鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜 さん プロフィール

  •  
鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜さん: 鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜
ハンドル名鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜 さん
ブログタイトル鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kagakuteki-sinkyuron
サイト紹介文鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に、科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供386回 / 365日(平均7.4回/週) - 参加 2015/05/04 09:27

鍼灸如何に学ぶべきか〜科学的鍼灸論の構築のために〜 さんのブログ記事

  • 朝の出来事からの学び〜年寄りはアタマを使ってこそ〜
  • 駅への道での出来事の意味を捉え返すと、自身の学びかたの正しさに確信が持てた。今朝、自転車で自宅から駅への途中の坂を上っていると、高校生くらいの男子が自身の横を猛烈な勢いで追い抜いていった。自身の思いとしては、「すごいな!若いから体力が溢れてる!」であったが、駅の駐輪場についてみると、先ほど猛スピードで追い抜いていった男子が、何かカバンを開けて探している様子。それを見て、「財布でも忘れて探しているの [続きを読む]
  • 雪駄で滑るの効用〜対象の反映は問いかけの意識性に応じて深まりうる〜
  • 解剖と生理の総復習(というよりも、鍼灸の解剖と生理の教科書は入学時にざっと目を通しただけなので知らなかった内容が随分とあるので、新たな解剖と生理の学びと言ったほうがいいかもしれない)をすることで、新たな反映があるからか書いておきたい事柄が次から次へと浮かんでくるので、休養宣言?をしたものの、解剖と生理の学びの合間になるべく更新して行くことに……。さて、本日のお題は、「雪駄で滑るの効用」。端的には、恐 [続きを読む]
  • T先生実技授業(増補)〜運動器疾患の二重構造〜
  • 今週末までブログ更新を休む予定であったが、昨日のT先生の実技授業の中身は是非、書きとめておきたいものであったので、覚え書レベルででも書いておくことにした。校内実力試験後に改めて書く予定である。昨日の実技授業で「肩甲胸郭関節機能不全」の問題として「運動器疾患の二重構造」について説いていただいた(と思う……T先生は二重構造という言語表現をされないので、自身での捉え返しであるが)具体的には、「下垂位ABD(abdu [続きを読む]
  • 今週の更新予定
  • 次の日曜日が鍼灸学校校内実力試験で、そこまでに解剖と生理の総復習をしておきたいので、ブログ更新をその間、休みます。予定外に総復習が早く終われば、更新するかもしれません。毎日ブログを読んでいただいている方には、申し訳ありませんが……よろしくお願いします。 [続きを読む]
  • サルの描く「もどき像」について〜空手の事実で考える〜
  • サルの描く「もどき像」について理解するという過程で、南郷先生(や南郷学派の先生がた) の説かれることを、空手の事実で考えることの大事性、必須性を痛感する。『新・頭脳の科学(上・下)』(瀬江千史 菅野幸子著 現代社白鳳選書)では、サルの描く「もどき像」について説かれる。(以下、青字は引用部分)「これが前章で説いた「もどき像」の形成です。すなわち樹上において、樹木の枝に飛び移ろうとしたり、樹木の実をもぎ取ろうと [続きを読む]
  • 解剖見学実習について〜生理とともに解剖を学ぶ意義〜
  • 解剖見学実習に参加した。目に見えるものの学び、ということの大事性、実感された。昨日は、鍼灸学校入学以来、二度目の解剖見学実習であった。今回は、自身の手技の施術部位の内部の構造を実際に、との思いでの解剖見学実習であった。詳細は省くが、実際に自身の五感で、目に見る、手で触るして、学ぶことが自身の解剖の理解のみならず、生理の理解をも深めてくれた、との思いがする。身体のはたらき(=生理)という目に見えないも [続きを読む]
  • アース健康法について〜人間の大地との相互浸透の必要性の一例〜
  • アース健康法、あるいはアーシング、要は、人間が大地と直接に触れることによる相互浸透の必要性ということである、と思う。先日、『はだしで大地に立つと病気が治る(体内静電気を抜くアース健康法)』(堀泰典著 マキノ出版)を新聞広告で見た。(何十年も前から南郷先生が地球と人間との相互浸透の問題として「はだしで大地に立つ」ということの大事性は説いてくださっているとの思いがあるので)当然のことをいまさらながら、の感も [続きを読む]
  • 夏には黒い食べものを!の意味〜時代の思想を学ぶ意義〜
  • 江戸時代の食のありかたの意味を考えると、人間の言動、考え、思想は時代の思想を踏まえてこそ、その意味が分かるのだとその大事性感じさせられる。日本人の食は、どのような変遷をたどっての現在であるのか、また日本人の食、和食がそれなりの完成をみたと思える江戸時代の食はいかなるものであったのか、との興味から、何冊かの書に目を通している。その中で、江戸時代には、黒い食べものが夏の暑さを乗り切るために食べられた。 [続きを読む]
  • 風邪は薬で治すもの!?(2)〜時代性ということ〜
  • 風邪が治り切らず長引いている。時代性に逆らっての、の二重の困難性痛感する。先日からの風邪、昼間はすっかりいいのだが夜になると空咳が出て止まらず、の状態が続いている。そのことで、それに対しての「風邪は薬飲まなきゃあ治らないですよ!」との同僚の柔整師氏の言葉の重みが、実感されている。どういうことかと言えば、自身の思い、信念としては、病気には自然治癒力の範囲内にあるものと範囲外になってしまっているもの、 [続きを読む]
  • 風邪は薬で治すもの!?〜自身の常識と世間の常識のギャップ〜
  • 風邪をひいた。自身の体調管理=生活の整えの不味さ痛感させられる。数日前から足元の冷え、喉の違和感があり、それが喉の痛み、咳、身体の怠さへとなっていって、現在は峠は超えたものの……。それに対して違和感の当初から、靴下、靴を履く等の冷やさないということ、河原での足裏鍛練、日光浴、ビタミンCの摂取、8〜9時間睡眠等の行なったものの、風邪へとなっていってしまった。通常ならば、違和感の時点で身体を冷やさない、 [続きを読む]
  • 夏の冷え対策の必要性〜夏の冷えの構造、人間におけるその二重性〜
  • 夏の冷え対策として、「箱灸」行なった。その効果、必要性実感する。ゴールデンウィークが終わる頃より自身の住む地方では冷房が当たり前となり、自身にとっては冷えに悩まされる季節となる。同時に、体調管理に気を使う季節ともなる。本日の「夏の冷え対策」というのは、ひと昔前であれば奇妙な言葉、あり得ない言葉ではあるのだが、現在では、特別な言葉では無くなってしまっている。それは、現象的にはクーラー(エアコン?)の普 [続きを読む]
  • 五行色体表の覚えかた(2)〜全ては条件次第である〜
  • 「五行色体表」を自分なりに筋を通して分類・整理していくと、そこには一定の法則性があり、また例外もある、と思える。当初は、「1:四季とその性質(生・長・化・収・蔵)に従ったもの」「2:四季とその性質、からの連想によるもの、と、そこからさらにの連想によるもの」の二つに分類・整理していったところ、そこには分類出来ないものが出て来たので、「3:四季とその性質からの繋がりが、わからないもの」として、三つに分類・整理 [続きを読む]
  • 五行色体表の覚えかた〜その構造による分類・整理の必要性〜
  • 「五行色体表」を覚えるために、分類・整理する必要性。東洋医学には「五行色体表」というものがある。詳細は後で説くが、世界の、人間のあらゆるものを「木・火・土・金・水」の五行に分類していったもの(これを「陰・陽」で行なったのが陰陽論)で、東洋医学では、この「五行色体表(=五行説を具体で見たもの)」を使って、臓腑の病の診断と治療の指針としていく。(より正確には、陰陽論と五行説を合わせて「陰陽五行論」としてであ [続きを読む]
  • 認知症について〜「いのちの歴史」から見る脳の機能の衰えの二重性〜
  • 人間が認知症になっていくということには二重性がある(あると捉えなければならない)と思える。『看護の生理学(1〜3)』(薄井坦子 瀬江千史著 現代社白鳳選書)で説かれる「人間の解剖・生理」の究明の方法に学ぶならば、「認知症」というものも、「いのちの歴史」をふまえて、生命体の一般性としての「認知症」と人間の特殊性としての「認知症」の二重性で捉えなければならない、と思う。まず生命体の一般性としての「認知症」から、 [続きを読む]
  • 雪駄のサイズの選び方〜粋と野暮の差〜
  • 購入した雪駄のサイズがわずかに大きいことに非常なる違和感を覚える。野暮な……と思う。先日、ネットで購入した雪駄がとどいて、箱を開けてみると「?」となった。実際に履いてみると自身の足には大きすぎる。下駄であるならば丁度良いサイズなのであるが、雪駄としては、粋では無い。有体に言うと野暮な……。サイズにすれば、1センチほど大きい、大きすぎるだけなのであるが、履いて歩いてみると非常なる違和感がある。何が違 [続きを読む]
  • 鍼灸・東洋医学を如何に学ぶか〜弁証法的ということの必須性〜
  • 鍼が効くとは如何なることなのか、と考えると、これまでの鍼灸・東洋医学の理論というものは、部分を部分としてしか見ないから、その部分の持つ意味すらが分からない、分からなかったのだと思える。昨夜、帰りの電車で「筋・筋膜の繋がり」に着目しての鍼灸治療について考える中で、「鍼(と灸)が効く」ということが分からないのは、分かっていかない(いけない)のは、「人間にとっての治療とは何か」という大きな視点を持っての「鍼 [続きを読む]
  • 日々の宿題について〜対象に見合った関わりかた、ということ〜
  • 日々の宿題に追われている。大事なものとそうで無いものとを区別して関わっていくことの必要性痛感する。現在、鍼灸学校は「国試」に向けて、毎月のように行われる実力試験・模擬試験、毎週の宿題、毎日の国試対策の授業、と「国試」「国試」の毎日である。が、その実態は、「国試」過去問の……である、でしかない。実際の「国試」の問題が、その大部分が過去問の焼き直し的出題であるのだから仕方ないというか、本来、人間のアタ [続きを読む]
  • 虚実とは何か・補瀉とは何か〜観念論的一般論から如何に学ぶか〜
  • このところ、自身の個人的な雑事に振り回されている感がある。次から次へといい加減にして欲しい、との思いになっていかないでもない。しかしながら……である。「生命の歴史」「人類の歴史」に自身の生きる指針を尋ねるならば、生命体も人類も、順風満帆の時には進化していない。環境の激変から逃げ出さず(逃げ出せず?)、(比喩的にいえば)頑張って、頑張って、頑張り抜いた生命体、人類だけが進化・発展を持てたのだ、ということ [続きを読む]