ひろかずのブログ さん プロフィール

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ひろかずのブログさん: ひろかずのブログ
ハンドル名ひろかずのブログ さん
ブログタイトルひろかずのブログ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/hirokazu0630
サイト紹介文加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供380回 / 365日(平均7.3回/週) - 参加 2014/12/02 13:43

ひろかずのブログ さんのブログ記事

  • 地域(加印)の風を読む(18) 赤松一族の興亡(1)・円心〜満祐
  •  中道子山城の歴史を探るとき、赤松全体の動きを見ておく必要がありそうです。 でも、赤松家の歴史は複雑です。ここでは簡単に復習をしておきます。今日は、円心から嘉吉の乱までの赤松家の興亡の歴史です。 *「no11(嘉吉の乱)」と合わせてお読みください。    赤松一族の興亡(1)  赤松家は「嘉吉の乱」でいったん滅ぶ 赤松は円心の時代に足利尊氏に高く買われて室町幕府の創設に力をつくし、赤松氏を一気に飛躍さ [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(17) 中道山子山城は16世紀の築城というが
  •  今、中道子城跡で進められようとしている電波塔建設については、まさに愚行です。 いったん壊した史跡は元に戻りません。貴重な中世の城跡(中道子山城跡)保存に関しては、これからもこの訴えてゆきます。 「地域の風を読む(14):満政の子(満直)志方へ」の続きに戻り、中道子山の歴史を続けます。    中道山子山城は16世紀の築城というが 「地域の風を読むno10」の復習です。 加古川市教委は、昭和64年から始まっ [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(16) いま、行政に求められること
  •     いま、行政に求められることは 「見える化」(市民への説明責任)ですよね 写真のお城は、ご存知の竹田城跡(朝来市和田山町竹田)です。 上の写真はいたずらをしています。竹田城跡に、電波塔を載せています。 もし、こんな風景が市民に説明がなく出現したら、地元(朝来市)の人は激怒されるでしょうね。 笑い事ではないのです。加古川市では中道子山城跡(東志方広尾)の貴重な中世の城跡に電波塔の工事が、まさ [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(14) 満政の子(満直)志方へ
  •     大河内満政軍敗れる 前号の復習です。山名氏と大河内満政の戦いについて『加古川市史』より、次のように紹介しました。 ・・・幕府は説得しようとしたが、大河内(赤松)満政はこれに応じようとせず、山名軍との間に東播磨三郡の支配権をめぐり東播地方で激戦がおこなわれました。 『東寺執行日記(文安二年正月二〇日条)には「播州合戦了」とのみ書かれていて、どこでどのような合戦があったのか、詳しいことはわかり [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(11) 嘉吉の乱
  •      嘉吉の乱 中道子山城主を探していますが、迷路をさまよっています。 中道子山城を調べる時、赤松氏の興亡の歴史を知る必要がありそうです。 なぜなら、中道子山城は赤松一族の勢力下にあったことは確かです。 「赤松一族の興亡」を簡単に調べます。そして、俯瞰してみます。ヒントがありそうです。    赤松一族の興亡・嘉吉の乱       満祐、義教(足利六代将軍)を殺害 「・・・新邸の池のカモの [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(10) 中道山子山城発掘調査結果より
  •     中道山子山城発掘調査結果より 加古川市教委は、昭和64年から始まった4次にわたる調査を終え、平成2年2月6に結果を発表しました。 翌日の各新聞は、中道山子山城発掘調査について、大きく報じました。 それらの記事の一部を読んでみます。  <産経新聞> ・・・巨大な大手門が見つかり城の規模も16世紀のものとしては東播磨一の規模で、時代は16世紀初めから中ごろにかけての城とわかった。 ・・・また、発掘調査 [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(8) 中道子山城の築城者・赤松氏則説
  •  前号で中道子山城(城山)の孝橋新五郎繁広説を紹介しました。 今日は、もう一人の赤松氏則(うじのり・氏範とも書く)説です。      赤松氏則(氏範)説 赤松氏の系図を赤松則村(円心)から始めます。 円心には四人の男子があり、一男は範資(のりすけ)、二男貞則(さだのり)、三男則祐(そくゆう)そして四男は、赤松氏則(氏範とも書く)です。 氏則は、父円心の死後、三人の兄たちと不和となり、宮方(後醍醐 [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(6) 城山の築城者はだれ
  •  今、中世の山城であった中道子山(以下、城山とします)城跡の一部が電波塔建設により破壊されようとしています。 とりあえず、城山の歴史を調べてみましょう。     築城者はだれ? 中道子山城は立派な山城です。 それでは、①誰がこの城を築いたのか、②その時期はいつか、③いつまで続いたのか、ということが疑問になります。 まず、①の城を築いた人物を追ってみます。  築城者は、赤松氏則(赤松円心の四男)か、 [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(5) 山城跡に無線塔建設(4)・大パノラマ
  •  中道子山(以下、城山とします)は、標高271.6?の山で、特に登るのに躊躇するほどの山でもありません。 城山に登ってみました。「むっちゃ・・しんどい登山」となりました。 やはり年齢(73歳)と日ごろの不摂生のせいです。休み、やすみの登山となりました。 少し城山について説明しておきます。      中道子山城跡 「城山」は、よく知られているわりに謎だらけの山のようです。 歴史的価値がないという意味ではあ [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(2) ボーダーの地域(1)
  •  2012・11月24日の「ひろかずのブログ」では、私たちの地域(加印地域)を「ボーダーの地域」と書きました。 この「ボーダーの地域」は私たちの地域を理解する、一つのキーワードです。    ボーダーの地域(1) 古代の律令制度下で、直接に都の勢力が及ぶ範囲を「畿内(きない)」といいました。 大和(奈良)・河内・和泉・山城(京都)・摂津が機内にあたります。 播磨は摂津に接しているのですが、畿内ではありません。 [続きを読む]
  • 地域(加印)の風を読む(1) 再度、地域を歩きます
  •  旧加古・印南郡(現:加古川市・高砂市・稲美町・播磨町)は、「加印地域」と呼ばれ、古くから一つの経済圏・文化圏を形成していました。 歴史が中心になりますが、その他様々な話題を取り上げながら加印地域を再度歩いてみましょう。 題は「地域(加印)地域の風を読む」としました。     「ひろかずのブログ」は、3369号に 「ひろかずのブログ」は、前号で3369号になりました。 退職して3年目から始めたブログです。 [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(30) 清潔な枯草のように
  •     最後は、清潔な枯草のように 震災後も、耕衣は次のような句などを発表しています。 「死神と 逢(あ)う娯(たの)しさも 杜若(かきつばた)」 でも、満96歳になった耕衣は、朝食に向かおうとしてころび、左上腕骨を折ってしまいました。 19歳のときから、文字通り腕一本で働き続けてきたその左腕までが、こうして休養を強いられることになり、口述に頼らねばならなくなりました。 そして、年齢は、耕衣から体力 [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(29) 赤不動も見つかる
  •      家は、つぶれたが・・・・ 家は向きを変えてつぶれ、本や家財が足の踏み場もないほど散乱し、砂ぼこりを浴びていました。 誰からともなく、とにかく書籍や書画を掘り出そうということになりました。 掘り出される書篝の膨大な量に、同人たちはあらためておどろかされました百冊に上る耕衣の句帖(くちよつう)も出てきました。 一句のため、まる一冊書きつぶされた句帖が見つかりました。     赤不動も見つかる [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(28) 耕衣助かる
  •      耕衣助かる 平成7年1月17日未明・耕衣は寝床から出、本の濫れた書棚と階段の手摺(てす)りとの間の狭い廊下を数メートル歩き、トイレに入りました。 そのとたん、家ごとゆさぶられ、立って居られず、床にしゃがみこんでしましました。 タイルが何枚かはがれ落ち、その一つが手に擦り傷をつけました。 あたりは静まり返っています。 大きな地震でトイレに閉じこめられたようだと思いましたが、恐怖感は感じません [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(27) 踏切の スベリヒユまで 歩かれへん
  •     大腿骨 マル折レノ 秋深キカナ 92歳(平成4年)夏の終わりごろから、耕衣は右足の爪が痛むようになりました。 痛風の症状かと心配になり、家人に付き添われ近所の医院を訪ねて診てもらったところ、痛風ではなかった。 そこまではよかったのですが、帰り道、家近くまで来て、歩道の上にごくゆつくりと倒れてしまいまいました。 春には、ときどき眩暈(めまし)に襲われたことがあり、その類のことかと思ったのですが [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(26) 妻ユキエが死んだ
  • 晩 年 80歳を過ぎた耕衣夫婦の一日は、ゆっくりと明けました。 耕衣は、まずラジオの天気予報に、やや難聴の耳を傾けます。夏や冬は、とくに温度が何度になるかを気にしました。 気は若くても、年齢相応の用心というものがあり、夫婦ともども、それを心得ていました。 庭に出て、雑草をふくめた草花や野菜の手入れをしたり、落ち葉たきをしたり、野鳥の声に耳を傾け、拾った小雀を育てる・・・ そうした点 [続きを読む]
  • 永田耕衣の風景(25) 生きている喜び
  •     生きている喜び 耕衣は「年をとると、生きている喜びが深くなる。深くなるというよりも、その歓(よろこ)びを深く求めるようになる。つまり欲が深くなる。 精神的な欲がふかくなる。私にあっては、すぐ旅をすることでもなく、世間に存在を媚びることでもない。 古人今人の秀れた文章を毛穴から読みとることである」とも言っています。 耕衣のこの「欲」は全く衰えることがありませんでした。 また、こんなことを呟き [続きを読む]