BOSS さん プロフィール

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BOSSさん: 昭和を話そう、BOSSのブログ。
ハンドル名BOSS さん
ブログタイトル昭和を話そう、BOSSのブログ。
ブログURLhttp://ameblo.jp/unit-ryu/
サイト紹介文あの時代のアレやコレやエッセイ。 昭和のBOSSが私物で語る、「おもいで宝箱」です。
自由文昭和40年代のヒミツを、興奮を、華やぎを、クリエイティブディレクターのBOSSが語ります。歌やアイドルやCMやマンガが、タメにもなれば、ダメにもなった素敵なあの時代に、そっとタイムスリップしてください。それはあなたに贈る、昭和の「おもいで宝箱」です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供20回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/01/15 18:34

BOSS さんのブログ記事

  • あの頃のひなまつりに似合ったのは、なんたって岡崎友紀。
  • 小学生の頃は、うちの実家でもひな人形を飾っていた。もちろん姉がいたからだけれど、男子としては人形よりも、菱もちやひなあられの方に興味があった。ひな壇に並べられるお菓子は、なんだかカラフル。あの頃、クラスの女子のお家にお呼ばれなんかすると、今まで見たこともないお菓子やジュースが出てきてコーフンしたのを思い出す。「ひなまつり」と言うくらい古式ゆかしいお祭りなのに、チョコやケーキや桃のカルピスなど、洋 [続きを読む]
  • 女だってカッコ良く消えていく、アン・ルイスのように。
  • それは衝撃だった。「グッド・バイ・マイ・ラブ」のヒットでアイドルの座についたのが1974年。それからたったの4年後、写真のレコジャケでアン・ルイスはイメージを180度変えて登場した。♪春には春の恋がある そろそろおまえとお別れだ のんびりしてたら捨ててくよ・・♪なんとサディスティックな歌詞、男に向かって「おまえ」と吐き捨てるアン・ルイスがあの頃 妙にカッコ良かった。女の時代というのが、本当にそこまでやって来 [続きを読む]
  • スター街道を暴走し過ぎた、清水健太郎の罪。
  • 今年も、芸能界は忙しそうだ。不倫に、引退に、薬物に、芸能記者は走り回る。不倫や引退はどうぞご勝手にだけれど、薬物となると周囲にもキケンが及ぶから危ないし、怖い。そこで思い出してしまうのが、この人。1976年に写真のレコジャケ「失恋レストラン」でデビュー、一躍人気スターに躍り出た清水健太郎である。ばく進のスター街道も、8回の逮捕歴となると、もう暴走のひと言しかない。かく言う私、当時は街角で間違えられたこ [続きを読む]
  • 長寿大国にふさわしい、初春のマンガはいかが。
  • 2017年の開幕だ。今年も昭和の四方山話に、お付き合い願いたい。さっそく紹介する写真のマンガは、40年前の1977年「漫画アクション」に連載された作品。藤子不二雄の「中年スーパーマン左江内氏」である。主人公のサラリーマン左江内氏が、ひょんなことからスーパーマンの力を持ってしまうという所からスタート。実に冴えない中年男が、ヒラリと宙を飛んで悪漢を駆逐する・・という夢のようなストーリーかと思えばそーではない。 [続きを読む]
  • ゴジラ登場から62年、それは永遠の教訓であるべきだ。
  • 東京オリンピックが開催された52年前の1964年、正確には12月20日に写真の映画が公開された。「三大怪獣 地球最大の決戦」である。三大怪獣とはご存知 ゴジラ、モスラ、ラドン。この地球の三怪獣が力を合わせて、宇宙怪獣と対決するというストーリーなのだ。キングギドラという三つ首竜の恐ろしい姿に驚いたのはもちろんだけれど、もっと驚いたのはゴジラが地球の味方になったということだった。思うに、この時からゴジラはなんと [続きを読む]
  • 女子も男子も好きだった。スヌーピーといたあの日、あの時。
  • 初めてスヌーピーに出逢ったのは、1971年。姉が神戸のファミリアで買ってきてくれた黄色いトレーナーだった。スヌーピーの存在は、当時アイドルとして大人気だった岡崎友紀がいつも抱えているぬいぐるみとして知ってはいたけれど、まさか自分の生活に入ってくるとは思ってもいなかった。なのに、不思議。男子なのに、ボクはその黄色のスヌーピーのトレーナーが大好きだったのだ。今年の4月に東京の六本木に「スヌーピーミュージア [続きを読む]
  • 「想い出まくら」を抱いて、昭和のあの日を夢見たい。
  • ♪こんな日はあの人の真似をして、けむたそうな顔をして煙草を吸うわ♪ という歌詞で始まるところが、実に昭和っぽい。小坂恭子のこの曲がヒットした1975年頃は、煙草が大人の小道具でもあり、なんだかちょっといい感じだった。レコジャケに写っているのも、eve(イヴ)という名の煙草で、当時は女性にかなり人気があった。LARKやKENT、COOLなど、洋モクと呼ばれた煙草が比較的安価になって日本に定着しはじめたからかもしれない。 [続きを読む]
  • ベスパで時を駆けぬけた松田優作と、「探偵物語」。
  • ♪Bad city、bad bad city、fat city bad ♪というSHOGUNのオープニング曲で憶えている人も多いだろう。1979年9月の火曜夜9時に、あの名作ドラマ「探偵物語」はスタートした。写真は、その当時の番宣用ポスターである。それまでの松田優作と言えば、「太陽にほえろ!」のジーパン刑事にしろ、映画「蘇える金狼」にしろ、クールで男くさい印象だったけれど、この作品をキッカケにコミカルな魅力が全面に出てきたような気がする。ポ [続きを読む]
  • 「おそ松」パワーこそ、生きる逞しさなのだ。
  • 初めて読んだのはいつだっただろう? 「おそ松くん」は、1962年から週刊少年サンデーに連載されたようで、アニメの開始がその4年後の66年(昭和41年)だから、私はたぶんアニメで観たのが先だったようだ。放送がまだシロクロだったにもかかわらず、内容は刺激的。六つ子が主人公というとっぴな発想の上に、イヤミやチビ太というキャラクターが爆発し、破壊し、ストーリーから脱線する。イヤミの発する「シェー!」は、国民みんな(特に [続きを読む]
  • 憧れのFanta、あの頃、ファンタは太陽の味がした。
  • 1970年頃、たいていの家庭では、牛乳の他に何かジュース的な飲み物を酒屋さんから定期的に注文していた。うちの家ではキリンレモンか三ツ矢サイダーだったけれど、リボンシトロンとか、中には米屋さんからタケダのプラッシーというキュートな飲み物をとっている友達ん家もあった。ただ、どういうワケか「ファンタ」を定期注文している所は少なかった。当時は、コカコーラを飲むと骨が溶けるなんて、奇怪な理由から小学校では禁止 [続きを読む]
  • 元祖ジャニーズからソロへ。大人の匂いがした あおい輝彦。
  • 夏が近づくと、なんだかふとこんな曲が口をついてくる。♪ああ今年も 南の風に誘われてきたよ♪ と始まる、1976年のあおい輝彦のヒット曲。写真のレコジャケ「あなただけを」である。連綿とつづくジャニーズの初代アイドル、つまり元祖ジャニーズのメンバーとして人気を集めたのがあおい輝彦だということさえ、もう知らない世代も多いだろう。ジャニーズを経てソロに。そして11曲目のシングルがこの曲だけれど、かく言う私も、特 [続きを読む]
  • カードでお買い物、それだけで憧れた丸井の赤いカード。
  • こんな広告を見かけたのが、1978年。赤いカードで有名になった丸井のポスターだ。当時はまだ関東圏だけの店舗展開だったので、関西に住んでいた私は、その東京イメージだけで憧れていた。JCBやVISAカードはもちろんのこと、学生がクレジットカードなんて持てる時代じゃなかっただけに、丸井の赤いカードにはしびれた。夢のまた夢でしかなかった、カードでお支払いという未来が自分にもやって来たような気がして・・。丸井の成功は [続きを読む]
  • 「TVジョッキー」を観るたび思った、いつかはEDWIN
  • それは、単なるジーンズだ。ただ、私の世代にとってEDWINのジーンズは、輝いていた昭和の記憶でもある。1971年に日本テレビ系でスタートした「TVジョッキー」の奇人変人コーナーに出演するともらえた、若者の勲章だったからだ。土居まさるのおしゃべりと話題の音楽(あの頃は歌謡曲)、そして今で言うグラビアアイドル的なアシスタントがいて、若者に超人気の番組だった。当初は「生放送」だったので、ドキっとするようなアクシデン [続きを読む]
  • カタコトだけに心に残った、アグネスの歌とコトバ。
  • 写真のレコジャケは1973年、アグネス・チャン3曲目のヒット曲「草原の輝き」である。次から次へと登場したアイドル草創期にあって、アグネスほどインパクトのあるアイドルはいなかった。あのハイトーンボイスに、純粋無垢なイメージ、そしてカタコトの日本語。それがもし戦略だったなら、もう国民の完敗だ。この曲は翌74年の選抜高校野球入場行進曲にも選ばれた。前年の行進曲が天地真理の「虹をわたって」、前々年が尾崎紀世彦の [続きを読む]
  • 季節の間に立っていた少女、それが手塚理美だった。
  • 確かに可憐だった。1975年度の2代目ユニチカマスコットガールとして、手塚理美は登場した。今でこそ、可憐でセクシーな中学性は珍しくもないけれど、あの頃はホントに新鮮だった。ユニチカのマスコットガールは、スイムウエアのキャンペーンガールでもあったので水着姿も多く、当時14歳の彼女が起用されたこと自体、驚きでもあったのだ。ちなみに、74年度(初代)のマスコットガールは風吹ジュン。それだけでもイメージづくりに力を [続きを読む]
  • 日活の怪獣映画「大巨獣ガッパ」を観ると、なぜか哀しい。
  • それは1967年だった。日活が初めて挑んだ怪獣映画が、写真の「大巨獣ガッパ」なのだ。東映や東宝、大映などに大きく遅れて登場した「ガッパ」は、当時まだ小学生だった私の目にもどこか冴えない印象だった。日活といえば、石原裕次郎や小林旭、浅丘ルリ子など、アクション映画のスターが勢揃いというイメージだったけれど、時代の波には逆らえなかったのだろう。プライドを捨て、怪獣ブームに迎合したのかもしれない。主演には若 [続きを読む]
  • アメリカに憧れ、正義に憧れ、007に憧れた。
  • 子供の頃、スパイに憧れた。スパイがなんだかよくわからないまでも、暗号の解読や秘密兵器を操るということはよく知っていたし、なにしろ日本語に訳した時の" 諜報部員"というコトバの響きにシビレた。当時、大人気だったTV番組「スパイ大作戦」の影響もあったけれど、1967年に公開された映画「007は二度死ぬ」で日本が舞台となり、初めて日本人のボンドガール(浜美枝)も登場し、世の中は大騒ぎ。スパイは、日本でも市民権を得て [続きを読む]
  • 笑顔は、平和から生まれる。札幌オリンピックで感じた冬。
  • 冬と言えばフィギュアスケート、フィギュアと言えば今や羽生結弦。その華麗さは、文句のつけようがないし、もちろん実力も世界が認めるところだ。ただ、私の中ではちょっと違う。フィギュアという言葉を知ったのも、その美しさを感じたのも、1972年の冬季五輪「札幌オリンピック」だった。フィギュアスケートと言えば、そう、銀盤の妖精ジャネット・リンの笑顔が今も浮かんでくる。舞うように滑りながら、揺れるブロンドのショー [続きを読む]
  • 男子よりも男子を歌う太田裕美に、心がキュンとした日。
  • 「恋人よ、僕は旅立つ 東へと向かう列車で」という一行で、その歌は始まる。それは男子のコトバだ。まさに、若い男の熱い思いが伝わってくる。なのに、歌っているのはか細い少女。舌っ足らずな声で、今にも泣き出しそうに歌っている。1975年の12月、ちょうど40年前のこの季節に、私はTVでそんな女性歌手を観た。写真のレコジャケ「木綿のハンカチーフ」を歌う太田裕美だった。歌詞の内容はそんなに新しくはない。高度成長のど真 [続きを読む]
  • 阿木燿子という存在自体が、もうサクセスだった。
  • もう40年前になる。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」という曲を聴いたのは。音楽的にどうとか、これがロックなのか、とかの論争はさておいて、当時 私はその歌詞にたまげた。なんじゃこりゃ、セリフ回しやんか! というのが素直な感想だった。その翌年、山口百恵の「横須賀ストーリー」を聴き、同じ作詞家だと知った。その名は阿木燿子。しかしまだ、その時点でも彼女の才能に気づくことはなかった。気づいたのは、1977年の春のこ [続きを読む]