mutu さん プロフィール

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mutuさん: 癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ハンドル名mutu さん
ブログタイトル癌と共に生きる 手術→放射線治療→化学治療
ブログURLhttp://fanblogs.jp/satorutosiko/
サイト紹介文肺がんと闘った1年間、順調に見えて壮絶だった母の闘病記と、残された半身麻痺の父の介護を綴っています。
自由文母の闘病する姿からたくさんの勇気をもらいました。生きることが辛い・・・死ぬのは怖くないが、夫を残して先には逝けない・・・と母。
毎日のように涙を流している、強そうでも弱い母親の闘病生活を記すことで、闘病で苦しみもがいている方々と気持ちを共有させていただきたい。「生」への執着を「生」のパワーに変えていく諸先輩方の心のたくましさに感心する毎日です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供739回 / 365日(平均14.2回/週) - 参加 2015/05/02 16:19

mutu さんのブログ記事

  • 瀕死の子猫
  • 通勤途中の出来事。小学生の通学路の道路脇・・・対向車線・・・桜並木の木陰・・・歩道と道路の境目の段差付近に目が行った。そこには小さな子猫が横たわっていた。見たのは、ほんの一瞬だったが、その光景は今でも目に焼き付いている・・・。子猫が前足を踏ん張り、上体を起こそうとしているかのように見えた。と同時に、下腹部からは内臓が飛び出ているのが確認できた。恐らく・・・車に轢かれてしまったのだろう・・・。早朝の [続きを読む]
  • ご理解ありがとうございます。
  • 昨日の記事について・・・少なくとも弥生さんには伝わったようですね。素直に嬉しいです。とても深いところで理解して頂いているようです。伝えたい以上の事が伝わったと感じました。それでも、中々理解しにくい世界観とも感じます。このような話って、押し気味・食い気味で理解を求めようとしても逆に引かれてしまいます。特に私の場合、なんの根拠も示せないことを事実のように言っているのですから・・・最近見た夢は、夢だけれ [続きを読む]
  • 心配させない
  • 分かったようなことを言うが、心配させるような生き方・考え方をしていてはいけない。別れを経験した直後の悲しみは表現のしようがない。一周忌・・・何が何だかわからないうちに過ぎる。三回忌・・・要約落ち着いた感があるが、個人差はあるだろう。宗教は自由である。故人の霊を供養する気がないのであれば、いつまでもいつまでも悲しみに馳せていればいい。ただ、そうでない人はいつまでも立ち止まっていてはいけない。五年・・ [続きを読む]
  • 涙を浮かべて
  • 今、父が会いたいと思っている人。その名を聞き取ることが出来た・・・左半身麻痺の父は、言葉を発することが殆どできない。聞き取るのは中々難しい。それでも私は父にいろんなことを話しかける。一生懸命話しかけてくれる時は嬉しいが、その反面では、少々困っている。多少会話が成立しなくとも、会話を強引に続けることは多い。それでも、聞き取れた時は嬉しい。たぶん・・・お互いに嬉しい。父が会いたい人・・・それは、私もよ [続きを読む]
  • いってらっしゃい
  • 娘がアルバイトに出掛ける姿を見送った。その時いた場所がたまたま台所であったというだけ。二年前・・・その場に立っていたのは母だった。毎朝行ってきますをいう自分を見送ってくれた母。基本的には玄関まで出てきて見送ってくれたが、洗い物などして手が離せない時は台所の対面キッチン越しにいってらっしゃいをしてくれた。いつまで経っても親は親なのだな・・・その時もそう感じたが、時折鬱陶しく感じた記憶もある。娘にいっ [続きを読む]
  • ”Kiko”さんへ一言
  • 「お母様が貴方様を思うお気持ちに貴方様は決して勝てません」とのお言葉をいただきました。その通りと思います。母が子を想う気持ちには到底敵うものとも思えません。私自身「男」であるが故に、理解できない領域とも感じています。一つだけ・・・我が母も、親が子を想う気持ちを教えてくれました。永い月日をかけて、何度も何度も繰り返すように・・・母は人生を懸けて、親としての想いを教えてくれた。母ならではの愛情・・・母 [続きを読む]
  • おんぶひも
  • えんじ色のおんぶひも。私たちを順番におんぶしてくれた。最後に使用したのは私だった。末っ子は手が掛かる・・・。兄と姉の世話に追われている時、私は母の背中からその光景を見ていた・・・。しかし、その光景の記憶はない。なのに、おんぶひもの記憶だけはハッキリと残っている。母に背負われた時の感覚もうっすらとある。母の背中の温もり。私が生まれたのは冬。首が座った頃には暖かい春になっていた筈だ。私が初めておんぶさ [続きを読む]
  • 意識が飛ぶ時
  • 母の肺がんが末期に差し掛かった時、危険信号は「むくみ」として出ていた。むくみは少しずつだったが、着実に進行した。最初はひざ下だけだったむくみは、次第に上昇し太もも、腰・・・と拡大し続けた。それでもまだ意識ははっきりしていた。しかし、母はその頃からベッドで眠れなくなっていた。肺は、重力に弱い。だから、仰向けになっても、腹ばいになっても体内にある肺は十重力で押しつぶされてしまう。検査確認は出来なかった [続きを読む]
  • 返事は音で
  • 不謹慎な約束とも思うが、許されるのであれば約束したかったことがある・・・。それは、母が他界した後の事。母がこの世を去ったとしても、いつまでも母を感じていたい・・・出来ることなら、目の前に現れて欲しい・・・と。それが出来ないのであれば、会話がしたい。直接脳に話しかけてくれるだけでもいい・・・母だという実感を、母であるという確信が持てる状況下で母からの言葉を受け取りたい。それも出来ないのであれば・・・ [続きを読む]
  • こじつけでもいい
  • 何かある度何かが起きる度にそこに母を感じてしまう自分がいる。ちょっとしたことでも母の・・・何かしらの力が関与していると・・・いつもそばで見守っていてくれたから今も必ずそばで見ていてくれている。物が勝手に落ちただけ・・・重力で落ちただけ・・・それでさえも、タイミング次第では鳥肌が立つほどだ。何かにつけてそうやってこじつけたい心境が働いている・・・のかもしれない・・・。でも、そう感じることができること [続きを読む]
  • 母が毎朝欠かさず食べていた納豆
  • 納豆の日(7月10日・・・7・・・10・・・七・十)典型的な語呂合わせだが、今日は朝からテレビやラジオ等でにぎやかでした。知ってました??納豆の旬の季節・・・??納豆の日は夏(7/10)ですが、納豆の本当の旬の季節は真逆の冬なんです。・・・ま・・・ほとんどの方がご存知ですよね・・・。亡き母は納豆が大好きでした。子供の頃から食卓には納豆。特に朝食が圧倒的に多かったです。薬味ネギ、焼きのり、ウズラの卵・・・子供 [続きを読む]
  • 無力と向き合う
  • 人生において、何か事があるごとに感じる無力さ。事が大きければ大きいほど、自分が・・・人間が無力であることを思い知らされる。自然の摂理に逆らうことはできない。人生で起きることがすべて自然の摂理だと仮定すれば、人の力は常に無力となってしまう。自然災害はその代表例ともいえる。人の無力さと言うものを痛感せざるを得ない。地震、津波被害、洪水被害、土砂災害、噴火被害、風害、雷害・・・自然災害の前で・・・あまり [続きを読む]
  • 母が夫である父に託したこと
  • 肺がんが発覚する前年だったと思う・・・母はその時既に自分の身体の異変に気付いていた。そのことを私にもこぼしていた。しかし、私は重く受け止めることなく年寄りの戯言を聞くようにあしらった。異様なほどの気だるさ、肩の凝り、背中の張り・・・子供の頃から肩の凝りが著しかった母。それが年齢と共に悪化していると・・・そんな感覚で受け取っていた。だから、時折肩もみをしてあげることで帳尻をあわせていた。ある時、母が [続きを読む]
  • 瞼の奥で・・・
  • 目を閉じると浮かぶ。優しい表情。瞼の奥で、母は微笑んでいる。想い出そうとしなくても不意に瞼の奥に現れることは少なくない。懐かしい恰好の母の時もあれば見たことのない恰好の時もある。でも・・・母には変わりない・・・。時折、母を感じることがある。そんな時は特に、母の姿を見たくて仕方がなくなる。母を感じるが故に、無性に会いたくなる。でも・・・姿が見えない。姿は見えないが、瞼の奥には見ることが出来る。母の気 [続きを読む]
  • 心の代弁者
  • そうですね、その時は是非お願いします。今回は中途半端な記事になり申し訳ありません。逆に気になりますよね・・・。今回のコメント読ませていただき、改めて確認できたのは想っていること、考えていることは同じだということ。面白いものですね・・・似たような境遇に立つと想うことまでも重なり始めて、自分の心の叫びを代弁してもらっている感覚です。弥生さんの疑問「本当に母はいるのか」?について、今の私から伝えられるこ [続きを読む]
  • 散髪中に
  • 二年前の新聞二週間に一度、散髪をする。自分の髪は自分で・・・と言うと聞こえがいいかもしれないが、実際は、バリカンで丸坊主にしている。我が家は新聞はとっていない。妻の実家から古新聞を頂いて、まとめて保存してある。散髪中の髪の毛の受け皿として、新聞紙を敷く。両膝を付き、前のめりになって頭を刈る。その間、新聞紙面とにらめっこ。時折新聞記事を呼んだりもする。すると、懐かしい記事を見つけたり、懐かしい番組名 [続きを読む]
  • 不可思議な体験をした
  • とてもとても不可思議な体験。それは夢交じりの体験が多いそれは過去、幾度となく繰り返されてきた。自分にしかわからない、理解できないこともある。夢なのだが、現実なのだ。今回もそうだった。母が私に会いに来てくれた。とてもとても温かい夢であり、とてもとても神秘的なものだった。しかし今回、詳細説明は伏せることにした。言わない方がいい・・・いや、言ってはいけない気がしている。それは、あちらの世界のこと。恐らく [続きを読む]
  • 肺がんの原因の追究は必要だったのだろうか?
  • 母が肺がんとわかった時、言い知れないショックと不安とで呆然とした。頭の中を色々なことが駆け巡っていたはずなのだが、頭の中は真っ白。言っていることはおかしいけれど、そんな感じだった・・・あの時、既に私の精神は崩壊し始めていたのだろう。なぜ・・・なぜなのだろう・・・67歳の誕生日を迎えたばかりの母が・・・お祝いムードは一転し、暗黒な空気に染められた。既に脳に転移していたステージ4の肺がん・・・根治は望め [続きを読む]
  • 弥生さん・・・私も、まったく同じことを想い続けています
  • なんか・・・物凄いお話をありがとうございます。見える方をうらやましく思いますが、見える人にしかわからない苦悩もあるようです・・・。身内にそういう方がいらっしゃって自分の母の姿をを見て伝えて欲しいと願う気持ちがよくわかります。実際、その願いは叶わなかったようですが・・・。姿は見えなくても、そばにいて見守っているという言葉は本当に心のこもった言葉です。そのような言葉を遺してもらえた弥生さんをうらやまし [続きを読む]
  • 肺がんの苦しみから解放させてあげたい
  • まだ逝って欲しくはない。心の準備はしてきたつもりでもそう簡単に準備できるものでもない。あなたを失うことへの恐怖と不安を解消する術はなかった。肺がんという病気の恐ろしさを目の前にした時母がどんな強敵と闘っていたのかということを思い知らされた瞬間でもあった。モルヒネが効かない・・・それは同時に打つ手がないという現実でもあった。痛みに対してであれば、効果は現れたであろう・・・。しかし、肺が機能せず、呼吸 [続きを読む]
  • さくらんぼの味
  • 両親の生まれ故郷の味。幼少の頃からずっと、この時期になると当たり前のように送られてくる。幼少の頃から、届いて当たり前のもの、という認識だった。そう言ったものにありがたみを感じるようになることが出来たのも最近のような気がする。母がいなくなって、母がしてきてくれたことのほんの一部を代わりにするようになり、それによって多くの事に気づかされる。贈り物にはそれぞれの愛情が詰め込まれている。いたわり、ねぎらい [続きを読む]
  • 母の存在感は偉大なり
  • 時と共に、良い意味で薄れていくだろうと思っていた。忘却・・・人の脳は忘れるように出来ている。私はそれを利用しようとしていた。どうしようもない悲しみの部分だけは少しずつ・・・少しずつ忘れたい・・・そんな深層心理が働いている気がする。時が経つにつれ・・・とはいっても、毎日毎日母の事を思い出す。特に、仏壇とお墓の存在は大きい。故人を思い出すこと自体が供養になると言うが、このシステムは理に適っていると言え [続きを読む]
  • 血圧数値は安定しつつ、少しずつ下降の傾向
  • 定期通院一ヶ月に一度の通院。母の闘病期間中に体調を崩し、通い始めた病院。当初は最高血圧数値が150を超えていた。最低血圧数値は100以上だった。過去の健康診断結果からみても、自分自身の数値としてはやや異常であった。それまで、最高血圧数値が140を超えたことはなかった上に、最低血圧数値も90を超えたこともなかった。当時の年齢は41歳・・・。数年前から上がり始めた血圧。医療機関で測ると130を切ることが無かった。ある [続きを読む]
  • 中学生時代の母の友人
  • 母の友人と電話で話した。40分くらい話しただろうか・・・母とは昔からの友人で中学生時代は3年間同じクラスだったそうだ。母が他界する3日前、母が再入院する前日、その友人は母の携帯に電話を掛けてきた。虫の知らせか、第六感か、偶然か、会話するのもギリギリの状態だった。なので、私としても思い入れのある母の友人だ。今回久しぶりに声を聞くことが出来た。元気そうで、声にも張りがあった。母の事がとにかく大好きで、中学 [続きを読む]
  • ”母の気配”
  • 弥生さん、お久しぶりです。約束通りの投稿ありがとうございます。心待ちしていました。じっくりと読ませていただきましたが、凄くよくわかります。私は全面的に信じます・・・このようなエピソードには本当に興味がありもっともっと聞かせていただきたい・・・そんな気持ちでいっぱいです。タオル・・・暖かい空気・・・黒揚羽・・・一つ一つのエピソードそれぞれに喰いつきました。弥生さんが感じた通り、すべてお母様だと思いま [続きを読む]