BOSS さん プロフィール

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BOSSさん: 昭和を話そう、BOSSのブログ。
ハンドル名BOSS さん
ブログタイトル昭和を話そう、BOSSのブログ。
ブログURLhttp://ameblo.jp/unit-ryu/
サイト紹介文あの時代のアレやコレやエッセイ。 昭和のBOSSが私物で語る、「おもいで宝箱」です。
自由文昭和40年代のヒミツを、興奮を、華やぎを、クリエイティブディレクターのBOSSが語ります。歌やアイドルやCMやマンガが、タメにもなれば、ダメにもなった素敵なあの時代に、そっとタイムスリップしてください。それはあなたに贈る、昭和の「おもいで宝箱」です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供21回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/01/15 18:34

BOSS さんのブログ記事

  • ソノシートでも楽しんだ、お化けの夏、Qちゃんの夏。
  • 夏休みと言えば、怪談話。子供の頃は、近くのお寺に集められて「怖い話」を聞かされたりもした。怖いくせに、みんなやってくる。あの頃の「怪談」とか「お化け」とかは、ホントに怖かったなあ。今みたいに情報がたくさんなかったからなのか・・。だけど怖くないお化けもいて、それが写真の「オバケのQ太郎」だった。Qちゃんのおかげで、お化けが身近になったと言うとヘンだけれど、いちばん驚いたのは「オバケ」とカタカナにする [続きを読む]
  • 闇に隠れて生きる、オレたちゃ「妖怪人間」なのさ。
  • 「梅雨だからシリーズ」の第2回を考えていたら、今日、関東も梅雨明けしてしまった。暑い時には、昔も今もちょっと恐怖を感じるような作品で涼みたい。というわけで、写真は「妖怪人間ベム」のマンガ版である。おそらく殆どの人が、1968年放送開始のTVアニメ(フジテレビ系)で知っているだろう。「早く人間になりたーい!」というオープニングのセリフは、怖かった心象とともに、はっきりと脳裏に焼きついている。ただ、最初は月刊 [続きを読む]
  • 「Gメン75」というタイトルは、永遠に不滅なのだ。
  • 梅雨のこの時期は、かつて雨の日に楽しんだ記憶を幾つかシリーズで紹介しよう。まず初めは、テレビ番組から。写真のレコジャケは、1975年に放送を開始した「Gメン75」の主題歌「面影」である。しまざき由理が歌うこの曲とともに、滑走路をGメンが横一列に歩くタイトルバックがなんともカッコよかった。この番組はシリーズとして82年まで続いたのだが、私の記憶に鮮明なのはやっぱりスタートメンバーなのだ。黒木警視総監の丹波哲 [続きを読む]
  • 女神の歌声でコラボする、いま 再び「ルーム・ライト」。
  • フォークソングと言えば、かつては反戦だったり、反権力の歌だったりしたけれど、70年代あたりから徐々に変わっていった。フォークソングがポピュラーになっていったのは、やはり吉田拓郎の存在があったからだろう。思わず口ずさんでしまう彼の名曲は数々あれど、私はこんな曲が好きだった。写真のレコジャケは、1973年に由紀さおりが歌った「ルーム・ライト(室内灯)」だ。作詞 岡本おさみ、作曲 吉田拓郎。時代が生んだ二人の天 [続きを読む]
  • 「青春時代」が夢なんて、あとからほのぼの思うもの。
  • ヒットしている時は、なんとなく聴いていたけれど、後になってジワジワと心に響いてくる曲がある。写真のレコジャケ、森田公一とトップギャランの「青春時代」もその一曲と言えるだろう。この曲がヒットした1976年〜77年は、フォークソングが低迷し、ユーミンを筆頭にニューミュージックと呼ばれた曲が台頭してきた頃。若くて、新しい音楽が芽吹き始めたのに、なんで今さらこんなオッサングループが ??? なんて、思った若者も少な [続きを読む]
  • 何年経っても、なんとなくプリティーな石野真子の存在感。
  • 人気がある人って、いると思う。目立つとか、新しいとか、カッコいいとか。そういうことではなく、なんとなく好かれる人。石野真子をTVで見るたび、彼女は好かれる人なんだろうなと、感じる。写真のレコジャケは、デビュー翌年 1979年の「プリティー・プリティー」。当時は八重歯がかわいいアイドルで、もちろん一部の人たちに人気もあったけれど、ぶりっ子歌手の域を脱してはいなかった。20歳で長渕剛と結婚、一度は芸能界を去っ [続きを読む]
  • それは、桜田淳子とともに、封印したはずの想い出。
  • 初恋の人にもう一度会いたいと思う人は、何%くらいいるのだろうか? 逆に初恋は、あの日のままそっとしておきたい、という人もきっと多いだろう。桜田淳子への思いは、そんな感じに少し似ている。日本が成長期だったあの頃、歌謡曲も輝いていて、誰もが青春の真っ只中にいたあの日に帰りたいという気持ちはよくわかる。けれど、初恋の人は、もう昔のあの人では決してない。今月、東京銀座の博品館劇場に登場した桜田淳子を見てい [続きを読む]
  • 津雲むつみの描くヒロインに、疲れながらも恋した青春。
  • あの頃、津雲むつみのファンだった。いや、正確に言うとマンガ家 津雲むつみが描くヒロインのファンだったのである。最初に出逢ったのは1970年、「おれは男だ!」のヒロイン吉川 操(みさお)。ほぼ同時期に森田健作主演でテレビドラマ化されたので、憶えている人も多いだろう。原作よりもドラマの方が有名だけれど、ボクが好きだったのはマンガの中の吉川 操だった。そして、写真のマンガ「彩りのころ」に登場した杉浦 葵。週刊セブ [続きを読む]
  • あの頃のひなまつりに似合ったのは、なんたって岡崎友紀。
  • 小学生の頃は、うちの実家でもひな人形を飾っていた。もちろん姉がいたからだけれど、男子としては人形よりも、菱もちやひなあられの方に興味があった。ひな壇に並べられるお菓子は、なんだかカラフル。あの頃、クラスの女子のお家にお呼ばれなんかすると、今まで見たこともないお菓子やジュースが出てきてコーフンしたのを思い出す。「ひなまつり」と言うくらい古式ゆかしいお祭りなのに、チョコやケーキや桃のカルピスなど、洋 [続きを読む]
  • 女だってカッコ良く消えていく、アン・ルイスのように。
  • それは衝撃だった。「グッド・バイ・マイ・ラブ」のヒットでアイドルの座についたのが1974年。それからたったの4年後、写真のレコジャケでアン・ルイスはイメージを180度変えて登場した。♪春には春の恋がある そろそろおまえとお別れだ のんびりしてたら捨ててくよ・・♪なんとサディスティックな歌詞、男に向かって「おまえ」と吐き捨てるアン・ルイスがあの頃 妙にカッコ良かった。女の時代というのが、本当にそこまでやって来 [続きを読む]
  • スター街道を暴走し過ぎた、清水健太郎の罪。
  • 今年も、芸能界は忙しそうだ。不倫に、引退に、薬物に、芸能記者は走り回る。不倫や引退はどうぞご勝手にだけれど、薬物となると周囲にもキケンが及ぶから危ないし、怖い。そこで思い出してしまうのが、この人。1976年に写真のレコジャケ「失恋レストラン」でデビュー、一躍人気スターに躍り出た清水健太郎である。ばく進のスター街道も、8回の逮捕歴となると、もう暴走のひと言しかない。かく言う私、当時は街角で間違えられたこ [続きを読む]
  • 長寿大国にふさわしい、初春のマンガはいかが。
  • 2017年の開幕だ。今年も昭和の四方山話に、お付き合い願いたい。さっそく紹介する写真のマンガは、40年前の1977年「漫画アクション」に連載された作品。藤子不二雄の「中年スーパーマン左江内氏」である。主人公のサラリーマン左江内氏が、ひょんなことからスーパーマンの力を持ってしまうという所からスタート。実に冴えない中年男が、ヒラリと宙を飛んで悪漢を駆逐する・・という夢のようなストーリーかと思えばそーではない。 [続きを読む]
  • ゴジラ登場から62年、それは永遠の教訓であるべきだ。
  • 東京オリンピックが開催された52年前の1964年、正確には12月20日に写真の映画が公開された。「三大怪獣 地球最大の決戦」である。三大怪獣とはご存知 ゴジラ、モスラ、ラドン。この地球の三怪獣が力を合わせて、宇宙怪獣と対決するというストーリーなのだ。キングギドラという三つ首竜の恐ろしい姿に驚いたのはもちろんだけれど、もっと驚いたのはゴジラが地球の味方になったということだった。思うに、この時からゴジラはなんと [続きを読む]
  • 女子も男子も好きだった。スヌーピーといたあの日、あの時。
  • 初めてスヌーピーに出逢ったのは、1971年。姉が神戸のファミリアで買ってきてくれた黄色いトレーナーだった。スヌーピーの存在は、当時アイドルとして大人気だった岡崎友紀がいつも抱えているぬいぐるみとして知ってはいたけれど、まさか自分の生活に入ってくるとは思ってもいなかった。なのに、不思議。男子なのに、ボクはその黄色のスヌーピーのトレーナーが大好きだったのだ。今年の4月に東京の六本木に「スヌーピーミュージア [続きを読む]
  • 「想い出まくら」を抱いて、昭和のあの日を夢見たい。
  • ♪こんな日はあの人の真似をして、けむたそうな顔をして煙草を吸うわ♪ という歌詞で始まるところが、実に昭和っぽい。小坂恭子のこの曲がヒットした1975年頃は、煙草が大人の小道具でもあり、なんだかちょっといい感じだった。レコジャケに写っているのも、eve(イヴ)という名の煙草で、当時は女性にかなり人気があった。LARKやKENT、COOLなど、洋モクと呼ばれた煙草が比較的安価になって日本に定着しはじめたからかもしれない。 [続きを読む]
  • ベスパで時を駆けぬけた松田優作と、「探偵物語」。
  • ♪Bad city、bad bad city、fat city bad ♪というSHOGUNのオープニング曲で憶えている人も多いだろう。1979年9月の火曜夜9時に、あの名作ドラマ「探偵物語」はスタートした。写真は、その当時の番宣用ポスターである。それまでの松田優作と言えば、「太陽にほえろ!」のジーパン刑事にしろ、映画「蘇える金狼」にしろ、クールで男くさい印象だったけれど、この作品をキッカケにコミカルな魅力が全面に出てきたような気がする。ポ [続きを読む]
  • 「おそ松」パワーこそ、生きる逞しさなのだ。
  • 初めて読んだのはいつだっただろう? 「おそ松くん」は、1962年から週刊少年サンデーに連載されたようで、アニメの開始がその4年後の66年(昭和41年)だから、私はたぶんアニメで観たのが先だったようだ。放送がまだシロクロだったにもかかわらず、内容は刺激的。六つ子が主人公というとっぴな発想の上に、イヤミやチビ太というキャラクターが爆発し、破壊し、ストーリーから脱線する。イヤミの発する「シェー!」は、国民みんな(特に [続きを読む]
  • 憧れのFanta、あの頃、ファンタは太陽の味がした。
  • 1970年頃、たいていの家庭では、牛乳の他に何かジュース的な飲み物を酒屋さんから定期的に注文していた。うちの家ではキリンレモンか三ツ矢サイダーだったけれど、リボンシトロンとか、中には米屋さんからタケダのプラッシーというキュートな飲み物をとっている友達ん家もあった。ただ、どういうワケか「ファンタ」を定期注文している所は少なかった。当時は、コカコーラを飲むと骨が溶けるなんて、奇怪な理由から小学校では禁止 [続きを読む]
  • 元祖ジャニーズからソロへ。大人の匂いがした あおい輝彦。
  • 夏が近づくと、なんだかふとこんな曲が口をついてくる。♪ああ今年も 南の風に誘われてきたよ♪ と始まる、1976年のあおい輝彦のヒット曲。写真のレコジャケ「あなただけを」である。連綿とつづくジャニーズの初代アイドル、つまり元祖ジャニーズのメンバーとして人気を集めたのがあおい輝彦だということさえ、もう知らない世代も多いだろう。ジャニーズを経てソロに。そして11曲目のシングルがこの曲だけれど、かく言う私も、特 [続きを読む]
  • カードでお買い物、それだけで憧れた丸井の赤いカード。
  • こんな広告を見かけたのが、1978年。赤いカードで有名になった丸井のポスターだ。当時はまだ関東圏だけの店舗展開だったので、関西に住んでいた私は、その東京イメージだけで憧れていた。JCBやVISAカードはもちろんのこと、学生がクレジットカードなんて持てる時代じゃなかっただけに、丸井の赤いカードにはしびれた。夢のまた夢でしかなかった、カードでお支払いという未来が自分にもやって来たような気がして・・。丸井の成功は [続きを読む]
  • 「TVジョッキー」を観るたび思った、いつかはEDWIN
  • それは、単なるジーンズだ。ただ、私の世代にとってEDWINのジーンズは、輝いていた昭和の記憶でもある。1971年に日本テレビ系でスタートした「TVジョッキー」の奇人変人コーナーに出演するともらえた、若者の勲章だったからだ。土居まさるのおしゃべりと話題の音楽(あの頃は歌謡曲)、そして今で言うグラビアアイドル的なアシスタントがいて、若者に超人気の番組だった。当初は「生放送」だったので、ドキっとするようなアクシデン [続きを読む]