mutu さん プロフィール

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mutuさん: 癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ハンドル名mutu さん
ブログタイトル癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ブログURLhttp://fanblogs.jp/satorutosiko/
サイト紹介文肺がんと闘った1年間、順調に見えて壮絶だった母の闘病記と、残された半身麻痺の父の介護を綴っています。
自由文母の闘病する姿からたくさんの勇気をもらいました。生きることが辛い・・・死ぬのは怖くないが、夫を残して先には逝けない・・・と母。
毎日のように涙を流している、強そうでも弱い母親の闘病生活を記すことで、闘病で苦しみもがいている方々と気持ちを共有させていただきたい。「生」への執着を「生」のパワーに変えていく諸先輩方の心のたくましさに感心する毎日です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供637回 / 365日(平均12.2回/週) - 参加 2015/05/02 16:19

mutu さんのブログ記事

  • 今思えば
  • この言葉を何度脳裏に浮かべただろう。母が倒れて入院した日も、脳腫瘍が見つかった時も、癌だということを知らされた時も、肺がんステージ4だと知らされた時も・・・毎日毎日、そんなことを考えた。入院手続き、支払い、家の事、父の事、保険の手続き・・・いろんなことが一度に押し寄せてきた時も、母の事を考えた・・・考えずにはいられなかった・・・。今思えば・・・何かにつけてそうやって考えた。あの時も、その前も、最近 [続きを読む]
  • おはぎ
  • おはぎ母が大好きだったおはぎ。美味しかったよ。子供たちも美味しく食べたよ。粒あんも、こしあんも大好きだったね。黄な粉も大好きだったね。どれも全部食べたよ。美味しかったよ。買い物に行くと、これ買ってきて、あれ買ってきて・・・と言っていたね。甘いものが大好きだったね。しょっぱいものも好きだったけれど、甘いものが好きだったという印象が強く残っているよ。これからは、代わりに食べておくからね。お彼岸のおはぎ [続きを読む]
  • 霊を見るなら
  • 私は生まれてこの方「霊」を見たことが無い。怪しいもの、疑わしきものをみたり感じたりしたことはある。しかしながら、疑惑は疑惑のままだ。怪しいものは、言い換えれば未確認のもの、決定的な証拠もなければ確信もない。それでも、夜中に目が覚めた時だったりふと恐怖感を感じた時など、やはり「霊」というものの存在が気になる。つまり、ビビることがある。暗がりで、物寂し気な場所だったり、水場だったり・・・心のどこかでビ [続きを読む]
  • 記憶のスイッチ
  • 毎年恒例の季節がやってきた。ブログを始めて3年目。この季節になると、必ず記事にするのが「金木犀の香りについて」・・・だ。金木犀には沢山の思い入れがある。ジャンル問わず、沢山の想い出が詰まっている。運動会の時、恋をした時、友達と遊んだ時、テスト期間中の時、仲間と旅行に行った時、結婚式を挙げた時・・・その全てに・・・母がいた。あの時、間違いなく母は生きていた。それぞれの想い出ごとに、母は生きていた。あ [続きを読む]
  • 何も聞けず、何も聞かず
  • 後輩の母親が他界した。後輩と言っても、年齢は一回り以上離れている。御年50代半ばでこの世を去ることになった。死因は「病死」・・・癌・・・だそうだ。自分も母親を癌で亡くしたから後輩の気持ちを少しくらいはわかってあげられると思う。でも後輩はまだ30代前半・・・私が母を亡くしたのは41歳。この約10年の差は大きい。後輩の母親が、何の癌に蝕まれていたのか、それはいつからだったのか・・・本人は知っていたのだろうか・ [続きを読む]
  • 他界しても尚
  • こんなに簡単に想い出せるのに、こんなに近くに感じることも出来るのに、あなたの笑顔、あなたの声、あなたの温もり、あなたの優しさ、あなたの気遣い、あなたの・・・母はもういないが、なぜだかいつも感じることができている気がする。逝ってしまったばかりの頃とは状況が違う。なによりも、心境が違う。心が落ち着いてくると、感じることも変わる。景色も違って見える。それは、ひょっとしてあなたがいなくなったこの世界に慣れ [続きを読む]
  • しばらく逢えない
  • 母に逢った日・・・夢の中で・・・母が私の名前を呼ぶ声がしていた。私も母を呼び返した。やがて母が目の前に現れ、抱擁した。母の匂いがした。あれから・・・母とは逢っていない。あの時、母は言っていた。特別に許可をもらった・・・と。許可・・・?!何の許可が必要で、その許可は何処の誰からもらうんだ・・・??その質問は出来なかったが、確かに母はそう言った。あの時、私は母の居る世界を見せてもらった・・・今でもそう [続きを読む]
  • がんぼう〜癌望から癌暴へ〜
  • 癌になっても生きる気力は失わない。どうすれば生き続けることが出来るのか、何が最善なのか・・・癌を患った患者にとって、その家族にとっても最善の方法とはどういうことなのか・・・?母を看取った家族の一人として、未だに辿り着くことはできない。こうしたい、こうであって欲しい、そうであって欲しい、沢山の願望(がんぼう)が沸き起こった。しかし、願望(がんぼう)の前に常に立ちはだかるものがあった。その壁を超えるこ [続きを読む]
  • まだまだ若い
  • 敬老の日・・・父に会いに行った。いつも通り、元気そうだったが、目に見えて老いていく父。その違いは表情にハッキリと表れている。目じりのしわ、くぼんだ目、歳と共に着実に老いて行っている父。それは私も同じ・・・皆同じ・・・。目に見えて老いて行くか、目に見えないところで老いて行くかの違いだけだ。成長するも、老いて行くのも、どちらも同じ早さ。誰にもそれを止めることはできない。父に聞いてみた。「今日は敬老の日 [続きを読む]
  • 黒い影に怯える息子
  • 帰宅中にそれを見た。黒い影・・・腰くらいの高さの何か・・・黒い物体が・・・それはハッキリとではなく、視界に入ったもの。だから、確信はない。疑惑は疑惑のまま・・・だ。ただ、それを見た・・・体験した息子は怯えている様子。考えれば考えるほど怖いが、なんでもなかった、気のせいだったと思えば多少は気分も楽になる・・・そう諭したのは私だ。息子はことを大げさに誇張したりするような性格ではないことは父親である私が [続きを読む]
  • 処分
  • 終活準備と終活事後処理母の終活として、母と共に葬儀の事や今後の事について色々と話しておいたことは、良かったと思っている。それでもまだまだ事足りないことの方が多かった。手元には母の思い出の品が沢山残っている。今現在で、処理に困っているものが二つある。一つは母が病気療養中に購入し、約8か月使用していたベッド。いい想い出は全くと言ってない。だからこそ、処分してしまいたい。かと言って、そのベッドには母の闘 [続きを読む]
  • 身体中が痛かった
  • 痛みは、治療開始4か月後半ころから少しずつ感じていた母。痛む箇所は、「全身」・・・例えば、当時、首元から肩にかけて「コリ」とはまた違った痛みがあると教えてくれました。痛みの度合いは、そんなにひどくはなく、我慢もできるとのことだった。我慢も個人差があるので何とも言えませんが、当時の母の表情自体は悪くはなく、特にやせ我慢をしているわけではなかったと思っています。その他に、は腰から足元にかけての痛み。当 [続きを読む]
  • 楽しい時、幸せを感じる時、あなたの顔が浮かびます
  • 母を亡くして1年と9か月。大きな悲しみに包まれていた日々は過去へと移り変わり、少しずつ、少しずつが積み重なり今に至っている。楽しい時に笑い、笑いたい時に笑えるようになった。幸せを感じることも増えてきた。それと並行して、悲しみに包まれる回数も減った。着実に前に進むことが出来ているようだ。自分がいい意味で変わってきていると感じる。ただ、変わらないこともある。それは、楽しい時、幸せを感じる時、母の顔が浮か [続きを読む]
  • この時期になると出てくる症状
  • 肩こりが辛くなる。目の疲れが著しい。脳がソワソワするような感覚。イライラし易い。二年前の今頃、母の看病が心の負担となったのかならなかったのかは定かではないが、私は体調を崩した。高血圧・・・といっても最高血圧150前半程度。動悸を激しく感じることが多くなり、夜中に息苦しくて飛び起きることもあった。自律神経が・・・精神のバランスが崩れていた・・・2015年秋・・・毎年この時期になると、動悸が激しくなる傾向に [続きを読む]
  • 自由気ままに生きたことの代償
  • 父は自由人。根っからの職人で大酒のみのヘビースモーカー。給料はお酒を中心とした交遊費に殆どを持っていかれ、更には競輪・競馬にも手を出していた。女性関係はよくわからないが、現在の父に聞く限りでは、色々な蜜月が会ったらしい・・・。女性関係の話を振ると、鼻の下を伸ばしてヨダレを垂らしながら嬉しそうに笑う父。いろんなことを想い出しているのだろう。夜な夜な母が泣いている姿を目にしたこともある。早朝に泣いてい [続きを読む]
  • 母からの贈り物
  • 母が亡くなってからも我が家族を気に掛けてくれている親戚。物心ついた時から、親戚付き合いは殆どない。親戚は東北に集中している。子供の頃は、一年に一度程度のペースで母が帰郷していた。私に関しては、2歳の時に連れられて行ったきり・・・だ。もちろん当時の記憶もない。母自身は兄弟姉妹や、父方の本家との付き合いを続けていた。もっとも、季節ごとの贈り物や年賀状程度の付き合いではあったが・・・。母は、親戚や親友と [続きを読む]
  • ”絶対に諦めない精神”の落とし物
  • 母の闘病中の私の心は一つの願望に向かっていた。その意志は必ずしも固いものではなかった。時に揺らぎ、時に決意し、そして願った。信じることで、自己暗示をかけようともした。母が病気に対してポジティブになるように仕向けたりするなどある意味、母を洗脳しようとしていたのかもしれない。癌を宣告されて、余命を告げられた人にとってその後の人生の過ごし方は様々だ。だから、その人にとってどのような予後の過ごし方がふさわ [続きを読む]
  • 老眼鏡デビュー
  • ここ数年で、老眼の症状が進行している。少しずつ・・・なのか、急速になのか・・・わからないが、気がついたら結構な老眼となっていた。夏前くらいからだったと思う、読書の時に字がかすむというか、ぼやけて見えるようになった。目の疲れか・・・気のせいか・・・と、軽く考えていた。しかし、日が経つごとに自分が老眼だということへの自覚を持つようになった。自分がいくつの頃かは思い出すことはできないが気がついたら母が老 [続きを読む]
  • 18年前の結婚式
  • 今日は私たち夫婦の結婚記念日だった。休暇を貰い、今日は一日妻とデート。子供が大きくなると、夫婦の時間はおのずと増える。結婚式と結婚披露宴を行った式場に夫婦そろって足を踏み入れたのは18年ぶりの事。事前に式場の方に、式場を見せてもらう旨のアポを取り、ささやかではあるが、お花を発注して仕込んでもらった。プチ・サプライズのつもりだったが、当日、式場の方の演出に驚かされた。サプライズを仕組んだ自分がサプライ [続きを読む]
  • 姉の存在
  • 母が他界した悲しみが、少しずつではあるが確実に緩和されている。その大きな要因の一つに姉の存在がある。姉が母の代わりをしてくれたというわけではない。母は母であって、姉は姉である。姉には姉なりの、姉独特の存在感であったりキャラがある。姉は無理して母の代わりになろうなんて思ってもいないしそれが出来るなんてこれっぽっちも思っていないと思う。なぜなら姉は母の偉大さを痛感していて、そんな母の真似を出来るとも思 [続きを読む]
  • 言霊
  • 考えていること、思っていることを声に出す。これは簡単なようで難しい。特に、性格の差が出るのではないだろうか・・・。人は不満や文句を吐くことを好む傾向があるようだ。よく、「毒を吐く」というような表現を耳にするが毒を吐いた方は、すっきりしているようで実はスッキリしていない。毒を吐かれた方は不愉快極まりないだろう。言葉に出すことは決して悪いことではない。言葉に出すことで心の曇りを晴らすということもあるだ [続きを読む]
  • 保険
  • 結果だけで言わせてもらえば・・・役立たずの保険だった。結果論・・・保険はあくまで保険。使わないことに越したことはない。無病無災害であることが一番望ましい。しかしながら、統計上はそうもいかない時代となり、そのリスクは年々増している。医療技術も医学も、科学も進歩している。だからこそ平均寿命も延びている。・・・が故に・・・罹患する確率も上がっているのだ・・・。生きれば生きるほどに、色々なリスクも増してい [続きを読む]
  • ・・・何かがいる
  • やっぱりいる・・・見える・・・右上隅に・・・白い影?!・・何かが視界に入る。視界に入るギリギリの所・・・に・・・以前も一度記事にさせて頂いた件。以前は黒く見える時もあったがここ最近はずっと白い影。今日は特に・・・その方向から音がする。ラップ音・・・?!比較的高い音・・・金音ではなく、木がきしんだ時の音に近い・・・プラスチックにヒビが入った時に聞こえそうな音でもある。最近・・・と言うより、母と夢で逢 [続きを読む]
  • 物凄い速さで・・・
  • 時間というものは過ごし方次第で全く違った感覚を覚えるものである。静かな海、緑に囲まれた森林、小川のせせらぎを聞きながら過ごす・・等、まるで時間が止まっているかのような錯覚さえ覚える。時間は絶対に止まらない。朝起きて、夜寝て、また起きると何かがリセットされたような気分になり気持ちの切り替えができるのも、何らかの錯覚なのだろうか?時間は止まらずに、ずっと同じ速度で進んでいる。例えばアナログの時計とスト [続きを読む]
  • 骨と皮
  • ザ!世界仰天ニュースを観ている。骨と皮の女性を見て思い出すのは紛れもなく、母である。頭蓋内腫瘍摘出手術、放射線治療、抗がん剤治療を経て母は少しずつ着実に痩せていった。その間、約10カ月・・・。もっとも、母の場合はその後浮腫みがはじまり他界した時に限ってはふっくらとした体形になっていたが・・・。闘病中、母は骨と皮に近い状態になったと思っていた・・が、テレビを観て思う・・・母は骨と皮ではなかった・・・と [続きを読む]