さわやか易(別館) さん プロフィール

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さわやか易(別館)さん: さわやか易(別館)
ハンドル名さわやか易(別館) さん
ブログタイトルさわやか易(別館)
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kanouyuukougoo
サイト紹介文人生も歴史もドラマです。易の法則とともに考えて見ます。コメント歓迎。(猶興)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供56回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/05/13 10:14

さわやか易(別館) さんのブログ記事

  • 戦前の日本はこんな世界だった。
  • 上原謙(1909〜1991)1936年(昭和11年)は世界が暗黒時代に突入しようとするターニングポイントと言える。ナチスドイツがヴェルサイユ条約を破りラインラントへ進駐し戦争準備が整った年であり、ロシアではスターリンが大粛清を始めている。中国では共産党の巻き返しで西安事件が起き、日本では2・26事件が起きている。しだいに暗い空気に包まれて来る戦前の日本ではあるが、日本人は歌や映画が大好きである。 [続きを読む]
  • 日本を愛した二人の外国人
  • アインシュタイン(1879〜1955)二つの大戦争の間、日本人はどんな生活を送っていたのだろうか。日本を訪れた外国人の目にはどんな風景が印象に残ったのだろうか。1922年(大正11年)アインシュタインは来日し、43日間日本各地を訪れている。第一次世界大戦が終わった頃のヨーロッパ人は、酷く荒廃し西洋文明の行き詰まりを感じていた。そんな時、東洋の日本は正に神秘のベールに包まれた理想の国に映っていた。 [続きを読む]
  • 何故、繰り返したのか大戦争(2)
  • ケインズ(1883〜1946)何故、繰り返したのか大戦争の重大な原因は「ヴェルサイユ体制」にあった。第一次世界大戦後の国際平和を確立するための「ヴェルサイユ条約」を成立させ実行されたものではあるが、既にここに大きな問題があった。戦勝国のイギリス、フランスが余りに過酷な責務を敗戦国ドイツに押し付けたことにある。イギリスの経済学者・ケインズはヴェルサイユ会議に大蔵省主席代表として出席し、ドイツへ莫大な [続きを読む]
  • 今月の言葉(29年3月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)其の数頃(すうけい)無源の塘水(とうすい)と為(な)らんよりは、数尺有源の井水(せいすい)生意窮(きわま)らざるものとならんには若かず。塘水とはため池に水。本当の学問はどんなに広くともため池の水のようではいけない。たとえ狭くともこんこんと湧き出てくるような井戸水のようでなければいけない。博学より活学が尊い。王陽明の伝習録よりいつも「さわやか易」をご覧頂き、有 [続きを読む]
  • 何故、繰り返したのか大戦争(1)
  • マルクス(1818〜1883)マルクスやレーニンは予言した。「資本主義は帝国主義に発展し、帝国主義の列強同士はやがて衝突しあい終には革命が起って資本主義は消滅する。」 総力戦を尽くした第一次世界大戦後のヨーロッパ各国は戦勝国も敗戦国も等しく疲弊し衰退してしまった。戦争が終わっても経済の破たんからは中々立ち直れない。立ち直れないのは経済だけではなく、資本主義という体制そのものが元に戻れなかったと言え [続きを読む]
  • 日本の迷走(2)、二・二六事件
  • 北一輝(1883〜1937)日本中が不況に突入していた昭和の始めは何とかしようと若者たちは真剣だった。とくに旧制中学からの優等生で軍隊に入隊し、皇国を支えるというプライドを持った青年将校たちは使命感に燃えていた。超エリートの青年将校ではあるが、地方出身の彼らは等しく貧しかった。「貧乏少尉のやりくり中尉、やっとこ大尉で百十余円、嫁ももらえん」というざれ歌もある。しかし華族、地主、資本家たちは裕福で [続きを読む]
  • 日本の迷走(1)、満州国建設
  • 昭和天皇(1901〜1989)日露戦争に勝利し、第一次世界大戦でも連合国の一員として戦勝国になり、国際連盟の常任理事国として日本は堂々たる先進国の仲間入りを果たしていた。日露戦争後のポーツマス条約により満州での権益を獲得し、満州鉄道を中心に産業を興し繁栄を築きつつあった。しかし1920年代になると輸出先の欧州が戦争からの不況に陥り、関東大震災にも遭遇し、日本経済はまたたく間に悪化していった。19 [続きを読む]
  • 世界大恐慌からナチス政権誕生
  • 移民の母(1936年撮影)第一次世界大戦後。1920年代のアメリカは「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況の中にいた。重工業、モータリゼーション、住宅、電気、映画、全てにわたり躍進に継ぐ躍進を謳歌していた。ところが、ヨーロッパが次第に復興すると農作物の輸出が減少、異常気象もあり、まず農業恐慌が発生した。工業製品も供給過剰となり、鉄道や石炭産業も不振になり売り上げも下降した。この10年間での受益者は一部 [続きを読む]
  • 今月の言葉(29年2月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)国家に長として財用を務める者は、必ず小人による。彼、之を善と為す。小人をして国家を為(おさ)めしむれば、災害並び至る。「大学」より国家のトップに立つ者が自国の利益だけを求めるのは小人のやることである。小人はそれこそ善だと思っているが、その害は世界中に広がるものである。 正にアメリカ・トランプ大統領のことを言っている。いつも「さわやか易」をご覧頂き、有り難うご [続きを読む]
  • 中国国民党と中国共産党(2)
  • レーニン(1870〜1924)中国の孫文が亡くなる前年の1924年にソ連のレーニンが亡くなった。このレーニンはロシア革命の中心人物であるが、その後の世界がどの様に変化していくかを予測出来た天才でもあり、設計図を描いた人物でもある。その設計図に基づいて着実に実行したのがスターリンということが出来る。レーニンは第一次世界大戦後の世界は「ドイツが再び英仏と対立し、日本とアメリカが対立する。」そして、「彼 [続きを読む]
  • 中国国民党と中国共産党(1)
  • 天安門前での「五四運動」ヴェルサイユ条約が締結された1919年はアジア、北アフリカの諸国にとっては民族自決の年でもあった。パリ講和会議では世界の民族主義に対する冷たい姿勢が明らかにされ、裏切られた周辺国の民衆はいっせいに各地で大抗議運動を起こした。3月1日、朝鮮のソウルに於いて、日本からの独立を求めて学生、商人、労働者、農民など数十万人が参加する「三・一運動」が起った。3月9日にはエジプトに於いて [続きを読む]
  • インド独立の父、マハトマ(偉大な魂)・ガンディー
  • ガンディー(1869〜1948)総力戦になった第一次世界大戦では植民地からの兵力動員と物資収奪は不可欠だった。とくにイギリスのためにインド人がはらった犠牲は大きく、110万人の兵士、40万人の労働者が戦線に送り込まれた。大量の食糧、原料、資材を収奪され、増税により戦費も吸い上げられた。見返りには独立が約束されていた。ところが戦後のパリ講和会議ではアジアや北アフリカの植民地に対しては冷たい姿勢が明ら [続きを読む]
  • 今月の言葉(29年1月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)年頭自警1、年頭まず自ら意気を新たにすべし。1、年頭古き悔恨を棄つべし。1、年頭決然滞事を一掃すべし。1、年頭新たに一善事を発願すべし。1、年頭新たに一佳書を読み始むべし。安岡正篤いつも「さわやか易」をご覧頂き、有り難うございます。さて、私は毎月第一土曜日に開かれる「安岡学研究会」に参加しております。もう30年目に入りました。この会は安岡正篤先生の著書を素読、 [続きを読む]
  • 巨人・アメリカ、光と影の1920年代
  • こん棒外交のアメリカ19世紀中頃までは世界の工場と言えばイギリスのことであったが、19世紀末には工業生産は完全にアメリカに抜かれた。しかしイギリスは全世界にまたがる広大な植民地を有していたので、銀行業、商社による世界貿易や資本輸出、国際金融、通信網など他国に追随を許さぬ覇権的地位を確保していた。20世紀になるとドイツ帝国が果敢にイギリスに挑戦してきた。英、仏、独、米が4強と言われる先進帝国主義国と [続きを読む]
  • ヴェルサイユ体制の問題
  • ヴェルサイユ条約の調印第一次世界大戦は帝国主義の列強同士が激突するという大戦争だったが、その最中にロシア革命が起るという歴史上かつてない大混乱に陥り世界中が恐れ慄いた。総力戦の末、ようやく収拾することになったが、世界は見事に再出発できただろうか。答えはNOである。再び大戦争を繰り返すことになった。今回は何故そんなことになったのかを考えてみたい。1919年1月18日にパリのヴェルサイユ宮殿「鏡の間」に [続きを読む]
  • 今月の言葉(28年12月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)徳を成し材を達するには、師の恩、友の益多きに居る。故に君子は交遊を慎む。吉田松陰・士規七則いつも「さわやか易」をご覧頂き、有り難うございます。さて、私は毎月第一土曜日に開かれる「安岡学研究会」に参加しております。もう30年目に入りました。この会は安岡正篤先生の著書を素読、研習し、その教学の本質を学ぶことを目的にしております。前半は安岡先生の語録集素読の後に、市川 [続きを読む]
  • 20世紀最大のドラマ、ロシア革命(3)
  • スターリン(1878〜1953)史上初の社会主義国家を成立させたロシアのボリシェビキ政権はどんな政治を行ったのだろうか。今回はその身の毛もよだつ恐怖政治の実態に焦点をあてて考えてみたい。10月革命を中心的に指導したのはトロッキーだった。トロッキーは赤軍の創始者であり、その後の内戦で白軍に勝利した立役者でもある。当然、レーニンの後継者たるべき存在だったが、1921年からレーニンの健康状態が悪化し始め [続きを読む]
  • 20世紀最大のドラマ、ロシア革命(2)
  • ボリシェビキの10月革命(1917年)ロシア革命というと、1917年の2月革命と10月革命により革命が完成したと思われがちだが、本当の革命はここから始まるのである。2月革命は民衆が帝政を崩壊させた事件であり、10月革命は臨時政府をボリシェビキ集団がクーデターにより打倒した事件である。それだけで長く続いた帝政ロシアが新しい社会主義国家になれる筈はない。旧帝政を構成していた貴族制度、土地制度、官僚制度 [続きを読む]
  • 20世紀最大のドラマ、ロシア革命(1)
  • 血の日曜日事件(1905年1月)激動の20世紀を語る時、「ロシア革命」は何と言っても最大にして最重要な出来事であることは間違いない。革命と言えば「フランス革命」が有名ではあるが、フランス革命にも勝るとも劣らない影響を世界中に及ぼした。ロシア革命はフランス革命に比べ、少し複雑であるので、3回に分けて簡潔に整理して見たい。不凍港を持ちたいロシアは南下政策をバルカン半島に向けて何度も挑戦したが、ヨーロッ [続きを読む]
  • 今月の言葉(28年11月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)学は通の為に非ざるなり。窮して困(くる)しまず。憂へて意(こころ)衰へざるが為なり。禍福終始を知って惑はざるが為なり。(通は立身出世の意)荀子いつも「さわやか易」をご覧頂き、有り難うございます。さて、私は毎月第一土曜日に開かれる「安岡学研究会」に参加しております。もう30年目に入りました。この会は安岡正篤先生の著書を素読、研習し、その教学の本質を学ぶことを目的に [続きを読む]
  • 禍根を残した秘密外交
  • 宮殿を後にするオスマン帝国最後の皇帝メフメト6世(1922年)第1次世界大戦は帝国主義の列強同士の覇権争いだったが、戦争の結果はより複雑な混乱を招いた。ドイツ中心の同盟国側もイギリス中心の連合国側も勝つためには無責任な手段を選ばない外交を展開したからである。中でもヨーロッパの火薬庫と言われたバルカン半島を、蜂の巣をつついたような混乱に陥れたこと。そしてオスマン帝国を崩壊に追いやったことによりアラビ [続きを読む]
  • 今月の言葉(28年10月)
  • 安岡正篤先生(1898〜1983)少(わか)くして学べば壮にして為すあり。壮にして学べば老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず。佐藤一斎いつも「さわやか易」をご覧頂き、有り難うございます。さて、私は毎月第一土曜日に開かれる「安岡学研究会」に参加しております。もう30年目に入りました。この会は安岡正篤先生の著書を素読、研習し、その教学の本質を学ぶことを目的にしております。前半は安岡先生の語録集素読の [続きを読む]
  • 総力戦になった第1次世界大戦
  • サラエボ事件 1914年6月28日1914年6月28日、ヨーロッパの火薬庫で事件は起こった。オーストリアの皇太子・フランツ・フェルディナント大公夫妻がボスニアのサラエボにて凶弾により暗殺された。犯人はボスニアの併合に不満を抱くセルビア人青年だった。この事件を巡り、オーストリアとドイツ間で協議、セルビアに対し戦争も辞さない強硬通告を発した。一方のセルビアはロシアと協議、宣戦布告されればロシアの参戦を [続きを読む]
  • ヴィルヘルム2世の世界政策
  • ヴィルヘルム2世(1859〜1941)ロシアの南下政策が東アジアに移ってきたため、日本、清国、朝鮮の間では日清戦争、義和団事件、日露戦争と激動の時代が始まっていた。その頃のヨーロッパは植民地競争の先陣を切るイギリス、フランスを後発組のドイツが猛烈に追いかける展開だった。列強同士が覇権を掛けて、駆け引きとつばぜり合いが始まっていた。ドイツ帝国建国以来、長く君臨していたヴィルヘルム1世が、続いてフリー [続きを読む]
  • 孫文の夢、東洋の王道
  • 孫文(1866〜1925)1905年の日露戦争で島国・日本が強国ロシアを破ったニュースは世界中を興奮させた。分けても列強の支配下にある民族たちの熱狂は想像に難くない。その時、ヨーロッパの華僑からの資金集めに孫文はスエズ運河にいた。孫文を日本人と思った現地のエジプト人たちが「お前の国は偉大だ!」と言って握手を求めてきた。孫文は誓った。「日本人に出来たことが我らに出来ないことはない。必ず革命をやり遂げ [続きを読む]