matasaburo3の散歩日記 さん プロフィール

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matasaburo3の散歩日記さん: matasaburo3の散歩日記
ハンドル名matasaburo3の散歩日記 さん
ブログタイトルmatasaburo3の散歩日記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/blackcoffee-ma48
サイト紹介文日本各地を旅して、四季を撮ります。 又、世界各地を旅した印象記やらあれこれ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供56回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/04/09 18:08

matasaburo3の散歩日記 さんのブログ記事

  • ツツジ咲く鎌倉へー高徳院と安養院
  •  5月上旬、ツツジ咲く鎌倉の寺を訪ねました。 鎌倉 長谷にある高徳院の本尊は、「鎌倉大仏」の名で親しまれている、国宝阿弥陀如来坐像です。1252年(建長4年)から10年前後の歳月をかけて造立されたとみられていますが、詳細は不明です。大仏は、元来は大仏殿のなかに安置されていましたが、14世紀に大風で倒壊し、以後仏殿が再建された形跡は認められないとのことです。高徳院は初期は真言宗で、のち臨済宗に属しま [続きを読む]
  • 京都の春ー仁和寺と龍安寺
  •  奈良・吉野山から京都へ向かいました。一泊して、仁和寺の御室桜を見に行きました。(撮影は4月19日) 京都 嵐電御室仁和寺駅で降りると、すぐ目の前が仁和寺でした。前々日の雨で、桜はかなり散っていました。仁和寺は真言宗御室派総本山。宇多天皇が888年(仁和4年)創立しました。明治時代に至るまで、門跡寺院(皇室とゆかりの深い寺)の筆頭として仏教各宗を統括していました。応仁の乱(1467−1477年)で [続きを読む]
  • 奈良の春その2−吉野山
  •  奈良の春旅、2日目は吉野山へ向かいました。 吉野 吉野山は、飛鳥時代に役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたとされる修験道の霊場であり、桜が神木とされていました。藤原道長、頼道らの権力者が桜の苗を寄進するなど、古くから桜の名所として知られていました。桜の種類はほとんどが白山桜で、約3万本といわれています。 (金峯山寺 蔵王堂)ロープウェイ吉野山駅から徒歩15分で金峯山寺(きんぷせんじ)の本堂(蔵王堂 [続きを読む]
  • 奈良の春その1−長谷寺
  •  4月中旬、再び奈良を訪れました。1日目は「ぼたんまつり」が始まった長谷寺へ行きました。 初瀬 長谷寺は桜井市初瀬にある、真言宗豊山派の総本山です。大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の山麓から中腹にかけて伽藍が広がっています。 (仁王門)創建は奈良時代の8世紀前半と推定されています。平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集め、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めました。 (登廊)1588 [続きを読む]
  • 春爛漫の新宿御苑
  •  新宿 早くも初夏の陽気となった日曜日、新宿御苑で花見をしました。約65種1100本の桜を植栽した都内有数の桜名所です。イチヨウ、カンザンなどの八重桜が見頃を迎え、ツツジも咲き初めています。桜の樹の下で、家族連れや外国人観光客などが、お弁当を広げながら楽しそうに談笑しています。新宿御苑は、徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれています。明治39年(1906年)に皇室の庭園となり [続きを読む]
  • 鎌倉の春ー建長寺と妙本寺
  •  鎌倉 4月初め、桜咲く鎌倉を訪ねました。1.建長寺 建長寺の創建は1253年(建長5年)。鎌倉幕府5代執権の北条時頼が創立しました。鎌倉五山の第一位です。当時の日本は承久の乱(1221年)の後、北条氏の権力基盤が安定し、鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代です。山ノ内は北条氏の本拠地で、幕府のある鎌倉中心部から山一つ隔てた所に位置し、北の出入口の護りに当たる要衝の地でした。 (法堂)昔は、建 [続きを読む]
  • 芝公園ー増上寺から愛宕山へ
  •  芝公園 3月末、芝公園周辺を散策しました。増上寺は浄土宗7大本山の一つです。江戸時代には、徳川家の菩提寺として興隆を極めました。明治維新後は神仏分離政策によって、境内の敷地の大部分が芝公園となりました。 (旧台徳門霊廟 惣門)増上寺には、徳川将軍15代のうち、6人が葬られています。昭和20年の2度の空襲で建造物群のほとんどが焼失しました。台徳院(秀忠)霊廟惣門は、焼け残った数少ない建築の一つです [続きを読む]
  • 清澄庭園〜深川芭蕉庵
  •  (アンズの花) 清澄 3月中旬、清澄白河駅で降りて清澄庭園へ行きました。明治13年(1880年)、三菱創始者の岩崎弥太郎が造園しました。広大な池には各地の名石が置かれ、池にせり出すように数寄屋造りの涼亭が建っています。自由広場には寒緋桜が咲いていました。この広場の一角に、古池の句碑があります。「古池や蛙飛びこむ水の音」小名木川と隅田川が合流する辺りに、深川芭蕉庵がありました。大正時代、旧地が発見 [続きを読む]
  • 松田の桜と梅と菜花
  •  松田 3月上旬、小田急線新松田駅で下車して「菜花まつり」に行きました。最初、松田山の斜面にある西平畑公園の「まつだ桜まつり」で、河津桜を見るつもりでした。着いてみると既に見頃を過ぎて、葉桜になっていました。そこで手前にある、あぐりパーク嵯峨山苑の「菜花まつり」に向かうことにしました。標高230mから285mの山苑です。新松田駅から歩いて40分程度、ややきつい登りになりましたが、絶景が待っていまし [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその3−室生寺
  •  奈良その3 近鉄室生口大野駅で降りて、バスで15分。室生川に沿って歩くと、粉雪が舞ってます。室生寺は奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院です。室生山の山麓から中腹に堂塔が散在しています。 仁王門古代の素朴な水神信仰に発し、山岳修験道、さらに法相宗、真言宗、天台宗など各宗兼学の寺院として独特の仏教文化を形成してきました。 金堂 平安時代初期(国宝)杮(こけら)葺きの屋根は、うっすら [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその2−東大寺
  •  南大門(国宝) 奈良その2 奈良公園といえば、興福寺と春日大社ですが、もう1つがいうまでもなく東大寺です。東大寺は華厳宗大本山の寺院で、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立しました。本尊は「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)です。 大仏殿(国宝)聖武天皇が当時の日本の60余か国に、建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置づけられました。奈良時代の南都六宗(華厳宗 [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその1−奈良公園の梅
  •  2月半ば、奈良を訪れました。梅は咲き始めていましたが、まだまだ肌寒く時折、雨が降ってくるあいにくの天気でした。 奈良その1 近鉄奈良駅から春日大社参道方向へ歩いていくと、一ノ鳥居前に「菊水楼」があります。明治24年創業。120余年の歴史を紡ぐ料亭です。梅の花に見とれていると、係の人に敷地内に案内され、建物を撮りました。一ノ鳥居から浮見堂方向にさらに歩くと片岡梅林(別名丸窓梅林)があります。円窓亭 [続きを読む]
  • 鎌倉梅巡りー浄妙寺、荏柄天神社
  • (荏柄天神社) 鎌倉 2月中旬、鎌倉は梅の季節を迎えていました。1.浄妙寺浄妙寺は金沢街道沿いにあります。「岐れ道」を過ぎて、滑川沿いにしばらく歩きます。鎌倉五山第5位の寺格をもつ、臨済宗建長寺派の古刹です。1188年、源頼朝の伊豆挙兵以来の重臣・足利義兼が創建しました。開山は退耕行勇(たいこうぎょうゆう)。行勇は頼朝や政子が深く帰依した高僧です。足利義満が五山の制を定めた1386年頃には、広大な [続きを読む]
  • 小田原城の梅
  •  小田原 冒頭の一枚は、河津桜と小田原城復興天守です。小田原城は、15世紀中頃に大森氏が築いた城を前身としています。1495年、伊豆国を支配していた伊勢平氏流伊勢盛時(北条早雲)が大森氏から奪い、以後戦国大名北条氏の5代にわたる居城として、南関東における政治的中心地となりました。上杉謙信や武田信玄の侵攻をも防ぎましたが、1590年、豊臣秀吉軍は天下統一の仕上げとして数十万の大軍で小田原城を総攻撃し [続きを読む]
  • 鶴岡八幡宮の冬ぼたん
  • 鎌倉 鶴岡八幡宮の参道は若宮大路と呼ばれ鎌倉の中心をほぼ南北に貫いています。京の朱雀大路を模して、源頼朝が築きました。(二の鳥居)二の鳥居からは段葛(だんかずら)と呼ばれる歩道で、頼朝が妻・政子の安産祈願のために造営させたそうです。鶴岡八幡宮は、1063年に源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して創建した鶴岡若宮を前身とします。1180年に、平家打倒の兵を挙げ鎌倉に入った頼朝が現在地に遷しました。社 [続きを読む]
  • 新春の京都(2017)その3ー智積院と養源院
  •  京都その3 朝、京阪七条駅を降りると、ゆるい坂の七条通りが東大路通りまで続いています。(三十三間堂)左手に京都国立博物館、右手には三十三間堂。通学中の女学生たちの長い列が、通りの両側を埋めています。三十三間堂の東向かいに養源院があります。(養源院山門)1594(文禄3)年、豊臣秀吉の側室・淀殿(母は織田信長の妹・市)が父・浅井長政、祖父浅井久政(小谷城で自刃)の供養のために秀吉に願って創建しまし [続きを読む]
  • 新春の京都(2017)その2−下鴨神社
  •  京都その2 左京区にある下鴨神社も、賀茂氏の氏神を祀る神社です。正式には賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)です。祭神は賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命(たまよりひめのみこと)と祖父の賀茂建角身命(かもたけつぬのみこと)。創建は諸説あり不明ですが、一説には天平の頃に上賀茂神社から分置されたともいわれます。(桜門)楼門(ろうもん)は、高さが13mあり、左右に延びる廻廊の西側「剣の間」は葵祭 [続きを読む]
  • 新春の京都(2017)その1−上賀茂神社
  •  今年も1月新春の旅で、京都を訪れました。 京都その1最初は北区にある上賀茂神社。正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)というそうです。四条河原町から市バスに乗りましたが、結構時間がかかりました。上賀茂神社の起源は、平安京遷都(794年)よりもずっと昔の678年(天武天皇7年)頃といわれています。京都最古の神社として伝説も数多いようです。(立砂)細殿前の円錐状の2つの砂の山。神体である神 [続きを読む]
  • 新春の鎌倉その2−浄智寺
  •  鎌倉その2 北鎌倉駅から数分歩くと浄智寺があります。浄智寺が建つ山ノ内地区は、鎌倉時代には禅宗を保護し、相次いで寺院を建てた北条氏の所領でした。山を挟んだ隣りが東慶寺、その向かいが円覚寺、建長寺も数分の場所で、今でも禅宗の寺院が多い地区です。第5代執権・北条時頼の3男宗政が29才の若さで没すると、菩提を弔うため、1283年(弘安6年)に創建されました。最盛期には七堂伽藍を備え、塔頭も11寺院に達 [続きを読む]
  • 新春の鎌倉その1−稲村ケ崎から極楽寺・御霊神社
  •  皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。新春第1弾は鎌倉からです。 鎌倉その1 江ノ電に乗り、「稲村ケ崎」で途中下車しました。相模湾越しに富士山を望むことができました。鎌倉海浜公園内には、新田義貞伝説の石碑や、逗子開成中学ボート部遭難の慰霊碑などもあります。「稲村ケ崎」の1駅先が「極楽寺」です。極楽寺駅のこじんまりした駅舎です。関東の駅100選にも選ばれています。極楽寺周辺はドラマ・映画のロ [続きを読む]
  • 柴又で忘年会
  •  柴又 今年の締めくくりは、葛飾柴又です。学生時代の仲間たちとの忘年会です。京成柴又駅を降りると、寅さん像が出迎えてくれます。この像は地元のひとたちの寄付で建てられたそうです。来年には「さくらの像」が隣に建つとのことです。メイン通りの帝釈天参道を歩きます。「とらや」は「男はつらいよ」シリーズ第1作から第4作までが撮影された場所です。通称柴又帝釈天、正式には経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ) [続きを読む]
  • 晩秋の奈良その3−談山神社
  •  奈良その3 談山(たんざん)神社へは、近鉄桜井駅で下車してバスに乗りますが、本数が少なく次のバスがくるまで、喫茶店で過ごしました。談山神社の創建は678年(天武天皇7年)。祭神は中臣鎌足です。神仏分離以前は寺院で、多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)といいました。(十三重塔)鎌足の長男定恵と次男不比等によって建立されました。現存の塔は1532年再建で、木造十三重塔としては、世界唯一のものです。 [続きを読む]
  • 晩秋の奈良その2−奈良公園と春日大社
  •  奈良その2 奈良公園内にある興福寺は藤原氏の氏寺で、古代から中世にかけて強大な勢力を誇りました。最盛期には百か院以上の寺院が建っていたそうです。比叡山延暦寺とともに「南都北嶺」と称されました。現在は寺に塀が無く、公園の中に寺院がある状態です。一乗院跡は現在奈良地方裁判所、大乗院跡は奈良ホテルです。明治時代の廃仏毀釈の嵐の中で、一時は廃寺同然となり、五重塔さえ売りに出る始末でした。その後、廃仏政策 [続きを読む]
  • 晩秋の奈良その1−正暦寺
  •  奈良その1 11月末、奈良を訪れました。近鉄奈良駅前からバスに乗り、のどかな田園地帯を約30分走ると、山の中に正暦寺(しょうりゃくじ)があります。(本堂)正暦寺の創建は992年。菩提山真言宗の本山。往時には86坊の堂塔伽藍が、菩提仙川の渓流をはさんで建ち並ぶ大寺院、「宗教都市」でした。平家による焼き打ちやたび重なる兵火により、殆どの堂塔は失われました。現在は江戸時代建立の福寿院客殿と大正時代再建 [続きを読む]
  • 大山の紅葉
  •  大山(伊勢原) 11月中旬、大山の紅葉が見頃を迎えていました。大山ケーブルに乗り、大山寺駅で途中下車しました。大山寺は真言宗大覚寺派の寺院。本尊「不動明王像」は、成田・高幡と並ぶ関東三大不動のひとつです。色づいたもみじが、本堂や石段を彩ります。再びケーブルに乗り、終点阿夫利神社まで。大山は別名「あふり山」。「雨を降らす山」の意で、阿夫利神社は江戸時代より庶民の雨降り信仰を集めました。青い空に紅葉 [続きを読む]