Natsu さん プロフィール

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Natsuさん: あの日の君の笑顔とともに〜明日も生きる為のブログ〜
ハンドル名Natsu さん
ブログタイトルあの日の君の笑顔とともに〜明日も生きる為のブログ〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/edomond-dantes/
サイト紹介文大切な妹を亡くしてから1年目。自分を失くした私が自死遺族の一人として、ありのままの心を綴ります
自由文亡くなっていい命はありません。どんな人生であっても生きる意味はあります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供7回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2015/05/12 11:01

Natsu さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 1年前の今日
  • もうすぐ”あの日”から1年になってしまう。1年前の今日は、あんなことが起きるなんて考えてもいなかった・・・この1年間何をしてきたかと言えば、何もしていない。時々、妹の分まで何とか生きていこうと思うけれど、直ぐにそんな気が失せてしまう。感情の波が激しくて、「目的を失っている自分」が「やる気を出した自分」を潰してしまう。なにをどうすればいいかわかっているはずなのに、今更何をしても妹が戻らないと諦め以上 [続きを読む]
  • 期待と不安〜今年最初の更新〜
  • 今年初めてのブログを書きます。 昨年訪問して頂いた方、読者登録して頂いてる方、昨年はお世話になりました。今日立ち寄ってくれた方も含めて、どうぞ今年もよろしくお願いします。 あとブログのタイトルを変えました、心機一転って訳ではないのですがいまだ進めない一歩を今年は踏み出せたらいいと思って。 私が帰国したのは昨年の1月はじめ、その時はまだ妹も、飼い犬のミーくんも元気で二人そろって成田空港に [続きを読む]
  • 自責を感じたら 〜自死遺族しかわからないこと〜
  • 何日、何週間、いくら時が経とうが、あの日から全ては停止している。これから先、何年経とうがきっと同じなんだろう。自死の後に残されたものの深い悲しみと自責は消えるものではないと思う。どんなに忙しくても、どんなに前に進もうと必死にもがいても、たった一つの事が変わらない限り、これらが消えることはない。愛する者を失う事は人生で何度も体験する。けれど自殺が他と大きく違うのは「自責」。「なぜ救えなかったのだろう [続きを読む]
  • 続けて家族を亡くしたあの日 〜妹の忘れ形見〜
  • 安心して次の日、朝一に動物病院に直行した。若い先生で、卒業後2、3年で知り合いの動物病院を縁で継いだ方だった。「昨夜もずっと見てましたが、やはりてんかんの症状が出てます。薬を処方しときます」つまり、様子を見るしかないようだ。若干説明に不安があり、本当に何もできないのか心配で仕方なかったがとりあえず家に連れていくことにした。家には妹がいる・・・変わった姿を見せることは辛いけれど、2日後には火葬で二度 [続きを読む]
  • 妹の忘れ形見 〜予兆〜
  • 残されたものにとって、一番辛いのが本人の遺品や、残したものを代わりに取り扱うときだと思う。その中でも辛かったのは、「妹の愛犬」だった。彼は、妹が亡くなった後も、3日間一緒にいた。すぐにでも、実家に引き取って休ませてあげたかったけど、警察からは断られた。理由は何かあったときに遺品の確認をしたいから、1日は現状維持したいとのこと。仕方なく、水と餌をあげて寝ずに待っていた。犬の嗅覚は強力だから、かすかな [続きを読む]
  • あの時から変わらぬ時間
  • 妹の自死から6ヶ月になる。不思議なことに、ついこないだ起こったことにしか思えず、突然無意識に当時の事を今も思い出す。寝むれないとき、食事をするとき、歩いているとき、全く考えていなかったのに、不意に思い出す。人は「前を向いて歩こう」と言うけれど、私の前には妹はいない。それだけで、私が何もできないには十分な理由で、何か月たっても、「あの日から何も変わってない」今更、何か新しいことを独りで始める気になれ [続きを読む]
  • 安保条約の可決 〜自死遺族として思うこと〜
  • 先日、安保条約が可決されました。重要なのは戦争法案とか徴兵制だとか誤った認識よりも、「国単位として、人の生死の選択を強要する側に立つ可能性がある」という部分だと思います。国際紛争解決に向け、日本も協力しなければいけませんが、武力や武器提供を解決方法としてしまったのは、いずれ「誰かの加害者」になり、「日本人全員が加害者になる」という全ての国民が責務を負うこととなったのです。この点は今後生まれる新しい [続きを読む]
  • 自死の認識  〜安保法制反対デモとの違い〜
  • 最近、安保法制反対デモについて毎日報道される。デモの意義を大きく見せるため、主催者は多く見積もり発表するのがいまや恒例となっている。警察の発表が正確だとは言い切れないが、妥当なラインだろう。そもそも、流動的なデモでは、正確な数字を出せることは不可能だが、連日報道される国会前の人数は、3万人弱が妥当だろう。この数字は、自死遺族なら知っているように、日本の年間自殺者の数とほぼ同じだ。(ただし、明確に特 [続きを読む]
  • 夢の意味はなに?
  • 久々に夢を見た、でも決して良い夢ではない。今回に限らず、夢ではなぜか妹の死は感じられないし、まるで何もなかったかのように事実すら忘れている。だからこそ、起きた時に、妹の死を再認識させられ、表現のしようがない落ち込みを経験してしまう。昨日の夢は、妹との会話から始まった。そこでは、妹がいることが当たり前で、自分が夢を見ていることすらわからなかった。話していたはずが急に妹が消え、呼びかけるが返事がない。 [続きを読む]
  • 妹の誕生日〜不思議なこと〜
  • 帰国後、この日は一緒にごはん食べに行こうと思っていた。色々話して今後の事とか、とりあえず「おめでとう」と直接言いたかったけど、本人がいないまま来てしまった・・・いくら妹の誕生日が来ても、私にとってはあの日から何も変わらない、自分が年を重ねても私の記憶では妹は当時のままでしかないだろう。それはなんだかそれは寂しい気がする、私だけが置いていかれている気がして。20年以上、兄妹でいたのに、急に私だけが年 [続きを読む]
  • 救えなかった兄として
  • 時間が経とうが、妹とはどうしても会いたい。コントロール出来ないくらい心が叫んでいる。それに、このまま自分だけが年を取って行くのがすごく怖い、今までの兄妹の歳の差が広がっていくなんてことおかしい、いつも毎年同じだけ年の差があって、年齢を重ねる毎に、年に応じた変化を互いに知ってきたのに、いつの間にか私だけが年を重ねる、こんなことあり得ない。これから1年、2年、3年・・・そして10年、20年・・・妹の歴史は変 [続きを読む]
  • 弱さは強さ 〜心のバランス〜
  • 強く生きる。言葉では綺麗でたくましい。精神力が強いことはどんな場合でも有利であることは間違いない。しかし、人それぞれ置かれた状況も違うし、他人など外部からキャッチするものにどこまで敏感で繊細かも異なる。弱さは強さである。強くなるためには自分の心にある何かを見て見ぬふりをしなければいけないことが多い。心の嘆きに正直になればなるほど、他人からの風当たりも強くなるし、何より無理強いさせる自分を制限するこ [続きを読む]
  • 心の避難所 〜最後のピース〜
  • 最近、妹との会話をよく思い出す。特に、いつも話していたようなことを自分の中で考えるとき。心の中では、妹と話しているのだ。「前に同じような事話した時は、こんなこと言っていたな。」と自分で納得する。おかしなことだけど、それが支えの一つとなっている。どうしても、この世にいないとは認められない自分がいる。頭では十分理解しているし、事実をはっきりと認識している。それでも、いないと認識しながら生きていけそうに [続きを読む]
  • 自死遺族として戦った日 〜自死者の権利〜
  • 前回は、一般的な【自死遺族の賃借問題】について。今回は、【私の自死遺族としての経験】だ。描写の関係、気分を害するかもしれないので、読む前に一度考えてもらえたらと思う。妹の部屋に入る前、母が管理会社に鍵を開けるよう頼んだ。しかし、「物件まで行けない」「開けたいなら鍵を渡すから、事務所まで来い」といった対応だった。実家からは事務所まで片道1時間半、自殺の可能性があると頼んでも、管理会社は駄々を捏ねる最 [続きを読む]
  • 自死遺族の戦い その1 〜賃借問題 〜
  • 自死遺族や親しい人が自死した友人等にとって、自死者の名誉を守りたいと思うのは当然である。その一方、民法では自死だろうと、なんだろうと、財産所有者にも当然、所有物を守る権利が存在する。現状、この観点から、賃借物件で起きた自死には【損害賠償】を請求するのが一般的である。過去の判例から見ると、賃借料2年分が相場で、さらに自死状況で部屋の補修費を追加請求される。単純計算で、月10万なら240万に、状況にも [続きを読む]
  • 明けない夜はない 〜悩みに思うこと〜
  • 「人は考える葦である。」かの有名なパスカルの言葉。言葉の意味は、「人間は弱々しくはあるが、考えることが出来る存在である。」つまり、「人間を最弱な存在ではあるが、思考できる点では尊厳に値する」ことを認識させる言葉だ。ただ、私にとってはこれだけではない。「考えることができる=悩みに尽きない」である。人は誰もが悩み、苦しむ。状況によっては苦しみは加速する。自死遺族になってからは、毎日当時の状況をフラッシ [続きを読む]
  • 自死に対する記事について 〜私の批判と抗議〜
  • 今回は、残念な記事について、批判と抗議も含めて私が思うことです。ですから、気分が悪くなりそうなら見るべきではありませんし、了承の上、一読下さい。もちろん、自死について様々な意見や記事は存在する。見るのが嫌ならそもそも見るな!という意見もある。しかし、私としては大々的に記事にするならば社会的意義も考え、少なくとも言葉の使い方には注意するべきだと考えている。ましては、自死遺族に対しての理解や偏見をなく [続きを読む]
  • 不幸の連鎖の中で 〜四面楚歌〜
  • いつも思うことだけれど、不幸の連鎖はあっても、幸せの連鎖は非常に少ない。この1週間の私は、不幸の連鎖に戸惑っていた。周囲の度重なる死と、あらぬ疑いによる警察の介入。それら全てを受け止められるほどの度量は、今の私には無い。それでも私しかいないのだ、解決できるのは。悲しいことに頼れる人は誰もいない・・・・ただ妹が残した「あとはお願い」の言葉と、妹を引き取ったときの決意だけが、今の私を支え、拒む心と裏腹 [続きを読む]
  • 私と妹 その1 〜最後までの記録〜
  • 妹は睡眠薬の多量摂取で自死してしまった。私としては、坑うつ剤と、精神科医の対応によるものだと思っている。私が1年ぶりに帰国した時には、妹は別人になっていた。記憶を維持できない、論理的に物事を考えられない、自分の考えすら理解できないなど、私の知っている以前の妹の姿はそこになかった。それは、成田空港で久々の再開したときにも起きた。兄妹の久々の再開に狂喜する自分とは裏腹に、妹は「車を何処に置いたかわから [続きを読む]
  • 板挟みのジレンマ 〜死の否定 and 生の肯定〜
  • いないとわかっても期待している自分忙しさで考えないようにしている自分それでも、ふと我に返ったときに、、全てが事実だと気付く自分49日という一区切りをつけても、それは変わらないそれはきっとこれから先も、ずっと....................もう二度と会えないと知れば知るほど、責める事しかできない自分なぜ私は救えなかったのかと・・・・・・・この【感情のループ】は、文面で見れば単純だけれど、体感すると重い物質的にも [続きを読む]
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