くじょう さん プロフィール

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くじょうさん: 藤原氏と古代史推進委員会
ハンドル名くじょう さん
ブログタイトル藤原氏と古代史推進委員会
ブログURLhttp://kujoh-hujiwarashi.blog.jp/
サイト紹介文藤原氏を中心に飛鳥・奈良・平安時代を愉しむブログ。人物伝・史跡・展覧会・本や漫画・古典の紹介など。
自由文始祖鎌足さんをきっかけに藤原氏を偏愛ぎみですが、古代史全般に愛を注いでいます。史跡・本・漫画・映像・展覧会イベント・古典作品・人物索引を作成中。姉ブログ「くじょう みやび日録」http://ameblo.jp/n-kujoh/ では古代史以外もやっています!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供63回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2014/12/29 09:58

くじょう さんのブログ記事

  • 杉本苑子旧宅「彩苑」
  •  ◆史跡・名所案内◆静岡  熱海の杉本苑子旧宅「彩苑」 作家・杉本苑子が16年間暮らした熱海の家 観光地・熱海へ遊びに行く機会がありましたので、寄ってみました。  今年5月に亡くなられた作家・杉本苑子が、昭和55年から平成7年までの 16年間、実際に居住していた(暮らしていた)屋敷です。 昭和52年に別荘として建てたそうですが、ほどなく東京から居を移しました。 熱海市内の新居へ引っ越した後に市が借り受け、翌 [続きを読む]
  • 悪左府が女?!〜頼長のライトノベル
  •  ◆本紹介◆平安時代、宮乃崎桜子  宮乃崎桜子『飛天のごとく』 先月紹介の『悪左府の女』に続き藤原頼長本を紹介 先月の今日(7月14日)、“悪左府”(=切れ者の左大臣)藤原頼長の祥月命日と いうことで、2017年6月の新刊、伊東潤『悪左府の女』をご紹介しました。 そのとき、読んでくださったMOMAさんから「悪左府が女なら買いましたよ」という ご反応をいただき、「あ! あれか!」と遠い記憶がよみがえったのです。 [続きを読む]
  • 史跡・“幻の宮”斎宮跡
  • ◆史跡案内◆三重  伊勢神宮に仕える皇女の“幻の宮” 史跡公園「さいくう平安の杜」も完成、さらに充実 天皇に代わり伊勢に赴き祈りをささげた皇族女性(内親王・女王)、斎王。 その宮殿は、長らく“幻の宮”として伝承されるのみでしたが、近年の発掘調査により、 平城宮をモデルにした広大な官衙であったことがわかっています。 (碁盤の目状の区画「方格地割」がみられます) 「斎宮跡」に指定(1979年)されているの [続きを読む]
  • 十二単体験・夏〜いつきのみや歴史体験館
  •  ◆イベント記録◆2017年 三重・いつきのみや歴史体験館「十二単試着・夏期」 三重県明和町「斎宮」の跡地へ、二度目の訪問を果たしました! 近鉄山田線、その名も「斎宮」(さいくう)駅付近一帯は、“幻の宮”ともいわれる 斎宮跡として1979年、国の史跡に指定されています。 周辺は史跡公園として整備され、「斎宮歴史博物館」「いつきのみや歴史体験館」などの 施設に加え、2015年訪問時にはなかった史跡公園「さいくう [続きを読む]
  • 永井路子『茜さす』
  •  ◆本紹介◆現代・飛鳥時代、永井路子  永井路子『茜さす』 著者唯一の現代長編は、古代史にリンクする 永井路子さんの古代史小説を紹介するシリーズ。 今回は昭和61年(1986)9月21日から63年1月25日まで「読売新聞」紙上に掲載、 63年5月に読売新聞社から刊行された長編『茜さす』をご紹介します。 実はこの小説、舞台が古代ではなく、作者唯一の現代長編なのです。  ▲新潮文庫版、平成3年 現代小説ということで、実 [続きを読む]
  • 頼長祭2017〜『悪左府の女』
  •  ◆本紹介◆平安時代、伊東潤  伊東潤『悪左府の女』〜先月の新刊より 7月14日は藤原頼長の祥月命日 保元元年(1156)7月14日、藤原頼長歿す。 鳥羽法皇の臨終後、左大臣・藤原頼長は、 崇徳上皇とともに後白河天皇方と戦って敗れます(保元の乱)。 7月11日の戦で流れ矢に当たりながら奈良まで逃れ、 そこで重傷に苦しみながら、この日の巳刻(午前10時ごろ)、 ついに息を引き取ったそうです。37歳。  * * * 今年 [続きを読む]
  • 小倉百人一首 第10回:46〜50番
  •  ◆小倉百人一首 歌・解釈・歌人・書道作品◆第10回   46〜50番(曽禰好忠・恵慶法師・源重之・大中臣能宣・藤原義孝)  * * * 藤原定家が小倉山荘で撰んだという「小倉百人一首」。 かるたとして、歌の基本学習として、かな書道入門として、 さまざまに親しまれています。 飛鳥時代の天智天皇からはじまり鎌倉時代の順徳院まで、 「百人一首」がほぼ時代順に並びます。 天智天皇から5首ずつ、全20回で歌・解釈・歌 [続きを読む]
  • 史跡・難波宮 2:難波宮跡公園編&AR
  •  ◆史跡案内◆大阪  史跡・難波宮〜難波宮跡公園/AR難波宮 難波宮跡を楽しむ「AR難波宮」を中心にご紹介 古代の都/副都・難波宮。 乙巳の変のあと、孝徳天皇の時代に営まれた前期難波宮と、 奈良時代の聖武天皇がその跡地に復興した後期難波宮に分けられます。 (詳しくは前回記事参照) 現在、宮跡地の中心部分は難波宮跡公園として整備・保存されています。  道を挟んで北は大阪城と宮遺跡の一部が保存されている大 [続きを読む]
  • 史跡・難波宮:大阪歴史博物館編
  •  ◆史跡案内◆大阪  史跡・難波宮〜大阪歴史博物館 古代の都・副都「難波宮」とは? 645年の乙巳の変により、蘇我本宗家が滅ぼされ、天皇を中心とする新しい 政治体制がスタートしました。いわゆる大化の改新です。 即位した孝徳天皇は、飛鳥から離れた難波へ遷都し、652年、 難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)を完成させました【=前期難波宮】。 その後都は飛鳥へ戻りますが、壬申の乱(672年)を経て即位し [続きを読む]
  • 追悼・杉本苑子さん
  •  ◆訃報◆  作家・杉本苑子さん逝去 永井路子とは同い年の盟友 さきほど帰宅してニュースを目にしました。やはりショックですね…… 2017年5月31日、老衰のため死去。91歳。 絢爛たる受賞履歴などはニュースで繰り返されているので割愛しますが、 私にとって「杉本苑子」は、私を楽しませてくれた歴史小説家であり、 尊敬する作家「永井路子」の“盟友”なのです。 杉本さんと永井さんのお二人は、なにかと比較されがちな [続きを読む]
  • 藤原百川公墓
  •  ◆史跡案内◆京都  藤原百川公墓 奈良末期の「一大策略家」藤原百川、ここに眠る 藤原百川(ももかわ)は、藤原四子のひとり宇合(うまかい)の8男で、奈良時代末期の人。 光仁天皇やのちに桓武天皇となるその子・山部王(親王)の信頼を受けました。 父子の前代の称徳女帝時代から信任され、活躍を始めた様子が史料に伺えます。 女帝が崩御したあと、山部王の将来的な即位を見据えて父の光仁天皇を 即位させるため暗躍、 [続きを読む]
  • 古代史好き必携のLINEスタンプ
  •  古代史好きのための?LINEスタンプ 特にお気に入りの愛用スタンプ 古代史好きの私が愛用しているLINEスタンプを2種ご紹介 古代史や歴史、古典をモチーフにしたスタンプもちらほらありますが、 私は以下の2種が気に入っております 「日本古代史風スタンプ」 こちらはズバリ、歴史でも「古代史」にこだわったスタンプ。 原始〜飛鳥・奈良時代くらいまでがメインでしょうか。 使用例   これ、前記事のあしかがフラワーパ [続きを読む]
  • あしかがフラワーパークで“藤”三昧
  •  ◆名所案内◆栃木  藤原氏好き必見?! 世界有数の藤の名所 大藤や白藤が有名な「あしかがフラワーパーク」 『万葉集』にも詠まれている藤は、日本古来の花木とされています。  今回の記事は、ちょっと歴史からは外れますが、関東・栃木県にある 花のテーマパーク「あしかがフラワーパーク」の模様をお届けします。 藤原氏好きとしては、奈良・春日大社の藤はもちろんですが、 ここの世界的に有名という見事な藤も、生涯 [続きを読む]
  • 水鏡 第16回:聖武天皇
  •  ◆古典・水鏡◆第16回  歴史物語『水鏡』、姉ブログで神武〜宣化天皇まで読んできました。 その続きの欽明天皇から読んでいます☆ + + + 前回までのあらすじ 母の元明天皇から娘の元正天皇へと天皇位は渡り、 ついに皇太子が元正天皇から位を譲られた。 + + + ■46代 聖武天皇 文武天皇の子、母は藤原不比等の娘・宮子。 養老8年即位、25歳。年号を神亀と改めた。 +2年、中国から柑子の種が初めてもたらされた [続きを読む]
  • 聖武天皇・仁正皇太后(光明皇后)陵
  •  ◆史跡案内◆奈良  聖武天皇陵・仁正皇太后(光明皇后)陵 平城京の有名夫婦が眠る陵 5月2日、天平勝宝8年(756)に崩御した聖武天皇の祥月命日である本日は、 奈良時代の超有名カップル聖武天皇と光明皇后の陵 をレポートします。 ふたりの陵は奈良市きたまち地区にあります。 東大寺転害門から西へまっすぐ進み、佐保川を越えたあたりに位置します。   私にとって生涯二度目の訪問となったこの日(2016年秋)は、生憎 [続きを読む]
  • 井上内親王の祥月命日&マップ紹介
  •  井上内親王・他戸親王母子、同日に歿す 五條市では井上内親王史跡マップ製作も 宝亀6年(775)4月27日、光仁天皇のかつて皇后であった井上内親王と、 二人の間の子でかつて皇太子であった他戸(おさべ)親王が、同日に歿しました。 正史『続日本紀』には、たった一文で記されています。   井上内親王、他戸王並卒。 井上内親王は宝亀3年3月に「巫蠱」(呪詛)の罪で皇后を廃されており、 同年5月、それに坐して他戸親王 [続きを読む]
  • 5月2日は聖武天皇祭
  •  ◆イベント・史跡案内◆奈良  東大寺で行われる「聖武天皇祭」 GW中の5月2日は聖武天皇の忌日 毎年5月2日は、奈良・東大寺にて「聖武天皇祭」が行われています。 祭日ではありませんがちょうどGWに含まれますし、この期間は春の平城京天平祭も 例年開催されているので、観光には好都合ではないでしょうか。 5月2日は、天平勝宝8年(756)の聖武天皇(当時は退位して太上天皇)崩御の日。 2012年の宮内庁の発表で、明治の [続きを読む]
  • 永井路子「応天門始末」/英雄たちの選択でも特集!
  •  ◆本紹介◆平安時代、永井路子  永井路子「応天門始末」(『長崎犯科帳』所収) 歴史に翻弄される一人の男〜個人から見た応天門の変 久しぶりの永井路子さんの古代史小説を紹介するシリーズです。 今回は昭和35年(1960)1月号「オール讀物」掲載の短編、「応天門始末」。 第一短編集『長崎犯科帳』(講談社、1965年→文庫1979年)所収にて刊行されています。  ▲文春文庫版第一刷(文藝春秋、1993年) 藤原氏がいわゆる [続きを読む]
  • ビジュアル本『よみがえる天平文様』
  •  ◆本紹介◆奈良時代  オールカラー美麗本『よみがえる天平文様』 正倉院宝物の天平文様が細部までよく見える! 正倉院宝物では細部まで見づらい<天平文様>をたっぷり楽しめる、 オールカラーのビジュアル本。   構成は、例えば「北倉013 紅牙撥鏤尺甲」などの1項目につき1見開きで、 左頁にデザインが、右頁に一部の線画と解説が載っています。 ただし注意したいのは、正倉院宝物そのままの素材集ではなく、 欠損部 [続きを読む]
  • 空海の神泉苑の漢詩
  •  平安初期、唐へ渡り日本に真言密教をもたらした真言宗の祖・空海。 書や漢詩の名手としても知られます。 桓武妃酒人内親王のために代作した遺言が『遍照発揮性霊集』(=『性霊集』) に収められ、確認したことがありました※が、 今回は同じ『性霊集』から、京の神泉苑を詠んだ漢詩をながめてみます。   ※桓武妃酒人内親王の遺言 (過去記事) 神泉苑は現在も京都にあり、現在の規模は縮小されていますが 往時は8町 [続きを読む]
  • 「開基勝宝」と西大寺大茶盛式
  •  ◆展覧会案内◆東京/◆史跡案内◆奈良  日本最古の金貨「開基勝宝」と西大寺大茶盛式の美味しい関係? 「開基勝宝」に東京国立博物館で出逢う まずは先日の話。東京国立博物館にて、日本最古の金貨「開基勝宝」(かいきしょうほう)を発見。 常設展の平成館・考古学コーナーにて展示してありました。 古代の貨幣といえば、和同開珎を最初とする銅銭“皇朝十二銭”が著名ですが、 この「開基勝宝」は金貨ですので含まれま [続きを読む]
  • 今ひとたびの、和泉式部
  •  ◆本紹介◆平安時代、諸田玲子  諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』 恋多き女・和泉式部の真実とは 今年(2017年)3月に刊行されたばかりの、諸田玲子の平安時代小説。 諸田玲子さんといえば、時代物でも江戸時代や戦国時代の印象が強いので、 平安舞台は楽しみでした(平安王朝もの第一作ではありませんが、私は未読)。    ▲帯付き全体を広げたところ。 和泉式部といえば、紫式部・清少納言などと並ぶ、平安中期王 [続きを読む]
  • 平城遷都
  •  少々出遅れましたが、3月10日は「平城遷都」の日、つまり“奈良時代”幕開け の日です! 和銅3年(710)の出来事です。 『続日本紀』には「始遷都于平城。以左大臣正二位石上朝臣麻呂爲留守。」 とだけ、シンプルに記載されています。 当時の最高権力者にあたる左大臣・石上麻呂は留守居役として 旧都(藤原京)に残されているのですよね。 このときの天皇は女性の元明天皇(文武天皇・元正天皇の母)、 この遷都を主導 [続きを読む]
  • 東博・春日大社展で展示「御堂関白記」
  •  ◆史料紹介◆御堂関白記  東博で今見られる「御堂関白記」部分を紹介 藤原道長の日記、自筆部分の有名な箇所 世界記憶遺産「御堂関白記」(みどうかんぱくき)は、日本人なら誰でも知っている 千年前の最高権力者・藤原道長の自筆部分が残る日記です。 自筆部分は巻子の形態をした暦(具注暦、この部分は道長の筆ではない)に 設けられた余白の書き込み部分に、道長が直接書き入れています。 あまり書かれていない箇所も [続きを読む]
  • 関白忌(藤原頼通・平等院)
  •  本日、3月2日は、京都・宇治市の平等院にて、「関白忌」が執り行われる日です。 「関白」とはミスター関白こと(勝手に命名)藤原頼通のことです! いまからちょうど千年前の1017年、頼通は甥・後一条天皇の摂政となり、 ここから半世紀(50年間)、摂政→関白の座に座り続けるのです。 頼通はかの藤原道長の嫡男で、1017年当時はまだ若い26歳。 宇治の平等院は権勢をきわめた頼通が、1052年という仏教の一説において 末法 [続きを読む]