お城でグルメ! さん プロフィール

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お城でグルメ!さん: お城でグルメ!
ハンドル名お城でグルメ! さん
ブログタイトルお城でグルメ!
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kenjikamino
サイト紹介文ドイツの古城ホテルでグルメな食事を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供26回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2015/02/01 17:30

お城でグルメ! さんのブログ記事

  • 箱根ホテル
  • いち時帰国したときに、芦ノ湖畔にある箱根ホテルで1週間を過ごしました。富士山を間近に見ることと旧東海道を歩くことが目的だったのです。このホテルは大正12年の開業で伝統と知名度があり、ロケーションがすばらしく、ジュニアスイートの部屋なので大いに期待していました。その期待以上に良かったのは、部屋の広さと清潔さ、天井の高さ、バスルームの広さ、バスアメニティーの豊富さ、電動カーテンを寝たままベッドサイドから [続きを読む]
  • 箱根のグルメ
  • 龍神丼芦ノ湖には龍にまつわる伝説があるそうで、面白そうな丼飯を見つけました。いっしょに出てきた、やわらかい味の味噌に絡めたミニしいたけの小付けは結構旨かったのですが、味噌汁は水に味噌の色をつけたような超薄い味で、味噌の量をケチっているのが見え見えでした。さて、たいそう豪華に見える龍神丼ですが、マグロは芦ノ湖の波、いくらは龍のウロコ、カニは龍の角、そしてウナギは雲に見立てて、芦ノ湖の上をさまよう龍 [続きを読む]
  • 妻の故郷・大阪のグルメ
  • たこむす新幹線で大阪から箱根に行く途中、駅弁として食しました。たこ焼きとおむすびの合体で、マヨネーズを付けて食べます。「あたためても美味しい」と書いてありますが、それは間違いで、あたためないとたいへんにまずいのが分かりました。この食べ物で一食を駄目にしたのは残念です。玉子とじ蕎麦と高菜ご飯大阪の普通の通りに普通にたたずむ蕎麦屋です。どちらの料理もたいへん美味しくいただきました。卵と蕎麦のコンビ [続きを読む]
  • 故郷・大分のグルメ
  • 一時帰国しました。伊丹空港から大分行きの飛行機が欠航したので大分駅にあるホテルの予約を急にキャンセルしましたが、当然発生するキャンセル料を免除してくれました。日本に帰り着いたその日に、この国の良さを実感しました。寿司大分駅の中にある居酒屋で、焼鳥や唐揚げ等もある店。寿司専門店ではないのですが、そこで寿司を食べました。ドイツではいちど冷凍した生魚でないと寿司として売れないので、ドイツに比べて、生の [続きを読む]
  • 田舎の別荘・フロットベーク
  • ホテルのホームページでは、「昔々、豪勢な農場がありました。」という風に、ハンブルクの郊外のフロットベークと呼ばれる市域にある「田舎の別荘」のお話しが始まります。250年前に建てられた大きな英国風の住居用建物で、家畜小屋と納屋と公園地が付随していました。裕福な農家の家族が住んでいたと思われます。この施設は、馬小屋はレストランに、ウナギの燻製製造場はビストロに、乳牛の乳しぼり部屋は会議場に、そして打穀場 [続きを読む]
  • ホテル・シュヴァイツァー・ホフ
  • スイスのチューリヒでよく泊まるホテル、シュヴァイツァー・ホフが気に入っています。その理由のひとつは、中央駅の前で人と車と市電の交通が激しいにもかかわらず、建物の中は大変に静かであることです。従業員に聞くところによると、防音に細心の注意を払っていて、駅通りに面している窓は三重にしているそうです。このホテルは19世紀の後半に建てられ、〈Hotel National〉という名前で開業しました。何度も、建て増し、修理、改 [続きを読む]
  • 森林ハウス・パウルスボルン
  • ベルリンの南西の郊外に、遊歩道が縦横に走る広大な森林地帯が広がっています。その一角に、歩いて1時間ほどで一周出来る湖があるのですが、その畔に19世紀後半に遠足客のために建てられた、ビアガーデンがある一風変わった伝統的飲食店が建っています。この飲食店はベルリンでは有名で、1888年から 1918年までドイツ最後の皇帝でありプロイセンの王であったウィルヘルムII世が常連客だったそうです。しかし時と共にさびれていって [続きを読む]
  • マルベリャ
  • 冬休みはいつも暖かい土地で過ごしたいので、年末年始を含むかなり長い期間を、コスタ・デル・ソル (太陽海岸)とよばれる南スペインのリゾート地、マルベリャのアパートメントホテルを賃借しました。明け方: バルコニーから南東方面(いくつかある港のひとつ) ・ 夕方: バルコニーから南西方面(英領ジブラルタルに雲がかかる)すぐ隣に品ぞろえが豊富なスーパーマーケットがあって、変化に富んだ自炊生活が出来ました。毎日 [続きを読む]
  • シュトルカウ城館
  • エルベ河の左岸に建つシュトルカウ城館は比較的新しく、1920年に建造されたのですが、この地には12世紀の初めから農園があり、15世紀には4つの農園から成るシュトルカウ村が設立され、17世紀には村の農園が6つになりました。19世紀の初めにひとつの大農園に統合され、農業を生活の手段とする約150人の村民がいました。農園の所有者は何度もかわったのですが、1920年に所有者兼経営者になったフォン・グアイタ家が、老後の住居とし [続きを読む]
  • ヴィンデック城塞
  • ドイツの南西、フランスとの国境沿いの広々としたライン河流域に、温泉で知られるバーデン・バーデンの町があるのですが、その近くの378メートルの山頂に、西暦1200年ごろヴィンデック城塞が建造され、 その12年後に公式に登記されました。その後、14世紀の末に大火災でいちど破壊され、すぐに再建されたようです。この地方の領主の住居であったのですが、いつの頃からか人が住まなくなり、今では廃墟が残っているだけです。廃墟と [続きを読む]
  • ヴァルデック城
  • ドイツのほぼ真ん中のへッセン州にある国立公園〈エーデル湖〉の湖畔から急坂を登った標高200mのところにヴァルデックという小さな町があります。この保養地には湖畔からゴンドラが出ているのですが、これが1961年から動いている二人乗りの年代物なのです。ゴンドラの内部この付近は、湖畔と周囲の山にトレッキングコースがたくさんあって、湖には何ヵ所かの湖岸を結ぶ観光船が行きかいます。さらにメルヘン街道の一角を占めてい [続きを読む]
  • 山形旅行
  • この秋いち時帰国したときに、今まで行ったことがない山形県を旅しました。まず行ったのは、6世紀の終わりごろから山伏の修験の山として知られている羽黒山です。樹齢300 ? 600年の老杉が生い茂るなかに、2445の石段から成る参道が続いています。参道と途中の祠 ・ 社殿の前の鐘つき堂山頂には立派な神社があり、その前に重厚なかやぶきの鐘つき堂(仏教)が建っているのには驚きました。現在は神社として機能していますが [続きを読む]
  • 私のドイツメルヘン_12 (最終回、ハノーファー・細胞分子病理学教室)
  • 西暦2000年に、私より少し年下の遺伝医というか医師免許を持った女性の遺伝学者が、モア教授の後任として私の研究室の主任教授になりました。「エッ、病理学の研究所に遺伝学者?」という声が聞こえてきそうですが、事の顛末を書きます。モア教授の後任のポジションに応募した人の中から、まず書類選考で6人が残りました。そしてその6人の口頭によるプレゼンテイション選考で2人が残りました。ひとりは細胞病理専門の病理医で、 [続きを読む]
  • リュデルスブルク宮殿
  • 昔、塩の生産で栄えたハンザ都市リュ−ネブルクのすぐ近くにある城館です。ハノーファーの自宅から2時間弱で行けます。リュデルスブルク宮殿 (正面 と 裏側) 考古学的には西暦800年頃からこの地に人が住んでいたようですが、リュデルスブルク村と宮殿を含む大農場が古文書に現れるのは13世紀の前半だそうです。農場の所有者は何度も代わり、20世紀の中頃まで、ある家族が住んでいました。現在の宮殿がどのように建てられた [続きを読む]
  • コルムベルク城塞
  • 7号線アウトバーンをヴュルツブルクの少し南でおりて田舎道を1時間ほど走ると、小高い山の頂上に見えてきました。コルムベルク城塞です。コルムベルク城塞この城塞の歴史は13世紀までさかのぼります。何回か個人所有者が代わったあと、18世紀の末にプロイセン王国の管理下に置かれ、19世紀にはバイエルン王国の役所が置かれました。20世紀の前半には、在日ドイツ大使が所有したこともあるようです。第二次世界大戦のときアメリ [続きを読む]
  • マウテルンドルフ城塞 と モースハム城館
  • オーストリアのルンガウ地方にはここかしこに古城がありますが、そのうちのふたつがマウテルンドルフ城塞とモースハム城館です。ザンクト・ミヒャエルにいる間に遠足に行きました。マウテルンドルフ城塞この13世紀に建造された城塞の中を当時は道路が通っていて、そこを通る人から通行料を徴収していました。15世紀には拡張工事が行われ、こんにちの姿になりました。何人かのカトリック司教の夏の居城にもなりましたが、19世紀初め [続きを読む]
  • ルンガウのザンクト・ミヒャエル
  • 3週間目の滞在地は、オーストリアのザルツブルク州にあるザンクト・ミヒャエルです。世界のあちこちに同じ名前の町があるので、わざわざ〈ルンガウの〉と付けます。ここは多くの谷が合流するところで、それぞれの谷に遊べる所がたくさんあります。ザンクト・ミヒャエル行程の途中の村で昼食を食べました。チーズ・ヌードルというのはこの地方の名物。生チーズにペパーミントなど、いろいろなハーブを混ぜ込んで、餃子よりかな [続きを読む]
  • アルカディア・ホテル
  • スロヴァキアのスモコレッチから次の滞在地、オーストリアのザンクト・ミヒャエルまで700km もあるので、途中、スロヴァキアの首都ブラティスラヴァで一泊しました。ポーランドのワルシャワ、ハンガリーのブダペスト、そしてオーストリアのウィーンに似ていて、古い由緒ありそうな建物が多く、興味深い町です。中心部 ・ 歩行者天国ブラティスラヴァ城塞旧市街のはずれに見事な城塞がありますが博物館になっていて、食事も [続きを読む]
  • スモコレッチ
  • スロヴァキア語でSmokorecと書きます。スモコレッチという読み方は正しくないかも知れません。さて、ポーランドのザコパネで1週間過ごした後、国境を越えてスロヴァキアのこの町に入りました。スロヴァキア語はポーランド語と似ていますね。たとえば、〈こんにちは〉をポーランド語では〈ジンドブレ〉といいますが、スロヴァキア語では〈ドブリジェン〉といいます。言葉は似ていますが、国民性は少し違うような気がします。スロヴ [続きを読む]
  • ザコパネ
  • 今回はお城ではありません。ポーランドの南端、自然国境タトラ山脈でスロヴァキアと接するところにある町ザコパネの話です。我々はここをベースにして、タトラ山脈で1週間の山歩きをします。ザコパネは、昔は羊飼いと牛飼い、農民、そして木こりが住む小さな山間の集落でしたが、19世紀末になると鉄道網が整備され、庶民に旅行を楽しむ習慣ができたために観光客が来るようになり、その後、ポーランドの建築家や芸術家らの注目を集 [続きを読む]
  • シルダウ宮殿
  • ここ数年飛行機とレンタカーを使っていましたが、今年は自分の車で夏の休暇に行くことにしました。ザコパネというポーランドの南のはずれにある町で山歩きをします。しかしながら、ハノーファーから950kmも離れていて、いっ気に行くのは無理なので途中で一泊しました。その地に選んだのがイェレニャ・グラという町で、そこにあるのがシルダウ宮殿です。〈シルダウ宮殿〉というのはドイツ語での表記で、ポーランド語では〈ヴォヤノ [続きを読む]
  • カステロ・アパートメント
  • 私の自宅から2時間弱で行けるヴィンゼンという町で講演をするついでに泊まろうと思って近くの〈お城ホテル〉を探してみると、この〈カステロ・アパートメント〉が見つかりました。カステロ(castello)とはイタリア語でお城という意味なので、ここを予約したのです。ところが来てみると、〈お城〉とは関係なく、カスタネア(クリ属)という名前の広大なゴルフリゾートの中にあるクラブハウスで、2階に7戸のアパートメントがあり、少 [続きを読む]
  • マンハイム宮殿
  • マンハイム市は、ハイデルベルクを通って流れてくるネッカー川がライン河に注ぐところにあります。地図を見ると、左に宮殿があり、その前の旧市街地が正方形に区画されているのがわかります。いわゆる〈マンハイムの正方形〉と呼ばれている市域です。一般にドイツのすべての町のすべての道路にはそれぞれ意味のある名前が付いているのですが、この〈マンハイムの正方形〉には、単なる記号と数字が付いているのです。たとえば私の泊 [続きを読む]
  • ヴォールデンベルク城塞
  • ハノーファーから南約50?のところにある城塞の廃墟です。中には18世紀にバロック様式で建てられたカトリック教会があり、後世に復元された城門もあってカトリックの主任司祭館として使われています。32mの高さがある当時の望楼は、こんにち魅力的な見晴らし台になっているようです。さらに部分的ではありますが、最大2mの厚さがある城壁も残っています。城門とそれに続く道 ・ 城門の裏側 カトリック教会の内部ヴォール [続きを読む]
  • 水城ホテル・クラッフェンバッハ
  • 旧東ドイツの町の中で(東)ベルリン、ライプチヒ、ドレスデンぐらいは知られていると思いますが、チェコ共和国との国境近くにあるケムニッツという町はあまり知られていないでしょう。そのケムニッツの郊外に、49の客室をもつ水城ホテル・クラッフェンバッハはあります。小川にかかる橋を渡って城門をくぐると広い中庭に出ます。橋と城門 ・ 城門から中庭を望むU字型に水城の周りを囲んでいる建物群にはホテル、3軒のレス [続きを読む]