井財野友人 さん プロフィール

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井財野友人さん: 井財野は今
ハンドル名井財野友人 さん
ブログタイトル井財野は今
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/belloni117
サイト紹介文昔ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2014/12/29 22:33

井財野友人 さんのブログ記事

  • サンサーンスはパガニーニより難しいかも
  • サンサーンスの協奏曲第3番は、サンサーンス作曲の全協奏曲の中で最高傑作だと思う。ピアノ協奏曲とは完全に一線を画している。ついでに言うと、ヴァイオリン協奏曲の1、2番も全く比較にならない。その上で、なのだが、どうしてこの「サンサンサン」は弾きにくいのだろうか。この弾きにくさ故に人前で弾くのを長年躊躇していたのだが、そろそろ弾いてみようかと一念発起して練習してみた。今弾くとわかる。なるほど、ここが難しい [続きを読む]
  • しなやかに生きて②
  • 1979年はどういう年だったか。スターウォーズやインベーダーゲームもあったが、政治経済的には第二次オイルショックということになろう。第一次オイルショックで大変な目にあった我々としては、第二次は正直言ってよくわからないまま終わった。省エネという言葉が作られて、アーウー首相が省エネルックを着て、我々も省エネの小論文を書かされたものだが、その程度。最近調べてわかったのだが、この「よくわからないまま終わった」 [続きを読む]
  • しなやかに生きて①
  • 現在5〜60代の方々はすぐ「しなやかに歌って」を思い出すと思う。高校時代の恩師が昨年亡くなり、教えを受けていた当時のことに思いを馳せていた。その高校において恩師の在任期間は1977〜1982、ちょうど真ん中の年は1979年。その年を象徴するものに想いを巡らせ、たどり着いたのは…紅白歌合戦。山口百恵が最後の出演、ピンクレディーが辞退、美空ひばりが特別出演、と話題に事欠かなかった回…私は裏番組の「ウェストサイド物語 [続きを読む]
  • ピアノを含む室内楽の名曲は…
  • 結局、三重奏曲、四重奏曲、五重奏曲を合わせて20曲も無い、ということではないだろうか。一方、弦楽四重奏曲の名曲はざっと一桁増し、くらいの数がある。それらに接していれば、ピアノ○重奏をやりたいなどとは思わないのが普通だ。「弦楽四重奏」この充実感、充足感は、取り組んだ人間でないとわからないところがある。そして、うまくいかなかった時、人間関係が最悪になるというリスクも含んでいる。それだけに、安易な気持ちで [続きを読む]
  • ピアノ四重奏曲の名曲
  • ピアノを含む室内楽は、二重奏でなければ四重奏が最も室内楽的興味をひく、と多くの人が考えていると思う。なのに、名曲の少ないこと!まずはモーツァルトのト短調。「疾走する悲しみ」はピアノ四重奏にもある。が、交響曲や弦楽五重奏曲ほどではないと思う。悲しみと喜びが適度なバランスで迫ってくる感じかな…。そしてシューマン。これはピアノ五重奏曲と姉妹作品で、ほぼ同時に作られたが、断然こちらが名曲。3楽章のアンダン [続きを読む]
  • ピアノ五重奏曲の名曲
  • ことのついでにピアノ五重奏曲の名曲を考えてみよう。その昔、フランスの作曲家オネゲルが「弦楽四重奏やらピアノ五重奏などという形態はそのうち無くなる」と言っていた。弦楽四重奏については大ハズレだが、ピアノ五重奏については当たらずとも遠からず。大体、ピアノ五重奏曲で世間に知られているものは何曲あるだろうか。シューマン、ブラームス、ドヴォルザーク、フランク、フォーレ、ショスタコーヴィチ、おしまい。ちなみに [続きを読む]
  • ピアノトリオの名曲②
  • 同じく最高なのはラヴェル。第一次世界大戦前に作られたことを考えると、それまでのラヴェルの総決算、音楽的遺書のように思えてくる。第3楽章のパッサカリアではピアノが沈黙する箇所があり、極度の緊張が襲ってくるが、これがまたしびれるのである。そしてショスタコーヴィチの第2番。冒頭のチェロはヴァイオリンよりも遥かに高い音域を演奏する、これまたしびれる名曲。第2楽章のアップ弓の連続も超難しいが、チェロが名手でな [続きを読む]
  • ピアノトリオの名曲①
  • 同じく「クァルテットのたのしみ」に「ピアノトリオは圧倒的な名曲でなければならないと思うのは、筆者だけであろうか」という一文がある。その一文に洗脳されてしまったかもしれないが、圧倒的でなくとも「名曲」でないと、やる気はしないのは筆者井財野も同様である。では、何が名曲だろうか。やはり弦楽四重奏曲に匹敵する魅力がないと、名曲には入れられない、というのが井財野の観点である。その考えから、ハイドン、モーツァ [続きを読む]
  • やってあげてる感満々の弦楽器奏者
  • 室内楽が大好きなピアニストが集まった。例のピティナの本番後の写真。この後、打ち上げがあったのだが、徐々に本音が出てくる。その中で、ピアノトリオを組んでいた相手の弦楽器奏者が、段々「やってあげてる感満々」になっていくということが話題になった。私は日頃から、ピアノを弾く人は必ずアンサンブルをするべきだというのが持論だし、そのための協力を惜しむつもりはない。だから「やってあげてるなんて、何と失礼な」と言 [続きを読む]
  • さようなら佐世保市民会館
  • 筆者が生まれた頃に建設された佐世保市民会館が、先月で閉鎖された。そこで育っていない私でも、様々な思い出があるホールである。長崎市に住んでいた高校生の頃、NHKの合唱コンクールをわざわざ「聞きに」行ったのが多分初めて。これは、同級生からの誘いで出身中学校の応援をしようということになったから。結果は見事に県予選で最優秀校に選ばれた。ちなみに、私が出場したその前年は優秀校で九州大会へは進めなかった。次に行 [続きを読む]
  • 罪作りな分数ヴァイオリン
  • 昨日出演した「ピアノステップ」であるが、ヴァイオリンの幼稚園児は出番の前、なかなか本番モードに入ろうとしない。「じゃあ、一緒に弾こうか」と私が言って、控室で一緒にバッハのメヌエットを弾いてあげた。すると、しっかり本番モードに入った。のみならず、リハーサルであれだけ粗野な演奏をしていたのが嘘のように、本番では品良く弾いていたのだ。ここで、ハタと気づいた。多分、その子は自分の出す「分数ヴァイオリンの音 [続きを読む]
  • ピティナ・ピアノステップ 黒崎2月地区
  • という、とても聞き慣れないタイトルの催しに今から出る。会場は北九州市八幡の黒崎ひびしんホール。ピティナは知る人ぞ知るピアノ指導者協会。そして、この「黒崎2月地区」はピアノを含む室内楽の発表があるのが一大特徴。具体的にはヴァイオリンとチェロを含む二重奏か三重奏である。中には、ピアノとヴァイオリン、両方演奏するお子さんもいる。まだ幼稚園児なのに、ピアニストとしては10代後半の目力で、こちらと目を合わせる [続きを読む]
  • きっと勝つ
  • センター試験の昼休み、食堂でカツカレーを食べていたら、少し離れたところに受験生がやはり食事をしていた。そこへやってきた高校の先生。取り出したのはKitKat。これを欧米人のように「キッカッ」と呼んではいけない。九州弁を強調して「きっとかつと」と呼ぶべきである。それを受験生達に配っていた。良か先生ばい。ちょっとうらやましかった。みんな良い成績だと良いですね。 [続きを読む]
  • 記名式講評②
  • 講評を書くことで救われることもあるから、一応良いことだと思うと述べたが、書くのはなかなか大変。本当は、演奏が終わってから講評したいものだが、そのような時間は許されていない。必然的に演奏中に書き始めるけれど、特に男性は○○しながら何かするのは苦手である。聞きながら書くのはとても難しい。書くこと自体も結構時間がかかる作業で、最初しばらく聞いたら書き始めないと間に合わない。昔、地元の楽器店主催のピアノコ [続きを読む]
  • 記名式講評①
  • コンクールにおいて「講評用紙」というものがある。数から述べれば講評用紙があるコンクールの方が多いだろう。権威のあるコンクールは無い方が多い。権威があっても、合唱や吹奏楽はほぼ全てある。海外のコンクールでは寡聞にして例を聞いたことがない。しかし、ヨーロッパの国際コンクールだと、直接審査員を捕まえて講評を口頭で聴くことができる。審査員もそれに備えてしっかりメモをとっている。なので、講評を聴けないコンク [続きを読む]
  • ツァウベルかツァウバーか
  • FMでフルトヴェングラーの第九、二種の録音を聴いた。私が中学生の時に初めて買った第九のLPがフルトヴェングラーのバイロイト版で、この演奏については、良く知っているつもりだった。ちなみに、CDも持っている。私にとっては、フルトヴェングラー以外の第九を持っている必然性がなかったので、他の盤は一つあったかな、という程度。当然、その録音が流れると思いきや、同じメンバー、同じ日付で、もう一つの録音がバイエルン放送 [続きを読む]
  • 広島大学音楽科定期演奏会
  • 本番当日、午前中のリハーサル前のオーケストラの風景。去年に続いて、今年も学生を連れて参加させてもらった。演奏するのは、こうもり序曲とシベリウスの交響曲第5番!私は生まれて初めて、この第5番を弾く。指揮は鈴木えりな先生。そして、その後舞台展開をして、学生の皆さんは吹奏楽を演奏する。曲はショスタコーヴィチの祝典序曲等。指揮は中井先生。そして合唱も。同じ人間が歌ったり、吹いたり、弾いたりする、目まぐるしい [続きを読む]
  • 道路の穴
  • 博多駅近くに巨大な穴があいた。地下鉄工事での出水が原因だそうだ。しかし、現場から警察への迅速な通報、同じくすばやい交通規制のおかげで、なんと怪我人ゼロ。出水事故と言えば「丹那トンネル」寡聞にして誰もその話題に触れていなかったような気がするが、私達の年代、50代くらいの人間には深く刷り込まれている(と思っているのは私だけかもしれないけれど)。刷り込んでくれたのは学研の科学・学習。他に児童向けの「トンネル [続きを読む]
  • 「理論的に」作るか「感じて」作るか⑤
  • 今日たまたまモーツァルトの演奏指導をしたのだが、一カ所「ここはVの和音でドミナント、次はVIの和音でトニックだから、ドミナントの方に重さを置いて歌って」と説明をした。しかし、主となったのは、やはりイメージを伝えるのと、技術的な手段を伝えることだった。曰く「聞いている人がワクワクするように」とか「はっきりしたアタックをつけて」などである。これがごく一般的なやり方だと思う。それに疑問を持たなければ何も問 [続きを読む]
  • 「理論的に」作るか「感じて」作るか④
  • 西洋発祥の音楽を日本人が演奏する。そこに齟齬が生じるのは当然だと思う。だから「感じて」と言われて素直に表現できなくて不思議はない。「自由に歌っていいんだよ〜」とレッスンしている先生がいらっしゃった。「そうか」とばかり、適当に思いつくままに演奏している子供を見かけたものだ。まあ、滅茶苦茶な演奏で、誰からも評価は受けない。そんな演奏はしたくない。しかし、滅茶苦茶でなくと言われると、何をどうしたら良いの [続きを読む]
  • 「理論的に」作るか「感じて」作るか③
  • ところで「理論的に」作ると言えば「バロック音楽」である。楽譜があまりに簡単に書かれているから、理論的裏付けが無いと演奏できない世界だから、と言って良いだろう。かつては、その簡単な楽譜を「自由に」解釈して演奏されていた。カラヤンしかり、フルトヴェングラーしかりである。これを猛然と批判するかのごとく「古楽派」の演奏家達が台頭してきた。最大の急先鋒はアーノンクールだろう。何だか知らないけれど、古楽派の皆 [続きを読む]
  • 「理論的に」作るか「感じて」作るか②
  • さて、演奏をする場合「感じる」心は不可欠と、多くの人が考えていると思う。しかし、この「心」は千差万別、論拠にするには、あまりにも曖昧である。とは言え、万人が大方感じる、という事象も多くあるのも事実。30℃は暑く、10℃は寒い。では24℃はどうだろうか。夏の冷房ならば涼しく、冬の暖房ならば暖かい。春や秋ならば何も感じないのが普通だろう。このように「感じる」とはかなり曖昧、しかし状況を限定するとかなり明確に [続きを読む]
  • 「理論的に」作るか「感じて」作るか①
  • 日本の西端、長崎でバロックの演奏会をやった。端っこということで、多少気が解放されて、本音トーク炸裂?!だったかもしれない。以下、その時の雑談から…。バロック以前の音楽を演奏する時は、必ず理論的な裏付けを必要とする。普通に考えれば、音楽大学に行って、その「理論的な裏付け」を学ぶのだろうと想像されるだろうが、さにあらず。「古楽科」のように、それを専門と銘打つているところ以外では、バッハを例外として、バロ [続きを読む]