matasaburo3の散歩日記 さん プロフィール

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matasaburo3の散歩日記さん: matasaburo3の散歩日記
ハンドル名matasaburo3の散歩日記 さん
ブログタイトルmatasaburo3の散歩日記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/blackcoffee-ma48
サイト紹介文日本各地を旅して、四季を撮ります。 又、世界各地を旅した印象記やらあれこれ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/04/09 18:08

matasaburo3の散歩日記 さんのブログ記事

  • 大山の夏ー光の回廊
  •  伊勢原 伊勢原駅から「大山ケーブル」行きバスで30分。大山参道沿いには、「絵とうろう」や「牛乳パックとうろう」が設置され、幻想的な光の回廊が出現していました。「絵とうろうまつり」が8月11日から15日まで開かれていました。期間中、大山ケーブルカーは夜8時30分まで延長運転されました。江戸時代、大山登山は夏山開きの22日間(7月27日〜8月17日)のみ許されました。夜の街道では常夜灯が大山詣りの人 [続きを読む]
  • 「大井更科」にてダッタン蕎麦を食す
  •  大井 東京でダッタン蕎麦を味わえる店を探しました。大井町駅から徒歩2分、光学通りにある「大井更科」。サラリーマン街のランチタイムが一段落した平日の昼下がりに訪ねました。三代目の店主は、厳選した蕎麦粉を挽き打ちたてを供する手打ち蕎麦屋で、日本酒や焼酎にも並々ならぬこだわりを持っているそうです。ダッタン蕎麦を石臼で挽くと、普通の蕎麦の実よりも固く、扱いにくいため、専門の業者に委託していますが、あくま [続きを読む]
  • 箕輪城跡(高崎)
  •  高崎 箕輪城は高崎市箕郷町にあった平山城です。高崎駅からバスに乗り30分。バスの本数は極端に少ないです。箕郷本町で下車し、城下町本町上町を歩きました。途中、諏訪神社があります。30分程歩くと、こんもりと突き出た丘に箕輪城跡がありました。城地は東西約500メートル、南北約1100メートル、面積約47ヘクタールにおよぶ広大なものでした。搦手口から入り、大堀切を横切り、二の丸、本丸、御前曲輪と進みまし [続きを読む]
  • 座間のひまわり畑
  •  座間 神奈川県座間市のひまわり畑は、休耕地の荒廃対策として、20年前にひまわりを植えたのが始まりとか。相武台前駅で下車して、バスに乗り約10分。栗原地区のひまわり畑には約10万本のひまわりが咲き集っています。7月26日まで「ひまわりまつり」が行なわれていました。8月中旬になると座間地区約45万本のひまわりが、広大なエリアで見頃を迎えます。座間会場の「ひまわりまつり」は、8月10日から15日までで [続きを読む]
  • 北海道花紀行その3−富良野・ファーム富田
  •  (アイスランドポピー) 富良野 富良野・美瑛ノロッコ号に乗車しました。「ラベンダー畑」駅にはシーズン中だけ臨時停車します。駅から歩いて7分でファーム富田に到着です。富良野でラベンダー栽培が始められたのは昭和23年。富田忠雄氏によってです。 (サルビアスプレンデンス)しかし昭和40年代、ラベンダーオイルの輸入自由化により、ラベンダー畑は次々と閉園、富良野のラベンダー畑はファーム富田のみとなってしま [続きを読む]
  • 北海道花紀行その2−美瑛・四季彩の丘など
  •  (アルパカ) 旭川に一泊して、翌朝美瑛に向かいました。美瑛もこれで4度目になりました。最初は初秋(9月)、翌年残雪(3月)新緑(5月)の季節に訪ねました。季節毎に表情が変わっていきます。 美瑛 JR美瑛駅で降りて、国道237号をひたすら歩くこと20分余り、ぜるぶの丘に着きました。約5万平方メートルの広々とした花畑です。これから秋にかけて色とりどりの花々が咲いていきます。「ぜるぶ」は「風かおる丘で [続きを読む]
  • 北海道花紀行その1−札幌・大通公園
  •  6月下旬、初夏の北海道を旅しました。暑くもなく、寒くもなくちょうどよい気候です。最初は札幌の大通公園を散歩しました。 札幌 大通公園は、1871年(明治4年)官庁街と住宅・商業街の間の防火帯として造られました。西1丁目から12丁目まで、全長約1.5キロ。巾100m。「フラワーフェスタ2017」が開かれ美しさを競う花壇コンクールが人々の目を楽しませてくれます。大通花壇は、明治9年ごろ開拓使が輸入し [続きを読む]
  • ヨーロッパとアジアの架け橋、イスタンブールその2
  •  イスタンブールその2 イスタンブールは、ローマ・ビザンツ帝国・オスマン帝国の都がおかれ、ざっと1700年もの歴史があります。西暦330年、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝は都をローマからビザンティオンに移し、ここを新ローマと名づけ、帝国の東半分の首都としました。360年にはアヤソフィアのもととなる教会が完成。その後数度消失するも、6世紀にビザンツ様式の大聖堂となり、ギリシア正教の大本山としてあ [続きを読む]
  • ヨーロッパとアジアの架け橋、イスタンブールその1
  •  6月になると、海外旅の思い出がいくつか蘇ります。1976年6月(41年前)、私達は羽田からアンカレッジ経由でロンドンまで飛びました。初めての海外旅行です。ロンドンの街は緑がとても豊かで、遠くから来た旅人に深いやすらぎを与えてくれました。パリはうって変わり、あわただしくファッショナブルで、光に満ちた、よそゆきの街といった印象でした。1989年(28年前)といえば、天安門事件やベルリンの壁崩壊といっ [続きを読む]
  • 花菖蒲とダッタン蕎麦
  •  表参道 表参道駅から表参道ヒルズに歩くと、すぐ手前に新潟館ネスパスがあります。6月上旬、イベントでダッタン手打ちそば祭りを開催していました。新発田市にある「山岳手打ちそば一寿」のダッタンそばを食べました。新潟県生まれのダッタンそば「北陸4号」は、ポリフェノール「ルチン」の量が、通常のそばの約100倍とのこと。喉ごしと歯ざわりが良く、新感覚の蕎麦です。昼食後は明治神宮までゆっくり歩きました。明治神 [続きを読む]
  • 佐賀の旅ー名護屋城
  •  佐賀に一泊して、翌朝唐津へ向かいました。「唐の津」と書いて唐津。古代「唐(から)」とは朝鮮や中国の呼び名で、唐へ渡る津(港)というのが地名の由来だそうです。 唐津 唐津駅からバスに乗りましたが、呼子で乗り換え、1h程して波戸岬行きのバスが来ました。名護屋城は肥前国松浦郡名護屋にあった城です。豊臣秀吉が文禄・慶長の役の際に、国内拠点として築いた城です。わずか5ヶ月で築城され、当時の大坂城に次ぐ規模 [続きを読む]
  • 佐賀の旅ー佐賀城その2
  •  佐賀城は江戸時代初頭に完成し、外様大名鍋島氏の居城でした。もともとは、中世以来龍造寺氏が居城としていた村中城を改修・拡張したものです。1584年(天正12年)龍造寺隆信が島津・有馬連合軍に敗れ戦死すると、家臣の鍋島直茂が実権を握ります。江戸幕府から佐賀藩主として認められると、本丸の改修、天守閣の建造に着手しました。しかし城は幾度も火災に見舞われ、1874年(明治7年)の佐賀の乱で、建造物の大半が [続きを読む]
  • 佐賀の旅ー佐賀城その1
  •  5月中旬、新緑の佐賀を旅しました。 佐賀 JR佐賀駅から佐賀城公園めざして大通りを歩いていくと、佐嘉神社があります。神社に接して「弘道館記念碑」が立っています。1781年(元明元年)藩校「弘道館」が設立されました。熊本藩の「時習館」をモデルとし、「改革の担い手となる人材の育成」に努めました。後に水戸・但馬と並んで天下三弘道館の一つといわれました。1830年(天保元年)、第10代藩主鍋島直正は弘道 [続きを読む]
  • ツツジ咲く鎌倉へー高徳院と安養院
  •  5月上旬、ツツジ咲く鎌倉の寺を訪ねました。 鎌倉 長谷にある高徳院の本尊は、「鎌倉大仏」の名で親しまれている、国宝阿弥陀如来坐像です。1252年(建長4年)から10年前後の歳月をかけて造立されたとみられていますが、詳細は不明です。大仏は、元来は大仏殿のなかに安置されていましたが、14世紀に大風で倒壊し、以後仏殿が再建された形跡は認められないとのことです。高徳院は初期は真言宗で、のち臨済宗に属しま [続きを読む]
  • 京都の春ー仁和寺と龍安寺
  •  奈良・吉野山から京都へ向かいました。一泊して、仁和寺の御室桜を見に行きました。(撮影は4月19日) 京都 嵐電御室仁和寺駅で降りると、すぐ目の前が仁和寺でした。前々日の雨で、桜はかなり散っていました。仁和寺は真言宗御室派総本山。宇多天皇が888年(仁和4年)創立しました。明治時代に至るまで、門跡寺院(皇室とゆかりの深い寺)の筆頭として仏教各宗を統括していました。応仁の乱(1467−1477年)で [続きを読む]
  • 奈良の春その2−吉野山
  •  奈良の春旅、2日目は吉野山へ向かいました。 吉野 吉野山は、飛鳥時代に役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたとされる修験道の霊場であり、桜が神木とされていました。藤原道長、頼道らの権力者が桜の苗を寄進するなど、古くから桜の名所として知られていました。桜の種類はほとんどが白山桜で、約3万本といわれています。 (金峯山寺 蔵王堂)ロープウェイ吉野山駅から徒歩15分で金峯山寺(きんぷせんじ)の本堂(蔵王堂 [続きを読む]
  • 奈良の春その1−長谷寺
  •  4月中旬、再び奈良を訪れました。1日目は「ぼたんまつり」が始まった長谷寺へ行きました。 初瀬 長谷寺は桜井市初瀬にある、真言宗豊山派の総本山です。大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の山麓から中腹にかけて伽藍が広がっています。 (仁王門)創建は奈良時代の8世紀前半と推定されています。平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集め、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めました。 (登廊)1588 [続きを読む]
  • 春爛漫の新宿御苑
  •  新宿 早くも初夏の陽気となった日曜日、新宿御苑で花見をしました。約65種1100本の桜を植栽した都内有数の桜名所です。イチヨウ、カンザンなどの八重桜が見頃を迎え、ツツジも咲き初めています。桜の樹の下で、家族連れや外国人観光客などが、お弁当を広げながら楽しそうに談笑しています。新宿御苑は、徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれています。明治39年(1906年)に皇室の庭園となり [続きを読む]
  • 鎌倉の春ー建長寺と妙本寺
  •  鎌倉 4月初め、桜咲く鎌倉を訪ねました。1.建長寺 建長寺の創建は1253年(建長5年)。鎌倉幕府5代執権の北条時頼が創立しました。鎌倉五山の第一位です。当時の日本は承久の乱(1221年)の後、北条氏の権力基盤が安定し、鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代です。山ノ内は北条氏の本拠地で、幕府のある鎌倉中心部から山一つ隔てた所に位置し、北の出入口の護りに当たる要衝の地でした。 (法堂)昔は、建 [続きを読む]
  • 芝公園ー増上寺から愛宕山へ
  •  芝公園 3月末、芝公園周辺を散策しました。増上寺は浄土宗7大本山の一つです。江戸時代には、徳川家の菩提寺として興隆を極めました。明治維新後は神仏分離政策によって、境内の敷地の大部分が芝公園となりました。 (旧台徳門霊廟 惣門)増上寺には、徳川将軍15代のうち、6人が葬られています。昭和20年の2度の空襲で建造物群のほとんどが焼失しました。台徳院(秀忠)霊廟惣門は、焼け残った数少ない建築の一つです [続きを読む]
  • 清澄庭園〜深川芭蕉庵
  •  (アンズの花) 清澄 3月中旬、清澄白河駅で降りて清澄庭園へ行きました。明治13年(1880年)、三菱創始者の岩崎弥太郎が造園しました。広大な池には各地の名石が置かれ、池にせり出すように数寄屋造りの涼亭が建っています。自由広場には寒緋桜が咲いていました。この広場の一角に、古池の句碑があります。「古池や蛙飛びこむ水の音」小名木川と隅田川が合流する辺りに、深川芭蕉庵がありました。大正時代、旧地が発見 [続きを読む]
  • 松田の桜と梅と菜花
  •  松田 3月上旬、小田急線新松田駅で下車して「菜花まつり」に行きました。最初、松田山の斜面にある西平畑公園の「まつだ桜まつり」で、河津桜を見るつもりでした。着いてみると既に見頃を過ぎて、葉桜になっていました。そこで手前にある、あぐりパーク嵯峨山苑の「菜花まつり」に向かうことにしました。標高230mから285mの山苑です。新松田駅から歩いて40分程度、ややきつい登りになりましたが、絶景が待っていまし [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその3−室生寺
  •  奈良その3 近鉄室生口大野駅で降りて、バスで15分。室生川に沿って歩くと、粉雪が舞ってます。室生寺は奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院です。室生山の山麓から中腹に堂塔が散在しています。 仁王門古代の素朴な水神信仰に発し、山岳修験道、さらに法相宗、真言宗、天台宗など各宗兼学の寺院として独特の仏教文化を形成してきました。 金堂 平安時代初期(国宝)杮(こけら)葺きの屋根は、うっすら [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその2−東大寺
  •  南大門(国宝) 奈良その2 奈良公園といえば、興福寺と春日大社ですが、もう1つがいうまでもなく東大寺です。東大寺は華厳宗大本山の寺院で、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立しました。本尊は「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)です。 大仏殿(国宝)聖武天皇が当時の日本の60余か国に、建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置づけられました。奈良時代の南都六宗(華厳宗 [続きを読む]
  • 奈良、冬から春へその1−奈良公園の梅
  •  2月半ば、奈良を訪れました。梅は咲き始めていましたが、まだまだ肌寒く時折、雨が降ってくるあいにくの天気でした。 奈良その1 近鉄奈良駅から春日大社参道方向へ歩いていくと、一ノ鳥居前に「菊水楼」があります。明治24年創業。120余年の歴史を紡ぐ料亭です。梅の花に見とれていると、係の人に敷地内に案内され、建物を撮りました。一ノ鳥居から浮見堂方向にさらに歩くと片岡梅林(別名丸窓梅林)があります。円窓亭 [続きを読む]