野崎淳之介 さん プロフィール

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野崎淳之介さん: 野崎淳之介『玉石混淆美術館』
ハンドル名野崎淳之介 さん
ブログタイトル野崎淳之介『玉石混淆美術館』
ブログURLhttp://ameblo.jp/junnosukeart/
サイト紹介文野崎淳之介の所有する美術品・博物品を中心に、Art・芸術・古美術品のことを紹介するブログ版 Web美術館。
自由文普段はイラストレーターやラジオ・パーソナリティをしており、作品作りのインスピレーションを得るためと、元よりの好古趣味により古美術・骨董・化石収集を行っている。目指すは世に埋もれたお宝を探し出すトレジャーハンター。
http://www.h4.dion.ne.jp/~jun-noz/
https://www.facebook.com/junnosuke.nozaki
https://twitter.com/junnosuke_n
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供37回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2015/02/10 17:29

野崎淳之介 さんのブログ記事

  • 『大虫干し展』開催!
  • 『大虫干し展』開催! 古民家を改装した画廊『GALLERY心』オーナーであり、書を嗜まれ各地で個展なども開催されている土井雲峰先生の作品を中心に、主に江戸から明治にかけての「書の巨匠」たちの逸品を、コレクター(トレジャーハンター)野崎淳之介 所蔵品の虫干しをねて展示公開いたします。 雲峰先生の作品はもちろん真筆でありますが、野崎淳之介所蔵「書の巨匠」たちの作品は、あくまで玉石混 [続きを読む]
  • 初期伊万里 染付皿:陶磁器
  • 初期伊万里(しょきいまり) 江戸時代初頭にあたる1610年〜1630年代(一説には1637年)というおよそ30年間という短い期間に有田周辺で焼かれた染付磁器。国内で初めて焼かれた「国産磁器」です。 径はおよそ13センチ。 日本の磁器は豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に連れてこられた朝鮮人陶工が技術を伝えたものとされ、初期伊万里は日本の磁器生産の草創記としてまだまだ技術が不完全かつ未熟であるもののそ [続きを読む]
  • 鶴亭秀賀・著 「金花七変化」:和本
  • 【作】鶴亭秀賀(かくていしゅうが Shuga Kakutei)生没年不詳 江戸時代後期〜幕末あたりに活躍したとされる戯作者です。生没年などはわかっていませんがいくつもの著作本が知られています。 【絵】二代目 歌川国貞(うたがわくにさだ Kunisada Utagawa)文政6年―明治13年 初代歌川国貞の門人であり、二代目国貞。そして後に四代目・歌川豊国を襲名する浮世絵師です。二代目国貞時代に「梅蝶楼」と [続きを読む]
  • 曲亭馬琴・著 「殺生石後日怪談」:和本
  • 【作】曲亭馬琴(きょくていばきん Bakin Kyokutei)明和4年―嘉永元年 江戸時代後期に活躍した戯作者の巨匠です。本名は滝沢興邦(後に解)であるため、その名字をとって滝沢馬琴の名前でも知られていますがその呼称は明治以降に呼ばれ始めたもので生前に本人がそう名乗ったことなないとされています。 先に紹介した十返舎一九と同じく原稿料だけで生計を成り立てていた初めての作家のひとりといわれています。 [続きを読む]
  • 十返舎一九・著 「道中膝栗毛」:和本
  • 十返舎一九(じっぺんしゃいっく Ikku Jippensha)明和2年―天保2年 江戸時代後期に活躍した戯作者であり浮世絵師の巨匠です。式亭三馬とともに滑稽本の二大作家と呼ばれています。 日本で最初に文筆料だけで生計を立てる事ができた職業作家であり代表作「東海道中膝栗毛」は江戸の世で大ベストセラーとなっています。 そんな十返舎一九が著した代表作「膝栗毛」シリーズの一冊です。 和本のタイ [続きを読む]
  • 藤沢南岳 二行書:掛軸
  • 藤沢南岳(ふじさわなんがく Nangaku Fujisawa)天保13年―大正9年 幕末から明治・大正まで活躍した書家・儒学者の大家です。 儒学者・藤沢東畡の長男として生を受け父親と同じく高松藩に仕えます。鳥羽・伏見の戦いで佐幕派として朝敵となった高松藩を一夜にして勤皇へと藩論を転換させ藩を存亡の危機から救った大立役者なのです。 後に父・東畡が開いた漢学塾「泊園書院」を再興し数千人の門人を育 [続きを読む]
  • コプト裂 チュニック断布:織物(額装)
  • コプト裂(こぷとれつ) コプト織とも呼ばれる古代の織物の断布(端切)です。このコプト裂は、紀元4〜6世紀のコプト教徒が着用したチュニックの一部だとされています。 コプト教徒とは、古代エジプトにおいてキリスト教を信仰した一派コプト教の信徒のことをいいます。 4〜6世紀といえば日本では古墳時代に相当しますが、このコプト裂はそのような古い時代の織物なのです。 このチュニック断布は、一 [続きを読む]
  • 大石内蔵助 一行書:掛軸
  • 大石内蔵助(おおいしくらのすけ Kuranosuke Oishi)万治2年―元禄16年 江戸時代初期から中期にかけて活躍した武士。播磨国赤穂藩主の浅野長矩(内匠頭)に仕えた筆頭家老です。 内蔵助とは通称、本名は大石良雄(よしお または よしたか) 藩主・浅野内匠頭の刃傷事件により御仇である吉良上野介邸に赤穂藩士(浪士)46人を率いて討ち入りを果たした、いわゆる「赤穂事件(=忠臣蔵)」の中心的人物、赤穂 [続きを読む]
  • 白隠慧鶴 一行書「本来無一物」:掛軸
  • 白隠慧鶴(はくいんえかく Ekaku Hakuin)貞享2年―明和5年 江戸時代中期に活躍した禅僧です。白隠、白隠禅師または正宗国師としても知られ臨済宗中興の祖と称される歴史的偉人です。五百年でようやく一人出るかというほどの傑物(五百年間出)と言われているほどの人物なのです。 生涯に渡り民衆へ法を説き続けその方法として膨大な量の書画を遺しています。白隠の描く書画は、どれも独特で解りやすく迫 [続きを読む]
  • 円山応挙&竹内栖鳳 鶏之図:掛軸
  • 明けましておめでとうございます 2017年は酉年ということで鶏が描かれている絵を選んでみました。 円山応挙 双鶏図:掛軸 竹内栖鳳 矮鶏図:掛軸 円山応挙(まるやまおうきょ Okyo Maruyama)享保18年―寛政7年 江戸時代中期から後期にかけて活躍した画家の巨匠です。狩野探幽・谷文晁と並ぶ、江戸画壇の三大家のひとりとしても有名。 円山応挙は「写生」を重視した技法による親しみや [続きを読む]
  • 梁川星巌 三行書:掛軸
  • 梁川星巌(やながわせいがん Seigan Yanagawa)寛政1年―安政5年 江戸時代後期に活躍した漢詩人の巨匠。同時期に活躍し親交も深かった儒学者・文人画家・詩人の頼山陽とともに「文の山陽,詩の星巌」ともいわれる江戸時代を代表する詩人です。 晩年は尊王攘夷の中心人物として幕府側から危険人物と目をつけられますが安政の大獄のまさに直前、コレラによって没してしまいます。 梁川星巌についてのエ [続きを読む]
  • 江月宗玩 「雪」一字書:額装
  • 江月宗玩(こうげつそうがん Sogetsu Kogan)天正2年―寛永20年 安土桃山時代から江戸時代前期にかけて活躍した臨済宗の名僧。大徳寺住持(百五十六世)です。 名僧・沢庵和尚や松花堂昭乗、絵師・狩野探幽などと親交があったとされています。 また、徳川幕府2代将軍 秀忠の時代に中央政権の理不尽な仏界への介入などに僧が抗議をしたいわゆる「紫衣事件」において、詰問を受けるもひとり許されてお [続きを読む]
  • 大田南畝 梅花図画賛:掛軸
  • 大田南畝(おおたなんぽ Nanpo Ota)寛延2年―文政6年 江戸時代中期から後期にかけて活躍した文人・戯作者・狂歌師の巨匠です。蜀山人(しょくさんじん)という名でも極めて有名な人物です。 狂歌において唐衣橘洲・朱楽菅江と並んで狂歌三大家と称されています。狂詩を詠むときは、名を寝惚 (ねぼけ) 先生と称したりしていました。 大田南畝作品も三作品目これまでの作品はこちらから。 大田南畝「筆 [続きを読む]
  • 岸連山 三保の松原図:掛軸
  • 岸連山(きしれんざん Renzan Kishi)文化元年―安政6年 江戸時代後期から幕末にかけて活躍した画家の巨匠です。岸派の祖である岸駒に師事。後に岸駒の婿養子となり岸派三代目を継いでいます。名前の読みは「がんれんざん」と読む事もあるといいます。 生年に関しては文化元年(1804年)のほか享和2年(1802年)、文化13年(1816年)と資料によってバラつきがあります。 そんな岸派三代目・岸連山の作品で [続きを読む]
  • 富岡鉄斎 陸羽茶癖図:掛軸
  • 富岡鉄斎(とみおかてっさい Tessai Tomioka)天保9年―大正13年 明治・大正に活躍した南画家・儒学者の巨匠です。最後の文人画家とも謳われゴヤ、セザンヌとともに19世紀世界三大画家とも称されています。 少年時代を陶芸家・歌人であった尼僧 大田垣蓮月と過ごし生き方における薫陶を受けたとされています。その後、晩年に至るまで様々な絵画様式を取り入れながら生涯に渡り描いた書画の作品数は一万点以 [続きを読む]
  • 小川千甕 水郷潮来図:掛軸
  • 小川千甕(おがわせんよう Senyo Ogawa)明治15年―昭和46年 明治時代末から昭和にかけて活躍した画家の大家。仏画師・北村敬重や洋画家・浅井忠に師事し二科展などで活躍しています。 そして、日本画・洋画・陶磁器の絵付、はては漫画に至るまでさまざまな画業、仕事をこなした人物です。 誤って名前の「千甕」に「ちかめ」とルビを振られてしまいそれ以降「せんよう」「ちかめ」と双方名乗るようになった [続きを読む]
  • 大田南畝 二行書:マクリ
  • 大田南畝(おおたなんぽ Nanpo Ota)寛延2年―文政6年 江戸時代中期から後期にかけて活躍した文人・戯作者・狂歌師の巨匠です。蜀山人(しょくさんじん)という名でも極めて有名な人物です。 狂歌において唐衣橘洲・朱楽菅江と並んで狂歌三大家と称されています。 そんな大田南畝(蜀山人)による二行書です。この作品は軸装から外された“マクリ”ものです。 他の大田南畝作品はこちらから大田 [続きを読む]
  • 新羅土器 壺:陶磁器
  • 新羅土器(しらぎどき) 古代朝鮮半島にあった王朝・新羅の国で焼かれた灰青色,黝黒色系の硬陶です。1000度以上の高温で焼成され非常に硬く焼き締められているのが特徴です。 新羅とは、紀元356年〜935年まで存在していた朝鮮古代王朝。当時の朝鮮半島は高句麗・百済・新羅という三国に分かれた、いわゆる三国時代。新羅の国があった期間の日本は古墳時代から平安時代の中期にあたります。 そんな古代朝鮮 [続きを読む]
  • 徳力孫三郎 魚図彩畫飾皿:陶磁器
  • 徳力孫三郎(とくりきまごさぶろう Magosaburo Tokuriki)明治41年―平成7年 昭和ー平成と活躍した陶芸家の巨匠です。日本画家・十一代 徳力幽雪の三男として生を受け富本憲吉(人間国宝)に師事して作陶を学んでいます。昭和57年には京都市文化功労賞も受賞しています。 そんな徳力孫三郎・作の飾皿です。径はおよそ24センチ 皿の中央には、イワシでしょうか。青魚が三匹描かれています。この [続きを読む]
  • 乾誠一郎 秋日美人図:掛軸
  • 乾誠一郎(いぬいせいいちろう Seiichiro Inui)明治41年―後没年不詳 美人画を得意とした近代日本画の大家です。長崎県出身。日本画家の巨匠・野田九甫に師事し帝展・日展などで活躍しました。 そんな乾誠一郎の描いた秋菊の野に佇む美人図です。 なにやら物思いに耽っているのか・・・うつむき加減の美人図です。 着物の柄も足元に咲く秋菊も実に丁寧に美しく描かれています。&nb [続きを読む]
  • 野崎嶽南 二行書:掛軸
  • 野崎嶽南(のざきがくなん Gakunan Nozaki)大正14年―平成22年昭和から平成にかけて活躍した書家の大家です。長崎県諫早市出身、本名は正人(まさと)といいます。上田桑鳩、宇野雪村 両氏に師事、後の「飛龍会」となる書道会「長崎奎星会」を結成しその代表に就任しています。その他、全日本書道連盟評議員、毎日書道展名誉会員などを歴任し諫早市文化功労表彰、長崎新聞文化章、文部大臣表彰などを受けています。そんな現代書 [続きを読む]
  • 青木木米 新緑山水図画賛:掛軸
  • 青木木米(あおきもくべい Mokubei Aoki)明和4年―天保4年江戸時代後期に活躍した陶工・絵師の巨匠。野々村仁清・尾形乾山とともに「日本三大陶工」永樂保全、仁阿弥道八とともに「京焼の幕末三名人」と称されています。青木木米は、高温の窯に耳を近づけて、火が爆ぜる音で温度を測っていたといいその耳を酷使するやり方のため晩年は聴覚を患いほとんど聴こえない状態になってしまったといわれています。そのため、晩年は自ら [続きを読む]
  • 青木木米 漢詩土瓶:陶磁器
  • 青木木米(あおきもくべい Mokubei Aoki)明和4年―天保4年江戸時代後期に活躍した陶工・絵師の巨匠。野々村仁清・尾形乾山とともに「日本三大陶工」永樂保全、仁阿弥道八とともに「京焼の幕末三名人」と称されています。陶工の巨匠である奥田穎川に師事し作陶を学んでいます。高温の窯に耳を近づけて火が爆ぜる音で温度を測っていたために晩年は聴覚を患いほとんど聴こえない状態になってしまったとため自らを「聾米」と号した [続きを読む]
  • 池大雅 山水図画賛 / 小林卓斎 箱書:掛軸
  • 池大雅(いけのたいが Taiga Ikeno)享保8年―安永5年江戸時代中期に活躍した画家であり書家の巨匠です。大雅堂・九霞山憔・烏滸釣叟・霞樵・竹居など様々さ雅号を用いることでも有名です。日本南画の祖とも呼ばれており妻の池玉瀾も画家として大成しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小林卓斎(こばやしたくさい Takusai Kobayashi)天保2年―大正5年幕末〜明治にかけて活躍した書家の大 [続きを読む]
  • 三浦乾也 水流草花図 角平皿:陶磁器
  • 三浦乾也(みうらけんや Kenya Miura)文政4年―明治22年幕末から明治期にかけて活躍した陶工の巨匠です。幼少の頃より伯父から作陶を学び後に茶人であり五代・乾山を名乗っていた西村藐庵に師事しその後を継ぎ六代・乾山を襲名しました。また陶芸の他にもガラスや煉瓦の製造から蒔絵はては幕府の命によって造船まで手がけるというマルチな才能を発揮した人物でもあります。明治に入った後年、東京向島の長命寺に乾也焼の窯を開 [続きを読む]