Enoの音楽日記 さん プロフィール

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Enoの音楽日記さん: Enoの音楽日記
ハンドル名Enoの音楽日記 さん
ブログタイトルEnoの音楽日記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/eno1102
サイト紹介文オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供145回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2014/12/19 12:28

Enoの音楽日記 さんのブログ記事

  • ロジェストヴェンスキー/読響
  •  スクロヴァチェフスキが振るはずだった定期だが、スクロヴァチェフスキが亡くなったので、その代演にロジェストヴェンスキーが立った。曲目は予定のブルックナーの交響曲第5番を引き継いだが、まさかのシャルク版。 わたしも昔はクナッパーツブッシュのLPレコードでシャルク版を聴いていた。むしろシャルク版かどうかなど気にしないで(知りもしないで)この曲を聴いていた、といったほうがいい。でも、やがて‘稿’や‘版’の [続きを読む]
  • ブラビンズ/都響
  •  マーティン・ブラビンズが都響を振ったBプロ定期。じつに興味をそそるプログラムが組まれた。 1曲目はジョージ・バターワース(1885‐1916)の「青柳の堤」。演奏時間6分(プログラムの表記による)の小品だ。演奏が始まると、目の前にイギリスの美しい田園風景が広がるような気がした。弦の音にはふくらみがあり、またオーボエとフルートのソロには情感がこもっていた。 2曲目はマイケル・ティペット(1905‐98)の「ピアノ協 [続きを読む]
  • 画家マティス(マインツ歌劇場)
  •  最終日はマインツに移動してヒンデミットのオペラ「画家マティス」を観た。フランクフルトからマインツまでは電車で40分くらいなので、マインツに行く前にフランクフルトでマチネー公演のフランクフルト歌劇場管弦楽団の定期演奏会を聴いた。 指揮はミヒャエル・ザンデルリンク。曲目はシベリウスの交響詩「フィンランディア」、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏はヴィクトリア・ムローヴァ)、ベートーヴェン [続きを読む]
  • アラベッラ(フランクフルト歌劇場)
  •  リヒャルト・シュトラウスの「アラベッラ」。前日のクシェネクの3つのオペラに比べると、観客の心を揺さぶり、甘く酔わせ、ほろりとさせる手練手管のなんと見事なことか。要するにわたしたち観客は、シュトラウスのその手練手管に翻弄されることを楽しみに出かけるわけだ。 演出はクリストフ・ロイ。舞台後方に何枚かのパネルがあり、それらが左右に動くにつれて、舞台の奥の出来事が見えたり、隠れたり、またパネルが完全に閉 [続きを読む]
  • クシェネクの3つのオペラ(フランクフルト歌劇場)
  •  エルンスト・クシェネク(クルシェネクともクレネクとも表記される)(1900‐1991)の3つのオペラ、「独裁者」、「ヘビー級、または国家の栄光」、「秘密の王国」は1928年にヴィースバーデンで初演された。でも、その後どこかで上演されたことがあるのだろうか。今ではほとんど忘れられた作品だ。今回はフランクフルト初演。 3作ともクシェネクの最大のヒット作「ジョニーは演奏する」の直後の1926〜27年に書かれた。プッチーニ [続きを読む]
  • サティアグラハ(バーゼル歌劇場)
  •  フィリップ・グラス(1937‐)のオペラ「サティアグラハ」は、2011年のMETライブビューイングで上映されたので、ご覧になった方も多いと思う。わたしも観て感動した。今回は、バーゼル歌劇場、ベルリン・コーミシェオーパー、アントウェルペン歌劇場の共同制作。演出と振付はシディ・ラルビ・シェルカウイ。 本作はマハトマ・ガンジーが南アフリカで過ごした前半生を描いたもの。ガンジーはロンドンで弁護士の資格を得た後、南 [続きを読む]
  • オレステイア(バーゼル歌劇場)
  •  クセナキス(1922‐2001)の「オレステイア」は、ギリシャ悲劇の同名作を現代に復活させる試みだと思う。ギリシャ悲劇はコロス(合唱隊)の歌と数人の役者(1〜3人の役者が何役かを演じ分ける)の組み合わせだったと考えられているが、では、そのときコロスが歌った歌は、どんな歌だったのだろうか。それをクセナキスなりに想像したのが本作だと思う。 本作は2011年にサントリーのサマーフェスティヴァルで上演されたので、ご覧 [続きを読む]
  • 高関健/東京シティ・フィル
  •  さて、今回の旅で観たオペラの記録を書くべきところだが、その前に昨日、東京シティ・フィルの定期を聴いてきたので、まずその感想から。 指揮は高関健。1曲目は武満徹の「3つの映画音楽」。3曲のキャラクター・ピースを集めたものだが、今回の演奏では、第1曲の「ホゼー・トレス」がジャズ風のリズムが明瞭に出ていてよかったと思う。 2曲目はベルクのヴァイオリン協奏曲。ソリストは堀米ゆず子。堀米ゆず子の演奏を聴くのは [続きを読む]
  • 帰国報告
  •  本日無事に帰国しました。フランクフルトとマインツは肌寒くて、わたしはセーターを着ていましたが、地元の方々はコートやジャンパーを着ていました。バーゼルの気温はそれより高めでしたが、それでもセーターを着てちょうどよい位でした。今回観たオペラは次の通りです。5月3日(水)オレステイア(バーゼル歌劇場)5月4日(木)サティアグラハ(バーゼル歌劇場)5月5日(金)クシェネクの3つのオペラ(フランクフルト歌劇場)5 [続きを読む]
  • オルセーのナビ派展
  •  オルセー美術館が所蔵するナビ派の作品展。ナビ派に焦点を絞った点が新鮮だ。 ナビ派とは1889年に当時20歳前後の若い画家たち(画家の卵たち)がパリで結成したグループ。‘ナビ’とはヘブライ語で預言者のこと。新たな絵画の預言者をもって自ら任じた若者たち。その命名には若者らしいノリがあったかもしれない。もちろん宗教とは関係がない。 新たな絵画とはどういうものか。それを言葉で表しても抽象的になるだけで、むしろ [続きを読む]
  • 城塞
  •  新国立劇場の演劇部門のシリーズ「かさなる視点―日本戯曲の力―」第2弾、安部公房の「城塞」を観た。 同シリーズは3人の30代の演出家が昭和30年代の戯曲を演出するもの。敗戦後10数年たった当時の劇作家は戦争や日本をどう捉えていたのか。どんな問題を考え、どう表現していたのか。また、当時から50年以上たった今、なにが克服され、なにが未解決で残っているのか‥を問うシリーズ。 もっとも、同シリーズは、企画段階では3 [続きを読む]
  • インキネン/日本フィル
  •  インキネンのブラームス・チクルス第2弾。メインプロは交響曲第2番。先日の定期では交響曲第3番と第4番が演奏されたが、消化不良というか欲求不満というか、腑に落ちない面があったので(会場のオーチャードホールのせいもあっただろう)、さて、会場を横浜みなとみらいホールに移した今回はどうか、という気持ちだった。 1曲目はブラームスの「悲劇的序曲」。冒頭のトゥッティの2回の和音が張りのある音で鳴った。オーチャード [続きを読む]
  • アラン・ギルバート/都響
  •  アラン・ギルバートが都響に客演して、ジョン・アダムズ(1947‐)の新作「シェヘラザード.2」(2014年世界初演、「シェヘラザード・ポイント・トゥー」と読むそうだ)を日本初演した。 世界初演のときも指揮はギルバート、オーケストラはニューヨーク・フィル。同曲は独奏ヴァイオリンを伴うが、独奏者は世界初演も今回もリーラ・ジョゼフォウィッツ。すでにロンドン響、アムステルダム・コンセルトヘボウ管、ベルリン・フィル [続きを読む]
  • ファビオ・ルイージ/N響
  •  ファビオ・ルイージが振るN響Aプロ。1曲目はアイネム(1918‐1996)の「カプリッチョ」。弾けるように快活な曲だ。初演は(第二次世界大戦のまっただ中の)1943年にベルリンで行われた、というから驚く。あの暗い時代にこんな明るい曲が‥と思うのは、今の時代に生きる者の勝手な思い込みだろうか。 当時ナチスが猛威をふるうベルリンで、たぶん好意的に受け入れられたのだろうと想像するが(プログラムノーツに明記はされてい [続きを読む]
  • カンブルラン/読響
  •  カンブルランが指揮する読響の4月定期は、いかにもカンブルランらしいプログラムが組まれた。 1曲目はメシアンの「忘れられた捧げもの」。メシアン最初期の作品だ(プログラムノーツによれば、メシアンにとって「初めて公開で演奏された管弦楽曲」とのこと)。切れ目なく演奏される3つの部分からなっているが、その最初の部分から、メシアン独特のハーモニーが聴こえる。逆に激しく動く中間部分は、後年のメシアンとは少し異な [続きを読む]
  • シャセリオー展
  •  テオドール・シャセリオー(1819‐1856)はフランスの画家。37歳で夭折した。11歳のときに古典主義の画家アングル(1780‐1867)の門下に入り、将来を嘱望されたが、その後ロマン主義の画家ドラクロワ(1798‐1863)の影響を受け、アングルとは決別。生前その作品は高く評価され、公共建築の壁画も描いた。また象徴主義の画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(1824‐1898)やギュスターヴ・モロー(1826‐1898)に影響を与えた。  [続きを読む]
  • エリーザベト・クールマン
  •  東京・春・音楽祭でエリーザベト・クールマンの独唱会を聴いた。好奇心をそそるプログラム。前半はシューベルトの歌曲を何曲か続けた後に、現代オーストリアの作曲家ヘルヴィック・ライターHerwig Reiter(1941‐)の歌曲を1曲入れ、またシューベルトの歌曲に戻って、次にまたライターというパターンを繰り返すもの。 このように交互に歌われると、各々の特徴が際立ち、一種の(よい意味での)批評性が生まれる効果があった。わ [続きを読む]
  • 従姉が亡くなって‥
  •  従姉が亡くなった。享年65歳。くも膜下出血だった。3月14日に自室で倒れているのを発見され、病院に運ばれたが、同月31日に亡くなった。 従姉とわたしとは同年生まれ。父親同士が兄弟だった。兄弟は一つの家に住んでいた。木造平屋だが、玄関と台所が別々にあり、2部屋ずつ付いていた。便所が真ん中にあり共同だった。場所は多摩川の河口で中小零細の工場がひしめく地域。そこでわたしたちは育った。 小学、中学、高校とずっと [続きを読む]
  • サラエヴォの銃声
  •  第一次世界大戦のきっかけとなったサラエヴォ事件。1914年6月28日にセルビア人の青年ガブリロ・プリンツィプが、サラエヴォを訪問中のオーストリア皇太子夫妻を狙撃して殺害した事件だ。映画「サラエヴォの銃声」はその100年後の2014年6月28日のサラエヴォを舞台にしている。 現実にサラエヴォでは当日およびその前後に、サラエヴォ事件100周年の記念行事が行われた。たとえばオーストリアからはウィーン・フィルが訪れて演奏会 [続きを読む]
  • 「スケーエン デンマークの芸術家村」展
  •  「スケーエン デンマークの芸術家村」展が開かれている。わたしはデンマークの北欧的な風土が好きなので、何度か訪れたことがあるが、せいぜいコペンハーゲンかオーデンセまで。スケーエンは訪れたことがない。そこではどんな芸術家村が生まれたのか。 1870年代、まだ鉄道が敷設されず、交通不便な場所だったスケーエンを、その手付かずの自然に惹かれた画家たちが訪れるようになった。1880年代に入ると、かなりの画家が集まる [続きを読む]
  • ミュシャとヤナーチェク
  •  ミュシャの20点からなる大作「スラヴ叙事詩」が公開中(6月5日まで国立新美術館の「ミュシャ展」で)。反響は大きいようだ。わたしが出かけたのは平日の夕方だが、かなりの混雑だった。それでも閉館時間の30分くらい前には空いてきた。 わたしは音楽好きなので、本展を見て感じたことは、ミュシャと作曲家ヤナーチェクとの共通項の多さだった。「スラヴ叙事詩」の第11作「ヴィートコフ山の戦いの後」では、神聖ローマ皇帝軍と戦 [続きを読む]
  • 北村朋幹ピアノ演奏会
  •  東京・春・音楽祭のミュージアム・コンサート「東博でバッハ」の第34回、北村朋幹(きたむら・ともき)のピアノ演奏会に行った。 1曲目はシューマンの「4つのフーガ」。珍しい曲だ。シューマンのバッハ研究の過程で生まれた曲。最初はバッハそのもののようだが、最後になるとシューマンの素顔が覗く。そのへんがシューマンらしいところだ。 2曲目は細川俊夫の「エチュードⅠ」から「2つの線」。ガラス細工のような音が煌き、砕 [続きを読む]
  • ミュシャ展
  •  アルフォンス・ミュシャ(1860‐1939)は、19世紀から20世紀への転換期に繊細なアールヌーボーのポスターで一世を風靡したが、後半生は一転してスラヴ民族の歴史を描いた連作「スラヴ叙事詩」の制作に没頭した。 チラシ(↑)に使われている作品はその第1作「原故郷のスラヴ民族」(部分)。異民族の侵入・略奪に遭い、スラヴ民族の男女が草むらに隠れている。その頭上を異民族が走り去る。左端にはスラヴ民族の村が焼き払われ [続きを読む]
  • B→C 中村恵理ソプラノリサイタル
  •  若手演奏家の登竜門的な演奏会シリーズのB→C(バッハからコンテンポラリーへ)に、すでに国際的なキャリアを築いているソプラノ歌手の中村恵理が出るという予告を見たときには、えっと思った。でも、実際に聴いてみると、中村恵理にはやりたいことがあったのだと思った。 B(バッハ)にはカンタータ第57番から2曲のアリア、C(コンテンポラリー)にはリチャード・ワイルズ(1966‐)への委嘱作「最終歌」の中の1曲が選ばれた [続きを読む]