まほろばの泉 さん プロフィール

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まほろばの泉さん: まほろばの泉
ハンドル名まほろばの泉 さん
ブログタイトルまほろばの泉
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/greendoor-t
サイト紹介文亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供110回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2015/01/13 11:39

まほろばの泉 さんのブログ記事

  • 文教利権 得意な分野で緩み挫折すること
  • このところ国会の争論は教育行政の緩みに集中している。あの頃はみな純真だった。嘘や隠し事は恥だと教えられ、国家社会のために理想を掲げて政治家や官吏に志願した。それが煩いごとが露呈した途端、鬱になったり躁になったり、鎮まりもない人間に成り下がっている。「智は大偽を生ず」のたとえあり。彼らの学びは自己の陶冶には向かず、己を欺き、他に偽善を働くための智になってしまった。他の貪官や陣笠は解っていても口 [続きを読む]
  • 「人間考学」より 自己憲章のすすめ (再掲載)10/6
  • 「歴史は人から人への精神の流れ」東京工大 芳賀教授 産経正論欄より 「人間考学」 たかだか人間の問題である。 また、そう考えることが此処でいう「人間考学」の端緒でもある 聴き慣れないことだろうが筆者の奨めである。 とくに「伸ばす」「省く」を目標として掲げ習慣化することへの薦めである。 たとえば理想とすべき人物の座右を借用するもよし、感度とオンが馴染むと造語するもよし、それを自己流に、しかも能 [続きを読む]
  • 籠池・加計騒動  私人だとか公人だとか騒がしいが
  • まさに議員たる公人が騒がしくも争っているが、どちらでも張り付け膏薬のごとく、どこにでも姿を変える論争だ。与野党問わず役人や弁護士あがりが多くなったせいか、まさに「智は大偽を生ず」ごとく、狡知を駆使して権力なり大向こうの大衆を屏風にして、しかも手前勝手な便法を使い言い争っている。「智は大偽を生ず」とは、「智」でなく単なる知った、覚えた [続きを読む]
  • (財)国際平和協会・・?
  • 今こそ憎悪を乗り越える時代/ 世界連邦運動の系譜を振り返って user-pic 伴 武澄 (2014年12月 9日 21:13)  国際平和協会との出会いは2001年12月だった。東京・元赤坂にある財団事務所を訪れ、戸棚にあった機関誌「世界国家」を読み始めたことがきっかけだった。賀川豊彦という希有の日本人の存在を知り、10年以上にわたり賀川研究が続いている。国際平和協会とその分身である世界連邦運動協会について一考を記したい。 [続きを読む]
  • 上皇様 台湾へお越しください。
  •             元号平成は来年の12月に改元されると報道があった。今上天皇は「上皇」と尊称される。ときに時間軸を遠望すると、国家は断交や回復などを歴史上の様々な事情によって繰り返している。思想や経済などの形態によって、付いたり離れたりと離合集散するが、国の事情など何のその、人々は国境を越え、言語や由来にある異なる民族がそれぞれが各種の交わりをおこなっている。その交わりとは、経済利交 [続きを読む]
  • あの日、憲法前文を撰す     2007年12 稿 再掲載
  • 世情が騒がしい 昔は鎮護の国といった。鎮は「しずまり」あるいは、人の逝去を「鎮す」といった。 騒ぐことと,鎮まることは、考えることでも結論が逆になることがある。 そんなことを沈考すると、大船の行き先が見えてきた。 畏まって記した。                四方蒼海の鎮まりに在る我国の美風は、国家創立の礎として顕示されている古 代律令にある矩を範として、人間の尊厳を祈護する心を継承したもの [続きを読む]
  • この有様は「五寒」の政外、内外の表れである  10   9 月  再
  • 平成29年、現下の情況は五寒にある「謀弛」、政治のユルミであり、隠していることが漏れる現象である。また、政府を取り巻く諮問会議など、都度に国会の審議を得ることもなく、為政者にフリーハンドを与えたシステムではある。だか、邪な意図をもった為政者なり側近が運用すると恣意的(思いのまま)に政策が遂行されてしまう。つまり、官邸と一部の迎合官僚と業者の関係のみで国会のチェックもない。面倒な争論を省き改革するに [続きを読む]
  • 彼らの低俗で卑しい手段と態度 11.11再
  •    「なでしこ」   関係サイトより転載 よく政治家が庶民に親しむと称して記者を引き連れ居酒屋談義をする。 似たようなことだが、台風や震災などにみまわれた災害地に現地視察と称して真新しい作業着を羽織って、行列を組んでいる。 作業着が慣れないせいか、生地がなじんでなく恰好悪い。着心地良くするには、一度洗濯してから着るのが普通だ。なかには襟を立ててファッションを気取っているが、国会で作業着ファッシ [続きを読む]
  • 安岡家、仏間の書籍 08 10/7
  •         松下政経塾教場茶室  筆者「中庸」を語るH19 先日、安岡家の仏間の書籍の整理をした際、贈呈された出版物があり、一部を残して関係書籍を大量に戴きました。 ご存命なら許可するはずの無い安岡ブランドの出版物も数多ありました。 また、時節柄マニュアル本や表層をなぞるものもありますが、かえって知的直観力を衰えさせるようなものもありました。 「知って教えず、学んで行なわず」そんな人間の粗製 [続きを読む]
  • 平成の終わりに・・・「下々の責は我に還る」 08  12/23 改
  • 今は一世一元となっている元号も以前は一人の天皇で幾度も改元されていた。 それは飢饉や天変地異に際して国家の気風を転換するといった目的でもあるが、「祷り」の問題でもあった。 それは景気回復の祷りではない。                            吉田茂 つまり、゛所有せず゛を旨とする天皇の威の在り様として国の盛衰を「祷り」に託す神託があった。麻生総理の、゛下々゛発言も麻生氏からみたシ [続きを読む]
  • 祖国の響きと 余韻
  • 近頃は聞くことの少ないことばである。 余韻、それは情緒や肉体に浸透したものが響くことでもある。 ときには、喜怒哀楽にある、うち震えて戦慄(わななく)くこともある。 「祖国」それは使い古されたような旧い意味のように感じられるが、この時節、人の心に改めて甦っている。 それは新鮮な余韻として爽やかささえ覚えるときに 理解に届かず、納得さえおぼつかないことも有るはずだ。 よく、「余韻に浸る」という。浸透する響き [続きを読む]
  • ぬるま湯に入る知識人の珍説    13 1/10 再
  • 安岡氏は筆者に説く。宿命感は怠惰につながる、ゆえに立命しなくてはならないと。 京都には立命館という大学校がある。いまどきだから「大学」は説かず、大学校の在籍確認を提供するようだが、商業的大学校の生徒は、゛お客さん゛だ。 その受益者なる生徒はせっせと経営者や教授に俸給を運んで、似て非なる華人の歴史を、゛知った゛゛覚えた゛類の知識を提供されている。知識と言っても知の道理を構成する「識」も曖昧で、なかに [続きを読む]
  • 人間考学から「伸びしろ」をみる 13 ・ 8 再
  • 新聞の読み聞かせ  バングラデッシュ 多くは容像体から読みとる人物像である 「容」は相の具合だが、顔色はもちろん柔和とか溌剌感、目線の落ち着きや口元の締りだ。 「像」は容に加えた雰囲気だが、仕草やたたずまい(佇まい)、もしくは圧倒的な威力や謙虚さに観る姿だ。そして「体」は言うまでもなく身体の歪みや緩慢な動作など気力衰退や患いから発する形だが、容と像は体との調和として表れる解り易いイメージと考える も [続きを読む]
  • また、台湾から贈りものを頂いた 15 5・19再
  • 熱情的擁護ですが・・・ それにしても盗人猛々しいとは日本の対応である。 どこの国よりも早く、たくさん援助を頂き、慰霊式典では国扱いもせず二階の一般席に追いやった。 この対応には日本国民は怒った。本国台湾では怒ることもなく哀悼と復興を祈った。 政府はともあれ、国民は、いや市井の朋友同士は堅い絆があった。 あれは、台湾地震や風水害の時のお返しだと澄ましていたが、被災者に心情的負荷を掛けまいとする朋友なら [続きを読む]
  • 台湾を気遣う皇后の御心
  • 春の園遊会で台湾選手と結婚した福原愛さんに陛下のお言葉につなげて愛さんにお言付けを依頼した。「東日本震災の時は台湾の方々にお世話になりました。よろしくお伝えください」と。それは愛さんに会ったら必ず伝えようと、つねに意中に懐いていただいたお言葉だった。以前、このブログで記したが、震災慰霊に当時の野田総理は台湾を国と認めず、会場の二階の一般席に駐日代表を指定して指名献花すらさせなかった。中国政府 [続きを読む]
  • 私人だとか公人だとか騒がしいが、大事なことには無関心
  •             郷の匠 三寸の猿              現在の狡知は「見ていない・聞いてない・言っていない」ゴマメの歯ぎしりのような戯れですが・・・近ごろ公に位置して職を食む公務員という一群が弛(ゆる)んでいる。多くはハレンチ行為と公権力の恣意的運用だが、ここには上司や力のあるものに阿(おも)ねる「忖度(そんたく)」とやらが流行りだが、これから先は金にまつわる問題が起きるだろう。あの舛添減 [続きを読む]
  • 慎みの乏しくなった権力 15 3/20再
  • 戦後レジュームとかの脱却・・・・・ レジームとはフランス語で体制だが、安倍総理が就任時に頻繁に唱えた戦後レジームと云えばヤルタ・ポツダム会談後の連合国戦後体制、つまり日本でいえばGHQ(連合軍総司令部 ダグラスマッカーサー司令)が作り上げたという日本の戦後体制である。それは憲法条文や教育、土地税制、医療保険、防衛など多岐にわたり、一方でいわれるところの日本弱体政策といわれたりしている。 安倍総理はそ [続きを読む]
  • 天下り「前官礼遇」安倍君の眼を外に向けろと釜炊きは言う 14 6/2 再
  • 逗子の海維新期の有司専制がお飾りの議会を作ったが、戦後民主主義といえどその維新期の有司(官僚)が首を引っ込めたり出したりしながらバチルスのように繁殖している。まだ維新期の元老を輔弼として天皇権威に繋がってしていたころは、いくらか国家意識はあった。 なによりも混乱期の苦労人がいたせいか下座観もあった。戦後は始末の悪いことに戦前制度は悪と断罪したかのような教育によって、短絡的かつ合理的とも思える基準に [続きを読む]
  • 人間考学  ある任侠の逍遥備忘として
  • 「逍遥」自由で気ままな,何ら束縛されない. 平成26年5月 憚りながら一言、つれづれ心に思っていることを述べる 齢七十五になったが、いまだ童心のごとく、あの郷里の山野を駆け巡った初心(ウブ)な心が甦る。くわえて、世間を四角四面に渡る人生となった滑稽さをも感ずるのである。 家庭も顧みず、律義で人の世話焼きに没頭していた厳しい親父、それを文句も言わず黙々と随う母の姿に、不埒にも面白くない人生だと東京で放蕩し [続きを読む]
  • 我国の宰相は「掃除大臣」たるべし 2008 10/8 再
  • 悪戯な標題ではない。今を見て臨機に為すべきものを知らなければ「政外」(政治のピントが外れる)こと疑いなし。 ゛掃除゛は掃き、除くことである。それは倹約につながり無駄を省くことにもなる。歴史に尋ねれば、このような姿が国家、社会、民衆に現れたら、先ずこれに取り掛かるのが権力者の任だった。 干支では「戌」の期に当てはまる。草冠をつけると茂るとなるが、同じ「繁」とは異なり、植栽をしない為に風通しが悪くなり樹 [続きを読む]
  • 「謝ったら過ちを認めたことになる」と、ここから人は劣化した
  • 児玉神社 国会でも弁護士出身者の詭弁によって混迷の度を深くしているが、弁護士資格を持った議員同士の騒論は醜い争いとして議会のみならず、日本人そのものの劣化の象徴例として政治を暗澹としたものにしている。 異文化かぶれは別として日本人には「謝ったら過ちを認めたことになる」との反応はなかった。たしか筆者が生意気盛りだった頃の昭和30年代に口の達者な連中が広げたことだが、銅臭を察知して三百代言と揶揄された [続きを読む]
  • 安倍くん 宰相は、慌てず、競わず、怯まず
  •            現代の大塩平八郎は、 いずこに政治の「政」は、正を行う意だが、一に止まる(正)、「してはならないこと」、ことと、「これだけは行わなくてはならない」ことの矜持と決断を表している。それには下座観と時節の俯瞰が必要だが、その思考の座標は沈着冷静を以て行うべきだろう。 標記は、総てが沈着冷静を本とする「多不」だ。急がず、阿(おもね)ず、妬まず、など色々だが、要は不完全なる故の「自省」 [続きを読む]
  • 贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む
  •                              極東軍事裁判 ラダ・ビノード・バル判事の椅子                 標題は、ロシュフーコのいう自己愛の観察の類なのだろうが、どうも、そもそも人間は・・、との問いに頓首せざるを得ない。まだ頭を傾げる姿ならまだしも、悲しいかなおおよそは当てはまる心の深層だろう。筆者もその風はあるのだろうと、内心を探ってみた。当てはまる現象を [続きを読む]
  • 生活の為の、゛食い扶持゛
  • 前三篇の「田母神インテリジス・・」については、筆者の備忘録を騒擾とした世情に当てはめたものだが臨場感あふれる実行者のオーラルヒストリーや外地の未公開資料の表層を記した。 それさえも難解なものであろう。とくに偏って刷り込まれた知識ならず基礎的観察座標は多くの歴史的観察を惑わしている。しかも時を経て其の都度書き直しの愚を起している。 とは申せ「それがどうした・・」という見方もある。 実利を追求してい [続きを読む]