中村 美幸 さん プロフィール

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中村 美幸さん: 悲嘆が生んだ幸福論
ハンドル名中村 美幸 さん
ブログタイトル悲嘆が生んだ幸福論
ブログURLhttp://ameblo.jp/miyu-briller/
サイト紹介文小児がんを患った長男との闘病、別れの中で知った「本当の幸せの意味」「愛のすがた」について綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供92回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2015/03/13 23:15

中村 美幸 さんのブログ記事

  • 残りの時間が表されているのか、いないのか
  • 「きょう一日、ダイちゃんのこと、お願いね。」 同じ病室で付添いをしていたダイちゃんのお母さんはそう言うと、 そのまま急いで家に帰った。 ダイちゃんには3つ上にお兄ちゃんがいて、 保育園がお休みの時は お父さんと一緒にダイちゃんのお見舞いに来ていた。 とはいっても・・・ そこは、兄弟でさえ中に入ることはできない腫瘍科病棟。 ひとり庭の方に回って、 窓ガラス越しにダイちゃんと面会をしていたお兄ちゃ [続きを読む]
  • 19年越しの「ありがとう」
  • 今日は長野県看護師協会長野支部で講演をさせていただきました。 テーマは 「看護師さんが教えてくれた『幸せ』と『生きること』」〜小児がんの息子と生きた1年間の中で〜 私はひとりの患者家族として、 実際に看護師さんにかけてもらった言葉の一つひとつをお伝えしていきました。 絶望ばかりを見つめる私の視点を、希望へと変えてくれた看護師さんの 「経験から出てきた言葉」 延命治療を選択し、罪悪感に苛まれていた [続きを読む]
  • 今だから話せる「看護師さんとの日々」・・・
  • 明日、長野県看護師協会長野支部様主催にて講演をさせていただきます。 「看護師さんが教えてくれた「幸せ」と「生きること」〜小児がんの息子と生きた1年間の中で〜 普段講演活動をしている中で、 参加者のみなさんからよく聞かれることがあります。 「我が子との闘病生活は 悲しみや絶望でいっぱいだったはずなのに、 どうして大切なメッセージを受け取り続けることができたのですか?」 ・・・と。 確かに当時の私 [続きを読む]
  • 現実を受け入れる
  • 「気をつけて帰ってね! 帰り道わかる?」 遠くからお見舞いに来てくれた友人にそう言うと、 彼女は 「今はそんなこと心配しなくていいから。 自分のことだけを考えて。」 と言って、慌てて小さく手を振った。 するとその瞬間 ストンと闇の中に落ちた気がした。 (やっぱりタカエちゃんから見たら、私はみじめなお母さんなんだ・・・。 かわいそうだなんて思われたくない・・・。) そう思った私は、必死でとりつくろい 「 [続きを読む]
  • 「中村美幸×伊東秀一 長野お話し会」が開催されました
  • 昨日、テレビ信州の伊東秀一解説委員とコラボ講演をさせていただきました! 「中村美幸×伊東秀一 長野お話し会」〜人生、山あり、谷あり、笑いあり〜  幸せのタネproject 「まさか、まさか、いつもテレビの中で見ていた人が 私のインタビュアーになってくれるなんて・・・」 私にとっては、ありえない気持ちが湧き上がった今回の企画。 さらに、テーマが 「人生、山あり、谷あり、笑いあり」 と決まった時は、 (え [続きを読む]
  • 渓太郎との誓いを守り続けることができるのは・・・
  • たくさんの方の応援をいただき 昨日、テレビ信州 「報道ゲンバ Face」 にてミニドキュメントが放映されました。 自宅での取材や名古屋講演会、上田ワイズクルーさん企業研修などを 取り上げていただき、 4年前に出版した「いのちの時間」(ゆいぽおと刊)の一部も読まれました。 この本の場面を見たとき 「そういえば・・・・」と思い出したのが、 今から4年前、SBC信越放送で制作していただいたミニドキュメントのこ [続きを読む]
  • ミニドキュメントが放映されます
  • 現在、ミニドキュメントを制作してくださっている 「テレビ信州」 さんが、 さきほど自宅取材にこられました。 追跡取材は5月20日 名古屋講演会 から始まり・・・ 5月22日 上田市にある会社 ワイズ・クルーさんの企業研修にて 取材をしていただき・・・ 今日、自宅取材を終え、まもなく放映となります。 放映日、番組名は以下です。 【放送局】 テレビ信州【放映日】 6月15日(木)【番組名】 報道ゲンバ Face【時 [続きを読む]
  • 『500日を生きた天使』が定期誌に掲載されることになりました!
  • なんと!!! ぶんか社さんより電子書籍として出版されてた 『500日を生きた天使』 が・・・ 定期誌 『本当にあった女の人生ドラマ』 という 紙雑誌に掲載されることになりました! 『本当にあった女の人生ドラマ』は毎月18日販売で、 「500日を生きた天使」は、7月18日発売・9月号より1話ずつの掲載となります。 実は先日、『500日を生きた天使』を読んでくださった方が ブログにコメントを残してくださいました。 [続きを読む]
  • 6年目に入りました【長野大学でのゲストスピーチ】
  • 「みなさんは、これまでの授業の中で 「家族が病気になったらどうするか」とか、 「生きること」や「死ぬ」ことについて考えてこられたと思います。 ですから今日は、ぜひこれまで学んできたことを振り返りながら聞いてください。」 そんな出だしで始まった 長野大学でのゲストスピーチ。 前回までの授業の中で 「家族ががんになったらどうするか」 「家族には延命治療をするか、しないか」 「もし自分だったら延命治療 [続きを読む]
  • 外側ばかりに意識が向いていると・・・
  • 「よーい! ドン!!!」 運動会が行われた会議室に響き渡る 看護師さんの声。 私はまだ歩けない渓太郎を抱っこして 何メートルか先にぶら下がっているパンを目がけて走りだした。 思いっきり車椅子を走らせる子、 松葉杖をつきながら走る子、 点滴をしながら走る子・・・。 そんな中、 明らかに早い渓太郎。 (いいのかな。 渓太郎だけ抱っこで・・・。) なんとなく感じる後ろめたさ。 横を見ながら遠慮がちに走 [続きを読む]
  • 「多くの中のひとつ」であり「たったひとつ」
  • 「小児がんにかかる確率は、 長野県で一年間に生まれる子の中の たった一人がかかるくらいの割合です。」 医師は病状を説明したあと そう付け加えた。 想像できないくらいの確率に (長野県の中の、たったひとりが渓太郎なんだ・・・。) と、意識が遠のく感じがした日から 数日後。 今度は 病理検査の結果を見たこども病院の医師が 私に言った。 「渓太郎くんの病気はとても珍しい種類の腫瘍です。 東京近郊でも、これ [続きを読む]
  • 人が強くなるとき
  • 『 私はもう涙を出さないようにしたい。私は強くいる必要がある。 』 それは、当時つけていた日記に書かれている言葉。 その日、1週間ぶりに父と母がお見舞いに来た。 すると母は、渓太郎を見るなり 「大きくなったね。大きくなったね。」 と繰り返したかと思うと ベッドの中の渓太郎の頭をなでながらつぶやいた。 「ばあちゃんね。 毎日、こうやって写真の中の渓太郎をなでながら 早く良くなれ、早く良くなれっていって [続きを読む]
  • 一番かわいい時期に・・・
  • 「渓太郎は、一番かわいい時期に病気になっちゃって・・・」 病院の中庭でなにげなくつぶやくと、 隣に座っていたそのお母さんは いきなり大声を上げた。 「いつだって一番かわいい時期なの!!」 と・・・。 それは 初めてそのお母さんの涙を見た瞬間だった。 その日もアキラくんは 病院の廊下で歩行練習をしていた。 手すりを両腕で抱えて 一歩、また一歩と進むアキラくん。 両腕の力が限界になると 「ふー・ [続きを読む]
  • 奇跡の数字をありがとうございます。
  • ブログをご覧くださっているみなさん、 応援してくださるみなさん、 本当に本当にありがとうございます。 先ほど、なにげなくブログを開いた瞬間、 驚きのあまり 画面を何度もなんども見直しました。 アクセス数 8、683・・・ もうびっくりして、 画面に映し出されたその数字の上を指差して 何度も何度もなぞりました。 それでもまちがいなく、 そこには奇跡的な数字が書かれていて 心臓がものすごい速さでバクバク [続きを読む]
  • 奇跡の三日間・その③ 【5月22日】
  • 奇跡の3日間最終日、5月22日は、名古屋⇒滋賀⇒長野に戻って・・・ 株式会社ワイズ・クルーさんにて企業研修をさせていただきました。 今回の研修をさせていただくにあたり 会社にお邪魔したのは今から1ヶ月ほど前のこと。 そこで打ち合わせに入ってすぐ、私は社長にコソッと尋ねました。 「あの・・・企業研修ですよね。 私が普段話しているのは「生きること」とか「幸せについて」なんですが・・・。」 不安な気持ち [続きを読む]
  • 奇跡の三日間・その② 【5月21日】
  • 5月21日は・・・ 菊ちゃん主催「いのちのおはなし会」in守山 力強いサポートをしてくださったのはMihoさん    (元美さんからお写真をいただきました) 奇跡の三日間の二日目は、 守山市にて 皿ちゃん先生 とコラボ講演をさせていただきました。 今回参加してくださったみなさんが創り出してくれた時間はあまりにも深く、 涙がこぼれていることですら忘れて [続きを読む]
  • 奇跡の三日間・その① 【5月20日】
  • 「いつか絶対にコラボ講演をして、大切なことを伝えていこうね!!」 そんな約束をしたのは今から3年前。 それは、 渓太郎や子どもたちが残したメッセージを 真正面から受け取った 皿ちゃん先生 がしてくれた深くて強い約束。 その約束を二日間連続で果たす機会をいただきました。 その1日目が・・・ 5月20日に行われた [続きを読む]
  • 「お母さんのこと、お願いね。」
  • その電話がかかってきたのは、 渓太郎が亡くなって数日が過ぎたころ。 祭壇の上に置かれた渓太郎の写真を眺めながら 「渓ちゃん、助けてあげられなくて本当にごめん・・・」 「渓太郎が亡くなって、どうして私が生きているんだろう・・・。」 と、切ないつぶやきを繰り返していたときに電話が鳴った。 受話器をとると、向こうから聞こ [続きを読む]
  • 余命宣告
  • 「もし私が、余命宣告をされたらどんな気持ちになるのだろう・・・」 一日のうち、何度も自分に問いかける。「もう、そんなことは考えたくない・・・」と思っても、 いつの間にか降ってくる。 あの悲しみいっぱいの叫び声とともに・・・。 それは、控え室で食事を終えた私が 渓太郎の待つ病室に戻ろうとしたときのことだった。 廊下を歩いて [続きを読む]
  • 求めなくなって得られたもの
  • 「渓ちゃん。 お母さんのところに 「もしもし」 してきてね・・・。」 そう言いながらお仏壇においたのは、 渓太郎がお気に入りだったおもちゃの電話。 (もしかしたら、本当に渓太郎が電話をかけてくれるかもしれない。) 本気でそう思った私は 何日も何日も渓太郎からの電話を待った。 「リンリーン [続きを読む]
  • 目の前にある「今」を見ていたら
  • 「渓ちゃん、おはよう。」 目があった瞬間 布団の中でニコニコと嬉しそうな表情を見せてくれる渓太郎。 かわいいな・・・と思うのと同時に (明日もまた、私はこの笑顔を見ることができるのだろうか) と、心の奥から湧いてくる恐怖。 渓太郎を生んだとき、 私の胸は渓太郎と一緒に生きていく幸せな未来であふれた。 「あんよする [続きを読む]
  • 闘いを終えたら・・・
  • 「どうしたら、この悲しみから抜け出せるんだろう・・・。」 渓太郎を失ったことに もがき苦しんでいた私は、 なんとかしてその悲しみから抜け出そうと必死だった。 渓ちゃんに会いたい。 渓ちゃんに会いたい。 一体、どうしたらこの悲しみから抜け出せるんだろう。 どうしたら・・・。 私の中で繰り返される問い。 &n [続きを読む]
  • 我が子を亡くしたふたりの母
  • 「今、ふたりはどこにいるんだろうね・・・。」 「人が死んだらどこに行くんだろう・・・。」 渓太郎と時期を同じくして亡くなったショウちゃんのママと私は 1週間のうちにも何度も会って はっきりと答えが出るはずもない問いを繰り返した。 そして、その日も私は とめどないやりとりをするつもりでショウちゃんのおうちに向かい、 いつものように 「今ご [続きを読む]
  • 幸せを運ぶ四葉のクローバー
  • 月に一度やって来る自由な時間。 渓太郎の体力が回復すると、次の治療が始まる前4,5日間ほど、 閉じこもりきりの病室から解放される私たち親子。 血液検査の結果を確認した先生が 「病室から出ていいですよ。」と言った途端に 乳母車を押して直行するのは、病院の庭。 庭の中央に向かって芝生の中を一気に進むと、 足元に隙間なく広がるクローバー [続きを読む]