となお さん プロフィール

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となおさん: 言霊|古事記などの日本神話や昔話を紹介
ハンドル名となお さん
ブログタイトル言霊|古事記などの日本神話や昔話を紹介
ブログURLhttp://kotodama.xn--9oq386cb2a.com/
サイト紹介文昔話から古事記や風土記などの日本神話や民話を挿絵付きで紹介
自由文浦島太郎など一度は聞いたことがある昔話から古事記や風土記などの日本神話や民話、昔話を挿絵付きで紹介。掲載する物語100話以上の中から読みたいお話をお探し下さい。只今、「古事記」「平家物語」を連載中です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供73回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2015/03/02 02:21

となお さんのブログ記事

  • 大納言流罪「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 同じ年の六月二日、新大納言成親卿を公卿の座にお出し申し上げて食べ物などを供したものの、成親卿は胸がせき塞がってお箸を手に取ることもできない。御車を寄せて、乗るようにと滔々と申しあげれば、心ならずも車へお乗りになった。その車を軍兵どもが前後左右にうち囲む。成親卿の味方の者はひとりもいない。「今一度、小松殿にお会いしたい」と、小松殿こと平重盛に会いたい旨を伝えるものの [続きを読む]
  • 内裏の松原にして、鬼、人の形と成りて女を嘲ふ語-今昔物語集-
  • まだ評価されていません。  その昔、小松天皇(光孝天皇)の時代のことだ。 武徳殿の東の宴松原(えんのまつばら)を、若い女官三人が連れ立って、内裏のほうへ歩いていた。旧暦八月十七日の夜のことで、月は極めて明るかった。 そのとき、松の木の下に一人の男が現れて、通り過ぎる女たちのうちの一人を引き留め、女の手をとって、木陰で何やら話し始めた。 ほかの二人は『すぐに話し終えて戻るだろう』と待っていたが、 [続きを読む]
  • 烽火之沙汰「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 内大臣は涙を流しながらも言葉を続ける。「これは、後白河法皇に道理が御座いますので、叶わぬまでも、院の御所であられる法性寺殿を守護し申し上げようと存じます。その故、重盛が叙爵せられてから、今、大臣で大将を兼任する地位に至るまで、一切、法皇の御恩ではないということが御座いません。その恩の重きことを思えば、千万無量の玉の重さも超え、その恩の深きことを案ずれば、一入再入の [続きを読む]
  • 両面宿儺(りょうめんすくな)
  • まだ評価されていません。 仁徳天皇の御代、飛騨国・出羽ヶ平の山が轟音を立て崩れ、その岩壁に洞穴が顕になった。その中から、身丈は3メートルはあるだろうか、一体両面にして四手両脚、甲冑を身にまとい、腰には杖を帯び、二手には斧、一方の二手で印を結んだ異人が現れたのだ。その者の名を、宿儺(すくな)という。宿儺はその四本の腕を巧みに使い、一度に二張りの弓を射ることができ、またその足駿足にして、駆ける [続きを読む]
  • 教訓状(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。  門前で車から降り、門内へ入って見られると、入道が腹巻をつけておられるうえは、一門の公卿・殿上人が数十人、めいめいさまざまな直垂の上に思い思いの鎧を着て、中門の廊に二列に着席なさっている。そのほか諸国の受領、六衛府・諸役所の官人などは、縁にすわりきれないほどで、庭にもびっしりと並んでいた。旗ざおなどを引き寄せ引き寄せ、馬の腹帯を堅く結び、甲をかぶり、ただ今出発しよ [続きを読む]
  • 桐壷(蓬生の宿 後編)「源氏物語-作者:紫式部」
  • まだ評価されていません。 (命婦から桐壺帝の文を受け取った更衣の母君は) 「涙で目が見えませぬがこのような畏れ多いお言葉を賜りましたので」と文に目を通された。 『時がたてば少しは気持ちの紛れることもあろうかと、心待ちに過す月日が経つにつれて、たいそう抑えきれなくなるのはどうにもならないことである。幼い人(若宮)を、どうしているかと案じながら、(帝自身が)一緒にお育てしていないのが気がかりな [続きを読む]
  • 髪長比売・国栖の歌「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」
  • まだ評価されていません。 大雀命(おおさざきのみこと)が、皇子であった頃のことである。日向国の諸県君(もろあがたのきみ)が娘、髪長比売(かみながひめ)は、世にも稀なる美しさだという。その噂は天皇のお耳にまで届き、ぜひともお側で使おうと髪長比売を召し上げられた。おとめを乗せた船が難波津に停泊していた時のこと。大雀命はその麗しいお姿をご覧になって、たちまちに心を奪われ、すぐさま建内宿禰大臣(た [続きを読む]
  • 節分万燈籠と紀元祭
  • まだ評価されていません。 こんにちは挿絵、文担当のやっちですブログの方では初めましてですね二月も奈良では様々な祭がありましたということで、私が今月行った二か所、ご紹介いたします!春日大社といえば沢山燈籠が並んでいる姿が有名ですよね境内には石灯籠が2000基、釣燈籠が1000基あり、これらは人々から寄進されたものです新しいものも、某有名企業のものもあるのでじっくり探してみるのもまた面白いかもしれませ [続きを読む]
  • 教訓状(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。  太政大臣平清盛は、このように多くの人々を拘留してもなお満足と思わなかったようである。 赤地の錦の直垂に、黒糸縅の腹巻に銀の金物を打ち付けた胸板を身につけ、かつて安芸守をつとめていたときに厳島神社を参拝した折、霊夢によって厳島の祭神より下賜された銀の蛭巻の装飾を施した小長刀で、常日頃から枕辺に立てかけておいたものを脇に挟み、中門の廊へおいでになった。その様子は非常 [続きを読む]
  • 少将乞請(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 しばらくたって入道が言うには、「新大納言成親が、この平気一門を滅ぼして天下を乱そうと企てていた。この少将はまぎれもなく大納言の嫡子である。お前との仲が近かろうが遠かろうが、とりなしなどできないぞ。もしこの謀反が実行されていたら、そなたも無事ではなかったであろう、と言ってこい」と言った。季貞は帰り参ってこの事を宰相に申したところ、宰相はまことに残念そうな様子で、重ね [続きを読む]
  • 三毛入野命の鬼八退治「宮崎県民話」
  • まだ評価されていません。 神代、高千穂は二上山の乳ヶ岩屋に、鬼八(キハチ)という悪神が住んでいた。鬼八はあちこちを荒らし周っては人々を苦しめ、また山を下りてはアララギの里の鬼ヶ岩屋に住み、そこで七ヶ池に住む祖母岳明神が娘の稲穂姫のその娘、鵜目姫を無理矢理に閉じ込め妻としていた。一方、神武天皇の兄のひとり三毛入野命は、海を渡る最中風波に船ごと押し流され、ひとり東征軍からはぐれてしまったので、 [続きを読む]
  • 桐壷(桐壺の葬送)「源氏物語-作者:紫式部」
  • まだ評価されていません。 どんなに惜しい人でも遺骸は遺骸として扱われねばならない。桐壺の更衣の葬儀が行なわれることになって、更衣の母君は、遺骸と同時に火葬の煙になりたいと泣きこがれていた。葬送の女房の車に強いて望んで一緒に乗って、愛宕の野にいかめしく設けられた式場へ着いた時の母君の心はどんなに悲しかったであろうか。「死んだ人を見ながら、やはり生きている人のように思われてならない、私の迷いを [続きを読む]
  • 少将乞請(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所法住寺殿に宿直して、まだ御所を退出なさらなかったが、大納言の侍どもが急いで御所に馬を走らせ参って、少将殿を呼び出し申し、この事を告げると、「どうして宰相(教盛)の所から、今まで知らせて来ないのだろう」と言われるやいなや、宰相殿からといって使いがあった。この宰相というのは、入道相国の弟である。邸は六波羅の大門の内にあるので、門脇 [続きを読む]
  • 少将乞請(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所法住寺殿に宿直して、まだ御所を退出なさらなかったが、大納言の侍どもが急いで御所に馬を走らせ参って、少将殿を呼び出し申し、この事を告げると、「どうして宰相(教盛)の所から、今まで知らせて来ないのだろう」と言われるやいなや、宰相殿からといって使いがあった。この宰相というのは、入道相国の弟である。邸は六波羅の大門の内にあるので、門脇 [続きを読む]
  • だいだらぼっち
  • まだ評価されていません。 古来より日本には、各地で見たと噂される伝説の巨人がいるという。名前をダイダラボッチと言い、あるところではだいだら坊(大太郎坊)、またあるところではデイダラボウとも呼ばれているそうである。ある時だいだらぼっちは山を作った。甲州の土を掘り、盛土した。そして盛土されできた山は富士山と呼ばれるようになり、土を掘られた地域は盆地になった。また、富士山を作るのに近江の土も掘り [続きを読む]
  • 小教訓(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 「まこと、そうお思いのことでしょう。そうはいっても、お命を失われるような事態にまではよもやなりますまい。 もしそうなろうとも、この重盛がおります。御助命をお引き受けいたしましょう」 重盛大臣はそう言って出て行かれた。 重盛は父である禅門清盛の御前にいらしてこのように申し上げた。「あの成親卿の御命を奪うことはよくよくお考えくださいませ。 あの方の先祖である修理大夫顕 [続きを読む]
  • 大内の場「妹背山婦女庭訓 -1771年 作者:近松半二ほか-」
  • まだ評価されていません。  畏(かしこ)くも知ろし召す 敷津八州の三器(かんだから) 智たり仁たる英雄の 利き剣は四夷を刑す 和らぎ治む和歌の道(おしえ) 八つの耳をふり立てて 小男鹿(さおしか)の声はいと高く 曲がれるものを直きに置く 操久しき君子の国 宝祚を伝えて39代 天智天皇の宮がある 奈良の都の冬木立 日の本の聖主たる君、天皇の身でさえ闇い盲目の病を抱えている。天地に日を失ったかの [続きを読む]
  • 童子女松原(常陸国風土記 香島郡条)
  • まだ評価されていません。 常陸国鹿島郡の軽野は南に、童子女(うない)松原がある。はるか昔、年若き童子たちがいた(国言葉で、神のをとこ、神のをとめという)。男は那賀の寒田の郎子といい、女は海上の安是の嬢女といった。いずれの童子も、気品に満ちた端正な面差しで、辺りの村里に光り輝いていた。彼らはその美貌の名声を相聞いて、会いたい、という想いを持ち、ついには自制の心を失ってしまった。月を経て日を累 [続きを読む]
  • 小教訓(前)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 新大納言は入道邸の一間の部屋に押しこめられ、大量の汗を流しながら、「ああ、これは日頃の計画が漏えいしたに違いない。誰が洩らしたのだ。恐らく、北面の者共のなかにいるのだろう」と、思わないことが無くなるまで心配しておられるところに、後ろの方より何者かの足音が高らかにしたので、「あぁ、これから殺されるのだな」と思い、武士どもが参ったのだろうと待っていると、入道自ら板敷を [続きを読む]
  • 神武東征の地を訪ねる−宇陀−
  • まだ評価されていません。 古事記や日本書記にある神武東征(東還)。歴史的事実と見るかどうか、はさておき。わたくし、蓮むい、これを漫画にとぼちぼちと描いていたりするのですが描くにあたって伝承の場所を訪れたりもします。そんな訳で、今回は、神武天皇軍に討たれたエウカシ&オトウカシ兄弟の地、奈良県宇陀市へいってきました!まずは、宇陀に着いた神武天皇軍が陣を構えたという、菟田(宇陀)の高城伝承の地。記紀 [続きを読む]
  • 応神天皇と三兄弟「古事記 -712年献上 作者:太安万侶 -」
  • まだ評価されていません。 応神天皇は多くの御子を儲けたが、その中で日嗣の御子となったのは、大山守命と大雀命、そして宇遅能和紀郎子であった。ある日、応神天皇は大山守命と大雀命を呼び寄せ、このような質問をした。「子どもたちのうち、一番可愛いと思うのは年上の子か、それとも年下の子か」彼が何故このような問いをしたのか。それは、日嗣の御子のうち歳の一番若い宇遅能和紀郎子を可愛がっており、自身の後継者 [続きを読む]
  • 西光被斬(後)「平家物語-作者:藤原行長(異説有)-」
  • まだ評価されていません。 太政入道はまず雑色を使いとして、中御門烏丸の新大納言成親卿の所へ、「相談すべきことがあります。至急お立ち寄りください」と仰せつかわされたので、大納言は自分の身の上とは少しも知らず、「ああこれは、法皇が比叡山をお攻めになろうと計画されているのをお止め申そうとするのだな。法皇のお憤りが深いようだ。なんとしてもだめだろうに」といって、糊のつかない、なよやかできれいな狩衣 [続きを読む]