星 光輝 さん プロフィール

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星 光輝さん: 桜梅桃梨
ハンドル名星 光輝 さん
ブログタイトル桜梅桃梨
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kabusikikaisya_yokohachi
サイト紹介文桜梅桃梨は、白や濃淡のピンク色をした花を咲かせ、それぞれが個性的であり、私の心を癒してくれる
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供41回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/01/10 05:19

星 光輝 さんのブログ記事

  • 死に水 1
  • 何かおねだりの得意ポーズ beagle元気小説『雪国』を書いた川端康成は、『眠れる美女』のなかにこんなことが書いてあった。67歳の老人が「老人は死の隣人さ」と言葉を吐く場面があった。現在は、平均寿命は女性は86歳、男性は81歳となり昭和20年大前半に比べ30年は長生きするようになった。老衰のため98歳で亡くなった谷川みきさんのことを思い出した。みきさんは、死期が間近いことを感じとったのか、面会に行っ [続きを読む]
  • 4歳になりました
  • 今日 4月8日は僕の誕生日で〜す!お釈迦様と同じ誕生日僕の楽しみは ドッグフードとおやつ つまり食べること好きな食べ物 果物(スイカ、メロン、リンゴ、イチゴ)、野菜(キャッベツ、ハクサイ、トマト)、ヨーグルトおでこにある白い毛は、?の形に見えませんか?斜横に撮ったので、正面から撮ると?に見えます 今後もブログに忘れた頃に登場しますので よろしく [続きを読む]
  • 泪(なみだ)
  • 春の朝 5時?分であろうか南陸奥 阿武隈川の辺を beagle元気と散歩タブレットで撮った朝陽昨日20:00過ぎ 73歳になる長男からの電話「母親が元気がなく かかりつけの病院にかかったところ院長から肺が真っ白で、病院では治療の仕様がない。入院しても悪くなるだけだから家に連れて帰って面倒みたほうが幸せなのではないか」長男は最後の院長の言葉が耳朶に残り「家に連れ帰った」。電話を受けた私は、「すですか。大 [続きを読む]
  • (再掲)いま 生きていることに感謝しています
  • ※2014,8,28に掲載された『いま 生きていることに感謝しています』を再掲します遺棄された猫が助けられた話です『吾輩は猫である』。 余の名前は「屋敷裏太郎」と言います。余が最初に飼われていたご主人様は誰であったかは思いだしたくもなく、余の年齢さえもわからないのです。飽きっぽい飼い主から捨てられた余は、その日から野良猫となり、野良猫になった飼い猫ほど可哀想で惨めなものはありません。捨てられた瞬間(とき [続きを読む]
  • 人間以外の動物も命あるものである
  • 犬や猫、他の動物も生命あるもの虐待や遺棄、殺すことよりこの世のあるもの生命を尊重し人と動物の共生した社会を私の拙いブログ史のなかで最高の訪問者数で100人を超えた訪問者の方 「ありがとうございます」また「あしあと」のブログを見ると愛しい猫の写真を送って下さった方 「感謝します」改めて人間のエゴにより犬や猫を遺棄したり殺したりすることは許されざる行為であり犯罪であること「動物愛護法」には第二条  動 [続きを読む]
  • 家族模様4 ショッキングな話
  • 死はいつ突然襲っくるか それは誰もわからない。桃子さんのように大動脈弁狭窄症というやっかいな心疾患による突然死もあるかもしれないが人間誰しも 自分は交通事故など予期せぬことに遭遇し今日か明日 [死ぬ] ということは考えていない。若い人にとって 「明日の生命はないかもしれない」 そんなことは頭の片隅になく 友人といまをエンジョイしている。しかし 齢を重ね老いてくると 死の影が後ろから忍び寄り近づいて来 [続きを読む]
  • 突然の別れ
  • 老人介護に従事していると何気なく地方版のおくやみ欄に目がいく自分の名前が掲載されていることはないが80歳を超えれば 天命全うかな 息子娘達も「お疲れ様」「いままでありがとう」と冥福を心より祈る一緒に介護相談を行ってきた女性の名前がおくやみ欄にあり 目が止まった「37歳」 余りにも若い母を失った小学生の兄弟は悲傷にくれ彼女もやるせなかったと思う余りの早すぎた白血病の魔が忍び寄り彼女を連れ去ってしまっ [続きを読む]
  • 家族模様3 老人はいつ死が訪れるかわからない
  • かかりつけ医 中村医師から「桃子さんの病気は、大動脈瘤弁狭窄症という病名で重症にある」「このような狭心痛、失神、心不全症状が現れ、そのままにしておくと予後不良になる」。 「 一般的には、生命予後は狭心痛が現れると5年、失神が現れると3年、心不全が現れると最も悪く、生命予後は2年といわれている。また、何らかの症状のある大動脈弁狭窄症では突然死の危険性がある」。桃子さんのカルテに 大きな赤文字で重症で記 [続きを読む]
  • 家族模様2 子を想う気持ちは 死ぬまで変わることはない
  • 桃子さんは 息子から「この人」と呼ばれ 冷たくされてもそんなことは気にせずにいる86歳の齢を重ね 老いた親の身であっても子を想う気持ちは 死ぬまで変わることはない自分と同じ教員の道を継いだ息子は 母親にとって誇りであり自慢の子でもある夫の介護疲れも手伝い腰痛、高血圧、喘息などの病を抱えていた服薬はまったくできておらず飲まなかったり飲んだりで押入れには残薬が数えきれないほど無造作に置かれてあった眠剤 [続きを読む]
  • 家族模様1 母親を「この人」と呼ぶ
  • 誰しもまだ人間関係が希薄な段階のなかで「在宅訪問」という名のもとに居間まで上がり、話をされるのは本当は「有難迷惑(ありがためいわく)」である」と思うでも 連れ合いまたは親の介護のことで相談に乗ってくれるというので仕方がないと諦める家の中を掃除して待つかそれとも「ありのまま」の散らかった状態で迎いれるか人 さまざまである介護の状況や生活の様子の一コマを見れるので掃除をしないで「ありのまま」のほうがい [続きを読む]
  • この世の無常3 「生きているうちが花」
  • 「生きているうちが花」人間死んだらお終い生きているうちが花だそう思い直すときもあるがなかなか花が咲かず実も結ばない願望だけが先走り 行動が伴わないいつのまにか 生きていることが空しく何のために生きているのか生きることへの希望も失せただ呼吸しているだけ牛馬にも劣る価値のない存在に打ちし枯れ 死を待つだけの人になってしまう嗚呼それでは余りにも空しすぎる死んでしまいたい、と思ったこともあったしかし 誰か [続きを読む]
  • この世の無常 2
  • 「時間の流れ」鴨長明の『方丈記』も同じく「無常」をテーマとしているゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。川の流れを時間の流れに置き換えてみる川と同じく時間も限りなく流れゆく自分の存在と関係なく 時間は流れる過ぎ去ってしまった時間はもとに戻すことはできない時間は留まることもよどむこともなく時間はうたかたとな [続きを読む]
  • 「捨石拾遺」とは?
  • 捨石「捨石」は、字面で読むと役に立たない捨てられた石、或いは路端に転がっている小石という意味になるであろうか。庭園のなかでは捨石は「景石」と呼ばれ、庭園に在る他の草木や他の石を引き立たせるという存在価値を持つのである。捨石だけでは、何の意味も価値も持たないが、必要とされる処に在るまたは置かれるだけで、その捨石は輝きを放す。上の写真も 石が在ることで福寿草が引き立つ。拾遺捨てる神あれば拾う神ありと [続きを読む]
  • この世の無常を考える 1
  • 空をみて想う今日の朝 beagle元気と散歩したときの空はどんより灰色の雲とも空ともつかないそんな空模様をみていると気持ちまでもが塞ぐ「空」という漢字に何故か頭の中はこだわり始め大空 空に向かって羽ばたく鳥の如く希望に溢れ青空 ブルスカイ 爽快な気分になる星空 ロマンチックになり恋が芽生えるしかし 「空」という漢字はどちらかというと 虚しさを感じさせる空室 空車 空地 空箱 架空 何れも「ない」の意味に [続きを読む]
  • 糞尿譚(ふんにょうたん)最終回
  • 「米」+「異」=「糞」愛犬元気は糞をした後後足で土をかけ隠すがそれは自分の気配を残し縄張り誇示するためにあると言われている。犬と人間の糞を一緒にするわけではないが表面的な行為だけをみればした後の糞を隠す。人間にとって排せつ行為は他人様にみられたくない秘密の行為であり羞恥心もある。それだけに糞尿の後始末を他人様にお願いするのは気が引けてしまうだけに寝たきりになりおむつをするようになっては「人間おしま [続きを読む]
  • 糞尿譚(ふんにょうたん)3
  • ポータブルトイレから糞尿が零れそう或る夫婦と雄猫が暮らす家族の話で、今年で還暦を迎える高久裕子(妻)さんは、糖尿病が原因で両眼が失明となった。40歳頃に糖尿病に罹り、定期的な通院を怠り、治療をきちんと受けなかったことから糖尿病性網膜症になり、不自由な生活が始まった。9歳上の正雄さんは、食事から身の回りの世話まで献身的に妻に尽くされていた。68歳になり、介護疲れからか、腰痛になり介護が大変になってき [続きを読む]
  • 糞尿譚(ふんにょうたん) 2
  • 「今昔糞尿譚」(昔) 90歳を超えた老女、真舟マツさんは、「昔は何もかもが大変であり、いまに比べ生活は不便だったけれども楽であったような気がする」。稲刈りが終わった後、馬車に大きな樽を二つ載せ、南陸奥市の街中へ出かけた。市内の家々のポットん便所の蓋を開け、柄の長い柄杓(ひしゃく)で糞尿を汲み取り、肥桶に移し変えていた。天秤棒で肥桶を担ぎ、樽に入れ直す作業は一苦労であった。糞尿を頂いた家には、今年獲れ [続きを読む]
  • 糞尿譚(ふんにょうたん) 1
  • 美しい桜の花を観賞したところで見慣れない言葉「糞尿譚(ふんにょうたん)」のタイトルで糞尿にまつわる物語を書いていくとしよう。今日はその初回人間は汚いものは蓋をするか、流すかする。若い人はイメージすることはできないと思うが、昔はぽっとん便所、つまり跨いで用を足す和式便器のことで、チョッとお尻挙げて下を覗き込むと積もり積もったチリ紙や糞の塊が見え隠れする。ぽっとん便所に入るには勇気がいた。ぽっとん便所 [続きを読む]
  • 桜に逢えて本当によかった
  • 彼岸も過ぎ 春なのに昨日は水混じりの雪が降った宮沢賢治風に書くと、「暑さにも負けず、脱水症になることもなく、夏を乗り越えた。寒さにも負けず、インフルエンザに罹(かか)ることもなく、寒い冬をじっと耐えてきた」。燕(つばめ)は春の風を運ぶ。「今年で桜の花を見るのは これが最後かな」と思い、春夏秋冬が過ぎた。桜の樹とともに齢を重ね再び春を迎える。逢えるとは思わなかった桜、「今日、桜に逢えて本当に良かった [続きを読む]
  • 諦念ニモマケズ
  •    諦念ニモマケズ諦念ニモマケズ敗北ニモマケズ病気ニモ慢性腎不全ニモマケズ丈夫ナカラダヲネガイ慾ハナク決シテ諦メズイツモシズカニ十分ナ睡眠ヲトッテヰル一日ノ塩分六グラムト軟飯ト少シノ野菜ヲタベアラユルコトヲジブンノ感情ヲ捨テサリヨク立場ヲワカリソシテワスレズ北登リ町ノ小サナ家ノ陰ノヨウカイゴ老人トジット生キテイル東ニ寝タキリノ老人アレバ行ツテカイゴシテヤリ西ニ疲レタカイゴシャアレバ行ツテソノ老人 [続きを読む]
  • 「私」のなかの「わたし」
  • 老い逝く余もドクダミと同じ日蔭の存在ドクダミは、雑草扱いされ、やや日蔭の湿った場所を好み、どこにでも生え野山や空き地で見ることができる。日が当たらない仄暗い木立の下に咲くドクダミの花の白さに魅せられてしまい、花言葉は「白い追憶」という素敵な意味が込められている。ドクダミの葉は、独特の「臭い」があり、「悪臭」の花と誤解へ偏見を受けやすく邪魔者扱いされる。それでもドクダミは、昔から日本人にとって、ドク [続きを読む]
  • 遠くの「子ども」より近くの他人 其の2
  • 「自分のことよりも他者に気遣う」私は婦警に勝手口の鍵を渡した。勝手口を開けた婦警ともう一人の警察官は中に入る前に警官靴の上から靴底にあてはまるビニール袋を履いた。私は靴を脱ぎ靴下のまま、後からついて行った。部屋の中は暗闇状態にあり、電気を点けた。以前、居間で転倒したことがあったので、私は居間から見た。いつもより冷え込みが強く寒い日であったにもかかわらず、ファンヒーターは点いておらず居間は寒々とした [続きを読む]
  • 遠くの「子ども」より近くの他人 其の1
  • 「連絡がとれない」老いて、最期どのような死に方をするのか、それは誰も予測はできえない。今年で88歳を数える上畑ヨネさんは、南陸奥市で独り暮らしをしていた。3年位前頃から物忘れが始まり、かかりつけ医からアルツハイマー型認知症と診断された。週4回ほどヘルパーの支援を受け なんとか独り暮らしを続けることができた。新幹線で60分ほど離れた県都に住んでいる長女から朝夕、安否確認の??をかけていた。冷え込みが [続きを読む]
  • 誰かの役に立ちたい
  • 島藤千代子さんが一年前に観た南湖公園今年も厳しい冬の寒さを乗り越えあと2週間足らずで また桜の花を観ることができる「息子は料理人」のところで書き足りないことがあった千代子さんに「いくつですか」と尋ねると素直に「40歳かな」と涼しく答える(本人は本当にそう思っている)65歳を越えた息子だが、千代子さんの気持ちのなかでは小学生の息子なのだ高熱をだし体が弱っているから 何か栄養のあるものでも食べさせてあ [続きを読む]