アートプラス京めぐり さん プロフィール

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アートプラス京めぐりさん: アートプラス京めぐり
ハンドル名アートプラス京めぐり さん
ブログタイトルアートプラス京めぐり
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/korede193
サイト紹介文京都の探索中、記事数3700、まち歩き・寺院神社・石碑道標・陵墓・看板・蔵・人物・平安京
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供1143回 / 365日(平均21.9回/週) - 参加 2015/02/19 19:16

アートプラス京めぐり さんのブログ記事

  • 神社東0093 新熊野神社  6
  • 稲葉根王子と荼枳尼天稲葉根王子は、稲荷神とも稲荷神の姿をした金剛童子とも言われている。稲荷神は東寺の守護神で伏見稲荷大社の御祭神です。東寺の守護神とは土地の守り神、稲を背負っていることから豊穣を約束する神というのが本来の意味だが、現在では商売繁盛の神として信仰されている。荼枳尼天は自由自在の通力を有し、六ケ月前に人の死を知り、死ぬまでその人を加護する仏というのが本来の意味。それが転じて、現在では延 [続きを読む]
  • まち歩き伏0398  伏見稲荷大社 参道
  • 本町通から 参道を見る  参道脇に 店が並んでいます昭和23年12月 建立  神幸道まち歩き 前回の記事  ?  まち歩き伏0397  野外作品 「仲良し」五七五うす目開けどちらの世界かまず確認 /岡ことわざ一匹の馬が狂えば千匹の馬も狂う下のユーザー地図で京都の記事探索が出来ます。試してみてください [続きを読む]
  • 神社東0092 新熊野神社  5
  • 文覚荒行(平家物語巻5)文覚上人は高尾の神護寺を再興した高僧で、俗名を遠藤盛遠と言う。故あって19歳で出家し、那智の滝での荒行は現在でも語り草となっている。あまりの荒行に息絶えた文覚を再び蘇らせたのが、不動明王の命を受けた矜羯羅童子と制多迦童子で、不動明王の守護を得た文覚は、その後も全国の霊地で修業を重ね、やがては祈祷で飛ぶ鳥も落とす「刃の修験者」と呼ばれるようになった。不動明王は煩悩のに悩み苦しむ [続きを読む]
  • 神社東0091 新熊野神社  4
  • 花の窟神社(はなのいわとじんじゃ)熊野にあるイザナミ命の埋葬地・日本最古の神社花の窟(はなのいわと)花の窟は三重県熊野市有馬にあり、日本書紀にはイザナミ命の埋葬地と記されている。現在は切り立った大岸壁の前に鳥居が建っているに過ぎないが、熊野信仰の原点ともいえる場所である。春と秋には例大祭りが行われ、その時には長さ170mの〆縄が張られ、そこに季節の花や果物・扇などが吊り下げられる。イザナキ・イザナミ [続きを読む]
  • 神社東0090 新熊野神社 3
  • 本殿に祭られているのが熊野牟須美大神、この神を日本神話では伊弉冉尊と称している。「ムスビ」とは生成・育成を意味する古代語で、熊野牟須美大神とは熊野に鎮座し「誕生や死」といった、この世の存在する全ての生命の根源を司る神という意味です。上之社には速玉之男大神と熊野家津御子大神が祭られており、日本神話では速玉之男大神を伊弉諾尊、熊野家津御子大神を素戔嗚尊と称している。中之社にき天忍穂耳尊・瓊瓊杵尊・彦穂 [続きを読む]
  • まち歩き伏0396  疏水と下板橋
  • 東方向を 見る下板橋伏見区東堺町  下板橋通   長さ17m  幅 6.5m    鋼橋南方向を 見る北方向を 見る橋の 東から 北方向を見るまち歩き 前回の記事 ?  まち歩き伏0395  疏水と蔵五七五オバさんって言われたくないオジさんに /山下ことわざ一丁字を知らず(いっていじをしらず)下のユーザー地図で京都の記事探索が出来ます。試してみてください [続きを読む]
  • 石碑伏0109  薩摩島津伏見屋敷跡  坂本龍馬・寺田屋事件・逃避先
  • 江戸時代、ここに薩摩島津家の伏見屋敷がありました。徳川将軍は3代家光以後、約230年間、江戸にこもり京都にやってきませんでした。そのため原則として諸大名に上洛を禁じました。西国大名が参勤交代のため江戸と本国を往復するときは京都ではなく、伏見を通ってゆきました。島津家も例外ではありません。少なくとも寛文10年(1670)までにこの地に屋敷を営み、江戸と薩摩を往復する際の当主の滞在地としました。のち13代将 [続きを読む]
  • 神社東0089  新熊野神社 2
  • 大樟樹高さ20m、樹囲6.5mの巨木。後白河上皇お手植えの「大樟」さん今から約830年前、当社創建の砌、後白河上皇は紀州国(和歌山県)の熊野から土砂、材木をこの地に運び、熊野になぞらえて、その新宮、即ち新熊野神社を創建された。その折、熊野より移植、国家鎮護と万民福祉とをご誓願、お手植えされたのが、現在の大樟である。又熊野の神々がご降臨になる「影向の大樟」といい、健康長寿、病魔退散特に上皇が常にお腹を煩っ [続きを読む]
  • 寺院伏0352  大栄寺  浄土宗  四面石仏  水嶋幸庵墓所
  • 京都市伏見区東大黒町1032松顔山と号する浄土宗の寺。創建由緒は不明。観音堂には、世に「清水型」とよばれる11面千手観音立像が安置されている。13重石塔の塔身四方に阿弥陀、薬師、釈迦、弥勒の四仏を厚肉彫りにきざんだ見事な四面石仏(鎌倉時代)があり、寺伝によると伏見城内より移したと伝わる水嶋幸庵 水島幸庵は安永年間(1772〜1781)、伏見奉行・小堀和泉守政方(まさみち)の侍医であった。ある日の事、政方 [続きを読む]
  • まち歩き伏0393  伏見 酒蔵 工場
  • まち歩き 前回 記事 ? まち歩き伏0392  京阪電車 伏見・山崎踏切五七五退職日会社の名刺投げ捨てる /お素末さまことわざ一災起これば二災起こる(いっさいおこればにさいおこる)下のユーザー地図で京都の記事探索が出来ます。試してみてください [続きを読む]
  • 寺院伏0351  栄真寺  浄土真宗
  • 京都市伏見区深草藤森玄蕃町690由緒書き 残念 消えているところが多い昭和43年11月3日 建立寺院 前回の記事 ?  寺院伏0350    了峰寺 曹洞宗五七五撮る父に私が笑っている写真 /水原ことわざ一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)下のユーザー地図で京都の記事探索が出来ます。試してみてください [続きを読む]
  • 神社東0088  新熊野神社  その1
  • 境内 南側の通り東山通に面する 大きな樟石鳥居神社号の建立は 大正7年5月 京都瓦工作業同盟會天然記念物 新熊野神社ノ樟新熊野神社(いまくまのじんじゃ)石鳥居  はっきりと読み取れずここも はっきり読み取れず新熊野神社熊野信仰が盛んであった平安後期の永暦元年(1160)、後白河上皇が紀州(現在の和歌山県)熊野の神をこの地にあった仙洞御所法住寺殿の内に勧請して、当社を創建した。上皇の命を受けた平清盛は、熊 [続きを読む]
  • 石碑伏0108  京都歩兵聯隊跡
  • 京都歩兵聯隊跡明治29(1896)年新設された第四師団(大阪)歩兵第三十八聯隊がこの地に駐屯した。明治37(1904)年に深草に司令部を置く第十六師団が新設され,歩兵第三十八聯隊はその配下となった。大正14(1925)年に歩兵第三十八聯隊は奈良に移り,そのあと歩兵第九聯隊が移り終戦に至った。この石標は京都歩兵聯隊跡を示すものである。舞 伝男書藤の森神社東側の台上は五十年にわたり郷土歩兵聯隊が駐屯し十万をこえる将兵が苦 [続きを読む]