Enoの音楽日記 さん プロフィール

  •  
Enoの音楽日記さん: Enoの音楽日記
ハンドル名Enoの音楽日記 さん
ブログタイトルEnoの音楽日記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/eno1102
サイト紹介文オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供141回 / 365日(平均2.7回/週) - 参加 2014/12/19 12:28

Enoの音楽日記 さんのブログ記事

  • 忘れられた音楽――禁じられた作曲家たち
  •  東京・春・音楽祭のコンサート「忘れられた音楽――禁じられた作曲家たち」が開かれた。ウィーン国立音楽大学エクシール・アルテ・センターのゲロルド・グルーバー所長によるレクチュアー・コンサート。ナチス・ドイツの侵攻に遭って人生に甚大な影響を蒙った作曲家たちを振り返るもの。 当コンサートで取り上げられた作曲家は5人。演奏順に、マリウス・フロトホイスMarius Flothuis(1914‐2001)、ヘルベルト・ツィッパーHerb [続きを読む]
  • 卒業式の想い出
  •  卒業式の季節になった。この季節になると想い出すことがある、という人も多いのではないだろうか。わたしもその一人。この季節になると、中学校の卒業式を想い出す。 わたしの中学校は荒れていた。先生方の中には「今の3年生がいなくなればこの学校もよくなる」という先生もいた。そんな声が生徒たちにも聞こえていた。暴力事件は日常茶飯事。便所には吸殻が落ちていた。シンナーを吸って倒れる生徒もいた。要するにさじを投げ [続きを読む]
  • ルチア
  •  新国立劇場の「ルチア」新制作。新国立劇場のベルカント・オペラという点がなんとも新鮮だ。「ルチア」は2002年に上演して以来の上演だそうだ。その後、「愛の妙薬」は上演しているが、それ以外のドニゼッティのオペラはあったかどうか。そういえば、ベッリーニのオペラは今まで何か上演したことがあったろうか。 今回の「ルチア」だが、タイトルロールのオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは滑らかなベルカントを聴かせ、舞台 [続きを読む]
  • 井上光晴展
  •  わたしは高校生から大学生の頃は文学青年だった。最初は夏目漱石から入り、やがて川端康成に移り、高校を卒業する頃には大江健三郎、井上光晴、ドストエフスキーを読むようになった。だが、大学を出て就職してからは、文学を読む余裕がなくなった。わたしの文学遍歴は就職と同時に途絶えた。 先日、神奈川近代文学館で開催中の「井上光晴展」のチラシを見かけたときには、なんだか懐かしかった。井上光晴(1926‐1992)は大学卒 [続きを読む]
  • 白蟻の巣
  •  新国立劇場の演劇部門が新たに立ち上げた「かさなる視点―日本戯曲の力―」シリーズ。昭和30年代の戯曲3本に3人の30代の演出家が挑む企画。その第1弾として三島由紀夫の「白蟻の巣」(昭和30年、1955年初演)が谷賢一(1982年生まれ)の演出で上演されている。 敗戦から10年たち、高度経済成長の上昇気流に乗り始めた時期に、日本社会はどんな問題を抱えていたのか。それは解決されたのか。あるいは解決されずに、今もなお引き [続きを読む]
  • ラインの黄金
  •  びわ湖ホールが始めたリング・チクルス。今年から毎年一作ずつ制作していく。新国立劇場がレンタルで済ませているのに対して、こちらは正真正銘の自主制作なので、観るほうとしても力が入る。期待を込めて出かけた。 演出はミヒャエル・ハンペ。舞台美術と衣装はヘニング・フォン・ギールケ。プログラムに掲載されたミヒャエル・ハンペの「『ラインの黄金』の演出について」という文章の書き出しを引用すると――、 「どうした [続きを読む]
  • 5年目の贈り物
  •  先週、元の職場の先輩のご自宅に招かれた。お会いするのは10年ぶりくらいだろうか。毎年、年賀状の交換はさせていただいていたが、お会いすることはなかった。わたしのことを気にかけてくれていたようで、今年の年賀状でお誘いをいただき、追いかけて電話までいただいた。そこで、ほんとうに久しぶりに再会することができた。 マンションを引っ越されたことは承知していた。今のマンションに伺うのはもちろん初めてだった。12階 [続きを読む]
  • ティツィアーノとヴェネツィア派展
  •  ティツィアーノは西洋美術史上屈指の巨匠だが、そのティツィアーノの作品が去年も今年も日本に来ている。去年は「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展で、今年は「ティツィアーノとヴェネツィア派」展で。 両者とも構成は似ている。イタリア・ルネサンスではレオナルド(1452‐1519)、ミケランジェロ(1475‐1564)、ラファエロ(1483‐1520)らが活躍したフィレンツェ派の一方で、ジョヴァンニ・ベッリーニ(1438/40頃‐1 [続きを読む]
  • スクロヴァチェフスキ追悼
  •  スクロヴァチェフスキ(1923‐2017)が亡くなった。5月の読響への客演がキャンセルになったので、心配していたが、まさか亡くなるとは思わなかった。昨年10月にミネソタ管弦楽団でブルックナーの交響曲第8番を指揮したのが最後の演奏会になったそうだ。50年以上の長きにわたって関わったミネソタ管弦楽団が、最後に振ったオーケストラになってよかったと思う。 スクロヴァチェフスキは2007年4月から3年間、読響の常任指揮者を務 [続きを読む]
  • B→Cシリーズ浜野与志男
  •  今回のB→Cシリーズはピアニストの浜野与志男が登場し、ソヴィエト時代を生きて今も存命中の作曲家、ペルト、シチェドリン、シルヴェストロフ、グバイドゥーリナをプログラムに組んだ。 浜野与志男は1989年生まれ。東京藝大、英国王立音楽大学を経て、今はモスクワでエリソ・ヴィルスラーゼのもとで研鑽中。国内外のコンクールで入賞または優勝を果たしている。母親はロシア人。 ソヴィエト時代を生きた作曲家を取り上げたのは [続きを読む]
  • 鈴木雅明/東京シティ・フィル
  •  鈴木雅明が東京シティ・フィルを振るのは何度目だろう。ハイドンなどから始まってマーラーまで行った過去の演奏会はすべてよかった。今回はウェーベルンとバルトークが入っている。いよいよ20世紀の音楽にまで及んだ。 1曲目はウェーベルンの「パッサカリア」。‘作品1’という作品番号が何となく誇らしげだ。いうまでもないが、ウェーベルンは「パッサカリア」の前にもいくつか作曲していた。管弦楽曲「夏の風の中で」がもっと [続きを読む]
  • パーヴォ・ヤルヴィ/N響
  •  パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響の定期Cプロ。シベリウスのヴァイオリン協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲第10番というプログラムは、来る2月28日から3月8日までのヨーロッパ公演に持って行く2種類のプログラムのうちの一つだ。 シベリウスのヴァイオリン協奏曲でのソリストは、ヨーロッパ公演にも同行する諏訪内晶子<追記;ヨーロッパ公演は別の人でした。すみません>。冒頭、弦の小刻みに震える微かなトレモロに乗せて、独奏ヴ [続きを読む]
  • パーヴォ・ヤルヴィ/N響
  •  パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響の定期Aプロ。前半はパーヴォの祖国エストニアの作曲家の2曲。 1曲目はアルヴォ・ペルト(1935‐)の「シルエット―ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ」(2009)。ペルトは西欧へ紹介された頃の輝きが失われているのではないかと、わたしなどは(失礼ながら)思っているが、さて、この曲はどうか‥。 冒頭のヴィヴラフォンやタムタムの深い響きの中から、コントラバスが呻くように立ち上がって [続きを読む]
  • 南伊豆歩道
  •  昨年11月下旬に伊豆の天城山で遭難事故を起こした。ヘリコプターが出動し、レスキュー隊に救助された。そのショックがさめやらない12月に、今度は膝を痛めた。12月と1月は(仕事で出張が続いたこともあって)山には行かなかった。2月に入って、やっと山に行く元気が出た。膝の具合がまだよくないので、伊豆半島の突端の「南伊豆歩道」を選んでみた。初めて行くところだが、ネーミングから想像して、海岸沿いの遊歩道ではないかと [続きを読む]
  • 沈黙―サイレンス―
  •  遠藤周作の小説「沈黙」を読んだのはもう20年以上前だと思う。衝撃は大きかった。とくに宣教師ロドリゴが長崎に潜入してから捕えられるまでの前半部分が、イエスの受難と重ね合わせて描かれていることに驚き、作者の技巧と力量に圧倒された。 でも、ほんとうに重要なのは後半部分だったかもしれないと、マーティン・スコセッシ監督の映画「沈黙―サイレンス―」を観て思った。前半は、前史であって、後半、それも正確に言うと、 [続きを読む]
  • ベルファゴール
  •  東京オペラ・プロデュースによるレスピーギのオペラ「ベルファゴール」。悪魔ベルファゴールが人間の女性カンディダを好きになる。でも、カンディダには恋人バルドがいる。カンディダの父親ミロクレートは、金に目が眩んで、カンディダをベルファゴールと結婚させるが、最後にカンディダとバルドは結ばれる。 ベルファゴールは北川辰彦、カンディダは大隈智佳子、バルドは内山信吾、ミロクレートは佐藤泰弘といずれ劣らぬ実力者 [続きを読む]
  • カンブルラン/読響
  •  カンブルラン指揮読響によるメシアンの大作「彼方の閃光」。今秋演奏会形式で上演予定のメシアンのオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」のための準備かと思ったが、けっしてそんなものではなく、はっきりした目的意識を持つ演奏だった。 いうまでもなく「彼方の閃光」はメシアンが完成させた最後の大作だ。わたしは‘奥の院’的なイメージを持っていた。一切の無駄がない枯れた世界‥。だが、それはそうだが、カンブルラン/読 [続きを読む]
  • 下野竜也/N響
  •  下野竜也指揮N響の定期。プログラム前半は20世紀の歴史に深くかかわったチェコの作曲家2人の作品、後半はブラームスのヴァイオリン協奏曲。 1曲目はマルティヌー(1890‐1959)の「リディツェへの追悼」(1943)。いまさらいうまでもないが、マルティヌーは祖国チェコへのナチスの侵攻を受けて、パリに逃れ、さらにアメリカに亡命した。本作はチェコの小村リディツェがナチスに徹底的に破壊された事件を受けて作曲されたもの。 [続きを読む]
  • 遥かなる愛
  •  カイヤ・サーリアホ(1952‐)のオペラ「遥かなる愛」は、2015年5月に東京でも演奏会形式で上演されたが(エルネスト・マルティネス=イスキエルド指揮の東響、歌手は日本人歌手たち)、わたしは満足できなかった。今回は2016年12月のニューヨーク・メトロポリタン歌劇場での上演の録画。 映画館での上映なので、音質はかならずしもよくない。しかもヴォリュームを上げているので、耳への負担が大きい。でも、幕開きのオーケス [続きを読む]
  • カンブルラン/読響
  •  カンブルラン指揮読響の名曲コンサート(今回は第600回に当たる)。デュカス、ドビュッシー、ショーソンと並んだフランス近代のプログラム。わたしは定期のほうの会員だが、プログラムに惹かれて行った。 1曲目はデュカスの「ラ・ペリ」。カンブルランが振るデュカスというと、パリ・オペラ座の来日公演(あれはいつだったか)でのオペラ「アリアーヌと青ひげ」が忘れられないが、あのときの色彩感は再現せず、今回は比較的あっ [続きを読む]
  • インキネン/日本フィル
  •  インキネンが日本フィルの首席指揮者に就任して初めての定期。曲目はブルックナーの交響曲第8番。以前に演奏した第7番がとてもよかったので、今回も期待が膨らんだ。 結論から言うと、第7番よりもさらに先に進んだ演奏だと思った。冒頭、低弦のつぶやきが、遅いテンポで、抑えた音で演奏された。日常的な時間を超えた超越的な時間感覚があった。ブルックナーの本質に触れる感覚だ。 すぐにトゥッティで第1主題が確保されるが、 [続きを読む]
  • 皆さま、ごきげんよう
  •  最近は映画から足が遠のいているが、ジョージア(旧グルジア)の映画監督オタール・イオセリアーニ(1934‐)の「皆さま、ごきげんよう」(2015)はどうしても見たかったので、頑張って行ってきた。 本作の制作時点でイオセリアーニは81歳。元気な老人の飄々としたユーモアが感じられる映画だ。筋はとくにない。相互に関連のないエピソードが、まるで‘しりとり’のようにつながっていく。一見とりとめのない作品だが、各々のエ [続きを読む]
  • メナ/N響
  •  ファンホ・メナJuanjo Mena(1965‐)という未知の指揮者が振るN響の定期Cプロ。 1曲目はファリャの歌劇「はかない人生」から間奏曲とスペイン舞曲。N響を無理なく鳴らしている感じがした。間奏曲での暗い音色もいい。ポピュラーな名曲だが、けっしてポピュラー・コンサート的な気楽な演奏ではなかった。 2曲目はロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。ギター独奏はカニサレス。以前ラ・フォル・ジュルネで聴いたことがあるが、 [続きを読む]
  • 高関健/東京シティ・フィル
  •  東京シティ・フィルは、秋の定期では毎回ベルリオーズを組み入れたが、冬の定期では毎回ベートーヴェンを組み入れている。今回はその第1弾。 1曲目は武満徹の「オリオンとプレアデス」(1984)。堤剛のチェロ独奏を想定したチェロ協奏曲だが、今回は宮田大の独奏。新旧の世代交代を感じる。わたしは堤剛の独奏でも聴いたことがあるが、そのときの記憶は薄れているとはいえ、深々と沈潜して語り続ける独奏だった(という印象があ [続きを読む]
  • デトロイト美術館展
  •  アメリカのデトロイト美術館の収蔵品展。 印象派、ポスト印象派、20世紀のフランス絵画(エコール・ド・パリその他)という構成は定番のものだが、20世紀のフランス絵画の前に「20世紀のドイツ絵画」が挟まる点がユニークだ。当時のドイツ表現主義の作品が来ている。 ドイツ表現主義は、大雑把にいうと、ミュンヘンで活動した「青騎士」のグループと、ドレスデン(後にベルリン)で活動した「ブリュッケ(橋)」のグループに分 [続きを読む]