くじょう さん プロフィール

  •  
くじょうさん: 藤原氏と古代史推進委員会
ハンドル名くじょう さん
ブログタイトル藤原氏と古代史推進委員会
ブログURLhttp://kujoh-hujiwarashi.blog.jp/
サイト紹介文藤原氏を中心に飛鳥・奈良・平安時代を愉しむブログ。人物伝・史跡・展覧会・本や漫画・古典の紹介など。
自由文始祖鎌足さんをきっかけに藤原氏を偏愛ぎみですが、古代史全般に愛を注いでいます。史跡・本・漫画・映像・展覧会イベント・古典作品・人物索引を作成中。姉ブログ「くじょう みやび日録」http://ameblo.jp/n-kujoh/ では古代史以外もやっています!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供83回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2014/12/29 09:58

くじょう さんのブログ記事

  • 史跡・難波宮 2:難波宮跡公園編&AR
  •  ◆史跡案内◆大阪  史跡・難波宮〜難波宮跡公園/AR難波宮 難波宮跡を楽しむ「AR難波宮」を中心にご紹介 古代の都/副都・難波宮。 乙巳の変のあと、孝徳天皇の時代に営まれた前期難波宮と、 奈良時代の聖武天皇がその跡地に復興した後期難波宮に分けられます。 (詳しくは前回記事参照) 現在、宮跡地の中心部分は難波宮跡公園として整備・保存されています。  道を挟んで北は大阪城と宮遺跡の一部が保存されている大 [続きを読む]
  • 史跡・難波宮:大阪歴史博物館編
  •  ◆史跡案内◆大阪  史跡・難波宮〜大阪歴史博物館 古代の都・副都「難波宮」とは? 645年の乙巳の変により、蘇我本宗家が滅ぼされ、天皇を中心とする新しい 政治体制がスタートしました。いわゆる大化の改新です。 即位した孝徳天皇は、飛鳥から離れた難波へ遷都し、652年、 難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)を完成させました【=前期難波宮】。 その後都は飛鳥へ戻りますが、壬申の乱(672年)を経て即位し [続きを読む]
  • 追悼・杉本苑子さん
  •  ◆訃報◆  作家・杉本苑子さん逝去 永井路子とは同い年の盟友 さきほど帰宅してニュースを目にしました。やはりショックですね…… 2017年5月31日、老衰のため死去。91歳。 絢爛たる受賞履歴などはニュースで繰り返されているので割愛しますが、 私にとって「杉本苑子」は、私を楽しませてくれた歴史小説家であり、 尊敬する作家「永井路子」の“盟友”なのです。 杉本さんと永井さんのお二人は、なにかと比較されがちな [続きを読む]
  • 藤原百川公墓
  •  ◆史跡案内◆京都  藤原百川公墓 奈良末期の「一大策略家」藤原百川、ここに眠る 藤原百川(ももかわ)は、藤原四子のひとり宇合(うまかい)の8男で、奈良時代末期の人。 光仁天皇やのちに桓武天皇となるその子・山部王(親王)の信頼を受けました。 父子の前代の称徳女帝時代から信任され、活躍を始めた様子が史料に伺えます。 女帝が崩御したあと、山部王の将来的な即位を見据えて父の光仁天皇を 即位させるため暗躍、 [続きを読む]
  • 古代史好き必携のLINEスタンプ
  •  古代史好きのための?LINEスタンプ 特にお気に入りの愛用スタンプ 古代史好きの私が愛用しているLINEスタンプを2種ご紹介 古代史や歴史、古典をモチーフにしたスタンプもちらほらありますが、 私は以下の2種が気に入っております 「日本古代史風スタンプ」 こちらはズバリ、歴史でも「古代史」にこだわったスタンプ。 原始〜飛鳥・奈良時代くらいまでがメインでしょうか。 使用例   これ、前記事のあしかがフラワーパ [続きを読む]
  • あしかがフラワーパークで“藤”三昧
  •  ◆名所案内◆栃木  藤原氏好き必見?! 世界有数の藤の名所 大藤や白藤が有名な「あしかがフラワーパーク」 『万葉集』にも詠まれている藤は、日本古来の花木とされています。  今回の記事は、ちょっと歴史からは外れますが、関東・栃木県にある 花のテーマパーク「あしかがフラワーパーク」の模様をお届けします。 藤原氏好きとしては、奈良・春日大社の藤はもちろんですが、 ここの世界的に有名という見事な藤も、生涯 [続きを読む]
  • 水鏡 第16回:聖武天皇
  •  ◆古典・水鏡◆第16回  歴史物語『水鏡』、姉ブログで神武〜宣化天皇まで読んできました。 その続きの欽明天皇から読んでいます☆ + + + 前回までのあらすじ 母の元明天皇から娘の元正天皇へと天皇位は渡り、 ついに皇太子が元正天皇から位を譲られた。 + + + ■46代 聖武天皇 文武天皇の子、母は藤原不比等の娘・宮子。 養老8年即位、25歳。年号を神亀と改めた。 +2年、中国から柑子の種が初めてもたらされた [続きを読む]
  • 聖武天皇・仁正皇太后(光明皇后)陵
  •  ◆史跡案内◆奈良  聖武天皇陵・仁正皇太后(光明皇后)陵 平城京の有名夫婦が眠る陵 5月2日、天平勝宝8年(756)に崩御した聖武天皇の祥月命日である本日は、 奈良時代の超有名カップル聖武天皇と光明皇后の陵 をレポートします。 ふたりの陵は奈良市きたまち地区にあります。 東大寺転害門から西へまっすぐ進み、佐保川を越えたあたりに位置します。   私にとって生涯二度目の訪問となったこの日(2016年秋)は、生憎 [続きを読む]
  • 井上内親王の祥月命日&マップ紹介
  •  井上内親王・他戸親王母子、同日に歿す 五條市では井上内親王史跡マップ製作も 宝亀6年(775)4月27日、光仁天皇のかつて皇后であった井上内親王と、 二人の間の子でかつて皇太子であった他戸(おさべ)親王が、同日に歿しました。 正史『続日本紀』には、たった一文で記されています。   井上内親王、他戸王並卒。 井上内親王は宝亀3年3月に「巫蠱」(呪詛)の罪で皇后を廃されており、 同年5月、それに坐して他戸親王 [続きを読む]
  • 5月2日は聖武天皇祭
  •  ◆イベント・史跡案内◆奈良  東大寺で行われる「聖武天皇祭」 GW中の5月2日は聖武天皇の忌日 毎年5月2日は、奈良・東大寺にて「聖武天皇祭」が行われています。 祭日ではありませんがちょうどGWに含まれますし、この期間は春の平城京天平祭も 例年開催されているので、観光には好都合ではないでしょうか。 5月2日は、天平勝宝8年(756)の聖武天皇(当時は退位して太上天皇)崩御の日。 2012年の宮内庁の発表で、明治の [続きを読む]
  • 永井路子「応天門始末」/英雄たちの選択でも特集!
  •  ◆本紹介◆平安時代、永井路子  永井路子「応天門始末」(『長崎犯科帳』所収) 歴史に翻弄される一人の男〜個人から見た応天門の変 久しぶりの永井路子さんの古代史小説を紹介するシリーズです。 今回は昭和35年(1960)1月号「オール讀物」掲載の短編、「応天門始末」。 第一短編集『長崎犯科帳』(講談社、1965年→文庫1979年)所収にて刊行されています。  ▲文春文庫版第一刷(文藝春秋、1993年) 藤原氏がいわゆる [続きを読む]
  • ビジュアル本『よみがえる天平文様』
  •  ◆本紹介◆奈良時代  オールカラー美麗本『よみがえる天平文様』 正倉院宝物の天平文様が細部までよく見える! 正倉院宝物では細部まで見づらい<天平文様>をたっぷり楽しめる、 オールカラーのビジュアル本。   構成は、例えば「北倉013 紅牙撥鏤尺甲」などの1項目につき1見開きで、 左頁にデザインが、右頁に一部の線画と解説が載っています。 ただし注意したいのは、正倉院宝物そのままの素材集ではなく、 欠損部 [続きを読む]
  • 空海の神泉苑の漢詩
  •  平安初期、唐へ渡り日本に真言密教をもたらした真言宗の祖・空海。 書や漢詩の名手としても知られます。 桓武妃酒人内親王のために代作した遺言が『遍照発揮性霊集』(=『性霊集』) に収められ、確認したことがありました※が、 今回は同じ『性霊集』から、京の神泉苑を詠んだ漢詩をながめてみます。   ※桓武妃酒人内親王の遺言 (過去記事) 神泉苑は現在も京都にあり、現在の規模は縮小されていますが 往時は8町 [続きを読む]
  • 「開基勝宝」と西大寺大茶盛式
  •  ◆展覧会案内◆東京/◆史跡案内◆奈良  日本最古の金貨「開基勝宝」と西大寺大茶盛式の美味しい関係? 「開基勝宝」に東京国立博物館で出逢う まずは先日の話。東京国立博物館にて、日本最古の金貨「開基勝宝」(かいきしょうほう)を発見。 常設展の平成館・考古学コーナーにて展示してありました。 古代の貨幣といえば、和同開珎を最初とする銅銭“皇朝十二銭”が著名ですが、 この「開基勝宝」は金貨ですので含まれま [続きを読む]
  • 今ひとたびの、和泉式部
  •  ◆本紹介◆平安時代、諸田玲子  諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』 恋多き女・和泉式部の真実とは 今年(2017年)3月に刊行されたばかりの、諸田玲子の平安時代小説。 諸田玲子さんといえば、時代物でも江戸時代や戦国時代の印象が強いので、 平安舞台は楽しみでした(平安王朝もの第一作ではありませんが、私は未読)。    ▲帯付き全体を広げたところ。 和泉式部といえば、紫式部・清少納言などと並ぶ、平安中期王 [続きを読む]
  • 平城遷都
  •  少々出遅れましたが、3月10日は「平城遷都」の日、つまり“奈良時代”幕開け の日です! 和銅3年(710)の出来事です。 『続日本紀』には「始遷都于平城。以左大臣正二位石上朝臣麻呂爲留守。」 とだけ、シンプルに記載されています。 当時の最高権力者にあたる左大臣・石上麻呂は留守居役として 旧都(藤原京)に残されているのですよね。 このときの天皇は女性の元明天皇(文武天皇・元正天皇の母)、 この遷都を主導 [続きを読む]
  • 東博・春日大社展で展示「御堂関白記」
  •  ◆史料紹介◆御堂関白記  東博で今見られる「御堂関白記」部分を紹介 藤原道長の日記、自筆部分の有名な箇所 世界記憶遺産「御堂関白記」(みどうかんぱくき)は、日本人なら誰でも知っている 千年前の最高権力者・藤原道長の自筆部分が残る日記です。 自筆部分は巻子の形態をした暦(具注暦、この部分は道長の筆ではない)に 設けられた余白の書き込み部分に、道長が直接書き入れています。 あまり書かれていない箇所も [続きを読む]
  • 関白忌(藤原頼通・平等院)
  •  本日、3月2日は、京都・宇治市の平等院にて、「関白忌」が執り行われる日です。 「関白」とはミスター関白こと(勝手に命名)藤原頼通のことです! いまからちょうど千年前の1017年、頼通は甥・後一条天皇の摂政となり、 ここから半世紀(50年間)、摂政→関白の座に座り続けるのです。 頼通はかの藤原道長の嫡男で、1017年当時はまだ若い26歳。 宇治の平等院は権勢をきわめた頼通が、1052年という仏教の一説において 末法 [続きを読む]
  • 名古曽の滝跡(大覚寺)
  •  ◆史跡案内◆京都  名所「名古曽の滝」跡 藤原公任の歌で名高い京都・大覚寺内の史跡   滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ      大納言公任  藤原定家撰・小倉百人一首55番、文化のカリスマこと藤原公任の歌です。   訳:(水が涸れて)滝の音はすっかり聞こえなくなって長い年月がたってしまったが、     その評判は(世の中に)流れ伝わって、今でも知れ渡っていることだ。  [続きを読む]
  • 平安時代系漫画〜あさはかな夢みし/いいね!光源氏くん
  •  ◆漫画紹介◆平安時代、瀧浪ユカリ、えすとえむ  瀧浪ユカリ『あさはかな夢みし』/えすとえむ『いいね!光源氏くん』 平安時代系(?)漫画、2作品!! わりと最近刊行された、平安時代をモチーフ(?)にした漫画をご紹介します。 平安時代「系」としたのは、純然たる平安時代漫画を想定されると「えっ」と 思われるかもしれないので…… ひとつは平安時代人が現代へタイムスリップする現代もの、もうひとつは 舞台は平 [続きを読む]
  • 春日大社 千年の至宝/陽明文庫講座
  •  ◆展覧会・イベント記録◆2017年1月 東京国立博物館/セシオン杉並  春日大社 千年の至宝/陽明文庫講座 いずれも“藤原氏”ゆかりの展覧会・イベント! 2017年に入って、東京にて、藤原氏に関する大きな催しが目立ちました  東京国立博物館の特別展「春日大社 千年の至宝」開催中! 藤原氏の氏神を祀る春日大社。 神護景雲2年(768)に称徳天皇の勅により本殿が造営されたといいます。 現在、上野の東京国立博物館にて [続きを読む]
  • 嵯峨天皇陵と正子・恒貞陵墓参考地
  •  ◆史跡案内◆京都  嵯峨天皇陵と正子内親王・恒貞親王陵墓参考地 嵯峨天皇ゆかりの大覚寺そばの陵墓 天皇陵のうち難所の一つといわれる「嵯峨天皇山上陵」参りに挑戦してきました。 さらに、近くにある二つの「陵墓参考地」――それぞれ、  1、嵯峨天皇の皇女で叔父の淳和天皇の皇后となった正子内親王  2、正子の生んだ淳和天皇皇子の恒貞親王(恒寂入道親王) の陵墓ともいわれている――を訪ねてみました。 嵯峨天 [続きを読む]
  • 桓武妃酒人内親王の遺言
  •  ◆漢文史料◆空海、酒人内親王  空海が代作した酒人内親王の遺言 空海『遍照発揮性霊集』巻第四所収 昨年末にようやく読めた絶版小説、『美貌の斎王 桓武妃酒人内親王』の終盤に 少々触れられていた、<内親王の遺言>を確認してみました。   ▲藻里良子『美貌の斎王 桓武妃酒人内親王』文芸社、2002年 小説と酒人内親王については過去記事を 美貌の斎王(小説・酒人内親王) 酒人内親王の遺言は、空海が代作してお [続きを読む]
  • 有智子内親王の漢詩:経国集-2-
  •  平安朝のはじめごろ、嵯峨天皇(在位809-823)の内親王に、 有智子(うちこ)という名の女性がいました(807-847)。 彼女は女性ながらに漢詩の上手として名を馳せました。 文人天皇・嵯峨の娘としてふさわしい気高さと才を持ち合わせたそうです。 有智子内親王については、以前にその生涯とお墓レポを載せています。  有智子内親王のこと さらに記事内冒頭のリンクから、『続日本後紀』に      掲載された、内親王 [続きを読む]
  • 2017年賀正
  •  2017年賀正☆特集 西暦「2017年」にまつわる出来事 いよいよ2017年到来! 2017年のちょうど千年前、1017年にはなにがあったでしょうか? 1017年、藤原頼通摂政になる 3月16日、父・道長の後任に嫡男の頼通が甥・後一条天皇の摂政となりました。 頼通はこのときから数えて50年、摂政→関白の位に座り続けるのです。 まさに、ミスター関白爆誕!!(このときは摂政だけど) このとき頼通まだ26歳、若き摂政・藤氏長者の誕 [続きを読む]