えいき さん プロフィール

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えいきさん: えいきの修学旅行
ハンドル名えいき さん
ブログタイトルえいきの修学旅行
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462
サイト紹介文仕事の余暇にバイクで山城を巡り、修学した内容を記事にしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供74回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2015/01/23 17:31

えいき さんのブログ記事

  • 逆四角錐台形虎口
  •    戦国期上杉圏の特徴的な普請シリーズ 入河沢城記事作成(https://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/19122044.html)を機に、上杉圏に見られる逆四角錐台形に掘り込まれた虎口を、私の画像コレクションから特集します。 上杉圏には逆四角錐台形の他に、鍵穴型や直方体に掘り込まれた虎口もあります。 虎口は、城や郭の出入口であり、重要な防御施設です。同じ城内でも形態が異なる虎口が採用され、その出入口の役割や機能によ [続きを読む]
  • 入河沢城(上越市吉川区入河沢)前編
  •                        はじめに 入河沢城(いりこうぞうじょう)は上越市吉川区(旧吉川町)入河沢に在る山城である。                   ここ http://yahoo.jp/-q6qGQ 旧吉川町は、私の勤務するほたる調剤薬局が在る旧頸城村の隣町で、ほたる調剤薬局には日々吉川の方々も多く来局される。20年来のおつきあいで、親しくさせていただいている方も多い。 そんなご縁と近所の特権を [続きを読む]
  • 雪解けの北信濃へ 小境城の竪堀
  •  試験も終わったので、雪が消え始めた北信濃へ。 ターゲットは何といっても、昨年堀ケのみ逃した小境城。弥勒寺まで、雪なし弥勒寺から上は雪在りもう1週待つか、竪堀登りには絶妙か、悩ましい状況だったが、意を決し、Go.竪堀コとサの下端集合部竪堀コ驚くなかれ、この竪堀コは、主郭背後の堀オから分派して堀オと合わせて比高約110m長さ約300mを長大に降る。昨年11月と12月は、竪堀の藪が酷く、写真の南尾根を登って主郭に至っ [続きを読む]
  • 地下城のさわり
  •   半日自由になり、飯山の小境城へ行くか、長岡の地下城(ぢげんじょう)へ行くか悩んだが、小境はまだ雪が在る可能性があり、貴重な半日を確実に有効に使うため、私は長岡地下城に狙いを定めた。12月の小境城4月の地下城空手のブログに触りの記事として公開しました。https://blogs.yahoo.co.jp/mei881246/64782322.html [続きを読む]
  • 近所の特権・家ノ浦城の折れ歪堀
  •   試験前ですが、近所の特権で浦川原の家ノ浦城に行ってきました。 家ノ浦城は、以前に二度アタックしてますが、場所がわからず、山を彷徨い歩いただけでしたが、今回は、佐藤春雄さんに地図にマークをしてもらい、狙いすましてのアタックです。 雪消え直前の、藪緑の無い、堀に雪を残す絶妙のタイミングで城域に到達、鉤型に折れ歪み張られた横堀を撮影できました。 昨年の近所の特権は、鳥坂城の畝状空堀・畝型阻塞を絶妙に [続きを読む]
  • 謙信道4・沼ノ入城(長野県中野市・高山村境)
  •  近江小谷戦線で織田勢と対峙した朝倉方中島城を書く予定でしたが、第一義が掲載されたので謙信関連を書きます。  2年前(2015)の10月に、らんまるさん、ていびすさんと修行に踏み込んだ沼ノ入城です。 たしか、午前に夜交氏山城、午後に沼ノ入城、小曽崖城(時間切れ中止)という修行だったような…。  らんまるさんが、一枚だけ写真を公 [続きを読む]
  • 謙信道4・沼ノ入城(長野県中野市・高山村境)
  •  近江小谷戦線で織田勢と対峙した朝倉方中島城を書く予定でしたが、第一義が掲載されたので謙信関連を書きます。  2年前(2015)の10月に、らんまるさん、ていぴすさんと修行に踏み込んだ沼ノ入城です。 たしか、午前に夜交氏山城、午後に沼ノ入城、小曽崖城(時間切れ中止)という修行だったような…。  らんまるさんが、一枚だけ写真を公 [続きを読む]
  • 久々利城後編
  • 後編では、本丸の後方郭(ローマ数字)から、北遮断堀切を楽しみ、西尾根X郭、下方区画へと辿ります。本丸の後方、土橋で郭Ⅰ・Ⅲとは、土橋で接続している。長瀬治義は『岐阜の山城ベスト50を歩く』のなかで、現地設置概要図で本丸とした郭(Ⅳ)、あるいはⅢが主郭であった可能性も記している。南東からの谷には郭Ⅴ、Ⅵを配し、守りを固めている。土橋で接続土橋南東下郭Ⅴは、谷防御のみならず、帯郭状に郭Ⅲ南下を巻く土橋 [続きを読む]
  • 久々利城後編
  • 後編では、本丸の後方郭(ローマ数字)から、北遮断堀切を楽しみ、西尾根X郭、下方区画へと辿ります。本丸の後方、土橋で郭Ⅰ・Ⅲとは、土橋で接続している。長瀬治義は『岐阜の山城ベスト50を歩く』のなかで、現地設置概要図で本丸とした郭(Ⅳ)、あるいはⅢが主郭であった可能性も記している。南東からの谷には郭Ⅴ、Ⅵを配し、守りを固めている。土橋で接続土橋南東下郭Ⅴは、谷防御のみならず、帯郭状に郭Ⅲ南下を巻く土橋 [続きを読む]
  • 第一義
  •  昨年10月、大豆町内の文集『ぬくもり第9号』の投稿した作文「第一義」を、大豆向けから上越市向けに内容を改訂し、上越タイムス紙に投稿したところ、今日掲載されました。  本ブログ掲載の「第一義」も、大豆向けから改訂したものに変え、掲載します。第一義  永野 栄樹第一義(だいいちぎ)は、謙信の書として林泉寺山門に掲げられ、上越市に住む人のみならず、全国の謙信ファンに広く知られている語である。謙信公祭では [続きを読む]
  • 第一義
  •  昨年10月、大豆町内の文集『ぬくもり第9号』の投稿した作文「第一義」を、大豆向けから上越市向けに内容を改訂し、上越タイムス紙に投稿したところ、今日掲載されました。  本ブログ掲載の「第一義」も、大豆向けから改訂したものに変え、掲載します。第一義  永野 栄樹第一義(だいいちぎ)は、謙信の書として林泉寺山門に掲げられ、上越市に住む人のみならず、全国の謙信ファンに広く知られている語である。謙信公祭では [続きを読む]
  • 近所の特権・ー入河沢城は天正の何時ー
  •  眠っている山城は、夏は藪に埋もれ、突入・観察は難しく、また、この地域は冬は冬で雪に埋まってしまいます。降雪初期か、雪消え直前のタイミングで踏む込むのが絶好のチャンスです。 事情が有って、遠征控えていますが、近所の特権を利用して、絶好のタイミングで旧吉川町入河沢城に行ってきました。山を間違えたうえに雪と急傾斜による艱難の末の到達でしたが、驚きの城郭構造の実見に、辛苦は吹っ飛びました。記事は9日東濃 [続きを読む]
  • 近所の特権・ー入河沢城は天正の何時ー
  •  眠っている山城は、夏は藪に埋もれ、突入・観察は難しく、また、この地域は冬は冬で雪に埋まってしまいます。降雪初期か、雪消え直前のタイミングで踏む込むのが絶好のチャンスです。 事情が有って、遠征控えていますが、近所の特権を利用して、絶好のタイミングで旧吉川町入河沢城に行ってきました。山を間違えたうえに雪と急傾斜による艱難の末の到達でしたが、驚きの城郭構造の実見に、辛苦は吹っ飛びました。記事は9日東濃 [続きを読む]
  • 能登萩城・町屋砦写真追加
  • ★ 能登にみる天正期上杉の城郭普請 まとめ http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18652182.html     能登にみる天正期上杉の城郭普請続編の萩城、町屋砦の写真を追加しました。    ○ 萩城堀 ④ と土橋 桃丸部張出から土橋(平成29年1月、土橋を確認 以下2枚写真追加土橋★A地区 萩城 http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18668471.html ○ 町屋砦主郭見た畝状空堀群  桃丸部付近いまいち不 [続きを読む]
  • 能登萩城・町屋砦写真追加
  • ★ 能登にみる天正期上杉の城郭普請 まとめ http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18652182.html     能登にみる天正期上杉の城郭普請続編の萩城、町屋砦の写真を追加しました。    ○ 萩城堀 ④ と土橋 桃丸部張出から土橋(平成29年1月、土橋を確認 以下2枚写真追加土橋★A地区 萩城 http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18668471.html ○ 町屋砦主郭見た畝状空堀群  桃丸部付近いまいち不 [続きを読む]
  • 能登にみる天正期上杉の城郭普請 飯田城追補
  • 昨年書いた「能登にみる天正期上杉の城郭普請」シリーズの、珠洲飯田城http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18642871.htmlに、C谷・南尾根追補します。     飯田城C谷飯田城縄張図(南龍男作図 能登の飯田より引用・茶加筆)平成28年、能登にみる天正期上杉の城郭普請を調査すべく飯田城を徘徊した私は、段差の設けらたC谷が大手通路ではないかと考え、さらに南尾根が、その段差に相関した迎撃機能を持った普請が成されて [続きを読む]
  • 能登にみる天正期上杉の城郭普請 飯田城追補
  • 昨年書いた「能登にみる天正期上杉の城郭普請」シリーズの、珠洲飯田城http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/18642871.htmlに、C谷・南尾根追補します。     飯田城C谷飯田城縄張図(南龍男作図 能登の飯田より引用・茶加筆)平成28年、能登にみる天正期上杉の城郭普請を調査すべく飯田城を徘徊した私は、段差の設けらたC谷が大手通路ではないかと考え、さらに南尾根が、その段差に相関した迎撃機能を持った普請が成されて [続きを読む]
  • 金山城(岐阜県可児市兼山字古城山)
  •                       天正10年、北信濃から上杉本国越後頸城郡内に討ち入った森武蔵守長可ゆかりの城                      金山城金山城は、永禄8年に長可の父可成が信長から与えられた城(現遺構は永禄ではなく天正期の構造)である。 可成は、元亀元年近江宇佐山城下において討死、長可が城主となった。長可が川中島に進駐した後、蘭丸が一時城主になったが、蘭丸も本能寺の変 [続きを読む]
  • 金山城(岐阜県可児市兼山字古城山)
  •                       天正10年、北信濃から上杉本国越後頸城郡内に討ち入った森武蔵守長可ゆかりの城                      金山城金山城は、永禄8年に長可の父可成が信長から与えられた城(現遺構は永禄ではなく天正期の構造)である。 可成は、元亀元年近江宇佐山城下において討死、長可が城主となった。長可が川中島に進駐した後、蘭丸が一時城主になったが、蘭丸も本能寺の変 [続きを読む]
  • 気を取り直して今できることをしよう
  •  今日は、午前に科目試験を名古屋で受験して、午後は安城市歴史博物館で開催の「信長衆ハ加勢 当手コソ本陣ナレ-徳川・武田の攻防13年-」というシンポジウムに出かけ、夜は大学の友人(私は名古屋市内の大学を卒業したため愛知県には友人がいる)三人で会う予定だった。 しかし、家庭の事情で遠征を取り止めた。 木曜には、どうも無理だなっと思ったので、友人にはその旨連絡し、身体の代わりに「奥平圏の城」をワードに変換し [続きを読む]
  • 気を取り直して今できることをしよう
  •  今日は、午前に科目試験を名古屋で受験して、午後は安城市歴史博物館で開催の「信長衆ハ加勢 当手コソ本陣ナレ-徳川・武田の攻防13年-」というシンポジウムに出かけ、夜は大学の友人(私は名古屋市内の大学を卒業したため愛知県には友人がいる)三人で会う予定だった。 しかし、家庭の事情で遠征を取り止めた。 木曜には、どうも無理だなっと思ったので、友人にはその旨連絡し、身体の代わりに「奥平圏の城」をワードに変換し [続きを読む]
  • 亀山城追補 主郭西虎口ー西曲輪北虎口ー北麓導線・日近城追補
  • 奥平圏の亀山城、日近城に関し、以下の内容を追補します。○亀山城 主郭西虎口ー西曲輪北虎口ー北麓導線を考察。○2016年12月公開の日近城2 大手虎口D (日近城2記事書き改め) 亀山城 主郭西虎口ー西曲輪北虎口-北麓導線 北麓から(破線現況不明推測)北虎口をへて主郭西虎口へ至る導線を、2017年1月に作手山城案内人原田さんに御案内いただき検討してきました。      現地設置縄張図をブログ説明用に加筆し [続きを読む]
  • 亀山城追補 主郭西虎口ー西曲輪北虎口ー北麓導線・日近城追補
  • 奥平圏の亀山城、日近城に関し、以下の内容を追補します。○亀山城 主郭西虎口ー西曲輪北虎口ー北麓導線を考察。○2016年12月公開の日近城2 大手虎口D (日近城2記事書き改め) 亀山城 主郭西虎口ー西曲輪北虎口-北麓導線 北麓から(破線現況不明推測)北虎口をへて主郭西虎口へ至る導線を、2017年1月に作手山城案内人原田さんに御案内いただき検討してきました。      現地設置縄張図をブログ説明用に加筆し [続きを読む]