サント さん プロフィール

  •  
サントさん: 時がたてば
ハンドル名サント さん
ブログタイトル時がたてば
ブログURLhttp://m.blogs.yahoo.co.jp/foo_lai_bow
サイト紹介文ぼちぼち再開しようかと考え中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2015/01/12 09:00

サント さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 転機⑤-2
  • 昼間のメールが頭から離れないまま仕事を終え、家に帰りました。なるべく考えすぎないようにと、いつものようにと心掛けました。しかし、帰宅直後携帯が鳴りました。母からです。心臓がバクバクし、血圧も一気に上がりそうです。『落ち着け…落ち着け。怒るな、私』と、電話にでました。母「サントちゃん、メール読んだ?もう市役所に連絡しないで。一呼吸おきなさい」私『(カチン!)一呼吸ってどういうこと?2、3日空けたら連絡 [続きを読む]
  • 転機⑤-1
  • 5)父親に会いに行くまでの間に、母親に対してブチ切れ。絶縁(たぶん決定)父の現状を知るためには、この時点では市役所の福祉担当者へ聞くことしか方法がありませんでした。何度か私から担当者へ連絡をとったところ、こころよく話を聞いてくださいました。そんな時、母親からメールが届きました。(一応今回の事は報告してました)母メール『市役所に連絡をするのはやめなさい。迷惑だと言っています。Kさん(父)も子供らに会い [続きを読む]
  • 転機④ー3
  • 父に会いに行く旅は、二泊三日が精一杯でした。短い間でも、できるだけ父の元に寄りました。半身麻痺でも、元々身体が頑丈だったので、麻痺していない半身はまだまだ筋肉も付いていました。リハビリも少しづつですが、効果があり指先も少し動くようになっていました。話すのも、最初は聞き取りにくかったのですが、上手に話すようになってもいきました。また、私達も耳が慣れたというのもあります。あとは、本人のやる気の問題です [続きを読む]
  • 転機④ー2
  • 父に会えた。やっと会えた。父を憎んだ頃もあった。避けてきたりもした。でも、心の底では『好き』だった。それに気づかないようにしていた。嫌いでないと、駄目だった。母側にいないと、生きていけなかったから。40歳を超えた今、やっと自分の気持ちに気づいたし、言えるようになった。22年ぶりに会った父は、当たり前だけど歳をとっていた。だけど、変わってないなぁっていう印象があった。大声で泣いた後、私達をしっかり見て『 [続きを読む]
  • 転機ー④の1
  • ④6月に父親に会いに行き、22年ぶりに再会を果たす。兄と2人で会いに行くことにしました。父はとても遠いところに住んで居るので、旅費も移動時間もかかります。何度も2人で話し合い、さらに叔父さんとも連絡を取り、話を進めていきました。今回父が倒れた事で、弟である叔父さんにかなり助けてもらっていたようでした。準備もなんとかでき、いざ父の元へ向かいました。22年ぶり…。お互いがわかるかな?何を話そう。っていうかお [続きを読む]
  • 転機ー③
  • ③年明けに母親が転倒し、大腿骨骨折。(この事実は5月に知ります)母の実家に居てる叔母さんに電話をかけた時に、チラッと聞きました。『お母さん、怪我して大変だったね』「何それ?知らないよ」『そうなの…。近くにサントちゃん居てるんだから、頼ったらいいのにね…。』あの母の事だから、いろんな事を考えた結果、子供達には黙っておく事にしたんでしょう。はい。だから私も訊ねません。 [続きを読む]
  • 向こう側
  • 長い休みがあると、よく聞かれる。『どこか行くの?』『家族旅行行くの?』『お盆は実家帰るの?』ニュースでは、空港内の海外に行く家族連れを映し、インタビューなんかも流してる。新幹線の乗車率も100%越えらしい。私は長い休みでも、実家に行く事は無い。車で小一時間。近くにあるようで、遠い実家。親からも特に連絡は無い。幸いにも会社は休みだが、旅行に行けるそんなお金も無い。でも、これが私の普通。向こう側の人たちを [続きを読む]
  • 転機ー②の2
  • 父への援助はしない決めたのですが、一度父親の住む市役所に訊ねてみようと思い、電話をかけました。通知を受け取ったこと、娘である事を伝え、『申請理由』を聞きました。『脳出血で倒れ、半身に麻痺が残り、働けなくなりました』ショックでした。信じたくないけど、事実なんでしょう。他にも話を伺わせてもらいました。最終的には、私の兄にも通知が届いていれば、この件でよく話ししてもらい、援助の事を決めて下さいという事で [続きを読む]
  • 転機ー②
  • 初めてのカウンセリングを受けた翌月の12月の下旬に、父親は脳出血で倒れました。しかしこの事実を知ったのは、5月でした。ゴールデンウィークのある日、ポストを見ると1通の封書がありました。父の住んでいる市役所からでした。心臓がバクバクし、手を震わしながら開けました。『生活保護』の件でした。父が生活保護の申請をしたようで、子供である私に援助の義務があるらしい、どれくらい、どんな援助ができますか?といった内容 [続きを読む]
  • 転機ー①
  • 転機 カウンセリングを受けた当日、元ダンナから復縁の話カウンセリングを受ける直前、元ダンナから『今日会えますか?』のメールがありました。なんでこのタイミング?何事!?と驚きつつ、夕方会う約束をしました。息子がらみではメールをした事はあるけれど、めずらしいよな・・・と。ただ、私はカウンセリングをうける事で、頭がいっぱいで、流れ作業的にメール返信してました。カウンセリングも終わり、元ダンナと久しぶりに [続きを読む]
  • お手伝い
  • 晩御飯を食べ終わった後、息子が『お皿洗うわ』と言って、慣れないながらもお皿を洗ってくれました。どうしたん?何かあったの?明日雪降るわ〜なんて2人で笑っていました。『母さん、楽になった?ゆっくりできる?』「うん。楽になったし、のんびりの時間増えたわ、ありがとう。いつものお母さんって忙しそうに見える?」『いや、そうは見えないけどな。』こんな会話が私を幸せな気持ちにしてくれます。慣れない皿洗いだったけど [続きを読む]
  • 「許す」「許せない」
  • 母親を許す事ができれば、呪縛から解放されると思っていました。そこがゴールだと信じ、たくさん悩み、チャレンジしてきました。うちの母親は、今までなんども何度も私に謝ってます。私が母親を責めたりしていない時も、突然神妙になり、謝ってきます。謝ることで、母親自身が楽になっていくのだろうと予想しました。そして、私が初めて自分の気持ちをぶつけた時も、謝ってきました。『お母さんが、全部悪かった』母親は謝ったので [続きを読む]
  • 過干渉と無関心と否定
  • 確かに母親は過干渉だったと思います。ネットで過干渉を検索すると、過干渉チェックなんかがあり、やってみるとあてはまる項目がいくつかあったので、過干渉には間違いないと思います。思い出してみても、まぁまぁ嫌な記憶です。ただ、不思議な事にもっと嫌な(悲しい・虚しい)記憶としてこびりついているのが、『無関心』です。過干渉なはずなのに、要所要所で無関心だったと思います。私が甘えたい時、アドバイス欲しい時、どう [続きを読む]
  • 「誉める」ということ
  • 「誉める」ことは好きじゃない。「誉める」ことを勧められるのもうんざり。「誉める」事の奥に別の思惑が見え隠れする。「誉められた」時は真意を探る。やたら「誉めてくる」人を信頼できない。まだ母親と嫌々ながらも交流していた時のある日。幼児だった孫に対して、やたら誉めていた。なんてことはない事を大袈裟に誉めていた。『孫がそんなに可愛いのね』のレベルどころではないように私には見えた。母親が私の側に来て耳打ちし [続きを読む]
  • 一歩踏み出す
  • 転機となったカウンセリングは、私の精神面だけでなく、結果的に現実的に転機となっていました。.ウンセリングを受けた当日、元ダンナから復縁の話。▲ウンセリングを受けた翌月である年末に、父親が脳出血で倒れた。(この事実は5月に知らされます)G明けに母親が転倒し、大腿骨骨折。(この事実は5月に知ります)6月に父親に会いに行き、22年ぶりに再会を果たす。ド秧討鵬颪い帽圓までの間に、母親に対してブチ切れ。絶縁(た [続きを読む]
  • 新たな自分になる
  • 気がつけばもう今年も折り返し。昨年暮れからいろんなことが起こった。ありがたいことに、今は穏やかな自分がいる。やっと自分を取り戻した感じがするというか、やっと自分になれたんだと思う。もう隠さなくても、遠慮も配慮もしなくていい。長かった。ほんとに長かった。まだトラブルになり得る種は残っているが、たぶん大丈夫だ。乗り越えていけるはず。[[img(http://family.blogmura.com/dokuoya/img/dokuoya88_31.gif)]][http: [続きを読む]
  • 『怒っていい?』
  • 巡り巡ってこの本にたどり着きました。読んでいて、あぁそうだったのかと、合点がいく部分があり、ストンと何かがはまるような、そんな感じが心地よかったです。ただ、昔を思い出し、苦しくなるところもありました。今の私と、数年先の私が読む時、きっと感想が変わると思うと、希望が見える一冊です。著者の『矢野惣一さん』を知ることができて、私はラッキーでした。そろそろ、ブログの続きを始めようかと、日々の想いをまとめて [続きを読む]
  • しばらく休憩します
  • しばらく休憩させて頂きます。コメント欄も開けずに、一方通行なブログでしたが、多くの方にお越し頂いていた事に感謝致します。私なりに一生懸命に文章考えて、想いを乗せて書かせて頂きました。読んで頂き、ありがとうございました。休憩するきっかけは、先述しました「転機」のとおり、カウンセリングを受けた事にあります。カウンセリングを受けて、解決した訳ではありません。解決できる光が見つかった。ような感じがあります [続きを読む]
  • 思い出した事・お遣い
  • 子供の頃、母からお遣いを頼まれました。でも、褒められた記憶がありません。ダメだしは、覚えています。記憶って残酷ですね。*ある日、『キャベツを買ってきて』と言われ、いつもの八百屋へ行きました。キャベツを買って、母に渡したら・・・。「なんでレタスを買ってきたの?!あんたはキャベツとレタスがわからないのか?」私がキャベツと思って買ったのは、レタスでした。母は、キャベツとレタスが区別できない事に落胆し、嘲 [続きを読む]
  • 思い出した事・兄のこと
  • 思い出したこと、書き出して整理しておこうと思います。私には兄が一人います。今はほとんど交流がありません。年賀状のやりとりくらいです。兄が母をどう思っているか?よくはわかりません。子供の頃は、ごく普通の兄妹。喧嘩もしたり、一緒に遊んだり。少し大きくなり、我が家が普通ではない事がわかると、頼りになる存在でもありました。母親の精神状態がおかしいときは、暗黙の了解で、母を独りにさせなかったり。助けあえる兄 [続きを読む]
  • 転機かな
  • 前の記事からしばらくの間、考え過ぎていたのか、とてもしんどかった。頭の中を整理するためにも、ブログを書こうと思ったが、まとまらずにいて、今日になりました。たくさん考えた末に、ひとつの道が見えました。『カウンセリング受けてみよう』今までにも考えたこともありますが、なぜか一歩がでなかった。それが今は、受けようって思える。受けようって思ったら、気持ちが軽くなった気がしました。私は限界になったんだと思いま [続きを読む]
  • 何もなかったことにする
  • 《なかったことにする》は、危険。両親が喧嘩をした後、気まずい雰囲気のまま。私には、何もなかったかのように接する母親。私への気遣いだったのかも知れませんが、私の心は恐怖や不安や悲しみでいっぱいだった。そんな私の気持ちを救って欲しかった。私は、助けて欲しかった。私の気持ちと、向き合って欲しかった。逃げないで欲しかった。何もなかったかのようにされれば、私は『私の心』に蓋をしなければいけなかった。私は、私 [続きを読む]
  • あんな母親になってしまう現実
  • あんな母親には絶対になりたくない、と強く思うからそれなりに努力してきたつもりです。その甲斐あって、息子に対しては、問題ないと思っています。しかし、職場では違うんです。あの母親みたいになってしまってます。私は仕事そのものは、あまりできる方ではありません。が、その他のしょうもない部分で、発揮してしまってます。例えば・・・。コピー用紙の補充、トナーの交換、急な来客応対、荷物の受け取りのような、いわば担当 [続きを読む]
  • あの母親みたいにはならない
  • 小学生の頃のことを思い出した。鍵っ子だった私は、母親が帰ってくる18時が近づくにつれ、緊張感が増していってたように思う。もちろん、寂しさもあったはずだから、待ち遠しい気持ちもあったはずだが、緊張感のほうがはるかに大きかった。何に緊張していたのか・・・。まずは、母親の機嫌。悪ければ、何かにつけて攻撃され、責められる。機嫌が良かったとしても、母親の機嫌を損ねる事を私がしていれば、攻撃される。母親曰く、『 [続きを読む]
  • 同じ事の繰り返し‥から抜け出したい
  • 気持ちは、思ってるだけでは、相手には伝わらない。だから、言葉にして伝えてみた。涙流しながらに、かなり強気で、でも冷静に、私の心内を伝えた事があった。私の人生で、初めてのこと。心臓バクバクして、倒れるんじゃないかと思った。私の心内を伝える事で、もしかしたら奇跡がおこるかもと、期待も少しあった。母と理解し合えて、仲良くなれるという、奇跡。また、そうでなくても、少しは歩み寄れるのではないかという、淡い期 [続きを読む]
  • 過去の記事 …