青松光晴 さん プロフィール

  •  
青松光晴さん: 日本古代史つれづれブログ
ハンドル名青松光晴 さん
ブログタイトル日本古代史つれづれブログ
ブログURLhttp://aomatsu123.blog.fc2.com/
サイト紹介文邪馬台国を中心とした日本古代史の謎を、神話・史書・遺跡・各地伝承などから、解き明かします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供58回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/02/22 10:20

青松光晴 さんのブログ記事

  • 日本人はどこからやってきたのか?(11) 〜 遺伝子分析結果と史書との関係
  • ここまで、日本人がどこからやってきたのか、について、人類の誕生から始まり、アフリカから出て、シベリア方面、中国・朝鮮半島、沖縄方面など様々な地域から、長い時間をかけてやってきたことを、お話してきました。その旅は、私たちの想像をはるかに超える苦難を伴う旅であったと思われます。私たちのご先祖さまに対して、自然と敬意と感謝の気持ちが湧いてきますね。何と言っても、ご先祖さまがそうした困難に打ち克ち、日本列 [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたか?(8) 〜男性系統の移動ルート④ (N,Q系統)
  • Y染色体DNAのなかで、日本人男性に多くみられるC、D,O系統について、日本にやってくるまでの推定ルートを、お話してきました。この3つの系統(さらに細かく分かれますが)で、日本人男性のほとんどは占められますが、他にも割合は非常に低いものの、特徴的な系統があるので紹介します。一つはN系統です。ユーラシア北西部のウラル系に特徴的な系統であり、ヨーロッパ北部の先住系ヒト集団を構成しているとみられます。そ [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたのか?(7) 〜 男性系統の移動ルート③(O系統)
  • 今回は、Y染色体DNAのO系統をみていきましょう。O系統は、K祖型から分岐したN系統とO系統との共通のNO祖型(NO*)から分岐しました。ユーラシア大陸東部に限定して分布するなど、地域的特異性が強い系統です。前回、前々回のC系統、D系統と比べると、日本に入ってきたのは比較的新しく、金属器時代(弥生)時代以降に大陸から渡来してきたとみられます。移動ルートとしては、まずO系統に分岐する前の祖先型(NO [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたのか?(10) 〜 現代日本人男性に残る移動の歴史
  • 前回、日本列島にやってきた人々について、時代別に四段階でお話しました。まとめますと、【第一段階】4万数千年前?〜1万年前?C1系統・・「南方から沖縄上陸「」と「朝鮮半島から九州上陸」、日本最古?、貝文土器と関連?C3系統・・「シベリアから北海道上陸」と「朝鮮半島から九州上陸」Q系統・・「シベリアから?」 マンモスハンター【第二段階】3万数千年前?〜3千年前?D系統・・「中国華北・朝鮮半島から九州上 [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたのか?(6) 〜 男系の移動ルート②(D系統)
  • 今回は、Y染色体DNAのD系統を追跡します。D系統の祖型DE*はアフリカにあり、その後D系統とE系統に分化します。E系統は、アフリカ、ヨーロッパ南部、中東に広く分布してます。それに対して、D系統は、ユーラシア大陸東部に分布してます。D祖型系統の分岐時期は、13000年前とみられます。アフリカを出た後、ユーラシア大陸を東に移動したようです(Thangaraj et al.2003)。その後、東南アジアを経て北上し、中国華北から一 [続きを読む]
  • 新年明けましておめでとうございます!!
  • 新年明けましておめでとうございます。皆様にとって幸せな一年となるように祈念申し上げます。いつも訪問くださりありがとうございます。昨年は、ブログも100回を重ねることができました。これもひとえに、皆さま方の温かいご支援の賜物と、深く感謝いたします。また、昨年は、本の出版もすることができました。いつかは、という気持ちはありましたが、このような早い時期に出版できるとは、思ってもいませんでした。「とてもわ [続きを読む]
  • 日本人はどこからやってきたのか?(5) 〜 男系の移動ルート①(C系統)
  • 前回、男性のみもっているY染色体DNAのうち、現代日本人に多いものとして、C系統、D系統、O系統が多いことを、お話しました。いずれの系統も、アフリカ起源ですが、ではそれぞれ系統は、どのようなルートで日本に伝わったのでしょうか?。ひとつずつ見ていきます。まずC系統です。C系統は、祖型(もともとの形)であるC*系統をもった人々がアフリカからインドにやってきたとみられます。そこから二つに分かれ、ひとつは [続きを読む]
  • 日本人はどこからやってきたのか?(4) 〜 日本人二重構造モデル
  • 前回、男性の細胞のみにあるY染色体DNAの系統(ハプログループ)からみて、日本人は、出アフリカの3つのグループすべてをもっている特異な民族である、という話をしました。データでみてみましょう。各系統の割合を、日本国内のいくつかの地域、都市別に示したのが、下のグラフです。実際には、さらに細かく分かれるのですが、ここではまずは全体をとらえてもらうために、大きな分類で話を進めます。比較するために、韓 [続きを読む]
  • 日本人はどこからやってきたか?(3) 〜 日本人は、特異な民族?
  • 今回から、アフリカを出て日本へ向かった我々の祖先のうち、男系のルートをみていきます。(「DNAでたどる日本人10万年の旅」(崎谷満著)を参考にします。)その決め手となるのが、男性のみ持っているY染色体DNAです。それがいくつかのグループに分けられることは、前回お話しました。そのグループを、ハプログループと呼びますが、大まかに示すと、下図のとおりです。<Y染色体DNAハプログループ系統図> ご覧のとお [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたのか?(2) 〜 男系と女系の移動ルートの違い
  • 前回は、サルから分岐した人間の祖先が、ゴリラ・オラウータン・チンパンジーとも分岐し、猿人、原人、旧人そして、最終的に新人つまりわれわれ人類となったことを、お話しました。そして、人類の発祥はアフリカであることも、お話しました。さて、われわれ人類の祖先は、そのアフリカに長らく生活していたわけですが、7万年前頃から、その一部が、アフリカから旅立ちます。その行く先は、中東を経て、東へ向かったグループと、西 [続きを読む]
  • 日本人は、どこからやってきたのか?(1) 〜 サルから人類の誕生まで
  • 前回まで、古代日本人が舟で太平洋を渡り、南米エクアドルまで行っていたことをお話ししてきました。また、以前には、倭国を作った倭人は中国および朝鮮半島からやってきたこともお話してました。テーマが、かなり大きなものになってきましたが、こうなってくると、さらに興味が湧いてきませんか。そのテーマとは、「そもそも日本人は、どこからやってきたのか?」です。これは、われわれ多くの日本人が、一度は考えたことがあるテ [続きを読む]
  • 謎の国々は実在したか?(13) 〜 まとめ
  • さて、ここまで12回にわたって、三国志魏志倭人伝に出てくる「侏儒(しゅじゅ)国」「裸(ら)国」「黒歯(こくし)」国について、いろいろ推測してきました。その結論は、「侏儒国」とは、高知県足摺岬近辺にあった国、「裸国」「黒歯国」とは、南米エクアドルにあった国であり、古代日本人は、「侏儒国」から舟で太平洋を渡り、たどり着いたこと、さらには、そこから日本に戻ってきた人々もいたのではないか、と推測しました。 [続きを読む]
  • 謎の国々は実在したか? (11)〜 古代人が太平洋を渡った理由とは?
  • ここまで古代日本人、特に縄文人が太平洋を舟で渡ったという説について、みてきました。もちろん、賛否両論あることは充分承知しています。しかしながら、もろもろの証拠をみていくと、決して、一笑に付すことはできないと思いますが、いかがでしょうか?。さて、実は最後に残った課題があります。”縄文人は、何のために、太平洋を舟で渡ったのか?”です。私たちが歴史の教科書で習った縄文時代とは、”気候が温暖で、家族を中心 [続きを読む]
  • 謎の国々は実在したか?(10) 〜 アカウミガメと浦島太郎
  • 今回は、「カメ」の話です。何で突然「カメ」の話なの、と思った方もおられると思います。侏儒(しゅじゅ)国、つまり現在の高知県足摺岬近辺の「唐人駄馬(とうじんだば)遺跡」のひとつに、「亀石」と呼ばれる巨石があることは、お話しました。その「亀石」は、単に"「カメ」の形をしていて面白いからそこに置いた"、といったことではなく、「祭祀」あるいは「信仰」の対象とされていたとみられています。つまり、古代日本の「カ [続きを読む]
  • 謎の国々は実在したか?(9) 〜 古代中国人が描いた裸国・黒歯国
  • 前回まで、古代人が南米エクアドルへ行っていた可能性、しかも太平洋を舟で渡った可能性について、お話してきました。さて、ここで疑問が湧いてきませんでしょうか?。「三国志魏志倭人伝では、半年で裸(ら)国・黒歯(こくし)ーエクアドルに行ったというが、どうして半年で行ったことがわかるのだろう。行ったきりなら、わかるはずはないではないか。」と。つまり、裏を返せば、「裸国・黒歯国へ行った人の中に、日本に戻ってき [続きを読む]
  • 謎の国々は実在したか?(8) 〜 裸(ら)国・黒歯(こくし)国の正体
  • 話を再び「魏志倭人伝」に戻します。そのなかの、裸(ら)国・黒歯(こくし)国がエクアドルにあった国であることはお話しましたが、その痕跡は残っているのでしょうか?。ここで興味深い話を紹介します。「海の古代史」からです。日本の実業家、アンデス文明研究家である、天野芳太郎氏の話です。天野氏は、ペルーのリマにて、天野博物館(Museo Amano)を経営していました。その天野氏が、古田氏の「邪馬台国はなかった」等の著 [続きを読む]