macska さん プロフィール

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macskaさん: SOKA2015
ハンドル名macska さん
ブログタイトルSOKA2015
ブログURLhttp://macska2012.blog.fc2.com/
サイト紹介文創価学会の会則改正に異議を唱えるブログ
自由文いまさら やめては だめなのだ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/05/07 15:38

macska さんのブログ記事

  • 試論 日蓮仏法とは その2
  • 創価と正宗以外は御義口伝・百六箇抄を偽書と看做しているという。身内だけに通用する御書としており、学術的、対外的には価値の無いものであるという。創価では教学部顧問の立場にある宮田教授が、真蹟だけを用いて教学の再構築を目指しているとも聞く。そうなると久遠元初自受用身如来という概念は放棄されることとなろうか。釈迦本仏説を採る方々は五百塵点劫に成道した久遠実成の釈尊を本仏とするのだろうが、その釈尊は誰を師 [続きを読む]
  • 僧侶の妻帯
  • 初めに、以下に論ずるところは創価が宗門の僧侶に対して、妻帯しているから聖僧ではないなどとする、ためにする論ではないことを申し上げておく。妻帯していようがいまいが、高潔なご僧侶はいる。また下劣な坊主もいるであろう。そのような個々人の特質を論ずるつもりはない。宗門の僧侶全般の話である。「先師の如く予が化儀も聖僧為る可し」日興遺誡置文の一条項である。「後学の為に条目を筆端に染むる事、偏に広宣流布の金言を [続きを読む]
  • 先の記事「・・・考えてみた」を説明してみる
  • 前回の「『民衆仏法の確立』について考えてみた」という記事に対して、学園同期の人間からメールをもらった。学園同期の間でメーリングリストが設定されていて、そこに前回記事をアップしたことを、ブログのURLを貼りつけて投稿したところ、記事に対する意見を送ってくれたのだ。懐かしい友からのメールだった。彼は会則改正における出世の本懐の改変については、創価の説明不足を憤っていた。これは多くの同期が同意するところ [続きを読む]
  • 「民衆仏法の確立」について考えてみた
  • 2014年の会則改正について、翌年1月29・30日に聖教新聞4・5面に教学部による解説が掲載された。その中で、それまで日蓮大聖人の出世の本懐は大御本尊であるとされていたものを、「民衆仏法の確立」と「三大秘法の確立」として化法の改変を行った。ここで云われた「民衆仏法の確立」について考えたところを述べようと思う。「民衆仏法の確立」とはなんと耳当りの良い命題であろうか。貴族仏法でもない、出家仏法でもない [続きを読む]
  • 3月度座談会は日程連絡すら来なかった
  • 先月の座談会で御書講義の際に、大御本尊の話をほんの少ししただけで、3月度の座談会は御書講義の依頼はおろか、座談会の日程連絡さえ来なかった。予想はしていたことだが、こうまであからさまにされるとは、創価の闇は思った以上に深いのかもしれない。しかし闇は深ければ深いほど、暁は近いとも云われる。座談会会場は私の自宅。今は訳あって、そこには娘夫婦と孫と弟が住んでいて、私は住んでいない。それをいいことに家の当主 [続きを読む]
  • ブログ村の不思議
  • 一つ前の記事、「試論 日蓮仏法とは」は3月9日にアップした後、しばらく注目記事のベスト10に入っていた。そして今日(3/17)の朝7:30の時点で第14位にいた。ところが8:30時点で確認すると何処にもいない。ランキングの一番下まで見てみたが、一瞬にしてかき消えてしまった。ランキングがどのようなシステムで決められるのか詳しくは知らないが、私の記事の前後にあった記事は残っているのに、私の記事だけ煙の [続きを読む]
  • 試論 日蓮仏法とは
  • 私ごときが論じるのもおこがましい気もしますが、考えの一端を述べてみたいと思います。日蓮仏法の基本として、日蓮大聖人は久遠元初自受用身如来であることが挙げられると思います。大聖人の直弟子であった六老僧の内、日興上人以外の五老僧はここから誤りました。日興門流でも日尊門流と北山門流は釈迦本仏説を採ります。ここを外した流れは日蓮仏法とは云えないと考えます。ここを踏まえた流れの主なものとして旧富士門流があり [続きを読む]
  • 新たな、しかしあり得ない着想
  • 日々唱題しながら思索を続けています。そんな中でとんでもない着想が浮かびました。それは創価学会第七代会長には、“石原さとみ”になってもらうのが良かろうというもの。皆が知るあの女優の“石原さとみ”です。創価高校の第35期卒業生です。昨年の元旦、第七代会長は女子部から選ぶのが良いと述べました。その延長線上にあることは間違いありません。その考えが具体性をもった着想として現れてきたのでしょう。特にファンでは [続きを読む]
  • 2月度座談会で大御本尊の話をしてみた
  • 今月の座談会はB座で、かれこれ40年以上も行き来のある副支部長宅で行われた。御書講義の担当だったのでその時間を使って、大御本尊を受持の対象としないとしたことを参加者に問おうと思っていたところ、女子部が未入会の父親を連れて初めて座談会に来ることになったという。さすがにその場を紛糾させる訳にはいかない。大御本尊を受持の対象としないとした問題において、新たな行動を起こそうとしたところに、みごとなまでの障 [続きを読む]
  • むしろ0(ゼロ)からまた創価を始めてみようか
  • タイトルは映画「君の名は。」の挿入歌、RADWINPSの歌う「前前前世」の歌詞をもじったものです。先生が還暦を迎えられた際、松下幸之助氏が先生に送られた祝辞に、「もうひとつ〈創価学会を〉お作りになられる位の心意気で」という一節があったと、宿坊の掲示板で紹介されていたのを見て着想を得ました。創価の現状は発迹顕本がなされなければならないという認識のもと、日々の2時間唱題とそのための思索を続けていますが、具体的 [続きを読む]
  • 伊勢山皇大神宮
  • 会社が加入している組合の賀詞交歓会に社長命令で参加してきたのだが、その中に伊勢山皇大神宮での儀式殿祈祷が含まれていた。生まれてこのかた創価の私は、そんなものに参加したことも無くする予定もなかったのだが、社長命令ではあるしどんなものか興味もあり、生まれて初めて神社の祈祷というものに参加してきた。伊勢山皇大神宮というのは横浜総鎮守とうたわれていて、祭神は天照大神。そう、御本尊の四段目に勧請されている皇 [続きを読む]
  • 大山16
  • 本日の新・人間革命、いよいよ「時流」発言の場面が描かれています。随筆 新人間革命79「嵐の4.24 断じて忘るな! 学会精神を」と比べるとソフトタッチに描かれていますが、内容的には齟齬の無いものになっています。「臆した」「不甲斐ない」当時の最高幹部は実名こそ出ていませんが、知る人ぞ知る有名人ばかりです。今の創価学会にとって「54年問題」は過去の一事実に過ぎず、いまさらその責任を追及するつもりもないのでし [続きを読む]
  • 世間虚仮 唯仏是真
  • 聖徳太子の言葉として伝えられる、天寿国繍帳に記された言葉です。意味は解説するまでもないでしょう。この言葉を思い出したのは、寿量品の次の一節からです。「如来如実知見 三界之相 無有生死 若退若出 亦無在世 及滅度者」如来は三界の相を実の如く知見するとのことで、そこには生死のもしくは退、もしくは出の有ること無く、また在世及び滅度の者もないということです。凡夫である私は子供が生まれてはよろこび、親を亡く [続きを読む]
  • 久遠元初自受用報身如来
  • 今の創価学会員でこの単語を知っている人は何割くらいいるのだろう。昭和の時代の経本には載っていたが、今では影も形も無い。教学で教えることも無いから、専門に学ぶか興味を持って調べるかしない限りは、知らない単語であろう。昭和の時代、大御本尊を賛嘆する言葉として、御観念文に載っていたものである。百六箇抄の「下種の法華経教主の本迹」には、「自受用身は本・上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底 [続きを読む]
  • 本門戒壇の大御本尊なんて知らない
  • 「学会三世の憂うつ」というブログに表題のような記事があったので読んでみた。管理人の青蓮氏は、親子ほどの年の差はあるが母校の後輩にあたる。石原さとみとも同じ校舎で過ごした世代らしい。(ちょっと羨ましかったりする)(笑)私らの世代は、本門戒壇の大御本尊が日蓮大聖人の出世の本懐であると信じ、創価学会の中で育ってきた。しかし宗門からの破門後に生まれた世代は、大御本尊を知らないということに改めて気付かされた [続きを読む]
  • 運が良ければ
  • 戸田先生は「この信心をちゃんとしていて、運が良ければ牢屋に入れる」(趣意)と云われたという。ご自身の獄中での悟達の体験を云われたものである。公会堂での講義の際も、指の間に小さな隙間を作り、「皆さんの功徳がこれくらいだとしたら、私はこの公会堂くらいの功徳をいただいた」とも云われていた。戸田先生のご境涯が伝わってくる逸話である。私自身を振り返ってみよう。ちゃんと信心しているだろうか。組織活動は褒められ [続きを読む]
  • 闘っている男の顔
  • 小林節教授が横浜の集会で披露してくださった「闘っている男の顔」のエピソードが、最近気になっている。(エピソードの詳細は下記リンク先)http://6027.teacup.com/situation/bbs/48655創価学会の発迹顕本を今生の我が使命と定め、仕事に唱題に挑戦し続けているが、果たしてこれで本当に闘っていることになるのだろうか。私は闘っている男の顔をしているのだろうか。先生は現在の私を見て、闘っている男の顔をしていると云って [続きを読む]
  • 祝!そして・・・
  • 2003年からエクセルで付け始めた唱題表によれば、昨晩2500万遍を突破したことになります。再来年の誕生日まで2年と3ヶ月、3000万遍目指して続けていくつもりです。さらには2019年の11月を今から700万遍を超える唱題を以て迎えようと考えています。3年後の11月に何があるかといえば、昨年自ら延命を果たした原田会長の任期が来て、待望の創価学会第七代会長が誕生するのです。しかしただ手をこまねいていては、本部内で通説となっ [続きを読む]
  • 2016.5.3
  • 伝言 わが胸にひときわ光を放つ七期生が、また一段と立派になり、母校に帰ってきてくれて、こんなに頼もしいことはない。君たちが母校のために、影に陽に尽くしてくれていることも、全部、聞いています。本当にありがとう! ご家族の皆さん方も、よく来てくれました。 先日、私は発展を続ける創大のキャンパスを嬉しく視察しながら、まだ環境の整わない草創期に勇み集って、見事な伝統を築いてくれた君たちのことを思い浮かべ [続きを読む]
  • 最近思ったこと
  • 次の土曜日は座談会です。私はまた御書講義を担当します。今月の御書は「一生成仏抄」です。学習範囲の御文の中に、「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし」とあります。「深く信心を発して」は先生が側近に語られたという「深く大きく境涯を開き」に通ずるものがあるように感じます。先生はその後に「目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」と云われました。創価学会の発迹顕本については種々思索し述べ [続きを読む]
  • 自分自身の発迹顕本
  • 大聖人は竜の口で発迹顕本されたという。上行日蓮の迹を払われ、久遠元初自受用身の本地を顕されたという。佐前・佐後ともいわれ、竜の口が大聖人の御生涯で大きく期を画する出来事であったことは間違いない。しかし、もしその後、佐渡で重書を顕されず、塚原問答を戦われず、三回目の国家諫暁を為されず、弘教拡大の法戦なく、熱原の法難もなく、出世の本懐たる戒壇の大御本尊の御図顕がなかったなら、竜の口が発迹顕本であると [続きを読む]
  • 日蓮正宗の発迹顕本
  • 以下は「創価学会第七代会長」の記事に続くものです。先の記事で創価学会第七代会長の使命が、創価学会の発迹顕本と活性化であると書きましが、彼女には更なる使命があります。創価の発迹顕本を為し終えた次に、彼女は日蓮正宗の発迹顕本にも手を貸さなければなりません。共に邪教化した創価と宗門ですから、片方を片付けたらもう一方も手伝ってやっても良いでしょう。邪教化しつつあるとはいえ、現状で大聖人の仏法を世界に弘め [続きを読む]
  • お詫びと訂正 発迹顕本
  • 昨年の12月15日の「発迹顕本」と題する記事で、「人類はこれまで二度『発迹顕本』を経験しています。」と書きましたが、これは私の認識の誤りでしたので、ここにお詫びして訂正します。正しくは三度経験していたことになります。二度は先に書いたように釈尊と大聖人。そして三度目は昭和二十六年の創価学会の発迹顕本です。その淵源は戦前にさかのぼります。「顧みれば、昭和十八年の春ごろから、故(牧口)会長が、学会は『発迹 [続きを読む]
  • 創価学会第七代会長
  • 創価学会第七代会長は女子部から選ぶといいと思う。先生が会長に就任されたのも32歳の時、男子部の年代だった。経験不足は周囲がフォローすればいいだけのこと。30歳前後の女子部が会長に就任し、現中枢の狎れあい体質を打破し、創価の発迹顕本を成し遂げていくことが、いま求められていると感じる。男尊女卑の創価の体質を破るのも、現在中枢を占める壮年には為し得ない。発迹顕本とは過去の例からしても、驚天動地の出来事であ [続きを読む]
  • “黄金の三年”を知っていますか
  • 「黄金の三年」を知っていますか。2013年の夏頃、先生が側近の幹部に語られたことを、正木理事長(当時)が指導に引用され、次のように語られました。「先生は“黄金の3年”の開幕にあたり、『深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』と言われました。万代に続く世界宗教としての基盤を築く“黄金の3年”。なすべきことは、自身と学会の『発迹顕本』です。」この「黄金の三年」とは、2014 [続きを読む]