お城でグルメ! さん プロフィール

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お城でグルメ!さん: お城でグルメ!
ハンドル名お城でグルメ! さん
ブログタイトルお城でグルメ!
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kenjikamino
サイト紹介文ドイツの古城ホテルでグルメな食事を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供29回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2015/02/01 17:30

お城でグルメ! さんのブログ記事

  • フェネストレッレ城塞
  • イタリア北西部のスーザ渓谷から南の谷に入っていくと、フェネストレッレ城塞があります。この地域の他の城塞と同様に、侵攻して来るフランス軍を押しとどめるために建造された強大な城塞です。この城塞は巨大な多段式の滝のように、約2000メートルの高さから、山の尾根づたいに高低差635メートルの位置まで降りている建造物で、実は3つの城塞の集合体なのです。城塞の模型 ・ 博物館に掛かっていた航空写真1727年に上の城塞 [続きを読む]
  • エジッレス城塞
  • エジッレス城塞も、フランスから北イタリアに攻め入ろうとするフランス軍に対抗するために建造された、スーザ渓谷にある城塞のひとつです。前からの遠景 ・ 後ろからの遠景この城塞は14世紀の前半に初めて歴史書に記され、フランス軍に取られたり取り戻したりのせめぎ合いが続きますが、ナポレオンI世の末弟ボナパルトの軍がイタリアを征服した19世紀の初頭に破壊されました。その後比較的早く、19世紀前半に再建されたとき [続きを読む]
  • スーザ渓谷
  • イタリアのトリノから西の山岳地帯にスーザ渓谷があります。ワインで有名なピエモンテ州に属する渓谷です。この谷にも遺跡がたくさんあるのです。妻と私が10日間過ごしたのは、2006年のトリノ冬季オリンピックのときにスキーの会場であったサウゼ・ドゥルクスという町です。ここを基地に、トレッキングや遺跡めぐりをしました。さて、スーザ渓谷の中央部に位置するのが人口約6600人のスーザという町です。この町の歴史は古代ローマ [続きを読む]
  • バール城塞
  • 現在バール城塞が立つ位置に、5世紀にはもう建造物があったようで、それが10世紀に拡充され、何世紀もの間フランスとイタリアを結ぶ歴史的ルート、アオスタ渓谷を管理する役目を負ってきました。西暦1800年に、イタリア軍がフランスの大軍をこの地で迎え撃ってこの地方とトリノを守ったのですが、バール城塞はその時に大破してしまい、19世紀の前半にこの地域を支配していたサヴォイア家によって再建築されました。その後、19世紀 [続きを読む]
  • サール城
  • アオスタ渓谷から派生してフランスとの国境に沿って走るヴェニー谷を、モンブランの真下の、約二千メートルのところにある小さな湖まで登りましたが、小雨と風が強い悪天候のせいで、モンブランは残念ながら見えませんでした。湖 ・ その隣の湖湖から10分くらい下ったところにある山小屋で、父親が日本人だというイタリア人の青年アルバイトが片言の日本語でサーヴィスをしてくれました。この地方のスープを注文して、恐る恐 [続きを読む]
  • フェーニス城
  • アオスタ渓谷で最も有名な城の一つ、フェーニス城は多くの塔と戦闘に適した建築が魅力です。この城は13世紀中頃の文献に初めて現れ、15世紀になる前後に今の規模に拡張されたそうです。18世紀ごろから傷みがひどくなってきたので、19世紀の末と20世紀の前半に修復されて今日の外見になりました。現在はアオスタ渓谷自治区の所有で、博物館になっています。遠景 ・ 近景入り口4年前に来た時の経験から、イタリア語のガイ [続きを読む]
  • アオスタ渓谷のサン・ピエール村にあるふたつのお城
  • サン・ピエール城12世紀後半に建てられた元々の城は、基本となる城壁と2本の城塔だけの小さな建物でした。サヴォイア家をはじめとする多くの所有者の手を経て、17世紀に購入したロンカス家によって防備を強化した大きな邸宅に拡張されました。その後も何回か所有者がかわり、20世紀に博物館になりました。すぐ横には19世紀の前半に建てられた付属の教会があります。サン・ピエール城 1 ・ サン・ピエール城 2 サン・ [続きを読む]
  • ブリッソーニュ城砦
  • イタリア北西部のアオスタ渓谷には、城砦や城館が多数点在します。そのひとつブリッソーニュ城砦は、13世紀に戦略的に重要な位置に建てられましたが、18世紀になるとその重要性は失われてしまいました。それゆえに18世紀後半には廃墟になり、その後再建されることはありませんでした。今は円柱形の城塔と建物の壁の一部が残るのみです。城塔の遠景城塔の上部 ・ 城塔の下部 ここにはトレッキングの途中で立ち寄りまし [続きを読む]
  • アオスタ渓谷
  • イタリア北西部の山岳地帯に、東西に走っていて小さな谷がいくつも流れ込むアオスタ渓谷があります。アルプス越えのための二本の交通路をもつ重要な戦略的位置にあり、昔から交通の要所です。この地域には先史時代から人が住んでいて、紀元前25年から支配を始めたローマ帝国が州都のアオスタ市をはじめとする町をつくりました。今も残るローマ街道 ・ この地域の典型的な村カトリック教会 11世紀から第2次世界大戦直後ま [続きを読む]
  • 城塞ホテル・ハーゼリュンネ
  • ドイツの北西部、オランダとの国境に程近い地方はエムスラントといいますが、そこに、約800年の歴史を持つ、この地方で一番古い町ハーゼリュンネがあります。どこまでも平坦な景色の中にポツンとある、こじんまりとまとまった小さな町です。赤レンガ造りの家が多いのはオランダが近いからでしょうか。今回訪れたホテルは〈城塞ホテル〉とはいえ、城塞は残っていません。その昔、城塞のすぐ近くに、封建領主に仕える貴族の家屋敷が2 [続きを読む]
  • コッペンブリュッゲ城塞
  • すばらしく天気の良い週末に、弁当を持ってヴェーザーベルクラント(ヴェーザー川流域の山岳地帯)へ遠足に行きました。ヴェーザー川の流域は昔たいへんに栄え、ヴェーザー・ルネッサンスが花咲いたところです。〈ハメルンの笛吹き男〉で有名なハメルンの町もヴェーザー川の畔にあります。8kmほど山歩きをして小さな湖の畔で弁当を食べた後、コッペンブリュッゲ城塞のカフェで午後のお茶をしました。コッペンブリュッゲ城塞は西暦1 [続きを読む]
  • シュテルンホテル(星ホテル)
  • むかし西ドイツの首都であったボンの中心部にあるホテルです。マーケットプレイスの東側には市役所をはじめとする由緒ある建物が並んでいますが、そのうちのひとつなのです。マーケットプレイス ・ 市役所(右端)1620年に初めて歴史書に記載された古い建物で、19世紀には英国の女王や作曲家のフランツ・リストなどの有名人が宿泊したそうです。今はもちろんロビーも客室もたいへん現代的に改装されています。ホテル(左 [続きを読む]
  • ヴィーンハウゼン修道院
  • 私の居住地ハノーファーから北東に約50?行ったアラー川のほとりのヴィーンハウゼンという集落に、西暦1230年に設立された尼僧の修道院があります。ずっと以前に老女の尼さんの案内で見学したことがあるのですが、今回は、修道院付属の公園で、〈花々と環境〉という、週末をはさんだ4日にわたるイヴェントがあるので行ってみました。色々な草花と植物、家屋と庭に置くアクセサリーなど120もの専門業者が仮店舗を出していました。 [続きを読む]
  • ホテル・クロステルシェンケ
  • その昔ローマ皇帝の居城があった都市トリアの中心部から5kmほど離れている集落に、クロステル(修道院)シェンケ(居酒屋)というホテル・レストラン・カフェがあります。その名前が示すように、起源は、7世紀に貴族出身の尼僧のためにたてられた修道院です。長い歴史の中で破壊、再建、改装等が繰り返されて、現在残っているのは回廊の一部と今はレストランの一部になっている礼拝堂だけです。回廊は今修復中で入れません。 [続きを読む]
  • 箱根ホテル
  • いち時帰国したときに、芦ノ湖畔にある箱根ホテルで1週間を過ごしました。富士山を間近に見ることと旧東海道を歩くことが目的だったのです。このホテルは大正12年の開業で伝統と知名度があり、ロケーションがすばらしく、ジュニアスイートの部屋なので大いに期待していました。その期待以上に良かったのは、部屋の広さと清潔さ、天井の高さ、バスルームの広さ、バスアメニティーの豊富さ、電動カーテンを寝たままベッドサイドから [続きを読む]
  • 箱根のグルメ
  • 龍神丼芦ノ湖には龍にまつわる伝説があるそうで、面白そうな丼飯を見つけました。いっしょに出てきた、やわらかい味の味噌に絡めたミニしいたけの小付けは結構旨かったのですが、味噌汁は水に味噌の色をつけたような超薄い味で、味噌の量をケチっているのが見え見えでした。さて、たいそう豪華に見える龍神丼ですが、マグロは芦ノ湖の波、いくらは龍のウロコ、カニは龍の角、そしてウナギは雲に見立てて、芦ノ湖の上をさまよう龍 [続きを読む]
  • 妻の故郷・大阪のグルメ
  • たこむす新幹線で大阪から箱根に行く途中、駅弁として食しました。たこ焼きとおむすびの合体で、マヨネーズを付けて食べます。「あたためても美味しい」と書いてありますが、それは間違いで、あたためないとたいへんにまずいのが分かりました。この食べ物で一食を駄目にしたのは残念です。玉子とじ蕎麦と高菜ご飯大阪の普通の通りに普通にたたずむ蕎麦屋です。どちらの料理もたいへん美味しくいただきました。卵と蕎麦のコンビ [続きを読む]
  • 故郷・大分のグルメ
  • 一時帰国しました。伊丹空港から大分行きの飛行機が欠航したので大分駅にあるホテルの予約を急にキャンセルしましたが、当然発生するキャンセル料を免除してくれました。日本に帰り着いたその日に、この国の良さを実感しました。寿司大分駅の中にある居酒屋で、焼鳥や唐揚げ等もある店。寿司専門店ではないのですが、そこで寿司を食べました。ドイツではいちど冷凍した生魚でないと寿司として売れないので、ドイツに比べて、生の [続きを読む]
  • 田舎の別荘・フロットベーク
  • ホテルのホームページでは、「昔々、豪勢な農場がありました。」という風に、ハンブルクの郊外のフロットベークと呼ばれる市域にある「田舎の別荘」のお話しが始まります。250年前に建てられた大きな英国風の住居用建物で、家畜小屋と納屋と公園地が付随していました。裕福な農家の家族が住んでいたと思われます。この施設は、馬小屋はレストランに、ウナギの燻製製造場はビストロに、乳牛の乳しぼり部屋は会議場に、そして打穀場 [続きを読む]
  • ホテル・シュヴァイツァー・ホフ
  • スイスのチューリヒでよく泊まるホテル、シュヴァイツァー・ホフが気に入っています。その理由のひとつは、中央駅の前で人と車と市電の交通が激しいにもかかわらず、建物の中は大変に静かであることです。従業員に聞くところによると、防音に細心の注意を払っていて、駅通りに面している窓は三重にしているそうです。このホテルは19世紀の後半に建てられ、〈Hotel National〉という名前で開業しました。何度も、建て増し、修理、改 [続きを読む]
  • 森林ハウス・パウルスボルン
  • ベルリンの南西の郊外に、遊歩道が縦横に走る広大な森林地帯が広がっています。その一角に、歩いて1時間ほどで一周出来る湖があるのですが、その畔に19世紀後半に遠足客のために建てられた、ビアガーデンがある一風変わった伝統的飲食店が建っています。この飲食店はベルリンでは有名で、1888年から 1918年までドイツ最後の皇帝でありプロイセンの王であったウィルヘルムII世が常連客だったそうです。しかし時と共にさびれていって [続きを読む]
  • マルベリャ
  • 冬休みはいつも暖かい土地で過ごしたいので、年末年始を含むかなり長い期間を、コスタ・デル・ソル (太陽海岸)とよばれる南スペインのリゾート地、マルベリャのアパートメントホテルを賃借しました。明け方: バルコニーから南東方面(いくつかある港のひとつ) ・ 夕方: バルコニーから南西方面(英領ジブラルタルに雲がかかる)すぐ隣に品ぞろえが豊富なスーパーマーケットがあって、変化に富んだ自炊生活が出来ました。毎日 [続きを読む]
  • シュトルカウ城館
  • エルベ河の左岸に建つシュトルカウ城館は比較的新しく、1920年に建造されたのですが、この地には12世紀の初めから農園があり、15世紀には4つの農園から成るシュトルカウ村が設立され、17世紀には村の農園が6つになりました。19世紀の初めにひとつの大農園に統合され、農業を生活の手段とする約150人の村民がいました。農園の所有者は何度もかわったのですが、1920年に所有者兼経営者になったフォン・グアイタ家が、老後の住居とし [続きを読む]
  • ヴィンデック城塞
  • ドイツの南西、フランスとの国境沿いの広々としたライン河流域に、温泉で知られるバーデン・バーデンの町があるのですが、その近くの378メートルの山頂に、西暦1200年ごろヴィンデック城塞が建造され、 その12年後に公式に登記されました。その後、14世紀の末に大火災でいちど破壊され、すぐに再建されたようです。この地方の領主の住居であったのですが、いつの頃からか人が住まなくなり、今では廃墟が残っているだけです。廃墟と [続きを読む]
  • ヴァルデック城
  • ドイツのほぼ真ん中のへッセン州にある国立公園〈エーデル湖〉の湖畔から急坂を登った標高200mのところにヴァルデックという小さな町があります。この保養地には湖畔からゴンドラが出ているのですが、これが1961年から動いている二人乗りの年代物なのです。ゴンドラの内部この付近は、湖畔と周囲の山にトレッキングコースがたくさんあって、湖には何ヵ所かの湖岸を結ぶ観光船が行きかいます。さらにメルヘン街道の一角を占めてい [続きを読む]