まほろばの泉 さん プロフィール

  •  
まほろばの泉さん: まほろばの泉
ハンドル名まほろばの泉 さん
ブログタイトルまほろばの泉
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/greendoor-t
サイト紹介文亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供104回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2015/01/13 11:39

まほろばの泉 さんのブログ記事

  • 平成の終わりに・・・「下々の責は我に還る」 08  12/23 改
  • 今は一世一元となっている元号も以前は一人の天皇で幾度も改元されていた。 それは飢饉や天変地異に際して国家の気風を転換するといった目的でもあるが、「祷り」の問題でもあった。 それは景気回復の祷りではない。                            吉田茂 つまり、゛所有せず゛を旨とする天皇の威の在り様として国の盛衰を「祷り」に託す神託があった。麻生総理の、゛下々゛発言も麻生氏からみたシ [続きを読む]
  • 祖国の響きと 余韻
  • 近頃は聞くことの少ないことばである。 余韻、それは情緒や肉体に浸透したものが響くことでもある。 ときには、喜怒哀楽にある、うち震えて戦慄(わななく)くこともある。 「祖国」それは使い古されたような旧い意味のように感じられるが、この時節、人の心に改めて甦っている。 それは新鮮な余韻として爽やかささえ覚えるときに 理解に届かず、納得さえおぼつかないことも有るはずだ。 よく、「余韻に浸る」という。浸透する響き [続きを読む]
  • ぬるま湯に入る知識人の珍説    13 1/10 再
  • 安岡氏は筆者に説く。宿命感は怠惰につながる、ゆえに立命しなくてはならないと。 京都には立命館という大学校がある。いまどきだから「大学」は説かず、大学校の在籍確認を提供するようだが、商業的大学校の生徒は、゛お客さん゛だ。 その受益者なる生徒はせっせと経営者や教授に俸給を運んで、似て非なる華人の歴史を、゛知った゛゛覚えた゛類の知識を提供されている。知識と言っても知の道理を構成する「識」も曖昧で、なかに [続きを読む]
  • 人間考学から「伸びしろ」をみる 13 ・ 8 再
  • 新聞の読み聞かせ  バングラデッシュ 多くは容像体から読みとる人物像である 「容」は相の具合だが、顔色はもちろん柔和とか溌剌感、目線の落ち着きや口元の締りだ。 「像」は容に加えた雰囲気だが、仕草やたたずまい(佇まい)、もしくは圧倒的な威力や謙虚さに観る姿だ。そして「体」は言うまでもなく身体の歪みや緩慢な動作など気力衰退や患いから発する形だが、容と像は体との調和として表れる解り易いイメージと考える も [続きを読む]
  • また、台湾から贈りものを頂いた 15 5・19再
  • 熱情的擁護ですが・・・ それにしても盗人猛々しいとは日本の対応である。 どこの国よりも早く、たくさん援助を頂き、慰霊式典では国扱いもせず二階の一般席に追いやった。 この対応には日本国民は怒った。本国台湾では怒ることもなく哀悼と復興を祈った。 政府はともあれ、国民は、いや市井の朋友同士は堅い絆があった。 あれは、台湾地震や風水害の時のお返しだと澄ましていたが、被災者に心情的負荷を掛けまいとする朋友なら [続きを読む]
  • 台湾を気遣う皇后の御心
  • 春の園遊会で台湾選手と結婚した福原愛さんに陛下のお言葉につなげて愛さんにお言付けを依頼した。「東日本震災の時は台湾の方々にお世話になりました。よろしくお伝えください」と。それは愛さんに会ったら必ず伝えようと、つねに意中に懐いていただいたお言葉だった。以前、このブログで記したが、震災慰霊に当時の野田総理は台湾を国と認めず、会場の二階の一般席に駐日代表を指定して指名献花すらさせなかった。中国政府 [続きを読む]
  • 私人だとか公人だとか騒がしいが、大事なことには無関心
  •             郷の匠 三寸の猿              現在の狡知は「見ていない・聞いてない・言っていない」ゴマメの歯ぎしりのような戯れですが・・・近ごろ公に位置して職を食む公務員という一群が弛(ゆる)んでいる。多くはハレンチ行為と公権力の恣意的運用だが、ここには上司や力のあるものに阿(おも)ねる「忖度(そんたく)」とやらが流行りだが、これから先は金にまつわる問題が起きるだろう。あの舛添減 [続きを読む]
  • 慎みの乏しくなった権力 15 3/20再
  • 戦後レジュームとかの脱却・・・・・ レジームとはフランス語で体制だが、安倍総理が就任時に頻繁に唱えた戦後レジームと云えばヤルタ・ポツダム会談後の連合国戦後体制、つまり日本でいえばGHQ(連合軍総司令部 ダグラスマッカーサー司令)が作り上げたという日本の戦後体制である。それは憲法条文や教育、土地税制、医療保険、防衛など多岐にわたり、一方でいわれるところの日本弱体政策といわれたりしている。 安倍総理はそ [続きを読む]
  • 天下り「前官礼遇」安倍君の眼を外に向けろと釜炊きは言う 14 6/2 再
  • 逗子の海維新期の有司専制がお飾りの議会を作ったが、戦後民主主義といえどその維新期の有司(官僚)が首を引っ込めたり出したりしながらバチルスのように繁殖している。まだ維新期の元老を輔弼として天皇権威に繋がってしていたころは、いくらか国家意識はあった。 なによりも混乱期の苦労人がいたせいか下座観もあった。戦後は始末の悪いことに戦前制度は悪と断罪したかのような教育によって、短絡的かつ合理的とも思える基準に [続きを読む]
  • 人間考学  ある任侠の逍遥備忘として
  • 「逍遥」自由で気ままな,何ら束縛されない. 平成26年5月 憚りながら一言、つれづれ心に思っていることを述べる 齢七十五になったが、いまだ童心のごとく、あの郷里の山野を駆け巡った初心(ウブ)な心が甦る。くわえて、世間を四角四面に渡る人生となった滑稽さをも感ずるのである。 家庭も顧みず、律義で人の世話焼きに没頭していた厳しい親父、それを文句も言わず黙々と随う母の姿に、不埒にも面白くない人生だと東京で放蕩し [続きを読む]
  • 我国の宰相は「掃除大臣」たるべし 2008 10/8 再
  • 悪戯な標題ではない。今を見て臨機に為すべきものを知らなければ「政外」(政治のピントが外れる)こと疑いなし。 ゛掃除゛は掃き、除くことである。それは倹約につながり無駄を省くことにもなる。歴史に尋ねれば、このような姿が国家、社会、民衆に現れたら、先ずこれに取り掛かるのが権力者の任だった。 干支では「戌」の期に当てはまる。草冠をつけると茂るとなるが、同じ「繁」とは異なり、植栽をしない為に風通しが悪くなり樹 [続きを読む]
  • 「謝ったら過ちを認めたことになる」と、ここから人は劣化した
  • 児玉神社 国会でも弁護士出身者の詭弁によって混迷の度を深くしているが、弁護士資格を持った議員同士の騒論は醜い争いとして議会のみならず、日本人そのものの劣化の象徴例として政治を暗澹としたものにしている。 異文化かぶれは別として日本人には「謝ったら過ちを認めたことになる」との反応はなかった。たしか筆者が生意気盛りだった頃の昭和30年代に口の達者な連中が広げたことだが、銅臭を察知して三百代言と揶揄された [続きを読む]
  • 安倍くん 宰相は、慌てず、競わず、怯まず
  •            現代の大塩平八郎は、 いずこに政治の「政」は、正を行う意だが、一に止まる(正)、「してはならないこと」、ことと、「これだけは行わなくてはならない」ことの矜持と決断を表している。それには下座観と時節の俯瞰が必要だが、その思考の座標は沈着冷静を以て行うべきだろう。 標記は、総てが沈着冷静を本とする「多不」だ。急がず、阿(おもね)ず、妬まず、など色々だが、要は不完全なる故の「自省」 [続きを読む]
  • 贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む
  •                              極東軍事裁判 ラダ・ビノード・バル判事の椅子                 標題は、ロシュフーコのいう自己愛の観察の類なのだろうが、どうも、そもそも人間は・・、との問いに頓首せざるを得ない。まだ頭を傾げる姿ならまだしも、悲しいかなおおよそは当てはまる心の深層だろう。筆者もその風はあるのだろうと、内心を探ってみた。当てはまる現象を [続きを読む]
  • 生活の為の、゛食い扶持゛
  • 前三篇の「田母神インテリジス・・」については、筆者の備忘録を騒擾とした世情に当てはめたものだが臨場感あふれる実行者のオーラルヒストリーや外地の未公開資料の表層を記した。 それさえも難解なものであろう。とくに偏って刷り込まれた知識ならず基礎的観察座標は多くの歴史的観察を惑わしている。しかも時を経て其の都度書き直しの愚を起している。 とは申せ「それがどうした・・」という見方もある。 実利を追求してい [続きを読む]
  • 天岩戸を開ける勇 「陛下なら解っていただける」
  • 日本の近代化は明治の王政復古を掲げた維新だと教えられた それは徳川幕閣の経国能力の適応に疑問を持った薩長をはじめとする雄藩が立ち上がったと歴史に記されているが、彼らとて名目や大義をつくろっても下心を隠すほどの効果もなく、京都に坐す「玉」と彼らが称していた天皇を推戴して王政の復古を掲げて倒幕をした。 それが彼らの身分や利権にどのような影響を与えたかは研究者に委ねるところだが、民衆からすれば推して知る [続きを読む]
  •  《四患は五寒にすすむ》 宰相の選択と覚悟
  • 以前、当ブログで「面妖と音声と眸」と題して以下のような記述をした。 たしかオバマ米国大統領就任に当たってもそのようなことを記した。 それは「音声」と「眸」についてだった。 《指導者の面妖、音声、眸、そのバランスの如何で表層の世の中は変動するが、とくに救世主のように登場したなら尚更のこと、錯覚しかねない表層だ。此の期では今こそ深層の国力を観る機会だろう。 ただ、「人が人でなく、なんで国家が国家として [続きを読む]
  • 生徒はお客さんなので・・・ 12 9/12 再
  • 日本農士学校 ある名古屋の大学講義に行った折、粗雑な態度をした生徒に注意したところ、表記の言葉で制された。 たしかに需要と供給を成立させる対価として授業料があるとすればそうだが、筆者はどこに行っても対価は受領しない。法人組織のしきたりだとしても、一旦は預かって生徒同士の交歓費用(コンパも可)もしくは、後日相応の関係書籍なり資料を送付することにしている。 だからという訳ではないが、生徒に叱るまでもな [続きを読む]
  • 外来の学を眺める
  •               木鶏倶楽部 筆者依頼講義「潜在するものを観る」より 《ある日の応答です・・・》  漢学(唐学)や洋学にある知識、技術が、我国の文化に影響しあい、固有の文化を向上させたり、あるいは劣化させたりしながら歴史の事跡を積み重ねてきた。  しかし、その外来するものに影響されたとしても、成文化無き情緒や、民族的直感から導かれるセキュリティー、つまり五感にある潜在した能力を、自然界 [続きを読む]
  • 官吏の懐疑的対応
  •                面前権力には税と治安があるが、成文にある法をもとに普遍的対応をしているという。それも、生身の人間が執行することだが、こと運用においてはどこか懐疑的、恣意的な印象がある。それは経営的行政の歌い文句の基となる数値的評価に何の問題意識もなく踊る官吏の姿だ。しかも課題を提示されると、課題の内容を吟味することなく、唯一の世界のように数値成果に邁進する牧民官となり、唯、国民は [続きを読む]
  • デモ・クレージーと人物を得ない議会 再々掲載
  • ある日のこと白山の自宅書斎で碩学は紫煙をくゆらせて呟いた。「デモクラシー変じてデモ・クレージーになると人物二流でしか議員になれない」古典(昔の格言や栄枯盛衰の逸話)を活学することによって世の中の表れる関係性が幾らか解かるようになるが、単なる知った、覚えた類の数値評価や選別では本質は見えない。もともと人が群れあう [続きを読む]
  • 可愛い女傑たち
  • 俗人は「贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む」という。しょせんロシュフーコのいう自己愛の観察なのだろうが、どうも、そもそも人間は・・・との問いに頓首せざるを得ない。まだ頭を傾げる姿ならまだしも、おおよそは当てはまる心の深層だろう。まして逆に考えれば [続きを読む]
  • 朋友のリンク  郷学研修会のお知らせ
  •           郷学熱海研修会  安岡正明講頭我が家からテレビを放逐して数年経つが、不思議がった方々のほかに疑念を持った人がいた。あのNHKである。アンテナの線は切断、PCは自宅にはない。そんな環境でも何度も来訪した。音のするものもない中で茶をすすり、新聞二紙を読む。読むといっても産経と東京の二紙は観照したり思索するにはホドが良い資料だ。いつごろからか新興宗教の日刊紙が投函されているが、こ [続きを読む]
  • 東条英機と積善の宿   08 4/11再
  • 上毛の湯宿は伊香保、草津など全国的に名高いものが多い。その中でも湯治で名高い上野ノ国 四万温泉には古くからの旅館が軒を並べ、今でも都心からの湯治客を多く招いている。 病気の回復治療や、近在の軽井沢より以前に拓けた避暑地として、政経人、文士などが、清流や川面を渡る風によせて一刻の思索と風雅を愉しんでいた。 病は気からというが、地中の陰気を含留する温泉と地上の陽気が、山間に寄り添う大小の木々の間をわた [続きを読む]