今、出発の刻(たびだちのとき) さん プロフィール

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今、出発の刻(たびだちのとき)さん: 今、出発の刻(たびだちのとき)
ハンドル名今、出発の刻(たびだちのとき) さん
ブログタイトル今、出発の刻(たびだちのとき)
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/2014kurumatabi
サイト紹介文車中泊によるきままな旅 <名所旧跡を訪ねる>
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供75回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2014/11/20 23:47

今、出発の刻(たびだちのとき) さんのブログ記事

  • 2017年秋 車中泊による放浪の旅 その2
  • 放浪の旅 その2昨夜は深夜になっても車内の温度は下がらず裸で睡眠。朝は5時前に目が覚め、ネットにて本日の行き先を考えた。道の駅「瀬戸しなの」一度利用したことがあると思っていたが、記憶違いか。種類豊富なできたてパンを販売しているコンビニも隣接されていて便利である。多治見市モザイクタイルミュージアム朝起きて、最寄りの観光地で検索。若い女の子のブログを見てここに行こうと決めた。この外観に誰もが驚く。ここ [続きを読む]
  • 2017年秋 車中泊による放浪の旅 その1
  • 放浪の旅 その19月25日午前10時30分定刻にて名古屋港着岸。2日間の船旅、いつもの2等和室。今回も40〜60代の大阪に住む3名の男性がそれぞれ北海道へ1〜3ヶ月の旅を終え帰宅するという船に乗り合わせた。当然のように話は楽しく、あっという間に時間が過ぎた。互いに携帯電話番号を交換して別れた。日泰寺(にったいじ)寺の名前に興味を持ち最初に訪れることにした。この寺はタイの国王から日本に贈られたお釈迦様のお骨を [続きを読む]
  • 天童山 景徳院(山梨県甲州市大和町田野)
  • 天童山 景徳院「武田家終焉の地」ということで訪れた。額には山号の「天童山」没頭地蔵尊門から小道を20m程上って行く見えてくる。武田勝頼正室(北条夫人)の遺骸を葬った場所されている。木の両側にある柵に近づいてみる。右側には「武田勝頼公生害石」生害石とは自ら命を絶つための場所として選んだ石のことを云う。左側には「北条夫人生害石」近くにお堂がある山門(県指定有形文化財)繰り返された火災から類焼を逃れた157 [続きを読む]
  • 柏尾山 大善寺(山梨県甲州市勝沼町勝沼)
  • 柏尾山 大善寺国宝の薬師堂があることを知り訪れた。国道20号線沿いに入口があり、受付で拝観料を納めると駐車場のゲートが開く。楼門(仁王門)駐車場から石段を上ると立派な楼門が見えてくる。元禄17年(1704)に創建され、現在のものは、寛政10年(1798年)に再建された。三間一戸の入母屋造。楼門の左右の格子の奥に仁王像が安置されている。額には山号の「柏尾山」仁王像寺院で仏像を撮ることができるのは仁王像だけなので [続きを読む]
  • 乾徳山 恵林寺(山梨県甲州市塩山小屋敷)
  • 乾徳山 恵林寺元徳2年(1330)に甲斐牧ノ庄の地頭職の二階堂出羽守貞藤が、夢窓国師を招き、自邸を禅院とし創建した。武田信玄の尊敬を受けた美濃の快川和尚の入山で寺勢を高め、永禄7年(1564)には、信玄自ら寺領を寄進し当山を菩提寺と定めた。総門(通称:黒門)扁額の「雑華世界」(内は静寂なる世界 外は喧騒なる世界)総門を抜け、木々に囲まれた参道を進む。四脚門(重要文化財)見えてくるのが四脚門(通称:赤門)、 [続きを読む]
  • 武田神社(山梨県甲府市古府中町)
  • 史跡 武田神社信玄の父 信虎が永正16年(1519)に石和より移した躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)跡に鎮座している。この館には信虎・信玄・勝頼の三代が60年余りにわたって居住し、昭和13年には国の史跡として指定された。神橋参拝者が写りこまないよう、この瞬間を撮るため、我慢強く待つほど人気のある神社だ。神橋をこえると鳥居が見えてくるが、印象的なのは左右の石垣。館跡には当時からの堀、石垣、古井戸等が残っている [続きを読む]
  • 定額山 浄智院 善光寺(山梨県甲府市善光寺)
  • 甲斐善光寺甲斐善光寺は永禄元年(1558年)、甲斐国国主武田信玄によって創建された。信玄公が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年(1558)、御本尊善光寺如来をはじめ、諸仏寺宝類を奉遷したことに始まる。三門(重要文化財)寛政八年(1796)に再建された。三門前は車道で注意しながら撮ったが、三門が大きすぎて左右が欠けてしまった。桁行およそ17m、梁間およそ7m、棟高およそ15mとなっている。扁額には [続きを読む]
  • 身延山 久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町身延)
  • 身延山 久遠寺山梨県に入った時から、日蓮宗大本山である「久遠寺」のことは常に意識していた。三門「空」「無相」「無願」の三解脱をあらわす三門。間口5間、奥行2間、高さ7丈79世日慈上人の筆による「身延山」の扁額菩提梯久遠寺といえば、この287段の石段。登り切れば涅槃に達するという意味の梯は、南無妙法蓮華経の7字になぞらえ、7区画に分けられている。斜行エレベーター当初、石段を登る覚悟はあったが、三門付近に駐 [続きを読む]
  • 忍野八海(山梨県南都留郡忍野村)
  • 忍野八海(世界文化遺産)自然の美しさに興味のない私でも知っている「忍野八海」、テレビでも何度か視たことがある。「忍野村観光案内所」があったので立ち寄る。美人で親切な女性から資料にて説明を受ける。出口池(一番霊場) 祭神:難陀竜王  「あめつちの ひらける時にうこきなき おやまのみつの出口たうとき」八海の中で一つだけ離れた場所にあり最も面積が広い池。ブログでは一番から八番霊場の順番になっているが、実際 [続きを読む]
  • 天守君山 願成就院(静岡県伊豆の国市寺家)
  • 天守君山 願成就院(がんじょうじゅいん)伊豆の修禅寺に行く途中に道路地図で「願成就院」を発見、縁起のいい素敵な寺院と興味本位で立ち寄ってみた。雨が降っていたので小雨になるまで駐車場で昼食を食べながら待った。山門雰囲気のよい山門から中に入る。普通のお寺の感覚で中に入り記念に写真を撮っていた。北条時政公御墓北条政子の父親である時政のお墓があった。俄然興味が湧いてくる。源頼朝が奥州藤原氏討伐の戦勝を祈願 [続きを読む]
  • 三嶋大社(静岡県三島市大宮町)
  • 三嶋大社道路地図に大きな字で「三嶋大社」の記載があったので目的地とした。狭い商店街の道路を走っていると繁華街に鳥居が見えた。大鳥居鳥居の前が道路、右横に大型の駐車場がある。三島市は三嶋大社の門前町として発達した。たたり石大社前旧東海道の中央にあり、行き交う人の流れを整理する役目を果たしていた。今日では交通安全の霊石として信仰がある。若山牧水の歌碑三嶋大社の夏祭りを見て歌を詠んだ 「のずえなる 三島 [続きを読む]
  • 富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市宮町)
  • 世界遺産 富士山本宮浅間大社全国に約1,300社ある浅間神社の総本社だけに、外すことのできない場所である。ネットでは駐車場が分かり難いとの書き込みがあったので注意深く走った。狛犬浅間大社の流鏑馬は、社伝によると建久4年(1193)源頼朝が富士の裾野で巻狩を行った際、流鏑馬を奉納し武運長久・天下太平を祈願したことから始まるとされている。800余年の伝統を持つ神事で、この台座には祭儀の様子が彫刻されている。楼門本 [続きを読む]
  • 巨鼇山 清見寺(静岡市清水区興津清見寺町)
  • 巨鼇山 清見寺正式には『巨鼇山 清見興国禅寺』(こごうさん せいけんこうこくぜんじ)約1300年程前の白鳳年間(7世紀後半)東北の蝦夷に備えてこの地に関所(清見関)が設けられ、関所の鎮護として仏堂を建立。この仏堂を以って清見寺の始めと伝えられている。総門清見寺と刻まれた石柱横に駐車スペースがある。階段上に総門がある。『東海名區』の扁額は、朝鮮人錦谷居士筆山門慶安4年(1651)に建築され、屋根は檜皮葺であったが [続きを読む]
  • 浜松市立博物館(静岡県浜松市中区蜆塚)
  • 浜松市立博物館(はまはく)昨夜からの雨が降り止まず、天気予報も終日雨。このような日は美術館か博物館で過ごすようにしている。ネットで調べてみると比較的近くに博物館があった。歴史系博物館で、原始から近代まで、浜松地域の歴史資料を紹介している。ナウマンゾウの復元館内に入り最初に視界に入ってくるのが「ナウマンゾウ」浜松市西区佐浜町で化石が発見された。浜名湖が形作られた10〜35万年前、入り江付近にはワニが [続きを読む]
  • 久能山東照宮 その2(静岡市駿河区根古屋)
  • 久能山東照宮徳川家康が元和2年(1616年)に死去した後、遺命によって埋葬された。元和2年(1617)2代将軍・秀忠によって東照社(現・久能山東照宮)の社殿が造営された。3代将軍・家光の代になって久能山の整備も命じており、社殿以外の透塀、薬師堂、神楽殿、鐘楼、五重塔、楼門が増築された。玉垣(重要文化財)玉垣は御社殿の周囲にめぐらされた垣。玉垣腰に92枚・渡廊下腰に14枚・計106枚の彫刻があり、それぞれ一枚の板を彫 [続きを読む]
  • 久能山東照宮 その1(静岡市駿河区根古屋)
  • 久能山東照宮徳川家康の4つの遺言の最初に「遺骸は久能山に埋葬すること」とある。たったこれだけの予備知識で比較的近くにいたこともあり久能山に向かった。1,159段の表参道を登る方法もあったが、日本平からロープウェイで久能山に渡る方法を選んだ。日本平の大型駐車場に車を駐め、往復券と拝観券を購入。下ること僅か5分で東照宮に到着。案内板は、後日、写真の建物を確認するために利用している。手水処参拝者が多いと手水 [続きを読む]
  • 登呂遺跡(静岡県静岡市駿河区登呂)
  • 特別史跡 登呂遺跡昔、歴史教科書で学んだ記憶はあるが、詳細については全く理解していない。弥生時代後期のもので2度目の洪水で集落が埋没する直前の住居のうち4軒と高床倉庫2棟、祭殿1棟が復元されている。祭殿正面の幅7m、奥行き4m。棟木を建物本体の外側で支える棟持柱(むねもちはしら)が特徴。登呂ムラ全体の儀式(豊作祈願やその占い)や重要な話し合いなどに使われたと考えられる。建物の前に広場が設けられ、周 [続きを読む]
  • 初山 宝林寺(静岡県浜松市北区細江町)
  • 初山 宝林寺道の駅に向かう途中に見覚えのある寺名の案内板が出ていたので立ち寄る。大規模な駐車場を有しているということは経験上かなり期待できる。仏殿(重要文化財)寛文7年(1667)建立、黄檗宗伝来初期の中国明朝風様式を現代に伝える。「宝林禅寺」の扁額は隠元禅師の書釈迦三尊像(県指定文化財)達磨大師像(県指定文化財)梁の武帝像(県指定文化財)二十四諸天像(県指定文化財) 報恩堂宗祖隠元禅師や開基近藤貞用の洪徳 [続きを読む]
  • 万松山 龍潭寺(静岡県浜松市北区引佐町井伊谷)
  • 万松山 龍潭寺(りょうたんじ)NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で「おとわ」は井伊家の跡取りが代々受け継ぐ「次郎」の名を与えられ次郎法師と名乗り出家し、厳しい修業の日々を送った寺である。すぐ忘れるのだが案内板で境内の状況を頭に入れる。伝井伊共保出生井(市指定史跡)寛弘7年(1010)井伊氏初代の井伊共保(ともやす)が生まれたと伝えられる井戸。周囲は畑というより畑の中にある。江戸時代に建てられた笠塔婆形の [続きを読む]
  • 大乗山宝池院 摩訶耶寺(静岡県浜松市北区三ヶ日町)
  • 大乗山宝池院 摩訶耶寺(まかやじ)道の駅の情報で重要文化財の仏像があるということで訪れた。高麗門駐車場から少し歩くと遠くに山門が見えてくる。家康が浜名湖に水城として築城した「野地城」の城門を山門として移築。門には山号と寺名が記されている。笠塔婆正面と左右に六地像を彫っている。裏に元禄7年(1694)造立とある。西国三十三観音像歴史(江戸初期1660年頃)を感じる像の中で比較的顔の形がわかるものを撮ってみた [続きを読む]
  • 常霊山 本興寺(静岡県湖西市鷲津)
  • 常霊山 本興寺道の駅「潮見坂」の案内板による情報で4つの訪れる場所の候補を選択。ナビに電話番号を入力し距離の近い順に車を走らせる。最初の寺院は道路が狭く断念、本興寺は2番目の候補地で駐車場の広さから、かなりの規模の寺院と想像できた。惣門(市指定文化財)延宝2年(1674年)三州吉田城の城門を移築。惣門を進むと参道の左右に塔頭が四院ある。「東光院」「光明院」「玉葉院」「長勝院」「護国塔」大黒堂貞享元年(1 [続きを読む]
  • 豊川稲荷 その2(愛知県豊川市豊川町)
  • 広大な敷地の豊川稲荷、初めて訪れたこともあってボランティアガイドのお世話になった。約1時間説明を聞く事に徹し、その後写真を撮るためもう一度同じ場所を廻った。宝雲殿本尊に釋迦牟尼佛十三佛を祀り、後壇を檀信徒の位牌堂とする仏事、法要を行う殿堂。禅堂(万燈堂) 文久3年(1863年)建立。かつては信者が燈明をあげられたお堂で、中央に不動尊を祀る。戦後、座禅堂に改修された。座禅修行の道場。小窓を開けると内部に [続きを読む]
  • 豊川稲荷 その1(愛知県豊川市豊川町)
  • 円福山 豊川閣 妙厳寺(みょうごんじ)<通称:豊川稲荷>日本三大稲荷の1つ。境内に祀られる鎮守の稲荷(?枳尼天)が有名なため、一般には「豊川稲荷」の名で広く知られる。総門少し離れた駐車場から5・6分歩くと総門が見えてくる。現在のものは明治17年(1884年)に改築したもの。門扉は「如輪目」の欅一枚板で造られている。向かって右側の扉の表面が浮き出ており、触れると幸運がくるとのこと。左側の扉は反対に窪んでいる [続きを読む]
  • 北星山 西福寺(愛知県西尾市吉良町)
  • 北星山 宝幢院 西福寺(さいふくじ)北条時頼により、天台宗の寺院として創建され、文安元年(1444)に浄土宗の寺院として再興されたと伝えられる。北斗星が境内の松に来臨した夢を見たことから山号を北星山に。「手水舎」この日の朝に供えられたと思われる花。日本人の信仰心の厚さを感じる。「星福弁財天」本堂堂内の扉は閉じたままで内部を窺うことができなかった。鐘楼(県指定文化財)明治維新の神仏分離令に際し、岡崎市の伊 [続きを読む]
  • 青龍山 金蓮寺2(愛知県西尾市吉良町)
  • 青龍山 金蓮寺(こんれんじ)道の駅で隣に駐まっていた方に挨拶。埼玉県在住で全国の地名を現地で調べ研究しているという旅人だ。金蓮寺に行く予定だと話すと、忠臣蔵の敵役として悪名高い吉良上野介ゆかりの場所だと教えてくれた。本堂金蓮寺には2年前に訪れたことがある。その時は台風が接近し、激しい雨が降りだし途中で最寄りの道の駅に避難した。この日は快晴で国宝の弥陀堂と堂内の仏像拝観ができると思い車を走らせた。駐 [続きを読む]