Enoの音楽日記 さん プロフィール

  •  
Enoの音楽日記さん: Enoの音楽日記
ハンドル名Enoの音楽日記 さん
ブログタイトルEnoの音楽日記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/eno1102
サイト紹介文オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供142回 / 365日(平均2.7回/週) - 参加 2014/12/19 12:28

Enoの音楽日記 さんのブログ記事

  • インキネン/日本フィル
  •  インキネンのブラームス・チクルス第2弾。メインプロは交響曲第2番。先日の定期では交響曲第3番と第4番が演奏されたが、消化不良というか欲求不満というか、腑に落ちない面があったので(会場のオーチャードホールのせいもあっただろう)、さて、会場を横浜みなとみらいホールに移した今回はどうか、という気持ちだった。 1曲目はブラームスの「悲劇的序曲」。冒頭のトゥッティの2回の和音が張りのある音で鳴った。オーチャード [続きを読む]
  • アラン・ギルバート/都響
  •  アラン・ギルバートが都響に客演して、ジョン・アダムズ(1947‐)の新作「シェヘラザード.2」(2014年世界初演、「シェヘラザード・ポイント・トゥー」と読むそうだ)を日本初演した。 世界初演のときも指揮はギルバート、オーケストラはニューヨーク・フィル。同曲は独奏ヴァイオリンを伴うが、独奏者は世界初演も今回もリーラ・ジョゼフォウィッツ。すでにロンドン響、アムステルダム・コンセルトヘボウ管、ベルリン・フィル [続きを読む]
  • ファビオ・ルイージ/N響
  •  ファビオ・ルイージが振るN響Aプロ。1曲目はアイネム(1918‐1996)の「カプリッチョ」。弾けるように快活な曲だ。初演は(第二次世界大戦のまっただ中の)1943年にベルリンで行われた、というから驚く。あの暗い時代にこんな明るい曲が‥と思うのは、今の時代に生きる者の勝手な思い込みだろうか。 当時ナチスが猛威をふるうベルリンで、たぶん好意的に受け入れられたのだろうと想像するが(プログラムノーツに明記はされてい [続きを読む]
  • カンブルラン/読響
  •  カンブルランが指揮する読響の4月定期は、いかにもカンブルランらしいプログラムが組まれた。 1曲目はメシアンの「忘れられた捧げもの」。メシアン最初期の作品だ(プログラムノーツによれば、メシアンにとって「初めて公開で演奏された管弦楽曲」とのこと)。切れ目なく演奏される3つの部分からなっているが、その最初の部分から、メシアン独特のハーモニーが聴こえる。逆に激しく動く中間部分は、後年のメシアンとは少し異な [続きを読む]
  • シャセリオー展
  •  テオドール・シャセリオー(1819‐1856)はフランスの画家。37歳で夭折した。11歳のときに古典主義の画家アングル(1780‐1867)の門下に入り、将来を嘱望されたが、その後ロマン主義の画家ドラクロワ(1798‐1863)の影響を受け、アングルとは決別。生前その作品は高く評価され、公共建築の壁画も描いた。また象徴主義の画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(1824‐1898)やギュスターヴ・モロー(1826‐1898)に影響を与えた。  [続きを読む]
  • エリーザベト・クールマン
  •  東京・春・音楽祭でエリーザベト・クールマンの独唱会を聴いた。好奇心をそそるプログラム。前半はシューベルトの歌曲を何曲か続けた後に、現代オーストリアの作曲家ヘルヴィック・ライターHerwig Reiter(1941‐)の歌曲を1曲入れ、またシューベルトの歌曲に戻って、次にまたライターというパターンを繰り返すもの。 このように交互に歌われると、各々の特徴が際立ち、一種の(よい意味での)批評性が生まれる効果があった。わ [続きを読む]
  • 従姉が亡くなって‥
  •  従姉が亡くなった。享年65歳。くも膜下出血だった。3月14日に自室で倒れているのを発見され、病院に運ばれたが、同月31日に亡くなった。 従姉とわたしとは同年生まれ。父親同士が兄弟だった。兄弟は一つの家に住んでいた。木造平屋だが、玄関と台所が別々にあり、2部屋ずつ付いていた。便所が真ん中にあり共同だった。場所は多摩川の河口で中小零細の工場がひしめく地域。そこでわたしたちは育った。 小学、中学、高校とずっと [続きを読む]
  • サラエヴォの銃声
  •  第一次世界大戦のきっかけとなったサラエヴォ事件。1914年6月28日にセルビア人の青年ガブリロ・プリンツィプが、サラエヴォを訪問中のオーストリア皇太子夫妻を狙撃して殺害した事件だ。映画「サラエヴォの銃声」はその100年後の2014年6月28日のサラエヴォを舞台にしている。 現実にサラエヴォでは当日およびその前後に、サラエヴォ事件100周年の記念行事が行われた。たとえばオーストリアからはウィーン・フィルが訪れて演奏会 [続きを読む]
  • 「スケーエン デンマークの芸術家村」展
  •  「スケーエン デンマークの芸術家村」展が開かれている。わたしはデンマークの北欧的な風土が好きなので、何度か訪れたことがあるが、せいぜいコペンハーゲンかオーデンセまで。スケーエンは訪れたことがない。そこではどんな芸術家村が生まれたのか。 1870年代、まだ鉄道が敷設されず、交通不便な場所だったスケーエンを、その手付かずの自然に惹かれた画家たちが訪れるようになった。1880年代に入ると、かなりの画家が集まる [続きを読む]
  • ミュシャとヤナーチェク
  •  ミュシャの20点からなる大作「スラヴ叙事詩」が公開中(6月5日まで国立新美術館の「ミュシャ展」で)。反響は大きいようだ。わたしが出かけたのは平日の夕方だが、かなりの混雑だった。それでも閉館時間の30分くらい前には空いてきた。 わたしは音楽好きなので、本展を見て感じたことは、ミュシャと作曲家ヤナーチェクとの共通項の多さだった。「スラヴ叙事詩」の第11作「ヴィートコフ山の戦いの後」では、神聖ローマ皇帝軍と戦 [続きを読む]
  • 北村朋幹ピアノ演奏会
  •  東京・春・音楽祭のミュージアム・コンサート「東博でバッハ」の第34回、北村朋幹(きたむら・ともき)のピアノ演奏会に行った。 1曲目はシューマンの「4つのフーガ」。珍しい曲だ。シューマンのバッハ研究の過程で生まれた曲。最初はバッハそのもののようだが、最後になるとシューマンの素顔が覗く。そのへんがシューマンらしいところだ。 2曲目は細川俊夫の「エチュードⅠ」から「2つの線」。ガラス細工のような音が煌き、砕 [続きを読む]
  • ミュシャ展
  •  アルフォンス・ミュシャ(1860‐1939)は、19世紀から20世紀への転換期に繊細なアールヌーボーのポスターで一世を風靡したが、後半生は一転してスラヴ民族の歴史を描いた連作「スラヴ叙事詩」の制作に没頭した。 チラシ(↑)に使われている作品はその第1作「原故郷のスラヴ民族」(部分)。異民族の侵入・略奪に遭い、スラヴ民族の男女が草むらに隠れている。その頭上を異民族が走り去る。左端にはスラヴ民族の村が焼き払われ [続きを読む]
  • B→C 中村恵理ソプラノリサイタル
  •  若手演奏家の登竜門的な演奏会シリーズのB→C(バッハからコンテンポラリーへ)に、すでに国際的なキャリアを築いているソプラノ歌手の中村恵理が出るという予告を見たときには、えっと思った。でも、実際に聴いてみると、中村恵理にはやりたいことがあったのだと思った。 B(バッハ)にはカンタータ第57番から2曲のアリア、C(コンテンポラリー)にはリチャード・ワイルズ(1966‐)への委嘱作「最終歌」の中の1曲が選ばれた [続きを読む]
  • 忘れられた音楽――禁じられた作曲家たち
  •  東京・春・音楽祭のコンサート「忘れられた音楽――禁じられた作曲家たち」が開かれた。ウィーン国立音楽大学エクシール・アルテ・センターのゲロルド・グルーバー所長によるレクチュアー・コンサート。ナチス・ドイツの侵攻に遭って人生に甚大な影響を蒙った作曲家たちを振り返るもの。 当コンサートで取り上げられた作曲家は5人。演奏順に、マリウス・フロトホイスMarius Flothuis(1914‐2001)、ヘルベルト・ツィッパーHerb [続きを読む]
  • 卒業式の想い出
  •  卒業式の季節になった。この季節になると想い出すことがある、という人も多いのではないだろうか。わたしもその一人。この季節になると、中学校の卒業式を想い出す。 わたしの中学校は荒れていた。先生方の中には「今の3年生がいなくなればこの学校もよくなる」という先生もいた。そんな声が生徒たちにも聞こえていた。暴力事件は日常茶飯事。便所には吸殻が落ちていた。シンナーを吸って倒れる生徒もいた。要するにさじを投げ [続きを読む]
  • ルチア
  •  新国立劇場の「ルチア」新制作。新国立劇場のベルカント・オペラという点がなんとも新鮮だ。「ルチア」は2002年に上演して以来の上演だそうだ。その後、「愛の妙薬」は上演しているが、それ以外のドニゼッティのオペラはあったかどうか。そういえば、ベッリーニのオペラは今まで何か上演したことがあったろうか。 今回の「ルチア」だが、タイトルロールのオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは滑らかなベルカントを聴かせ、舞台 [続きを読む]
  • 井上光晴展
  •  わたしは高校生から大学生の頃は文学青年だった。最初は夏目漱石から入り、やがて川端康成に移り、高校を卒業する頃には大江健三郎、井上光晴、ドストエフスキーを読むようになった。だが、大学を出て就職してからは、文学を読む余裕がなくなった。わたしの文学遍歴は就職と同時に途絶えた。 先日、神奈川近代文学館で開催中の「井上光晴展」のチラシを見かけたときには、なんだか懐かしかった。井上光晴(1926‐1992)は大学卒 [続きを読む]
  • 白蟻の巣
  •  新国立劇場の演劇部門が新たに立ち上げた「かさなる視点―日本戯曲の力―」シリーズ。昭和30年代の戯曲3本に3人の30代の演出家が挑む企画。その第1弾として三島由紀夫の「白蟻の巣」(昭和30年、1955年初演)が谷賢一(1982年生まれ)の演出で上演されている。 敗戦から10年たち、高度経済成長の上昇気流に乗り始めた時期に、日本社会はどんな問題を抱えていたのか。それは解決されたのか。あるいは解決されずに、今もなお引き [続きを読む]
  • ラインの黄金
  •  びわ湖ホールが始めたリング・チクルス。今年から毎年一作ずつ制作していく。新国立劇場がレンタルで済ませているのに対して、こちらは正真正銘の自主制作なので、観るほうとしても力が入る。期待を込めて出かけた。 演出はミヒャエル・ハンペ。舞台美術と衣装はヘニング・フォン・ギールケ。プログラムに掲載されたミヒャエル・ハンペの「『ラインの黄金』の演出について」という文章の書き出しを引用すると――、 「どうした [続きを読む]
  • 5年目の贈り物
  •  先週、元の職場の先輩のご自宅に招かれた。お会いするのは10年ぶりくらいだろうか。毎年、年賀状の交換はさせていただいていたが、お会いすることはなかった。わたしのことを気にかけてくれていたようで、今年の年賀状でお誘いをいただき、追いかけて電話までいただいた。そこで、ほんとうに久しぶりに再会することができた。 マンションを引っ越されたことは承知していた。今のマンションに伺うのはもちろん初めてだった。12階 [続きを読む]
  • ティツィアーノとヴェネツィア派展
  •  ティツィアーノは西洋美術史上屈指の巨匠だが、そのティツィアーノの作品が去年も今年も日本に来ている。去年は「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展で、今年は「ティツィアーノとヴェネツィア派」展で。 両者とも構成は似ている。イタリア・ルネサンスではレオナルド(1452‐1519)、ミケランジェロ(1475‐1564)、ラファエロ(1483‐1520)らが活躍したフィレンツェ派の一方で、ジョヴァンニ・ベッリーニ(1438/40頃‐1 [続きを読む]
  • スクロヴァチェフスキ追悼
  •  スクロヴァチェフスキ(1923‐2017)が亡くなった。5月の読響への客演がキャンセルになったので、心配していたが、まさか亡くなるとは思わなかった。昨年10月にミネソタ管弦楽団でブルックナーの交響曲第8番を指揮したのが最後の演奏会になったそうだ。50年以上の長きにわたって関わったミネソタ管弦楽団が、最後に振ったオーケストラになってよかったと思う。 スクロヴァチェフスキは2007年4月から3年間、読響の常任指揮者を務 [続きを読む]
  • B→Cシリーズ浜野与志男
  •  今回のB→Cシリーズはピアニストの浜野与志男が登場し、ソヴィエト時代を生きて今も存命中の作曲家、ペルト、シチェドリン、シルヴェストロフ、グバイドゥーリナをプログラムに組んだ。 浜野与志男は1989年生まれ。東京藝大、英国王立音楽大学を経て、今はモスクワでエリソ・ヴィルスラーゼのもとで研鑽中。国内外のコンクールで入賞または優勝を果たしている。母親はロシア人。 ソヴィエト時代を生きた作曲家を取り上げたのは [続きを読む]
  • 鈴木雅明/東京シティ・フィル
  •  鈴木雅明が東京シティ・フィルを振るのは何度目だろう。ハイドンなどから始まってマーラーまで行った過去の演奏会はすべてよかった。今回はウェーベルンとバルトークが入っている。いよいよ20世紀の音楽にまで及んだ。 1曲目はウェーベルンの「パッサカリア」。‘作品1’という作品番号が何となく誇らしげだ。いうまでもないが、ウェーベルンは「パッサカリア」の前にもいくつか作曲していた。管弦楽曲「夏の風の中で」がもっと [続きを読む]
  • パーヴォ・ヤルヴィ/N響
  •  パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響の定期Cプロ。シベリウスのヴァイオリン協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲第10番というプログラムは、来る2月28日から3月8日までのヨーロッパ公演に持って行く2種類のプログラムのうちの一つだ。 シベリウスのヴァイオリン協奏曲でのソリストは、ヨーロッパ公演にも同行する諏訪内晶子<追記;ヨーロッパ公演は別の人でした。すみません>。冒頭、弦の小刻みに震える微かなトレモロに乗せて、独奏ヴ [続きを読む]