箕輪初心:生方 さん プロフィール

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箕輪初心:生方さん: 城・武将・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉
ハンドル名箕輪初心:生方 さん
ブログタイトル城・武将・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉
ブログURLhttp://53922401.at.webry.info/
サイト紹介文ブログを始めて5年目。城・戦国武将や偉人の伝記・陶芸・登山・潜水・スキー・旅行・温泉などです。
自由文掲載予定内容は箕輪城163回・群馬の城300城・百名城・戦国武将&偉人、陶芸作品・焼き物旅行記、百名山86、潜水約750本、スキー、海外旅行82回、名所旧跡・街道・奥の細道など
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供370回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2015/05/14 11:04

箕輪初心:生方 さんのブログ記事

  • 箕輪初心:生方▲『続100名城(101~200)』 2017年4月現在54/100
  • ・平成29年(2017)4月6日、財団法人日本城郭協会が『続100名城(101~200)』に定めた。私は54城に登城していることが分かった。そして、+5城は遠望だけであった。・・・平成18年(2006) の『日本100名城』に続くものとして、『日本300名山』のように選定を求める声が多かった。平成28年(2016)日本の名城と呼ばれる城郭を公募した。Hpによると、「選定は約500城の候補から6人の専門家が行い、前回100選で史実に即して復 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№15【魚津城】と『魚津城の戦い』 
  • 平成21年(2009)5月2日、NHK大河ドラマ『天地人「魚津城の戦い」』の前日、松尾芭蕉「奥の細道」&中山道&富山・石川・福井・滋賀・岐阜の城を訪ねる旅の一貫として『魚津城』に立ち寄った。魚津城は現在の大町小学校である。「魚津城の戦い」の痕跡はNHK大河ドラマの『天地人』の波に乗った「旗」がなびいているだけだった。歴史に「もし」「たら」「れば」はないが、天正10年(1582)6月2日の織田信長の死より、後3日間、上杉 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№15『天神山城』天正10年:上杉景勝着陣
  •  平成21年(2009)5月2日 NHK大河ドラマ天地人「魚津城の戦い」の前日、松尾芭蕉「奥の細道」&中山道&富山・石川・福井・滋賀・岐阜の城を訪ねる旅の一環として訪問した。天神山城跡は公園化されて結構。破壊されていた。天正10年(1582)、柴田勝家など率いる織田軍による魚津城攻めの際、上杉景勝が着陣した。NHK大河ドラマ『天地人』で3週に渡って演じられた「魚津城の戦い」で有名になった。直江兼続が魚津城に忍び込み [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№14【北山城=金山城(松倉城支城)】
  • 松倉城の北方1700mの独立丘陵(標高310m)の上に位置する北山城はL字状の形をなし、長さ約250m、幅約70mの範囲に築かれた松倉城の支城である。山頂部は細長く平坦に削平されており、西端には一段高い削平地があり、南端には堀切が設けられている。また、山頂の平坦部の一段下には細長い帯郭がめぐらされている。北山城主は判然とせず、松倉城主椎名氏の持城という以外詳細は不明である。また、一名金山谷城と称さ [続きを読む]
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  • 箕輪初心:生方▲富山№13『小菅沼城(松倉城の家老:武隈屋敷)』「武隈屋敷は小菅沼城とも呼ばれる城館跡で、周囲が高い石垣で囲ま れ、出入り口は舛形の門跡が残る。室町時代の松倉城主椎名氏の家 老と伝えられる武隈氏は椎名氏滅亡後もこの地に居住していたが、 大正期に他県へ転居している。 屋敷跡は金山谷から松倉城への途中にあり、一辺が60〜70mの 方形で石垣が巡らされている。小菅沼地区にはこの他にも土塁で 囲 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№5『越中の戦国時代』+ちょっと越後
  • 戦国時代、越中は守護代の神保氏・椎名氏が争った。次第に加賀の一向一揆衆と手を組んだ神保氏の勢力が強まり、畠山氏の要請で長尾氏が介入した。天文年間、富山城の神保長職と松倉城の椎名康胤が越中の覇権をめぐって争うようになった。永禄年間、椎名康胤は越後の長尾景虎(上杉謙信)VS神保長職は甲斐の武田信玄・一向一揆衆の様相となった。武田・上杉の代理戦争という形で、信濃→上野→越中へと移っていった。武田信玄の死後 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№12『松倉城』:難攻不落の越中最大の山城
  • 「越中松倉城」は魚津市南部の松倉山山頂にある。5つの郭が南北に並び、東西1kmにも及ぶ巨大な山城である。南北朝時代、普門(井上)俊清→桃井直常などが在城し、築城・増築したという。室町時代から江戸時代にかけて松倉金山で金の採掘が盛んに行われた。長尾為景も一時在城したという。・永禄年間(1558〜1570)椎名康胤と神保長職との抗争。椎名康胤は長尾景虎(上杉謙信)に援軍を要請。→神保長職は降伏。・永禄11年(1568) 椎 [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲『高崎北部のハンバーグ13店のミニ情報』
  • 今年は、ランチの外食は月に23〜25日である。体重が昨年の10月から一気に6kg減、5月からさらに4kg減、体重が減ると、力がなくなっちゃうのだ。お百姓に差し支えるのだ。『ハンバーグランチ』の盛り付けは、どこも店も鉄板にハンバーグ・緑色のホウレンソウなどのカロチン系野菜(クレソン・ブロッコリー)・オレンジ色のニンジン・黄色いコーン、薄い黄色のジャガイモとどこもかしこも皆同じような感じである。何が違う [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲2017≪名胡桃城のMyビデオ解説に初トライ≫
  • 平成29年(2017)3月28日・29日、苗場スキー&水上泊&宝台樹スキーのおまけで、「名胡桃城」に2回寄ってみた。もう15回位になるであろうか?「名胡桃城の復元」が公開されて1年3か月経つ。既に、発掘に当たったみなかみ教育委員会:三宅敦気先生の講演会や名胡桃城のガイド:赤井さんの現地解説を拝聴している。私はふと、「名胡桃城のビデオ解説」を思いついた。箕輪城語り部の会・長野堰を語りつぐ会の会員のボランテ [続きを読む]
  • 箕輪初心:生方▲富山№10【二上山の大伴家持像】&『越中国分寺跡』
  • 平成25年(2013)4月27日、富山県の守山城から二上山を降りてきたら、途中の万葉植物園入口に大伴家持像があった。山を下り終わると、越中国分寺に行った。伏木湊町を車で通り、桜谷古墳に寄った。雨晴海岸付近は風情があった。氷見の城巡りと泊まる所が七尾と決まっていたからである。大伴家持が越中国守として5年間赴任した。大伴家持は日本最古の歌集「万葉集」の代表的歌人である。Hpに「約4500首に及ぶ『万葉集』の中に、 [続きを読む]
  • 箕輪初心▲『高崎箕郷のドンレミーファーム「ケーキ屋の苺:最高』
  • GWなのに、手術後の安静命令を受けて、車で10分の苺狩りにした。『Domremy(ドンレミー)榛名工場』は高崎市榛名町にあると錯覚してしまう人も多いであろうが、高崎市保渡田町にある。榛名山の南麓にあり、榛名山の地下水を利用している。「(ドンレミー)榛名工場」の自家農園「ドンレミーファームいちご畑」は高崎市箕郷町にある。いちご狩りは、12月〜5月末まで営業している。Hpには「とちおとめ」が30分食べ放 [続きを読む]