銀砂館 さん プロフィール

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銀砂館さん: チェンマイ銀砂館の日々
ハンドル名銀砂館 さん
ブログタイトルチェンマイ銀砂館の日々
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/otaktm
サイト紹介文チェンマイでロングステイを始めて11年。退職者ということで古刹を巡り歩く日々。ブログ更新2000回。
自由文 妻と二人のチェンマイ暮らしを綴るブログは、文章修業が第一の目的。第二の目的の寺の調査は、2年半ほどを暮したカトマンズ時代からの憧れだった。
 



参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供292回 / 365日(平均5.6回/週) - 参加 2015/04/13 13:36

銀砂館 さんのブログ記事

  • 2489.チェンマイ銀砂館の日々■<漢字> 2017/08/17
  • 昨日の“大乗非仏説”テーマは、あんなものでは終わらない。が、続きはしばらく措く。で、今日は“漢字”だ。長かった日本滞在中、多くの漢字に出会った。最初に出会ったのが、孫の宮参りに関連して、撤饌・献饌というやつ。半棺になっても馴染みはうすい言葉だ。関連して直会などというものもあったな。撤饌についてだけ、以下に書くので、後は自分で調べてくれェ。⇒ 撤饌:神様の前にお供えした供物(=神饌)を下げること。チ [続きを読む]
  • 2488.チェンマイ銀砂館の日々■<大乗非仏説> 2017/08/16
  • 朝、オフィスと話した。「パパオはどこにいるんだ?」「日曜日に死んだ…」。生まれて3ヵ月ほどの子犬である。まいあさ特別に作った餌を届けてやっていたのである。お盆の最中になぁ…。で、仏教である。かつて千葉の寺の編集メンバーに加えられて、記念誌作成を手伝わされたことがある。編集委員長は、寺の高校の校長もやっていたという檀家総代のジジイである。このジジイ、仏教のことを何も知らない。「タイ仏教は小乗、選ばれ [続きを読む]
  • 2487.チェンマイ銀砂館の日々■<お盆> 2017/08/15
  • 南溟の果ての、さらに先にあるシャムの田舎でも13日にはベランダで迎え火を焚いた。それぞれの両親や、先に西方に旅立った縁者たちもキュウリの馬に乗ってここに来ておられるのだろうか。ご老女さまと話す。「大勢だよ、何処に坐っておられるのだろう」。粗末な仏壇であるが、いろいろ供えて祈る。昨日は近くの寺にも行った。小銭をタンブンして祈り、親しい坊主と話す。「いまは日本では重要な仏教行事が行われる時期だ」「そうか [続きを読む]
  • 2485.チェンマイ銀砂館の日々■<老害> 2017/08/13
  • ネットである。『7月18日、日本で最も名の知られた医師だった日野原重明氏が死去した。105歳だった。〜朝日新聞はこの人が大好きのようだ。連載があるし、4月29日の朝刊にも記事が出ていた。この人の書くものは、引用するほどの価値はない。田舎のバァちゃんの戯言と、そう変わりはない。なにしろ「人の話を聞くのが嫌い。しかし自分の話を聞かない人はもっと嫌い」、だそうだから、ぼけ始めたバァちゃんと同レベルというのも頷け [続きを読む]
  • 2484.チェンマイ銀砂館の日々■<一読三歎> 2017/08/12
  • 【注意】タイトルは「歎(なげく)」、嘆ではない。ただ、ややこしいのは、現代表記では歎と嘆は通用しているらしいことである。で、本題に入る。昨日書いたように、一時帰国をして“ブラブラ銀”と化していたころ、遠路訪ねてきた毒針男は、チェンマイの赤新聞の一つの最新号を持ってきてくれた。赤新聞にしては珍しく寺記事が載っていたのである。さっそく斜めに読んで「なんじゃ、これは?」、読み直して“一読三歎”となったわ [続きを読む]
  • 2482.チェンマイ銀砂館の日々■<バカとの縁切り> 2017/08/10
  • 今回の帰国は個人的な色彩の強いお忍び旅だったので、ごく限られた人たちとしか会わなかった。多くの時間を両親との思い出の強い千葉の田舎にある家で過ごした。居間に寝転んで両親と過ごした長い時間を偲んだり、子供たちを育てた20年間を思い出したりした。そんな中、突然バカから電話が来た。「おい、帰ってんだってな。酒でも飲もうぜ…」。言下に断った。「何十回メールを送ったと思う? ただの一度も返事をもらったことはな [続きを読む]
  • 2481.チェンマイ銀砂館の日々■<蘭省花時錦帳下> 2017/08/09
  • 孫の誕生から宮参りが終わるまでの長い時間の多くを、自宅のある千葉の田舎で過ごした。茅屋はまさに“草のいおり状態”で参ったな、ということでタイトルの出番となった。興味があれば枕草子で調べてくったい。とにかく何日かかけて草をとり、庭木にも少し手を入れた。放っておいてもいいのだが、流石に両隣に顔向けができない、ということである。荒れ放題だった庭木は、いずれもなき両親が残してくれたものである。いずれも三四 [続きを読む]
  • 2480.チェンマイ銀砂館の日々■<いつものバカ書きにもどって> 2017/08/08
  • 旅の大きな目的の一つは、病に苦しむ義弟の見舞いにあった。ワイフは滝川の寺の孫娘である。両親も眠っている寺に行って祈った。その北海道の旅の中で二人のワルに出会った。定宿にしている安ホテルのマネージャーと札幌駅の地下にあるお土産屋の店主である。二三ヶ月まえに会ったばかりなので二人とも吃驚もし、喜んでくれた。「弟さんに何かあったか?」「いや、単なる見舞いだ・・・」。今回は市役所から呼び出しを受けた。「茂原 [続きを読む]
  • 2479.チェンマイ銀砂館の日々■<閑話休題・廣島原爆忌> 2017/08/07
  • 昨日は広島原爆忌だった。県女に通っていた姉が亡くなってから72年が経った。早朝、クーカム寺に参拝に行ったが、馴染みの僧の庫裡は閉まっていた。銀の参拝を察知して遁ズラしたものに違いない。生憎の空模様、ワル住職のクロックブアック・ノイ寺に行くには遠すぎるということで貧民窟に戻り、粗末な仏壇に何度も祈った。こんな時である、日本にいなくてよかったと思うのは・・・。彼の国ではバカHKを始め、朝バカや毎バカなどがガン [続きを読む]
  • 2478.チェンマイ銀砂館の日々■<孫の誕生> 2017/06/08/06
  • 孫の出産が近いことを知らせる電話を受け、6/26には5時に起床して病院に向かった。生まれたのは10:30、3.6kgの大きな男児であった。五体満足だということが分かれば、足手まといの半棺ジジイに出番はない。退屈な時間をつぶし、夜には息子とサッポロの黒と広島の銘酒“比婆美人”で祝いの席を囲んだ、ということである。おしまい。が、これだけでは満足しないのもいるだろうから、銀familyの紹介でもしてみっか。小さな家族である [続きを読む]
  • 2477.チェンマイ銀砂館の日々■<在日中の出来事をいくつか> 2017/08/05
  • 先の帰国は3/9〜4/8だった。ワイフは、それでも何度か帰国するが、私は金もないので年1度の帰国である。このまえ届いた通知によれば、私の年金額は200万円チョイ、クルーズだとか仰有っている優雅な先輩などとは身分が違う、ということである。カワイソーですね。が、今回は孫が生まれるというので、泣くなく大枚をはたいてのお忍び旅だったのである。だから目的は三番目の孫の出産に立ち会い宮参りのお供をすることに尽きる。そ [続きを読む]
  • 2476.チェンマイ銀砂館の日々■<Rip van Winkle feeling> 2017/08/04
  • ★途中で5回ほど更新したので、シリアル番号は少しズレる。一昨日の深夜、浦島状態でチェンマイに帰り着いた。タイトルからそれが読みとれれば大正解。マネージャーのダオはトンずらしていた。インチキな経営陣に嫌気が差したのかも知れない。翌朝見ると今度のマネージャは女性、ペンと名乗った。Full Moonの意である。因みにダオは星、経営は、マネージャーを天体関係で統一しようとしているのかも知れないナ。そう言えば、『下手 [続きを読む]
  • 【銀砂館】 番外・足袋の宿から (20170703)
  • ① 敬告:明日から再び長い冬眠に入ります。緊急かつ謹急の用事でもあれば[otaktm@hotmail.com]へ。② 色々な所用が重なって多忙であるが、すでに鬼籍に入っている二人の姉のことを、繁く思い出す。 長姉:何年か前に訪問したとき、つぎのような会話を交わしたことがあった。「歳をとって大分の寺に手紙を書くこともできない。これがお別れの挨拶だ、という趣旨の手紙を書いてくれ」「OK、言いたいことがあれば何でも書くから便箋 [続きを読む]
  • 【銀砂館】 番外・足袋の宿から (20170701)
  • 一茶を見ていたら、次のようなのが出てきた。●這え笑え 二つになるぞ 今日からは ●露の世は 露の世ながら さりながら まことに身につまされる句である。足袋の宿で(因みに今日は白ソックスである)、色いろ考える。これが平叙文で書かれたものだったら、たぶん感動も感慨もないだろうことを考えると、歌という形式が訴えることは多い。歌はいいものだな、ということである。銀には、もとより詩歌の鑑賞能力などはないが、そ [続きを読む]
  • 【銀砂館】 番外・足袋の宿から (20170628)
  • DisneyLand の近くも連日の曇天&雨天でやや涼しい。満3日になる孫を見に行きたいが、佐野病院の面会時間は午後2時から。することもないので、昨夜の酔いを醒ますために雨に濡れながら宿代として草むしりをした。息子は在宅勤務ということで部屋にこもっている。ご老女さまは2歳半の孫をおもちゃにして遊んでいる。わたしは大型画面のコンピュータをもらってネットを彷徨っている。ブログに入ってみると、『旅に出るので休業 [続きを読む]
  • 【銀砂館】 番外・足袋の宿から (201706265)
  •  さて、時も過ぎたことだし、今回の凸然足袋の目的などでも記そうか? 少し前に、駄用・愚用・バカ用などと書いたが、そうでない目的もある。治らぬ病と闘っている義弟への見舞い、しばらく前に亡くなった姉の遺骨を菩提寺に納める法要。そして、三番目の孫の誕生への立会い and so on。 わたしたちは小さな家族、末期高齢のこの歳になっての孫との対面である。「嫁さんが入院している間、2歳半になるワル孫の面倒を見てくれ」、 [続きを読む]
  • 2470.チェンマイ銀砂館の日々■<敬告、凸然ですが> 2017/06/15
  • 銀発の情報が突然にリリースされるということは、今では5~6人の方には知られるようになった。バカな前置きは休題、またも一ヵ月ほどの長期休眠に入ります。溜まってきた雑用、駄用、愚用などを片付けるために帰国します。と、書いてはみたが、この駄ログへの定期訪問者は日に数名ほど、空しいことである。気をとり直して続ける。このようなお知らせを書くのは、要は、日ごろの筆不精に原因がある。繁くでなくても、それなりにメ [続きを読む]
  • 2468.チェンマイ銀砂館の日々■<わる姪たちと②> 2017/06/13
  • ワル共がここに着いた翌日、一番に連れて行ったのがターぺー門で店を張っているワル仕立て屋。十年を超える付き合いの店である。予め礼を尽くして頼みに行ってきた。「アメリカからガキどもが来るの蛇、一週間ほどで作ってやってくれ」「分かった、OK蛇」。コーユー難しいタイ語会話はワイフの担当である。で、ガキどもを連れてワロロット市場のインド人の生地屋に行った。アーでもない、コーでもない・・・。店の前で待つオジイさん [続きを読む]
  • 2467.チェンマイ銀砂館の日々■<わる姪たちと①> 2017/06/12
  • セントルイスで暮らしているワル姪たちである。「どこ行きたいのヨ?」「自然の多いところ」。何年ぶりで会ったのだろうか? 湘南高校から医学部に入った才女であるが、なにしろ生まれてからの殆どの期間をフィラデルフィア、セントルイスで過ごしているので、見かけはどうであれ完全なアメリカ人である。発想からして、私などとは根底から違う。『タイの水は飲むことができない』、これはある種の信仰のようなものであった。マァ [続きを読む]
  • 2466.チェンマイ銀砂館の日々■<わる住職> 2017/06/11
  • メリケンからの来客を連れて北タイ2泊の旅をした。チェンマイを出る前に馴染みのワル住職を拝みに行ったのは、住職を尊敬しているからでも、帰依しているからでもない。最初はチェンマイ都を創成したメンライ王の宮殿であり後に寺に改修された、町一番の最古の寺 W. Chiang Manがなぜ王室寺院でないのかを訊くためである。本件は別に書くとして、「気をつけて扱えよ。こ奴らはセントルイスから来たのだぞ」「分かってるって…」。 [続きを読む]
  • 2465.チェンマイ銀砂館の日々■<再開の前に> 2017/06/10
  • 一週間ほども居座っていた五月蠅いガキどもは、とにかく追い返した。「また来まーす」「どこへ?」、とユーような濃い別れであった。で、服装を正し気分も新しく“銀砂館”を、とユーことであるが、悪ガキの呪いは根深いもので筆が進まない。で、まずは、ばかっぱげで筆慣らし。「“バカッパゲ”って何?」などと言わないでくれ。これは正調銀砂館語法である象 ⇒ バカ+河童+禿げ、と書けば分かる蛇ろうナ? 悪ガキどもの相手をし [続きを読む]