詩と写真 *ミオ* さん プロフィール

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詩と写真 *ミオ*さん: 詩と写真 *ミオ*
ハンドル名詩と写真 *ミオ* さん
ブログタイトル詩と写真 *ミオ*
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/miolemon8
サイト紹介文毎日は砂浜のように。 きらきら光る粒を探して歩く。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供87回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2014/11/23 11:43

詩と写真 *ミオ* さんのブログ記事

  • 公園ネコ社長
  • 社長、いい稼業してますな。左うちわってわけですかい。あたしゃね、別に霞食って生きてるわけじゃないんだよ。よそ様に遠慮しながら自分の顔の届く範囲の草食って生きてんのさ。堅実だろ。社長、それ、気持ち良さそうな椅子ですなぁ。ええ?これかい?こりゃあたしのおなかだよ。 [続きを読む]
  • だれも見たことがない
  • その姿をだれも見たことがない。おおきな翼があるという。口を開けば傷口のようだという。あなたは無益なひとだと言う。わたしに、愛が必要なのだとすれば、それはこんな形になるのだろう。だれもいない。カラカラとプラタナスの落ち葉が地面を動いていく。その生命(いのち)はいまや音だけだ。遠い国からやってきて、来歴を耳元でささやく。だからみんな遠い目をする。自分が生まれた場所を見失って。狂うこともある。激しさは誰 [続きを読む]
  • 聞き間違いの神秘
  • ほぼ日では言いまつがいというコーナーがあって、言い間違いというのは確かにかなりおもしろい。言い間違いで精神分析してしまうフロイトみたいな人もいて、興味深い分野?ではある。私は20代の頃、大学時代のサークル仲間と旅行に出掛けて、みんなで話をしていた時に、「たまに」と言うところを間違って「たにま(谷間)」と言ってしまい、谷間といえば地形的なものであるはずだけれど、日常会話としては「胸の」という言葉が自然 [続きを読む]
  • 迷い込む
  • もちろん、アジサイはとっくに枯れていて、山のほうとか涼しいところだって、とうに咲き終わっているだろうに。急に、見つけた。近所で。毎日、毎朝毎晩その前を通っていて、季節を外れたその成長ぶりを目にしていたのだろうに、今日、区の健診に行こうと午後半休して帰ってくる途中、急に見つけた。急に気が付いた。もう秋なのに、アジサイが咲いている。この株の中でもこれだけが咲いている。急に気が付くことってあるんだな。逆 [続きを読む]
  • 夢見の間の世界
  • 互いのおやすみの袖をくぐり抜けて眠ってしまう夜カーテンのからくもころもしずかにみだれていくパラフィンセロファン今日一日の気持ちの彩りを春のように乗せ舟の波が立つすぐそばに眠るひとを遠ざかる浅い余韻のさらさらと白いフリルは長いこと岸辺に打ち寄せるさあ思いふりきり前へ前へ過去が紡ぎだす未来へ昏い海原をめくりめくりゆくさあゆめみよゆめみよ風景の鏡に無数の感情の思い出が宿るたましいの万華鏡へ入っていこう灯 [続きを読む]
  • ある夜、辞書のしりとり
  • 買おう買おうと思っているのだけれど、どれがいいかな、と考えて買えずにいて、もう何年になるだろう。類語辞典はあるのに。国語辞典は紙の本では(とわざわざ言うのも奇妙だ)持っておらず、携帯に大辞林が入っている。紙の辞書だったら、自分が調べようと思う言葉の前後や同じページ上に載っている他の言葉も自然と目に入ってくるから良いのだ、と聞いた。そうだろうな!と思って欲しいと思った。紙の辞書を本のように読む人もい [続きを読む]
  • メロディーライン
  • 窓がどんどん変わっていくビルや喧騒が後ろに流れていく置いてきた人も物も骨になり星になる夜空の川は大らかな優しさにこぼれる乳白色草地は黒い影にたなびくのは音で揺れで伝わるからっぽの胸に歌が聞こえる虫になり鳥になる世界は奏でられている息を吹きこんでいるのは誰 [続きを読む]
  • 緑のライン
  • 毎年恒例の家族旅行に行ったり、『ミレニアム2 火と戯れる女』を読んだりしていたら、ブログがすっかりお留守になってしまった!いけないいけない。『ミレニアム1 ドラゴンタトゥーの女』はしばらく前、確か1年くらい前に読んだのだけれど、私の話を聞いて、読んでみると言った友だちは、電子書籍で購入して『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』まで、とっくに読み終わっているのだけれど、私はいまだに2を読んでいなかった。なぜ [続きを読む]
  • アイスティー
  • まだ眠りに落ちる前だったのに夢の淵のむこうのひとへ話しかけようとしていた薄荷のようにひんやりしたずっとここに座っていたい本も開かずにわたしの代わりにレコードが回り続けてくれるそのように思うことはありそうであまりないいつもせわしなく落ち着かないからいまこのときにすっぽり収まっているときわたしはいまを超えてこの場所を超えてとおくに行けるアイスティーのなかでレモンが踊る日が差し込み色が明るくなるしずくが [続きを読む]
  • 危ないことのために
  • もう夜だし危ない危ないと思う先になにがある命という不思議なもの生きている限り守るため生きている限りその終着点にもう命はないのに目の前にいない限りそのひとは生きているのかもしれない目の前にいない限りそのひとはもういないのかもしれない本当に確かめることができる時は点線状になっていて私自身ですら私を確かめられるのは点の上でしかないあの道の先には夜に際立つ赤い灯台あのひとけのない道の先には空との境目もわか [続きを読む]
  • 花火大会
  • 花火を見送っているひとの瞳に映っているだろうきらきらと流れていく色の粒子闇に溶けていくだろう粒子同じような顔をして並んで静かに脈打っているそれぞれのあきらめや希望やさみしさを流れていくのを見ている今だったりこれからだったり昔だったりする音だったりする何度も打ち上げられる会場から少し離れたところで川べりや橋の上に立っているひとびと立つとそんなに場所を取らないからひとはただ黒い棒のようにただ二本の足で [続きを読む]
  • 単純なひと(が『天地明察』を読むと……3)確率問題
  • 問題:サイコロを3回振って少なくとも1回は5が出る確率をもとめなさい。『天地明察』を読んで算術に目覚め……てはいないけれど、プチ数学フィーバーになっていた私は、職場のリーダーから聞いた高一のお嬢さんの数学問題に取り組み、その過程で、夫からまた別の新しい問題(上記)を出されてしまうのであった。しかし熱しやすく冷めやすい私は、リーダーのお嬢さん問題を解いてしまうと、すっかり気が抜けて、「自分で考えるんだか [続きを読む]
  • ふたりのシーソー
  • ひとつ屋根の下でふたりの気分はシーソー歯磨き粉のチューブの中身をぎゅっと絞り出すいっぽうでベランダでは今朝のふきんがまだ干してある炒め物の油の匂いを拡散じゃなかった雲散霧消すべく窓を開けて風を入れる私は出ていく中身をこぼしながらベランダへ月が出ているよきれいだよねっころがって腕と頭で三角コーナーつくっているあなた目だけちろっと動かしてうん……そうだね……猫目石ななめなの?ごきげんうんちょっと……疲 [続きを読む]
  • 単純なひと(が『天地明察』を読むと……2)確率問題
  • 問題:サイコロを3回振って、出た目をすべて乗じた場合に、偶数が出る確率をもとめなさい。サイコロを3回振って出る目のパターンは全部でこれ。6×6×6=216ではまず奇数が出る確率をもとめてみよう。偶数が一回でも出たら偶数になってしまうのだから、3回振って出る目は全部が奇数でなければならない。ということで奇数が出る確率、というか回数はこう。3×3×3=27(1/2×1/2×1/2=1/8)すると偶数が出る確率は216-27=189(7/8)こ [続きを読む]
  • わたしのどこかへ
  • わたしはわたしを逸らすものを常に求めている。十全にわたしでありたいと願いながら、いつも散漫である。まぎらせるもの、くべられるもの、はどこにでも。この、手のひら。花びらのように、前頭葉と一緒に子宮から、世界へ開かれ、生まれ出た。眩しかった。くしゃみとか。他の生物、無生物の動く気配がわたしのどこかへ届くようにと。じぶんの内なる声は、もっとも聞きたくなかったが、初々しい静けさを愛そうとした。瓶を満たす液 [続きを読む]
  • 単純なひと(が『天地明察』を読むと……)
  • とても影響を受けやすい子どもでした。ドラマを見ていたら、その中の好きなキャラクターになってしまう。誰かの習い事をすぐに自分もやりたがる。父がピアノを弾いていると私にも弾かせて、と邪魔をする。三つ子の魂百まで。恐ろしや。いまでもそれは変わらないのでした。何か見たり聞いたりするとすぐに影響を受ける。私。つい先日は『天地明察』。冲方丁という作家が、江戸時代の天文暦学者、渋川春海の生涯を描いた小説で、本屋 [続きを読む]
  • 真夜中の"の"
  • 思い出さなければ悲しくならずに済むこともあるし、そういうものだと思えば楽になれることもある。とても下手だけれど、字を書くのは好き。考えて書くのは苦手だけれど、ただ写すみたいにして、意味よりも形を、なぞるみたいにして書くのは好き。意味のないことが好き。気楽なことが好き。私はこういう人間で、生きることも死ぬことも、きっとそう大したことではないのだ。のりまき。と、いまは思う。きっと、いまだけ。これから寝 [続きを読む]
  • 短歌5
  • われの名の漢字かわいくなりにけり君の手にある水のラベルに天空の雲の嵐の物語ミルク溶けてくアイスコーヒーわかれ道 次に会うのはいつだろう手を振ることで励ましている満月が東京の夜を浮かばせてとり忘れたる洗濯物よバッハ鳴る夏の夕べの涼しさに遠い海まで心たなびく [続きを読む]
  • 日記の散歩道
  • 2017.7.12 (水)pm9:20日記用のノートを開き、日付を書くと、いつも何かしら、書き始めるまでには感じるとも思わなかったような軽い興奮を覚える。スローモーションのように。日付を書いているペン先から、小さなよろこびに似たものが湧き出してくる。今日がこの形の数字の日だというよろこび。どんな日でもない、他愛ない一日だったのに、特別な数字を書いているような気持ちになる。数字が、意味を持たないままで、特別な何かに [続きを読む]
  • つもりの話
  • ブログに載せようとすると、大部分は自分の能力のなさなのだけれど、詩に成熟する(するのだろうか)のを待てないので、載せる回数を減らそうと思います。ブログを辞めるのはなんだかさみしくて、雑記は載せ続けようかなと思っております。詩も時々。どんどんブログ名から遠ざかっていく……ミオさん。いえいえ近づきたいからなのです。たぶん?おくればせのアジサイ。の摘んだ萼。今年もたくさん楽しませてもらった。七月六日はサ [続きを読む]
  • すぐに忘れてしまうドラマ
  • あ、なにかがこぼれる受けとめなきゃ考えるより前に体が走り出してしまいそうになったのを気持ちが押しとどめただから結果的には気持ちだけ先走っただけだったこぼれたものは一瞬でいのちを得落ちる前にじぶんのちからで体勢を持ち直し音符の下のスラーになった小さく丸っこい質量こぼれたものはすずめに姿を変え次の枝へ飛び移ったのだったわたしはただ歩いているだけだったきっと誰にも気づかれなかっただろうこの驚きをこの動き [続きを読む]
  • 闇の奥へ進む(足尾銅山へ) 補足?
  • 肝心なことを書き忘れていたので付け足ししたい。足尾環境センターの方が教えてくれた。雨が降って銅山から出る水はいまも汚染されていて、今後も半永久的に処理をし続けなければならないということ。公害はいまも続いているのだ。知らなかった。なんとも恐ろしい。目の前の利益を優先させて、大変な負の遺産を生み出してしまうということ。南アルプスを貫通するリニアモーターカーのことを思い出した。一度破壊したら元に戻らない [続きを読む]
  • 闇の奥へ進む(足尾銅山へ)4
  • 先日(といっても6/11、もうしばらく前だ……)サンデーモーニングを見ていたら、ちょうど、渡良瀬川の鮎が解禁、というニュースを取り上げていた。足尾の公害、田中正造についての話も出ていた。日本における労働争議のはしり、と言われているらしい。銅山での労働は、相当過酷なものだったのだ。田中正造の話はきっと社会科の授業でも習っただろうし、足尾銅山観光でも読んだし、センターの方からも教えてもらった。明治時代、き [続きを読む]
  • 闇の奥へ進む(足尾銅山へ)3
  • とんでもなく距離のある坑道を、どのように行動していたのだろうか?なんて。駄洒落はともかく、全長が東京から博多ほども距離があり、高低差も1000m?もある坑道ならば、作業の現場へ行くのに時間がかかり過ぎてしまう、という前回の疑問は、このあとに訪れる砂防ダムのある銅親水公園内、足尾環境学習センターの係の方のお話で解消された。考えてみればそれはそう、で、全長1200?もの坑道は一気に掘られたのではなく、もちろん [続きを読む]
  • 闇の奥へ進む(足尾銅山へ)2
  • 工場萌えもそうだけれど、人はなぜ、ああいう景色に惹かれてしまうのだろう。それが日常で、しかも過酷な現実であれば、気が滅入る景色でしかないのだろうけれど、そこでの現実を知らない人間にとっては想像力をかきたてられてしまう不思議な世界なのだった。アウシュビッツの強制収容所へ行ったなら、もちろんそんなことは思わないだろう、と思うのは、恐ろしいものであるという知識が少しは身に付いているからなのだろう。それな [続きを読む]