となお さん プロフィール

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となおさん: 言霊|古事記などの日本神話や昔話を紹介
ハンドル名となお さん
ブログタイトル言霊|古事記などの日本神話や昔話を紹介
ブログURLhttp://kotodama.xn--9oq386cb2a.com/
サイト紹介文昔話から古事記や風土記などの日本神話や民話を挿絵付きで紹介
自由文浦島太郎など一度は聞いたことがある昔話から古事記や風土記などの日本神話や民話、昔話を挿絵付きで紹介。掲載する物語100話以上の中から読みたいお話をお探し下さい。只今、「古事記」「平家物語」を連載中です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供90回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2015/03/02 02:21

となお さんのブログ記事

  • 節分万燈籠と紀元祭
  • まだ評価されていません。 こんにちは 挿絵、文担当のやっちです ブログの方では初めましてですね 二月も奈良では様々な祭がありました ということで、私が今月行った二か所、ご紹介いたします! 春日大社といえば沢山燈籠が並んで... [続きを読む]
  • 教訓状(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。  太政大臣平清盛は、このように多くの人々を拘留してもなお満足と思わなかったようである。 赤地の錦の直垂に、黒糸縅の腹巻に銀の金物を打ち付けた胸板を身につけ、かつて安芸守をつとめていたときに厳島神社を参拝した折、霊夢によって厳島の祭神より下賜された銀の蛭巻の装飾を施した小長刀で、常日頃から枕辺に立てかけておいたものを脇に挟み、中門の廊へおいでになった。その様子は非常 [続きを読む]
  • 少将乞請(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 しばらくたって入道が言うには、「新大納言成親が、この平気一門を滅ぼして天下を乱そうと企てていた。この少将はまぎれもなく大納言の嫡子である。お前との仲が近かろうが遠かろうが、とりなしなどできないぞ。もしこの謀反が実行されていたら、そなたも無事ではなかったであろう、と言ってこい」と言った。季貞は帰り参ってこの事を宰相に申したところ、宰相はまことに残念そうな様子で、重ね [続きを読む]
  • 三毛入野命の鬼八退治「宮崎県民話」
  • まだ評価されていません。 神代、高千穂は二上山の乳ヶ岩屋に、鬼八(キハチ)という悪神が住んでいた。鬼八はあちこちを荒らし周っては人々を苦しめ、また山を下りてはアララギの里の鬼ヶ岩屋に住み、そこで七ヶ池に住む祖母岳明神が娘の稲穂姫のその娘、鵜目姫を無理矢理に閉じ込め妻としていた。一方、神武天皇の兄のひとり三毛入野命は、海を渡る最中風波に船ごと押し流され、ひとり東征軍からはぐれてしまったので、 [続きを読む]
  • 桐壷(桐壺の葬送)「源氏物語-作者:紫式部」
  • まだ評価されていません。 どんなに惜しい人でも遺骸は遺骸として扱われねばならない。桐壺の更衣の葬儀が行なわれることになって、更衣の母君は、遺骸と同時に火葬の煙になりたいと泣きこがれていた。葬送の女房の車に強いて望んで一緒に乗って、愛宕の野にいかめしく設けられた式場へ着いた時の母君の心はどんなに悲しかったであろうか。「死んだ人を見ながら、やはり生きている人のように思われてならない、私の迷いを [続きを読む]
  • 少将乞請(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所法住寺殿に宿直して、まだ御所を退出なさらなかったが、大納言の侍どもが急いで御所に馬を走らせ参って、少将殿を呼び出し申し、この事を告げると、「どうして宰相(教盛)の所から、今まで知らせて来ないのだろう」と言われるやいなや、宰相殿からといって使いがあった。この宰相というのは、入道相国の弟である。邸は六波羅の大門の内にあるので、門脇 [続きを読む]
  • 少将乞請(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所法住寺殿に宿直して、まだ御所を退出なさらなかったが、大納言の侍どもが急いで御所に馬を走らせ参って、少将殿を呼び出し申し、この事を告げると、「どうして宰相(教盛)の所から、今まで知らせて来ないのだろう」と言われるやいなや、宰相殿からといって使いがあった。この宰相というのは、入道相国の弟である。邸は六波羅の大門の内にあるので、門脇 [続きを読む]
  • だいだらぼっち
  • まだ評価されていません。 古来より日本には、各地で見たと噂される伝説の巨人がいるという。名前をダイダラボッチと言い、あるところではだいだら坊(大太郎坊)、またあるところではデイダラボウとも呼ばれているそうである。ある時だいだらぼっちは山を作った。甲州の土を掘り、盛土した。そして盛土されできた山は富士山と呼ばれるようになり、土を掘られた地域は盆地になった。また、富士山を作るのに近江の土も掘り [続きを読む]
  • 小教訓(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 「まこと、そうお思いのことでしょう。そうはいっても、お命を失われるような事態にまではよもやなりますまい。 もしそうなろうとも、この重盛がおります。御助命をお引き受けいたしましょう」 重盛大臣はそう言って出て行かれた。 重盛は父である禅門清盛の御前にいらしてこのように申し上げた。「あの成親卿の御命を奪うことはよくよくお考えくださいませ。 あの方の先祖である修理大夫顕 [続きを読む]
  • 大内の場「妹背山婦女庭訓 -1771年 作者:近松半二ほか-」
  • まだ評価されていません。  畏(かしこ)くも知ろし召す 敷津八州の三器(かんだから) 智たり仁たる英雄の 利き剣は四夷を刑す 和らぎ治む和歌の道(おしえ) 八つの耳をふり立てて 小男鹿(さおしか)の声はいと高く 曲がれるものを直きに置く 操久しき君子の国 宝祚を伝えて39代 天智天皇の宮がある 奈良の都の冬木立 日の本の聖主たる君、天皇の身でさえ闇い盲目の病を抱えている。天地に日を失ったかの [続きを読む]
  • 童子女松原(常陸国風土記 香島郡条)
  • まだ評価されていません。 常陸国鹿島郡の軽野は南に、童子女(うない)松原がある。はるか昔、年若き童子たちがいた(国言葉で、神のをとこ、神のをとめという)。男は那賀の寒田の郎子といい、女は海上の安是の嬢女といった。いずれの童子も、気品に満ちた端正な面差しで、辺りの村里に光り輝いていた。彼らはその美貌の名声を相聞いて、会いたい、という想いを持ち、ついには自制の心を失ってしまった。月を経て日を累 [続きを読む]
  • 小教訓(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 新大納言は入道邸の一間の部屋に押しこめられ、大量の汗を流しながら、「ああ、これは日頃の計画が漏えいしたに違いない。誰が洩らしたのだ。恐らく、北面の者共のなかにいるのだろう」と、思わないことが無くなるまで心配しておられるところに、後ろの方より何者かの足音が高らかにしたので、「あぁ、これから殺されるのだな」と思い、武士どもが参ったのだろうと待っていると、入道自ら板敷を [続きを読む]
  • 神武東征の地を訪ねる−宇陀−
  • まだ評価されていません。 古事記や日本書記にある神武東征(東還)。歴史的事実と見るかどうか、はさておき。わたくし、蓮むい、これを漫画にとぼちぼちと描いていたりするのですが描くにあたって伝承の場所を訪れたりもします。そんな訳で、今回は、神武天皇軍に討たれたエウカシ&オトウカシ兄弟の地、奈良県宇陀市へいってきました!まずは、宇陀に着いた神武天皇軍が陣を構えたという、菟田(宇陀)の高城伝承の地。記紀 [続きを読む]
  • 応神天皇と三兄弟「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」
  • まだ評価されていません。 応神天皇は多くの御子を儲けたが、その中で日嗣の御子となったのは、大山守命と大雀命、そして宇遅能和紀郎子であった。ある日、応神天皇は大山守命と大雀命を呼び寄せ、このような質問をした。「子どもたちのうち、一番可愛いと思うのは年上の子か、それとも年下の子か」彼が何故このような問いをしたのか。それは、日嗣の御子のうち歳の一番若い宇遅能和紀郎子を可愛がっており、自身の後継者 [続きを読む]
  • 西光被斬(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 太政入道はまず雑色を使いとして、中御門烏丸の新大納言成親卿の所へ、「相談すべきことがあります。至急お立ち寄りください」と仰せつかわされたので、大納言は自分の身の上とは少しも知らず、「ああこれは、法皇が比叡山をお攻めになろうと計画されているのをお止め申そうとするのだな。法皇のお憤りが深いようだ。なんとしてもだめだろうに」といって、糊のつかない、なよやかできれいな狩衣 [続きを読む]