汽車遺産 さん プロフィール

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汽車遺産さん: 汽車遺産
ハンドル名汽車遺産 さん
ブログタイトル汽車遺産
ブログURLhttp://kishaisan.blog.fc2.com/
サイト紹介文SLが大好きな60歳半ばに近い者です。小学校時代から線路端で写真を撮っております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供220回 / 365日(平均4.2回/週) - 参加 2015/03/02 21:56

汽車遺産 さんのブログ記事

  • 暑気払いのつもりが
  • ブログでは暑気払いができないので( ;^ω^) 今回は「氷中シリーズ?」としたつもりが、日本全国激暑が続くと思われていましたが、何故か東京でも16日間も雨が続くとか…。いつの間にか「水不足は無くなり、野菜・お米の生育が心配」です。"凍りつく大沼国定公園内の小沼より・C62牽引普通列車" 相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
  • 「蓮葉氷(はすのはごおり)」
  • 釧路川の冬の風物誌。「蓮葉氷」!。  前日は釧路の友人宅に泊まり友人の車で、早朝から釧路川に来ました。何と「久々の蓮葉氷」が見れました。早起きは三文の徳♪始発列車を撮りに来て良かった(喜んでいたはず)ですヽ(゚∀゚)ノ 。 友人曰く「釧路川に浮かぶ氷が、途中、お互いにぶつかり合いながら流れ下り」、“蓮の葉”のように縁がめくれ上がった円盤状の氷ができます!。この小さな「流氷」みたいのが「蓮葉氷」。寒さが厳 [続きを読む]
  • 透き通った氷上の上
  • 厚岸湖の氷上は「怖かった」! 厚岸湖の氷は、透明度が高いのか?氷の厚さが薄いのか?下手くその写真を撮るにも必死になってゆっくりと沖合?に出て撮影した記憶が鮮明に有ります(汗!^^;!)"根室本線厚岸湖氷上にてC58遠望" 貨465レ(厚岸〜糸魚沢)厚岸14:31発→糸魚沢14:53着"厚岸湾にて"相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
  • 一瞬だけ
  • ブレまくりの相変わらず下手くそな写真で(汗)。 国鉄のテンダー式蒸気機関車では唯一の2-6-2(1C1。プレーリー)型車軸配置をしているC58型蒸気機関車。 設計当時、島秀雄さんはまだ課長の立場で担当されていたそうです。煙室上部の煙突の前に装備された給水暖め装置など、D51の量産型にほぼ似ていますね♪。"釧網本線(塘路にて黄昏時のなかを走る630レ・C58)" 昭和44年2月(1969.2.撮影) 相も変わらずこのワンパターンの [続きを読む]
  • ディスカバー・ジャパン!
  • 1970年このキャンペーンは万博終了の1ヵ月後の10月14日(鉄道の日)から始まりました。アメリカで1967年に実施された「ディスカバー・アメリカ」という国内旅行を促すキャンペーンのパクリ!だといった批判も有りましたが最終的には、更に懐かしい日立製作所のカラーテレビの宣伝列車「日立ポンパ号(※真っ白にC11を塗りたくり日本全国を走った)も、この「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーンとリンク連動されていたものだっ [続きを読む]
  • 厚岸に捕鯨基地があった頃
  • 大洋漁業(現マルハ)厚岸事業所が有った頃 科学的調査によると「ミンククジラは南極海に少なくとも76万頭以上、オホーツク海・北西太平洋には2万5千頭以上も生息している」そうです。 現在日本では、ミンククジラの調査捕鯨により合法的に行われる方法で水揚げされたクジラを水産加工場で解体調査すると、クジラが人間の捕っている魚の量の3〜5倍にあたる量を食べ、人間の食料となる水産資源を奪っているそうです。 海の中 [続きを読む]
  • 黄昏時の頃
  •  「黄昏時」は「たそがれ」=「誰そかれ」に通じます。ぼんやりとした空気をまとっていて、見難い時間帯です。なので、見知った人でも「この人は誰だろう」となるので「たそがれ」なんだそうですね(私だけ知らなかったような(汗)。 北海道の12月の夕方はもう暗い。涛沸湖とオホーツク海に挟まれた国道沿いの橋の上は風が吹きさらし!。一人でC58の客車が来るのを待っていると寂しさで家族が益々恋しくなる時間でした。"釧網本 [続きを読む]
  • 流氷の上にて
  • 流氷は気まぐれ以前にも書きましたが、「流氷は気まぐれ!風が吹くとドカンと着岸」するのかと思えば、前日迄たっぷり着岸していたた流氷も全く遠く沖合に見える場合も…しかし温暖化の影響からか?近頃は着岸率がまったく減ってきたようです((泣))。"流氷の中?行く釧路行C58" 昭和44年2月(1969.2.撮影) "流氷と若き日の自画像(笑)(オホーツク海中?にて)" 欲張りだから友人から借りた?エルモの8mm迄持参していたよ [続きを読む]
  • 暑中見舞い申し上げます(2-2)
  • 昨日の更新は後ろから?今日の更新は前から?。……何のことはございませんm(_ _)m・!釧網本線「北浜」駅周辺をオホーツク海側から撮影(前?後ろ?)釧網本線「北浜」駅周辺を4×5版を担いで丘の上から撮影(後ろ?前?)たったそれだけのことでした。"釧網線流氷の頃" トヨビュー4×5 FUJINON 180mmF9使用昭和48年2月(1969.2撮影)相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共のんびり更新 [続きを読む]
  • 暑中見舞い申し上げます(2-1)
  • 後ろから前からどうぞ 後ろから前からどうぞ?畑中葉子が昔歌っていましたね(^^;)。…今日の更新は後ろから?(謎)明日の更新は前から?(謎)。皆さんご承知の通り、釧網本線の北浜駅は、C58と流氷が絡められる駅でした。オホーツク海に面する北浜駅はホームから海岸に降りると、氷で真っ白に なったオホーツク海の流氷の上!。しかしながら着岸した辺りは雪にしか見えず、岸から大分歩かないと氷にたどり着かなかったことを [続きを読む]
  • 夜の帳
  • 快速「SL YOGISHA みなかみ」が静々と。 足はまだ骨折したままなので車から降りた所でしか未だ撮れません(^^;)。友人には我慢してもらい此処で撮りましたが…。トンネルを越えてやってきましたが…無い!家にはまだ灯りがつかない!点けても見えない?(汗)。おまけにD51なのに気温が高いしから当然だったか?煙も無ければ汽笛も鳴らしてくれない((泣))。2017.07.8撮影相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴 [続きを読む]
  • 炭坑節♪
  • 月が出た出た 月が出た?うちのお山の上に出た〜。あんまり煙突が高いので さぞやお月さん 煙たかろ〜♪"満月前夜(一部合成)"びっこ引きながら友人が提案してくれたこの場所。真っ暗の中撮っていました(^^;)。跨線橋を越えた場所にてD51停車((泣))。肉眼では真っ黒けでした。2017.07.08撮影相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
  • 夕暮れ時
  • 「夕暮れ時はさびしそう?」                 作詞/作曲 天野 滋 オカリナをこの曲で初めて知りました。最近こういう素直な歌、聴かないような気がします。 私も青春時期が有りまして(汗)、SLを撮りたくてしょうがなく渡道していても、夕暮れ時の雪の中で撮影していると急に今頃「母親は夕飯の支度をしているのかな。温かいコタツに入ってもう親父はお酒を飲んでいるのかなぁ」と。 何か切なくて淋しくて、 [続きを読む]
  • 極寒のなか
  • 暑中見舞いに非ず。まだ梅雨明け前なので暑中見舞いは慣習のなかではまだとか!。でも毎日がうだるような暑さでお仕事されている方は大変です(°_°)。白黒で厳寒さが伝わるか?はわかりませんがたまにはC62をば登場させてみました。氷点下の世界を感じ取って戴ければ幸いです♪。"急行ニセコ103レ・倶知安駅構内にて"昭和44年1月1日(1969.1.1)相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共の [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 夕暮れ時の常盤台行き 美唄駅を16時45分に出る列車には確か多くの学生が乗っていたと思います。ゆっくりした走りで10.6km先の終点・常盤台駅には17時31分到着でした。この日は珍しく回送含めなのか?重連運転でした。 美唄鉄道は美唄炭鉱の閉山で昭和47年に廃止されましたが、1日6往復の貨客列車と並行して走っていた美鉄バスとしてその後も長く運行していましたが現在は美唄市民バスに変わったそうです。"三菱鉱業美唄鉄道線 [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 夕暮れ時 国鉄美唄駅の東側には「三菱鉱業美唄鉄道」が有ったことは前述にも触れましたが機関区が美唄駅の東側に有りましたが現在は駐車場になっているそうです。 現役末期にはまだ通学時間帯に貨物との混成列車が一往復のみとなっていました。夕方に出発する4110形が牽引する客車を連結した頃には灰捨て場周辺では女性達がしばれる中黙々と最後の雪かきと燃えカスの処理をしていました。                    [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 三菱大夕張鉄道「No.5蒸気機関車」 三菱大夕張鉄道は、国鉄夕張線の清水沢から、三菱鉱業大夕張鉄道が出ておりました。清水沢から南大夕張までは7.6kmの短い路線を1日3往復片道60円で走っておりました。  清水沢へ15:35に到着した列車は、帰り(大夕張行き)の列車No.5号機が機回したり入換作業中でした。No.5号機は、元国鉄の9600形39695号機だそうで残念ながらNo.3、No.4号機がC56形のテンダーを組み合わせた独特の形態でした [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • Eタンク! 4号(4110形)+6号(9600形)が常盤台駅迄のわずか10.6kmへ向かう重連貨物列車が夕陽を浴びて美唄駅を出発するシーンを撮っておりました♪。「0ーEー0」という5軸の動輪を持つ4100形は無骨ながら見ごたえが有りました。 この4号機は、美唄鉄道が発注した国鉄4110形の同型機3兄弟の末っ子で、昭和元年製造、昭和47年の廃線まで活躍しておりました。            "三菱鉱山美唄鉄道「4号機」"       昭和 [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 美唄鉄道で活躍していた機関車達「廃車された4137号機」          "廃車になった4137号機・三菱鉱業美唄鉄道 転車台にて" 美唄鉄道は4110型を三菱造船所に発注し、2・3・4号機が生まれましたが、この4137号機は国鉄で余剰になった4122・4142・4144号機と共に譲り?受けたそうです。 大きな馬力を出すには広い火床が必要となり、小型の機関車なので動輪より上に火床を乗せて、従輪がな [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 美唄鉄道で活躍していた機関車達 北海道に沢山あった石炭搬出用の運炭鉄道の一つが三菱鉱業美唄鉄道(以下美唄鉄道)でした。国鉄の美唄駅には私鉄が2つ有り、もう1つは美唄運輸でした。美唄鉄道は国鉄美唄駅より.10.6km先の常盤台を結ぶ運炭鉄道です。地元では美鉄の愛称で親しまれていました。 昭和47年に炭坑(美唄鉱業所)が閉山となり、合わせて美唄鉄道(美唄〜常盤台10.6km)も廃止となりました。  この美唄鉄道を有名に [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 夕張鐡道で活躍していた機関車達鹿ノ谷機関区には1964年頃はまだ13号機も働いていたようです。"夕張鉄道13号機関車" 明日からは屋外に出ます(笑) 相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共のんびり更新宜しくお願いいたします。 [続きを読む]
  • 北海道に炭鉱があった頃
  • 夕張鐡道で活躍していた機関車達国内では梅小路蒸気機関車館に次ぐ規模で蒸気機関車を所有していた、江別市のY氏の手により12号は夕張鐵道で廃車後保存していたそうですが2011年から日本鉄道保存協会に移管してからは非公開となっているそうです。14号機は石炭の歴史村にあるSL館は2006年の夕張市財政破綻から閉鎖中、ボイラーや運転席の屋根が雪の重みで壊れたと思われる大きなD51の建物に入り口があり、中には夕張鐵道の蒸 [続きを読む]
  • この時期だけの水量
  • 阿賀野川の氾濫平成27年9月に発生した「関東・東北豪雨により大規模な浸水被害」が発生したことを踏まえ、この周辺にはスーパー堤防がほぼ出来上がり、風景が様変わりしましたね。春先は雪解け水で溢れんばかりの急流になるのですが地球の温暖化による雷雨などでの浸水被害はもう勘弁して欲しいですね。"この時期だけ" 2017.05.04撮影 相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共新宜しく [続きを読む]
  • 早期に再開して良かった!。
  • わたらせ渓谷鉄道本日再開!わたらせ渓谷鉄道は5月22日に水沼駅〜花輪駅間で発生した検測車両の脱線事故の緊急点検と整備作業が完了し、今日から始発から運転を再開したとTVで知りました。検測車両が脱線とは実に残念なお話で。"足尾線 沢入駅時刻表(SLファンに渡していたのでしょうね♪)"因みに沢入駅から足尾方面に向けては急勾配やら急カーブが連続する区間であったと思います。"足尾線・神土駅にて" 平成元年、JRから [続きを読む]
  • 我が故郷にて?!
  • アンコール♪?昨夕多忙な友人から電話が有り、昔の画は良いな〜と。運の良いお言葉に甘えてもう一丁お蔵から出してみました(汗)。"総武本線 八街〜日向にて"まだ残暑が残り、客車内では窓・デッキも全開!。でも田圃には米の収穫後の稲架掛けが…。昭和41年9月(1966年9月)撮影  相も変わらずこのワンパターンの拙いブログにお越し戴き感謝に耐えません。今後共新宜しくお願いいたします。 [続きを読む]