岩崎 さん プロフィール

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岩崎さん: 道ありき
ハンドル名岩崎 さん
ブログタイトル道ありき
ブログURLhttp://michi-ariki.seesaa.net/
サイト紹介文本の中の印象に残った言葉を紹介していきます。内容としては人生哲学的なものが中心となります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/05/03 20:44

岩崎 さんのブログ記事

  • 本の中の言葉(2017.5.19)
  • 蒔いた種は、良い種も悪い種も必ず本人が刈るようになっています。(「あなたの運はもっとよくなる! 私が実践している36の方法」166ページ)良い種を蒔くことを願いつつ、悪い種を蒔いてしまうのが、人というものなのだろう。良い種は、蒔くのに苦労するだろう。悪い種は、蒔くのに容易で、楽しいことさえ、あるだろう。蒔き続けてきた種が、今という形を生み出している。今という形が、良いものであるのなら。今という形が、悪い [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.18)
  • 彼自身の心は晴れやかに笑っていた。それで彼にはじゅうぶんだった。(「クリスマス・カロル」149ページ)自分自身の心が晴れやかに笑っていれば、それで十分だと言い切れるだろうかと、自らに問いかける。「人」の「間」の存在である人間は、周囲の目が気になる。たとえ気にならなくても、「人」の「間」の存在であることに変わりは無い。気にならないがために、敵意を受けることもあるだろう。だが、気になるがために敵意を避け [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.17)
  • 私たちは、何かをつかんだとき、それは言葉になり難いものだということを知っています。逆にいうと、真実は明晰な論理によって一言で言い表せるようなものではないのです。(「運をつかむ人 のがす人 運がないと嘆く前に」54ページ)「真実」が「明晰な論理によって一言で言い表せるようなもの」であるのなら、先の時代に生きた人々が言葉として書き遺してくれているはずである。私たちはその言葉を目にし、耳にすればよいだけの話 [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.11)
  • 本人が思うほどには、相手に十分伝わらないことのほうが、むしろ多いのです。(「ゆく道はひとつ 自己をみつめて生きる」113ページ)言葉は、発信する側と受け取る側、両者がいて、初めてその性質が決まるのだろう。思っているようには、伝わらないことがある。そんなつもりは無くても、悪く思われたり、思ったり。「どうして、そんなことを言うのか。」責める前に、何故、相手がその言葉を語ったのかを、考える。「どうして、分か [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.10)
  • 「あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい」(「われ弱ければ 矢島楫子伝」187ページ)この文章を、私は200字で書いている。今までの記事も全て、200字で書いている。200字という「制限」あるいは「枠」を設けなければ、おそらくは書けない。「あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい」クリスチャンを、聖書という「制限」に縛られた存在と見るのか、あるいは「枠」に支えられた存 [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.8)
  • どんなに情報を集めても、どんなに優れた知性が考えても、答えの出ない問題がある。相手を分析ばかりしていると、その人の美しさを見失うだろう。宇宙を分析し、解剖していると、あなたは自分自身から遠ざかっていく。反対に感情移入すれば、全体像が見えてきて距離が縮まる。たちまち宇宙とつながるのだ。宇宙に存在するすべてのものはつながっている。内訳ばかり気にしていると、本質を逃すだろう。(「自分らしく生きているかい [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.2)
  • 深く執着するものがある者は、死後自分の帰ってゆくべきところをもっている。それだから死に対する準備というのは、どこまでも執着するものを作るということである。(「人生論ノート」12ページ)生きることは、刻一刻と死に向かい続けていることである。だから、生きることは「死に対する準備」であるとも言えるだろう。「執着」、それは、人への想いなのか。人に限らないかもしれない。時間を共にした何らかの存在に対する想いを [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.5.1)
  • わざわざ過去や未来に思いを馳せなくても、いま目の前のことを一つひとつ処理していれば、未来は自然と見えてきますし、過去の意味も次第にわかってくるでしょう。(「最強の人生指南書 佐藤一斎「言志四録」を読む」32ページ)自分は今、「ここ」にいて、「この」生活をしている。自分で選んだようでいながら、自分の意思とは離れた生き方をしてきたような、今もしているような、そして、これからもするのかもしれないというよう [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.24)
  • 他人の人生に責任を持とうとすれば、自分の人生を踏みにじり、自分の人生を大切にしようとすれば他人の人生を踏みにじる。人間とは何と都合のわるい存在なのだろう。(「愛すること 愛されること」72ページ)「他人の人生を踏みにじる」のかと問われたら、そんなことをしてまで…と思う。だが、「他人の人生に責任を持」つのかと問われたら、人生とは人それぞれのものであるから、責任を持つことは出来ない、と答えることになる。 [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.22)
  • 結婚生活を終わらせるかどうかを考える時には、離婚とは形を変えた結婚の継続でしかないと覚えておくことである。(「人生の問題解決力を高める! 考える力をつける哲学の本」133ページ)夫婦は、離婚すれば終わり、というものでもないらしい。別れた後、どのような人生を送るのか、生き方をするのか、お互いが問われているのではないかと思う。偶然、どこかで会うことがあるかもしれない。その時、お互いに幸せであれば、「よかっ [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.15)
  • 現に起こらなかったことについてあれこれ思いをめぐらしても、めまいのするほど虚しいのだ。(「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」191ページ)「現に起こらなかったこと」は過去の出来事として、そのままに在り続ける。過去は変わらない。その絶対的なものについて「あれこれ思いをめぐらしても、めまいのするほど虚しい」と分かっていながらも、思わずにはいられない。虚しいだけだから、思わないでおく [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.10)
  • 人の命は脆くて、とても短いと観察する人は争わないでしょう。(「平和の生滅 生存の矛盾を超えて」213ページ)百年の寿命が与えられた人は、その百年の中でどのくらい、本当に自由に、時間を過ごせるだろうか。一方で、この世は百年も生きずに人生を終える人のほうが、ずっと多いだろう。誰しも後悔することなど望まないが、それでも、後悔と無縁ではあり得ないだろうか。与えられた時間は、思うよりも短い。そして、いつ終わりが [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.3)
  • 人生は選択よりむしろ受容だ。逃げずに受け入れることだ。(「遺言… 苦しむ人々とともに」55ページ)人は、選択する「自由」を与えられてはいるものの、その選択自体が様々な要因(生まれ出た家、環境、時代、性別、その他、種々の要因)によって限定されるがために、結局、人は無限の中から何かを選択するのではなく、限られた中から何かを選択する「不自由」を受容しなければならない。「不自由」を、逃げずに受け入れる。やが [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.2)
  • 常に現在のなかにしか存在しないおのれを把握し、その折々に自己を律せよと、また、そうやって生きることが宿命づけられているのだと結ぶ。(「さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずはない」63ページ)人は、過去には生きられない。未来にも、生きられはしない。過去や未来に目を奪われていては、やがて現在を見失うだろう。現在を見失えば、過去や未来をも失うだろう。「常に現在のなかにしか存在しないおのれ」を、はっきりと [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.4.1)
  • ああ、比較できることではありません。私たちの心は、その人一人しか存在しないかのように愛していらっしゃる神様の似姿として造られているのです。ですから、私がポリーヌや他の姉たちに抱いている愛は、あなたを愛する愛を妨げはしません。(「リジュのテレーズ」176ページ)ある人を愛し、別の人をも愛する。これは矛盾しているだろうか、不誠実だろうか。ただ一人を、最も愛する人を選べと言われて、選ぶことができるだろうか [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.1.13)
  • 愛と言うものは、その人の望むことをしてやることではありませんか。(「行動することが生きることである」90ページ)愛は見返りを求めないから、愛という言葉には元々、無償という意味が含まれているはずである。だが、本来の形とはかけ離れた愛が存在するために、「無償の愛」あるいは「真実の愛」などのように、限定する必要が生じているように思う。「その人の望むことをしてやる愛」は、本来の愛なのか。それは、「その人」が [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2017.1.11)
  • 善を持って生きることで人は完成する。(「賢人の知恵」、240)生きることは選択の連続であり、その途上で人は迷い、誤る。善は、人のための道標となるだろう。だが、そもそも善とは何か。何をもって善とするのか。ある人の善が、別のある人にとっても善であるだろうか。善を「人がそれぞれの立場において為すべきこと」と言い換えるのなら、その為すべきことによって誰かが笑い、誰かが泣くことを、どのように受け止めればよいだ [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.12.21)
  • あなたの人生に起きることはあなたの過ちではないが、それはあなたの責任だ。個々に責任を負うという考え方は、あなたの言動、思考を超越している。(「ハワイの秘法」、283ページ)この宇宙には人の与り知らないことがあまりにも多く存在していて、人の知り得ることにはやはり限界がある。その限られた知識の中で、物事の背後に横たわっているであろう本質というものに、人はどれだけ近づくことができるだろうか。目にするもの、 [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.12.10)
  • 頭を働かせるほどに悩みは深くなる。想像、予想、記憶がわたしたちを苦しめている。(「生きるための哲学 ニーチェ[超]入門」、122ページ)過去のことを振り返って、記憶に苦しめられる。未来のことを先取りして、予想や想像に苦しめられる。私たちは「今」という時間を、思うほどには生きられていないのかもしれない。「今」が、過去と未来に取り込まれてしまっているのではないか。頭を働かせることで「今」が無くなってしまうの [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.11.24)
  • 真の経験は遅れてやってくる。(「聖書の読み方」、17ページ)後になって、分かることがある。「あの時」の、「あの出来事」の意味が、その出来事が過ぎ去った今になって、ようやく分かることがある。「あの時」の、「あの人」の想いが、その人がいなくなった今になって、ようやく分かることがある。今もなお共に在ってくれるなら、と思う。二度とは戻らない存在に対する真の理解、経験をもって、今という時間を積み重ねていくこと [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.11.15)
  • 誰もが「思いを残して死ぬのだ」と考えた時、私は改めて少し気が楽になったのである。(「続・誰のために愛するか」、82ページ)「思いを残して死ぬ」ことを恐れなくてよいのなら、人生というものに身構え過ぎずに済むのかもしれない。一切の思い残しが無いことを、人は目指すべきだろうか。思い残しがあるということ、それがすなわち、不幸であることになるだろうか。物事をすべて自分の望む通りに形作ろうとすることは、所詮は傲 [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.11.14)
  • 子どもたちと一緒に海辺で砂の何かをつくるとき、私は何かを創造していること、そして、一緒にいることに喜びを感じます。つくったものが永遠に存在しつづけるかどうかに喜びが左右されることはありません。やがて波がやってきて、つくったものはなくなってしまうことは承知しています。しかし、なくなってしまうからといって、楽しさや思い出が損なわれるわけではありません。築くことそのものに喜びや意味があり、満足感があるの [続きを読む]
  • 本の中の言葉(一覧 作成順)
  • ⇒ 一覧を50音順で表示(最新分)・人の命は脆くて、とても短いと観察する人は争わないでしょう。(86 2017.4.10)・人生は選択よりむしろ受容だ。逃げずに受け入れることだ。(85 2017.4.3)・常に現在のなかにしか存在しないおのれを把握し、その折々に自己を律せよと、また、そうやって生きることが宿命づけられているのだと結ぶ。(84 2017.4.2)・ああ、比較できることではありません。私たちの心は、その人一人しか存在しな [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.11.10)
  • 何であろうと、自分の持っているものを、かりに失っていたとしたら、それが自分の目にはかくかくしかじかに映ずるであろうといった角度から、時折眺めてみるように努力するがよい。大抵の場合、失ったあとではじめてものの値打ちがわかるからである。(「幸福について―人生論―」、247ページ)持っている間は値打ちがわからない。値打ちがわかったときには、既に失ってしまっている。生きるとは、すれ違うということなのか。人が [続きを読む]
  • 本の中の言葉(2016.11.7)
  • 愛というのは一つじゃなくて、いろんな表現があるから、紐をとけやすくしておいて、いつでもいいよ、嫌になったら出てお行き、というのもありますね。(「愛に気づく生き方」、203ページ)愛というものが一つではないのなら、一緒にいることも愛であり、逆に、相手が望む場合には潔く別れることもまた、愛であるのかもしれない。そして、別れた後、独り身を貫き、相手が戻ってこられるようにしておくことも、一つの愛の形であるの [続きを読む]