠原貞宗について正応5年、信濃国松尾(現 [続きを読む]
  • 安倍の黒幕「日本会議」
  • 日本会議とは日本会議の中枢=日青協日本会議の事務局は「日本青年協議会」(日青協)という右翼団体だ。'70年安保のころ誕生した民族派学生運動に源流を持ち、運動の担い手は、生長の家の創始者・谷口雅春(1893〜1985年)の皇国思想を奉じる学生信徒たちだった。実は菅野さんの仕事の最大の意義は、日本会議の中枢=日青協という事実をさまざまなデータで裏付けたことだ。そして半世紀前に形成された日青協人脈が安倍政権の周囲 [続きを読む]
  • 埴原城⑨
  • 南尾根を戻って曲輪2の南側にある石垣小笠原氏の山城は主郭部に石垣を積む傾向がみられます。曲輪2の南下にある帯曲輪帯曲輪の東先端部下にある水の手曲輪3の南下第一曲輪」第二曲輪第三曲輪第四曲輪曲輪4へつなぐ通路尾根をつなぐ通路腰曲輪A腰曲輪B腰曲輪C尾根を下って曲輪4(現地では溝とあります。)この溝から南西尾根、南支尾根と二つの尾根が伸びていますが次回とします。縄張り図は「信濃の山城と館4」曲輪2から曲 [続きを読む]
  • 埴原城⑧
  • 曲輪1から東上の堀底状通路。そして南尾根へ曲輪1の大堀切の先に瘤状の障壁が幾つもあり、これを抜けると通路を登りきると水の手があります。水の手の上に、このような曲輪らしきものがあります。南斜面を見下ろせば、畝状竪掘群曲輪1から南尾根に向かいます。南第一曲輪・第二曲輪第三・第四曲輪第五曲輪第六曲輪空堀を経て第七曲輪第八曲輪空堀(城域)第九曲輪南尾根を見上げています。松尾小笠原氏について松尾小笠原氏の流 [続きを読む]
  • 埴原城⑦
  • 曲輪1とその周辺宮坂氏の縄張り図では曲輪1縄張り図は「信濃の山城と館4」曲輪1の東側奥曲輪2の東土塁曲輪1から東土塁の北側東土塁の北側の堀北下から見上げています。宮坂氏は曲輪1と曲輪2との間の堀外に、このような通路として描いています。この外側は谷で用途が分かりません。非常の脱出の竪堀でしょうか。曲輪1を東から見ています。曲輪1の東下大堀切曲輪1の東城壁曲輪1から南下の南曲輪次回 この南曲輪から南尾 [続きを読む]
  • 埴原城⑥
  • 北尾根で宮坂氏の縄張り図では前回記事の曲輪7から北の遺構は描かれておりません。北尾根は曲輪2から上に伸びている尾根で、曲輪7は10×16とある曲輪です。宮坂氏は曲輪7から空堀を越えて西へ歩いて縄張り図を描いております。実際は曲輪7から北へさらに縄張りされています。北尾根を戻って来て、腰曲輪から西北へ渡ります。手前に空堀と繋いであります。曲輪7の西にある空堀空堀越しに西北曲輪(仮に)第二西北曲輪の先 [続きを読む]
  • 埴原城⑤
  • 北尾根を歩きます。北尾根の入り口の大堀切を見返しています。段曲輪北尾根第一曲輪第一曲輪から北尾根を見返しています。第二曲輪第三曲輪第四曲輪第五・第六曲輪第二堀切第二堀切の東竪堀第七曲輪(これが西小屋でしょうか)第七曲輪の西空堀第七曲輪の北腰曲輪北尾根段曲輪第八・第九・第十曲輪第十一曲輪北尾根先端部の空堀、北尾根だけでもこれだけの縄張りです。恐らく国人村井氏だけでなく、小笠原一族が城主として入ってい [続きを読む]
  • 埴原城④
  • 曲輪3から曲輪2方面へ登ってゆきます。曲輪3曲輪3から東尾根を見ています。東尾根第一堀切東第一曲輪から曲輪2方面を見下ろしています。第二堀切(下から見れば瘤状の障壁)「東尾根を見上げています。帯曲輪縄張り図は「信濃の山城と館4」帯曲輪は曲輪2・本丸の南下に描かれています。ここを登れば二の丸ですが、ここから左手の北尾根へ未踏査であった北尾根の大堀切大堀切を見返しています。北尾根段曲輪北尾根第二堀切、 [続きを読む]
  • 埴原城③
  • 山城は何度も訪問する価値はあります。今回のように木々が伐採され、未踏査の尾根をすべて歩くことができました。松本市は他にも整備されている山城があるかもしれません。曲輪3へ西尾根の最大の障壁、ここからは容易に進ませないぞという縄張りです。宮坂氏の縄張り図に名がないため、西曲輪とします。西曲輪は二段構えです。堀切東から見下ろしています。これを左下に下れば蓮華寺になります。曲輪A西尾根を見上げています。堀 [続きを読む]
  • 埴原城②
  • 前回記事は西尾根を紹介しています。本当によく整備されています。梅雨時期が過ぎて草木が繁茂する前に、訪問されるようお勧めします。南からの壕道を越えて西尾根は続きます。第一堀切第二堀切第三堀切第四堀切の上に第一曲輪第一曲輪を東から見ています。第五堀切の上に第二曲輪第六堀切の上に第三曲輪西尾根は段々と急になってきます。第七堀切第八堀切(二重堀)第七堀切を見下ろしています。西尾根の橋頭堡第四曲輪の城壁縄張 [続きを読む]
  • このままでいいのか読売新聞
  • このブログの読者の中には読売新聞を購読されている方もおられるでしょうが、今の時代であるからこそ厳しく発言します。読売のトップである渡辺恒雄は完全に安倍のポチに成り下がっている。読売新聞が憲法改悪を進める国民世論の誘導は10年前から進めていた。今回、加計事件で前川前事務次官の「官邸の最高レベルが言っていること」と暴露したことに読売新聞記者は前川氏に「守秘義務違反ではないかと質問したそうである。要する [続きを読む]
  • 埴原城
  • 埴原城は長野県松本市中山にあります。宮坂氏の縄張り図を見て、未踏査の尾根が北尾根、南尾根、南西尾根と三つあり(薮で見られなかったことでもあります。)今回再訪いたしますと、三つの尾根のブッシュはすべて伐採されており、悉く見て回ることができました。感動です。埴原城地図地方道63号線で中山地区に入り、蓮華寺を目指します。地方道63号線沿いに蓮華寺の看板と埴原城址の碑があります。奥にある説明板蓮華寺、家紋 [続きを読む]
  • 国際社会から共謀罪の危険性の指摘
  • ブログのテーマから外れて恐縮ですが、発言しないではいられません。国際社会から「共謀罪」の危険性を指摘する声が続々! 国連特別報告者は安倍官邸の反論のインチキを完全暴露リテラ / 2017年6月11日 11時30分 参院で審議中の共謀罪法案。政府与党は今月18日の会期末までに強引に成立させたい構えだが、周知の通り、審議のなかで対象はテロ集団に限定されず、ましてや「組織的犯罪集団」にすら所属しない「周辺者」や「関連する [続きを読む]
  • 安倍晋三という男の正体
  • 共謀罪はテロ対策のだけのために制定される法案ではない。「組織犯罪財集団」と周辺者、協力者などと法案には、一般人まで取り込める内容となっている。「組織犯罪集団」を警察組織はどうにでも拡大解釈できるのである。沖縄基地建設反対運動の一例でも、リーダーは基地の有刺鉄線を一本切断したということで沖縄の米軍基地建設反対運動のリーダーである山城博治・沖縄平和運動センター議長(64)は、敷地内の有刺鉄線を切断した等 [続きを読む]
  • 塩崎城③
  • 本丸へ三の丸から二の丸の城壁二の丸から本丸の石垣虎口左手から石垣を見ています。二の丸北下の袖曲輪本丸から二の丸を見下ろしています。本丸本丸西側土塁土塁から本丸を見下ろしています。本丸西曲輪西曲輪から本丸城壁を見ています。西第一大堀切西から第一堀切を見ています。第二堀切第二堀切は長い竪堀が南北に切っているようです。縄張り図は「戦国武田の城」中田正光氏著次回 松本市 埴原城 [続きを読む]
  • 塩崎城②
  • 階段状の曲輪群を登ります。長谷寺にある縄張り図、階段状の曲輪を見てゆきます。第一曲輪第二曲輪第三曲輪第四曲輪第五曲輪第六曲輪第七曲輪曲輪3曲輪3を見下ろしています。曲輪2、見事な石垣が残っています。当寺は虎口を挟んで両側に石垣があったものと思われます。次回 本丸へ第五次川中島合戦第五次合戦川中島の戦いの最終戦である第五次合戦は、永禄7年(1564年)、塩崎の対陣とも言う。上杉輝虎(上杉政虎が、永禄4年末 [続きを読む]
  • 塩崎城
  • 塩崎城は第五回川中島合戦で武田信玄が本陣とした山城です。塩崎城地図長野市篠ノ井塩崎を南北に走る地方道77号線で、長谷観音前の信号を西に向かい長谷寺を目指します。長谷寺境内に案内板があります。長谷観音の右手に登り口登り口説明版縄張り図(宮坂氏)山登り20分で鉄塔のある場所になります。後方から見ると曲輪に見えます。土橋尾根を登ってゆき、大岩が道を阻んでいますが、この岩の前から左手に登ってゆきます。東側 [続きを読む]
  • 田屋城②(親・安倍”ジャーナリスト山口敬之氏 レイプ疑惑で絶体絶命)
  • 本丸・二の丸へ本丸南東下の堀切本丸とその先に二の丸二の丸北曲輪西北曲輪西北第一堀切西北第二堀切縄張り図は「信濃の山城と館4」松本・塩尻・筑摩編」曲輪3から南尾根を下らず。小曲輪群を見逃してしまいました。安倍総理と昵懇の記者のレイプ疑惑「レイプという行為は私を内側から殺しました」 性被害を訴えたのはジャーナリストの詩織さん(28)。元TBSのワシントン支局長でジャーナリストの山口敬之氏(51)から、意識を [続きを読む]
  • 第三の忖度、国際医療福士大学
  • 「ポスト加計疑惑」──同じ構造の「国際医療福祉大学」医学部新設認可いまや流行語の“忖度”されたのはどちらも一緒と見られるが、「森友疑惑」が直の関わりは安倍晋三首相の妻(昭恵夫人)という“私人”だったのに対し、「加計疑惑」は安倍首相当人が理事長と40年来の親友。しかも、ここに来て、菅義偉官房長官が「怪文書」だとかわしていた「総理の意向」と記された文書が、文科省前次官・前川喜平氏の告白により官邸から文科 [続きを読む]