Shoso さん プロフィール

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Shosoさん: Shoso Shimbo
ハンドル名Shoso さん
ブログタイトルShoso Shimbo
ブログURLhttp://ikebana-shoso.blogspot.com.au
サイト紹介文オーストラリア、メルボルンで活動する華道家、新保逍滄の新ブログ。作品紹介、華道論、エッセイなど。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供92回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2015/01/22 15:50

Shoso さんのブログ記事

  • 金沢21世紀美術館特任館長蓑豊先生にお会いして
  •  今年4月、神戸で開催されたインターナショナル・アカデミック・フォーラムの会議で、初めて蓑豊先生のお話を伺いました。兵庫県立美術館館長というご紹介でしたが、金沢21世紀美術館の特任館長。金沢21世紀美術館へは、2年前に初めて行ったのですが、とても印象的でした。 金沢21世紀美術館ができて以来、石川県の学生の学力は向上の一途。昨年はついに日本一になったと。そのことが嬉しくてたまらないというご様子。先 [続きを読む]
  • 一日一華:庭仕事
  • 日曜日は終日、庭仕事。大した作業をしたわけでない。大きな庭でもない。なのに一日かかってしまう、不思議です。チューリップの球根を20個ほど植え、水仙の球根も20個ほど植え、冬によく育つレタスを10株ほど植え、バラを整枝し、モックジャスミンのヘッジを切りそろえ、サンセベリアを移植し、サルスベリのために土壌を酸性にする薬品を撒き、ワーム・ファームやコンポストに芝生の切り屑を追加し、それで、もう夕方です。 [続きを読む]
  • 一日一華:忙しいわけではなく
  • インプロバイゼーション・アーティスト。なんだかよくわかりません。私の生け花の生徒のお兄さんが、そういう仕事をされているそうです。豪州では唯一の存在であるようです。おそらく世界的にもそのような仕事に携わっている人はあまりなかろうと思います。面白いのはこの方の仕事観。珍しい特技で、本人もそれで生活できるとは思っていなかったようですが、次から次へと様々な依頼がやってくる。それを夢中でこなしているうちに、 [続きを読む]
  • 21世紀的いけ花考 第58回
  •  今回も「日本文化=禅文化論」に対する素朴な疑問を続けてみます。4、日本人の宗教心の根本は祖先崇拝。そこに関わるのが仏教。それに対し、婚礼など現世の通過儀礼に関わるのが神道。しかし、こうした役割分担は江戸時代に成立したものであるようです。本来、祖先崇拝は神道の担当だったのです。仏教は伝来した頃、飛鳥朝の頃でしょうか、ちょうど現在のキリスト教と同じような位置だったのでしょう。高尚で、ちょっとファショ [続きを読む]
  • 一日一華:自作花器で
  • テーブルの足を逆につけて作った花器です。もう少しいろいろ試してみようと思います。こんな遊びを歓迎してくれるクライアントはありがたいです。リシアンサスとフリージアを加えて商業花にしています。本当は不要でしょうが。日本滞在中、気をつけたことは最終日まで本屋に行かないように、ということ。普段、私の読書はほとんどが英文。そのせいもあるのでしょうが、日本語の本を見ると、手にしたい欲求が抑えがたく、何冊もの重 [続きを読む]
  • 造花でいけ花
  • 造花で生け花を、というリクエスト。プロですから、リクエストがあれば何でも応じます。初めての試みです。造花の質がいいのに感心しました。しかし、これが生け花と言えるのかどうか。生け花にはいろいろな定義がありますが。例えば、花、水、器の3要素があって成り立つのが生け花だという定義からすれば、水がないわけです。いけ花とは言えないでしょう。死んでいる花(つまり切り花)を生かすから、いけ花というのだ、という定 [続きを読む]
  • 21世紀的いけ花考 第57回
  •  日本文化の本質は禅だとして説明するとウケがいいですね。分かり易いのです。禅にはすぐれた解説書、入門書がたくさんあります。「そうだと思ったんだよ」という反応になり易い。それで日本文化が分かった気になるわけです。しかし、少し考えると疑問点がたくさん出てきます。1、禅宗は日本仏教の中で必ずしも大勢力ではない。日本の仏教で最大数の信徒を有するのはおそらく浄土真宗でしょう。日蓮宗系も大勢力です。なのになぜ [続きを読む]
  • 一日一華:庭の草花で
  • 水引とブーゲンビリア。どちらも我が家の庭から採ったもの。2年ぶりの日本滞在、3週間ほどでした。国際会議で、また日本のある私立大学で生け花について話してきました。どちらも英語でしたが、日本の大学生には、少々、辛かったでしょうか。初めての大学でしたから、不案内。多数の方からお世話になりつつ、学内をうろうろしてしまいましたが、学生も、図書館スタッフもとても親切で助かりました。日本人学生には、英語だけでは [続きを読む]
  • 一日一華:レセプションに。英語プレゼン対策中
  • 間も無く国際学会で英語でプレゼンテーション。何度か失敗してきました。また、何度か他の人のうまくいっていない発表にも付き合わされてきました。日本語なら楽ですね。かなり気楽に、論理的に、深く、話せるように思います。しかし、英語となると私たちのようなノン・ネイティブの英語話者は一工夫必要であるように思います。もちろん、英語が達者な方には(あるいは自分でそう思っている方にも)不要なアドバイスかもしれません [続きを読む]
  • 21世紀的いけ花考 第56回
  • 「生け花は精神修養だ」という説明は便利です。しかし、どうしてそう言えるの?と尋ねられると、とたんに説明は難しくなります。どうして生け花の修行という観察可能な行為が、精神的な向上という観察不可能な境地につながるのか。それをどう証明するか。難問です。瞑想や禅と同様、修行の時間を積み重ねることで、精神が変化していくのだ、ということにはなりそうですが。 まず、思い当たるのは、文化人類学が通過儀礼をうまく説 [続きを読む]
  • 一日一華:レセプションに
  • クリニックのレセプションに。道路の端に捨ててあった百日紅を整理してみると面白い枝があらわれましたので、使ってみました。この写真は作品を横から見たもの。最近、メルボルン市主催の水に関する学会に参加してきました。とても有意義でした。アボリジニの人たちと話したり、会議の後、飲んだりできたのも楽しかったです。彼らの自然への畏敬。自然観。それは日本人が古来持ってきたものととてもよく似ているようです。神道的な [続きを読む]
  • 一日一華:現代芸術が分かった
  • メルボルンのチョットさんへ。あ、そうか。現代芸術が分かった、と感じたことがありました。それは、あれこれ考えていた時のひらめき。勘違いだ、という事もあるかもしれませんが。現代芸術の本質というか、基本的な性格。以下の違いを示された時、あ、そうか!と。Art as Commodity / Art as Service前者が現代芸術の基本です。後者はランドアートから環境芸術への系譜で育ってきた考え方。間も無く環境芸術について日本で話す予 [続きを読む]
  • 一日一華:芸術と解釈と(2)
  • アストロメリア。いろいろな使い方のできる楽しい花材です。また、覚書です。後でもっと考えられるよう、思いついたことをメモしておきます。先に、小説は無限の意味を生産する一つの生きた世界だ、というようなことをお話ししました。そういう主張があるということです。上質の小説とはそいうものだろう、と私は共感します。では、現代芸術では、どうか?おそらくそうはならないでしょう。意味が無限に読み取れるというような作品 [続きを読む]
  • 一日一華:いけ花上達のコツ(1)
  • メルボルンの花菱レストランにて。いけ花上達のコツについて思うところがありましたので覚え書きとして。いけ花上達のコツなどとというのは、相当な実績ある先生でないと書いたり、話したりできない内容だと思います。私のような修行中の者がおこがましい。私の生け花指導歴はたかだか20年ほどでしょうか。傲慢と思われても仕方ないでしょう。それは承知の上で。まず、この生徒は伸びないだろうな、そのうち諦めるだろうな、とい [続きを読む]
  • 21世紀的いけ花いけ花考 第55回
  •   前回は、「生け花は芸術かデザインか」などと議論するより、日本独特の精神修養、瞑想あるいは宗教の一種だと、説明してしまってはどうか、という話でした。西洋的な物差しを離れてみてはどうかということです。 この話を進める前に、確認しておきたいことがあります。日本の生け花は明治以降西洋文化の影響を受けて大きく発展しています。最初は西洋花の型を取り込み、やがて西洋モダン芸術の考え方(その表層的な部分)を吸 [続きを読む]
  • 一日一華:レセプションに。芸術と解釈と(1)
  • ピンクのデルフィニウムです。当地では珍しく、値段も普通の青いものに比べ2倍。それでも使ってみたくなります。医院のレセプションで、癒しをテーマにした作品をというリクエストですので、ふさわしいでしょう。さて、数日前、安倍公房のインタビューをYou Tubeで見ました。小説とは何か、さらに、芸術とは何か、芸術作品の解釈はどうあるべきか、などとあれこれ考えてしまいました。自分の小説が学校の教科書に載り、この作品の [続きを読む]
  • 一日一華:自宅玄関に。そして書くということ(3)
  • 庭の草花や教室の残り物やらを集めて玄関の迎え花。さて、エッセイ公募のお手伝いの体験談を書いてきました。http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/01/blog-post_30.htmlhttp://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/01/blog-post_17.html実は、今回、真っ先にボツにした作品があります。作中、中傷かなと思われる点があったからです。ある特定可能な人にこのように(批判と言っていいレベルの内容)言われた。しかし、私はそ [続きを読む]
  • 一日一華:カフェに。そして書くということ(2)
  • メルボルンの和食カフェ、ちょっとさんへ。酒類ライセンス申請中ということですから、もうすぐお酒も飲めるようになるようです。楽しみです。さて、先にエッセー公募の話を書きました。私はある国際的なジャーナルの編集のお手伝いをしているのです。http://ikebana-shoso.blogspot.com.au/2017/01/blog-post_17.htmlある応募者には、書き直しを依頼しました。没にするには惜しいと思ったのです。この応募者、エッセーの主題につい [続きを読む]
  • 一日一華:ギャラリーに
  • Lesley Kehoe Galleries でのディナー・テーブルに。リクエストは、日本的なもの。あとはお任せ、ということでした。いつも素晴らしい花器をご用意いただいています。しかも背景は Motoko Maio の屏風。少し緊張します。四季の流れを躍動する色彩で表現したダイナミックな屏風に囲まれているわけです。花の色は控えめなものを選びました。それがとても好評でした。 [続きを読む]
  • 一日一華:レストランに。そして、書くということ。
  • メルボルンの花菱レストランにて。私は文章を書くことがあまり苦ではないです。上手下手はともかく。多分、10歳くらいからずっと日記を書き続けているせいでしょう。書くというのはとても重要な行為です。私にとっては考えるということとほぼ同義と思うこともあります。瞑想かもしれません。メルボルンの日本語新聞「伝言ネット」に毎月、和文と英文で生け花エッセーを書き続けて多分、10年くらいになるでしょう。このブログで [続きを読む]