大阪東教会礼拝説教ブログ さん プロフィール

  •  
大阪東教会礼拝説教ブログさん: 大阪東教会礼拝説教ブログ
ハンドル名大阪東教会礼拝説教ブログ さん
ブログタイトル大阪東教会礼拝説教ブログ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/higashi312
サイト紹介文〜日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています〜
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2015/03/17 12:55

大阪東教会礼拝説教ブログ さんのブログ記事

  • ローマの信徒への手紙 9章1〜18節
  • 2017年9月17日 主日礼拝説教「あなたを選ばれる神」 吉浦玲子<パウロの悲しみ> ある女性の修道院のシスター、のちにカトリックで聖人とされた人ですが、その人が神について思い巡らして語りました。「神様は、わたしをとても愛してくださっていて、もう私のこと以外には興味がおありでないみたいです」。とても大胆な言葉だと思います。神様が自分のこと以外に興味がないように感じられるほど、自分が愛されている、顧みられ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 8章31〜39節
  • 2017年9月10日 主日礼拝説教 「神から引き離す者はない」吉浦玲子<神はわたしたちの味方である!> 「神はわたしたちの味方である」そうパウロは声高く宣言をしています。「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか」<もし>と、「もし」と仮定したような言葉になっていますが、パウロがここでいっているのは「神はわたしたちの味方であるのだから、だれも私たちに敵対できない」ということ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 8章18〜30節
  • 2017年9月3日 主日礼拝 「希望と栄光」 説教 吉浦玲子<被造物の呻き> 今日の聖書箇所の前半では、被造物という言葉が出て来ます。この箇所の被造物を人間と捉える解釈もあるのですが、ここでは聖書でいう一般的な被造物、つまり神に造られたもの全体ということで考えてよいでしょう。もちろん人間も神に造られた被造物のなかに数えられます。しかし、人間以外の動物や自然、さらには宇宙のすべても被造物です。今日の聖書箇 [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 8章1〜17節
  • 2017年8月27日 主日礼拝説教 「神の相続人」吉浦玲子<霊に従う生き方> 私たちは生きていくうえでさまざまな義務を負います。家族や社会やその他もろもろのものに対して、義務を負い、責任を果たして生きていきます。幼い子供であれば、通常は親や家族が身の回りのことを世話してくれて、生きていくための必要を満たしてくれます。養ってもらえます。だから子供は楽かというとそうでもないようです。全くの赤ん坊でもないかぎ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 7章7〜25節
  • 2017年8月20日主日礼拝説教 「わたしの内に住む罪」吉浦玲子<罪に売り渡された人間> 「ジギル博士とハイド氏」という小説があります。ご存知の方も多いかと思います。子供の頃読んだ記憶があるのですが、内容を細かくは記憶していなかったので、ネットなどで調べて思い出してみました。この小説は普段は善良なジギル博士が薬物によってハイド氏という悪の権化のような人物に変化するという内容でした。善良なジギル博士と極悪 [続きを読む]
  • イザヤ書11章1〜10節
  • 2017年8月6日 主日礼拝(平和主日)説教 「平和を実現する人」 吉浦玲子<この世の「平和」> イザヤ書の11章1節に出て来ますエッサイはダビデ王の父親です。クリスマスのころに歌われる讃美歌にもその名前は出て来ます。エッサイの株からひとつの芽が萌えいでて、さらにその根からひとつの若枝が育った、その若枝こそがイエス・キリストなのだとイザヤは語ります。もちろん旧約聖書の時代ですから、「イエス」という名前は直 [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 7章1〜6節
  • 2017年7月30日 主日礼拝 「かならず実をむすぶ生活」 説教 吉浦玲子<花より実> 永遠の命へ向かう歩みは実が実る生活、聖なる生活の実が実る生活なのだと、6章の終わりでパウロは語りました。そのことを再度、パウロは律法との関係を確認しながら語っているのが今日の聖書箇所です。 ところで、教会の中庭に教会学校のお子さんたちが種をまいた朝顔が育っています。2週間くらい前までは毎日20輪以上、にぎやかに花 [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 6章15〜23節
  • 2017年7月23日 主日礼拝説教 「本当の自由」 吉浦玲子牧師<永遠の命> 今年の5月3日、阿倍野のカトリックの教会で行われたある超教派の集いで、私は奨励を依頼されました。実は突然の依頼でした。本来は二か月くらい前に依頼があるのが、10日くらい前に依頼が入りました。というのは、5月3日は、本来、カトリックの神父が奨励をなさる予定だったのです。しかし、その神父は、4月16日、復活祭の朝、急性心不全で突然逝去をさ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 6章1〜14節
  • 2017年7月16日 主日礼拝説教 「新しい命に生きる」 吉浦玲子牧師<罪に対する屁理屈> ローマの信徒への手紙6章最初で「では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか」とパウロは問いかけます。これは5章の終わりでパウロが語ったことを受けています。つまり、人間はその罪による死から、一人の人イエス・キリストによって、恵みへと、永遠の命へと移されました。死から永遠の命へ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 5章12〜21節
  • 2017年7月9日 主日礼拝説教 「新しいアダム」 吉浦玲子牧師 ローマの信徒への手紙の5章を先週から読んでいます。4章まででパウロは罪、律法、信仰というものを説明していました。ユダヤ人と異邦人、どちらも共に神による救いに入れられるのだと語っていました。人間は信仰によって義とされる、行いではなく信仰によって正しい者とされる、そう語っていました。5章からは信仰によって正しい者とされた私たちはどのように [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 5章1〜11節
  • 2017年7月2日 主日礼拝説教 「神との和解」 吉浦玲子牧師<神との平和> 私の母教会では聖餐式のある礼拝では、礼拝の中で、「平和の挨拶」というのを行っていました。礼拝の中で、お隣とか周囲に座っている人と「主の平和」と言いながら挨拶を交わすのです。「平和の挨拶」は、教会によって、具体的なやり方はいろいろで、握手をしたりお辞儀をしたり実際の挨拶の仕方はさまざまです。実際のところ「平和の挨拶」は慣れ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 4章1〜25節
  • 2017年6月25日 主日礼拝説教 「神の約束のたしかさ」 吉浦玲子牧師<信仰の父>創世記の15章で神はアブラハムにおっしゃいます。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる」アブラハム、このときはまだアブラムという名前でしたが、その信仰は揺らいでいました。彼は75歳で故郷を旅立ち、あなたの子孫を祝福するという神の約束を信じて歩んできま [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 3章21〜31節
  • 2017年6月18日 主日礼拝説教 「信じることの喜び」 吉浦玲子牧師<ところが今や>「ところが今や」とパウロは切り出しています。 ところが今や、すべてが変わったというのです。キリストの十字架と復活の出来事は世界史的に見れば、イスラエルという辺境の地で、ごく小さな宗教グループのリーダーが30歳そこそこで、権力者の陰謀によって死刑にされたという取るに足らない出来事でした。当時、世界を支配していた大ロ [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 3章9〜20節
  • 2017年6月11日 主日礼拝説教 「あなたは正しいですか?」 吉浦玲子牧師<正しい者は一人もいない> 今日の聖書箇所の見出しは「正しい者は一人もいない」です。<正しい者は一人もいない>これはずいぶんと厳しい言葉ととられるかもしれません。パウロはこのローマの信徒への手紙のなかで、これまでお読みしたところでは、神から自分たちは特別に選ばれていると考えているユダヤ人であれ、そのユダヤ人から異邦人とさげ [続きを読む]
  • 使徒言行録 2章1〜13節
  • 2017年6月4日 ペンテコステ礼拝 説教「みことばがあなたの近くに」 吉浦玲子牧師<神の出来事としての教会の誕生> 御子イエス・キリストの御降誕を祝うクリスマス、復活を祝うイースターとならび、キリスト教の三大祝祭のひとつであるペンテコステを迎えました。 ペンテコステは聖霊の降臨を祝います。その聖霊の降臨のときの様子が今日お読みした聖書箇所に記されています。聖霊に降臨の10日前、主イエス・キリスト [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 3章1〜8節
  • 2017年5月28日 主日礼拝説教 「神は真実な方」 吉浦玲子牧師 リュティという神学者は今日読まれましたローマの信徒への手紙3章1節からを「天国への門」であると言ったそうです。今日読まれた箇所は、日本語としては難解なところはなく、なんとなく理解できても、背景がわからないとスッと入って来ない所かと思います。ただ、どうもパウロは厳しいことを言っているらしいと、まず感じます。神の誠実とか人間の不誠実、 [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙 2章17〜29節
  • 2017年5月21日主日礼拝説教 「恵みの戒め」<ユダヤ人のこだわり> わたしは九州出身で、最近はどうか分かりませんが、九州というと九州男児という言葉があるくらい、男性がいばっているような印象があります。もちろん、九州の中でも地域的な差はありますし、また、やはり家庭ごとに違うと言えば違います。また、女性がうまく男性を立てているだけで、実際の力は女性が握っているのだ、九州は本当は女が強いんだという説 [続きを読む]
  • ローマの信徒への手紙2章1〜16節
  • <罪を覗き込むことはできない> ある牧師会の席で、ある先生がこうおっしゃいました。「罪というのは恐ろしいもので、人間は自分の罪を自分一人で覗き込むことはできないんだ。」その先生は、罪というのはたとえば、活動している火山の火口の奥にあるマグマのようなものなのだとおっしゃいました。その罪の火口を覗き込もうとしたら、吹き出てくる炎や硫黄のガスでやられてしまう。あるいはくらくらして火口のなかに落ち込んでし [続きを読む]
  • 2017年5月7日主日礼拝説教 ローマの信徒への手紙1章18〜32節
  • 説教 「人類の罪」<罪という言葉> 20代の時、お世話になっていた方の葬儀に出席しました。生まれ育った長崎県佐世保市でのことです。亡くなられた方はカトリックの信徒でした。当時、わたしはまったくキリスト教や聖書とは関係のない生活をしていました。実家も普通に仏壇のある日本の家庭でした。大きなカトリックの教会で葬儀があり、わたしは母と慣れないキリスト教式の葬儀に出席しました。もっともそのときが、キリスト教 [続きを読む]
  • 2017年4月30日主日礼拝説教 ローマの信徒への手紙1章1〜17節
  • 説教「福音を恥としない」<書簡とは> この朝は、少し長い箇所をお読みいただきました。今日から「ローマの信徒への手紙」・・・「ローマ書」という言い方も良くしますが・・・この「ローマの信徒への手紙」の連続講解説教を主の日の礼拝で行います。新約聖書には多くの手紙、書簡と呼ばれる文書が含まれています。福音書がイエス様の行いや言葉をおさめた書物であるのに対して、手紙は、初代の教会のリーダーたちが書き残した神 [続きを読む]
  • 2017年4月9日主日礼拝説教 マタイによる福音書27章45〜56節
  • 説教「神に見捨てられた御子」<主イエスは弱音を吐かれたのか?> 主イエスは十字架におかかりになり、苦しみののちに死なれました。他の福音書の記事と合わせて読みますと、同時に十字架に架けられた他の囚人たちに比べたら比較的早く息を引き取られたようです。それは十字架の前の夜通しの裁判、鞭打ちなどの残虐な暴行のために十字架に打ちつけられる前にすでにずいぶんと衰弱されていたせいであると思われます。 十字架を取 [続きを読む]
  • 2017年3月26日主日礼拝説教 マタイによる福音書27章15〜31節
  • 説教「茨の冠を載せた王」 今日の聖書箇所では主として三パターンの人間が出てきます。ポンテオ・ピラト、バラバ、群衆です。それぞれに立場が違います。もちろんこれ以外にも主イエスを十字架につけることに最も積極的に関与した祭司長たちや長老もいました。しかし、今日の聖書箇所ではこれまでいくたびか言及してきた祭司長や長老と言ったイスラエルの権力者以外の人々に目を向けて行きたいと思います。これらの人々は、もとも [続きを読む]