Aquioux さん プロフィール

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Aquiouxさん: いにしえ実録怪談
ハンドル名Aquioux さん
ブログタイトルいにしえ実録怪談
ブログURLhttp://oldkwaidan.tumblr.com/
サイト紹介文江戸時代など古い怪異譚を現代の実録怪談風に翻案します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供176回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2014/11/28 21:31

Aquioux さんのブログ記事

  • 家康と淀殿
  •  享保四年九月三日に室鳩巣から聞いた話。 鳩巣は、加賀国の山本源右衛門からこの話を聞いたそうだ。「これは私が菊地十六郎から聞いた話です」 山本は、こう切り出して、鳩巣に話を始めたという。「で、その十六郎は、久世平助という人の祖母から、この話を何度も何度も聞かされたんだそうです。十六郎自身がそう語っておりました」 久世平助の祖母という人は、元々は淀殿に仕えていたが、後に駿河の家康公のお側近くに仕えた [続きを読む]
  • 日光奉行屋敷の倒木
  • 「私が日光奉行就任中に変なことがあってなぁ…… あぁ、これは世間には公表していない話なんだが、まぁ聞いてくれ」 そう言って、天野丹後守が以下のような話をしてくれた。 享保二年八月十六日に起きた大風雨のせいで、日光奉行屋敷の大樹が庭に倒れた。それも二本もである。 いずれも太さが一抱え以上もある大きなもので、起こして立てるのは、かなりの労働力を投入しても難しそうだ。撤去するにしても予算がない。 仕方な [続きを読む]
  • 生霊を退ける達弁
  •  大和田から聞いた話。「私の先妻は長いこと患った末に死んでねぇ。医者だ薬だと、たいそう金がかかったんだ」 まだその先妻が生きているとき、妻の母が大和田に嘆き悲しみながら訴えてきた。 聞けば、京都北山の口寄せ巫女に娘の相談をして、酷いことを言われたらしい。「婿殿も巫女様の許へ行って、直接、話を聞いてくださらぬか」 大和田はしかたなく巫女の許へ出かけた。 巫女が口寄せをすると生霊が出てきて語った。「貴 [続きを読む]
  • 疱瘡の宮の小動物
  •  越後国の、とある森の中に疱瘡の宮と呼ばれる祠がある。一辺が二間程度の小さな祠だ。四方は羽目板で、あちこちに直径三、四寸程度の穴が開いている。 その穴から、鼬のような小動物が数多く出入りする。祠を栖としているようだ。 木の実が主食で、畑を荒らすことはない。そのため、近隣住民もその小動物を殺さない。だからなのか、生息数は一定で増えも減りもしない。 疱瘡が流行すると、この小動物はまったく姿を見せなくな [続きを読む]
  • 古い木枕の怪
  •  私は子どもの頃、森田という人からこんな話を聞いた。 それは、当時の最近の出来事という触れ込みだった。 江戸深川に三十三間堂がある。 その近くに、ずいぶん長いこと空き家になっている貸家があった。 あるとき、その家を借りて、医者が引っ越してきた。 ところが、ほどなく医者は病気になってしまった。 この家は長いこと空き家だったんだ。淀んだ湿気がずいぶん溜まっていたはず。そんな空気に触れたせいで調子を崩し [続きを読む]
  • 化物太鼓
  •  番町あたりでは化物太鼓と呼ばれる怪音現象がある。 私が住んでいる場所からもよく聞こえる。 周辺住民はもう慣れっこになっていて、特に奇異に感じる人はない。 霞舟老人の知り合いに、この現象に興味を抱いた人がいた。 彼は音の出所を確かめようと、ある夜、街中を踏査したそうだ。 音のする方角に歩いて行くと、そのうち、そちらからは聞こえなくなり、別な方角から聞こえてくるようになった。 あらためて音の聞こえる [続きを読む]
  • 先夫の幽霊を見た女
  •  私の友人・斎藤朴園の話である。 彼は、夫と死別して間もない女性を後妻に迎えた。 人柄のよい女性で、斎藤も喜んでいたのだが、ある日突然、勢い込んで言ってきたのだそうだ。「どうぞ、離縁してください」 斎藤が何を言っても、離縁してほしい、と言うばかりで、まったく聞く耳を持たない。 しかたなく、朴園は彼女の意思を尊重して離婚した。 その後、斎藤は別れた後妻について話を聞いた。 彼女は斎藤家で、実家から付 [続きを読む]
  • 四十八里を越えて
  •  駿河国益頭郡に繁林山源昌寺という曹洞宗の寺がある。この寺は、駿河国志太郡若王子村にある龍池山洞雲寺の末寺である。 文化二年のある夜のこと。 田中城主・本多遠江守正意の家臣・山口郡司が源昌寺を訪れ、住職に面会を求めた。源昌寺は山口家の菩提寺なのである。 さっそく身支度を整えて、住職は郡司と対面した。「山口さんは今年は勤番で江戸詰めでしたな。それを、遠路はるばるお越しいただいて、ありがたいことです」 [続きを読む]
  • 毛むくじゃらの両腕
  •  京都に怪現象が起きるといわれている家があった。 過去、安い家賃に釣られて、何人もの入居者があった。 しかし、五日か、せいぜい十日までには必ず怪現象が起き、誰も彼も這々の体で逃げ出したそうだ。 あるとき、一人の書生が引っ越してきた。 彼は強気な男で、噂を聞いてわざわざ、この家を借りたのである。 二、三か月は何ごともなく経過した。「俺の勇敢さに化物も恐れをなしたのだろう」 彼は慢心した。 ある早朝、 [続きを読む]
  • 家主変われば
  •  小川町の、とある武家屋敷の話である。 その屋敷には、寄合である蒔田権左が住んでいた。 寄合とは知行高三千石以上の旗本で非役の者をいう。 しかし、あるとき、蒔田はその屋敷を召し上げられ、二合半坂という江戸城からずいぶん離れた場所へ移らされた。 その後、小日向の旗本屋敷と相対替えをし、 蒔田は現在、小日向で暮らしている。 小川町の屋敷はというと、西丸御側衆にして御側御用取次である蜷川相模守に下げ渡さ [続きを読む]
  • 閼伽井嶽の龍燈
  •  天保七年のこと。 私の弟子の岡野義和は公務で陸奥国磐城郡の上小川村に赴いた。「かねてから聞いていた閼伽井嶽の龍燈を見たい」 滞在中、そんな話をしたら、村長自らが案内してくれることになった。ちなみに村長の名は長蔵だそうだ。 閼伽井嶽というのは小川村と同じ陸奥国磐城郡にある山である。 六月三日、一行は村から三、四里離れた閼伽井嶽に登った。 この山には水晶山常福寺というのがある。薬師如来が本尊として安 [続きを読む]
  • 牛鬼という怪火
  •  鵜飼半左衛門という出雲出身の人から聞いた話。 出雲国のとある場所に牛鬼という怪しい光が出るという。 聞いた内容を書き留めておいたのだが、当該箇所を毀損してしまい、具体的な地名は今となっては分からない。 そこは、山陰に谷川が流れ、小さな橋が架かっている場所だそうだ。 雨が降り続き、湿度が高くなると、夜、その橋のあたりに出るらしい。 牛鬼に遭遇した人の話によると、橋の近くに差しかかったとき、白く光る [続きを読む]
  • 狐火は食い物の恨み
  •  私の儒学の師である川口静斎先生から聞いた話。 先生の父親の名は川口茂介というそうだ。 松平大和守が城主だったときに、陸奥国白河に住んでいたという。 ある朝、茂介は庭に雄の雉子が死んでいるのを見つけた。 雉子の体のどこにも矢傷がない。 とすると、これは狐が捕まえた獲物を落としたんだろう。 茂介はそう判断し、雉子を鍋にして、同僚を数人呼んで酒盛りをした。 夜更けまで続いたどんちゃん騒ぎも、やがてお開 [続きを読む]
  • 痘瘡神を刀で脅す
  •  私が京都二条新町に住んでいたときの隣人は小田垣という医者だった。 彼は、浮ついたこと一つ言わない、お堅い人だった。「私の父親の伯父、つまり大伯父は、名を小田垣伝右衛門といい、但馬国気多郡の伊福村に住んでいました」 あるとき、彼はこう切り出して、奇妙な話をしてくれた。 伝右衛門には三人の幼い子どもがいたという。 まずは長子が痘瘡に罹った。その子が病床の中でこんなことを言う。「早く大熊に連れて行って [続きを読む]
  • 翼ある蛇
  •  これも吉村医師の京都時代の見聞である。 ある年の七月末のこと。 京都五条沿いの、とある商人の家では、屋根瓦が傷んできたので、補修のために瓦職人を雇った。 職人が屋根に登ると、突然、激しい風雨になった。屋根から降りられなくなるくらい激しいものだったらしい。 職人がしばらくその場でジッとしていると、ぶんぶんと音を立てて何かが飛んできて、彼の顔に纏わりついた。 怯えた職人は仕事道具の金槌を振り回す。す [続きを読む]
  • 雷の玉
  •  陸奥出身の吉村耕民という医師がいる。 彼が、かつて京都で医業を学んでいたときの見聞として、次のようなことを話してくれた。 ある、雷が多く発生した年のこと。 嵯峨野付近の民家に雷が落ちた。 そのとき、家の者は田畑に出ており、耳が聞こえづらくなった老爺が独りで留守居していたそうだ。 雷は、突然、軒先に落ちたのだが、老爺は耳がよく聞こえないので、それほど驚かなかったらしい。 また、雷が落ちた場所には雲 [続きを読む]
  • 動物を狂わす息遣い
  •  斎藤謙から聞いた話。 彼が霊岸島で暮らしていたとき、隣の家に、伊豆の新島から呼び出された子どもが住んでいたという。 あるとき、斎藤は奇妙な場面に出くわした。 垣の下で昼寝をしている猫を見つけたその子が、猫に向かって息を吸ったり吐いたりすると、突然、猫が狂ったように暴れ出したのだ。 驚いた斎藤は子どもに聞いてみた。「坊や、猫を狂わすなんて、君はどんな超能力を持っているんだい?」「超能力じゃないよ。 [続きを読む]
  • 銭が八文
  •  武蔵国稲毛に傘張長者の屋敷跡と呼ばれるものがある。 この屋敷の住人は、かつて傘張りで生計を立てていたので、そのように呼ばれるのだとか。 その傘張り職人がまだ長者になる前のことだという。 ある夏の夜、彼が庭で涼んでいると、西の方から何か騒がしい音が聞こえてきた。 見ると、光りものが地上二、三間ほどの高さを飛んでいて、こちらに近づいて来るのだ。 目の前を通り過ぎようとした光りものを、彼は竹棹で払って [続きを読む]
  • 懐中の石
  •  寛政十二年十一月のこと。 大目付・伊藤河内守が江戸城から退出したとき、急に懐がずっしりと重たくなった。調べてみると、ずいぶんたくさん石が入っていた。 なぜ懐に急に石が入ったんだ。どこから入ったんだ。奇妙だ。 そう考えているところに、土御門家の門弟が来合わせた。「大火災の前兆のようです。充分ご注意ください」 伊藤から話を聞いた門弟はこのように占った。 高田の脇にある源兵衛村に伊藤の抱屋敷、つまり別 [続きを読む]
  • 死後の抵抗
  •  周防国熊毛郡の島田村に兼清重五郎蔭正という人がいた。 国学者・本居大平の門人で、自らも少々の著書をものした人である。 彼は二、三年前に死んだが、そのとき、こんなことがあったという。 遺族は埋葬の作法に則り、墓に樒を植え、七本卒塔婆も立てた。 さて、その翌日のこと。 墓が荒らされた。樒と卒塔婆が投げ棄てられていたのである。 遺族は元どおりにして帰ったが、翌日も樒と卒塔婆が投げ棄てられた。 その翌日 [続きを読む]
  • けんほのなし
  • 「この屋敷を普請する際に、何か変わった木を使っていませんか」 父の家で病人が多く出たので、祈祷師を呼んで占ってもらったところ、祈祷師からそう訊かれた。 屋敷が建てられたのはずいぶん昔のことなので、その辺の事情を知っている者がなかなか見つからない。いろいろと尋ね回って、やっと、横山という家来から証言が得られた。「変わった木と言えば、床の間の柱や落とし掛けに『けんほのなし』を使っていたと記憶しています [続きを読む]
  • 赤い毛氈の正体
  •  姫路でのこと。 ある夏の日、その屋敷では土用干しをしていた。 しばらくすると空が徐々に曇ってきた。夕立になりそうである。 使用人たちは、急いで干したものを取り込んだ。 確認のため周囲を見回すと、屋敷の裏の畑で、赤いものがひらひらと動いているのが目に入った。 慌てて取り込んだから、毛氈でも落としたんだろう。 一人の男がそちらに走っていった。 すると、赤いものの近くで何かがピカッと強く光った。 怪訝 [続きを読む]
  • 龍の頭
  •  松浦氏の妻の姉から聞いた話。 場所は出羽国酒田、ある夏の雲一つない晴天の日のことだという。 空に龍の頭だけが浮かんでいるのに誰かが気づいた。 それは牛の頭のようなもので、目の光が凄まじかったそうだ。 もしや地上に降りてくるのではないか。 不安げに空を見上げる近所の人々。 しかし、龍の頭はジッとその場から動かない。 そのうち、四方から徐々に雲が出てきた。 雲はどんどん龍の頭に集まってくる。 やがて [続きを読む]
  • 冥途の風景
  •  壬生寺の順正という僧侶から聞いた話。 黄檗宗の寺である有馬山清涼院の僧侶・石文は死後十九日経ってから生き返ったそうだ。 人々は、石文に死後の世界はどんな場所だったのか尋ねた。「湖や山がある場所だった。その景色は美しかったが、この世とそれほど違うものではなかったな」 続けて石文はこんな解釈を述べた。「わしは昔、比叡山に登り、琵琶湖を見て、おおいに感動した。あの風景を再び見たいものだと常々思っておっ [続きを読む]
  • 小倉城の邪神
  •  豊前国の出身者から聞いた。 かつて、小倉城内にひとつの小さな祠があったという。 古いもので何が祀られているのか判らなくなっていたらしい。「この場所は穢れておる。祠は城外の清らかな場所へ遷せ」 城主は何だか判らないものを城の中に置いておくのもどうかと考えたのかもしれない。こんな理屈をこねて、家臣に祠を取り払うよう命じた。 すると、突然、城主の目に激痛が走った。「う! 目、目が痛い! これは堪らん」 [続きを読む]