himekko さん プロフィール

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himekkoさん: 虐待・アスペルガーの母親に育てられて
ハンドル名himekko さん
ブログタイトル虐待・アスペルガーの母親に育てられて
ブログURLhttp://relife1214.blog.fc2.com/
サイト紹介文今までの人生を振り返り、綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供123回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2015/05/17 01:12

himekko さんのブログ記事

  • 決別し、立て直すことの必要性
  • 私が、ショウコから受けた虐待は「モラルハラスメント」である。決して、身体的な暴力はない。だけど、言葉の暴力ほど、卑怯な武器はないと思っている。何の証拠も残らないのだから。「美徳」を巧みに口にし、時に暴言を吐き、自尊心を傷つけ続ければ、相手を従順に飼い慣らし、支配することができる。モラハラの恐ろしいのは、子供がそれを認識することができないところにあるのだと、自分の経験を通して思う。過去の記事の中で、 [続きを読む]
  • 思いやり・3
  • 「思いやり」について、先生は続けた。思いやりのない人というのは強い。思いやりのない人は弱い。だから、ケンカをして勝つのは「思いやりのない人」。思いやりのない人は、思いやりのある人をターゲットにする。お母さんが、himekkoちゃんやお父さんには言いたい放題言うのに、妹さんには言えないのは負けるから。言い返されるから。himekkoちゃんやお父さんが言い返さないのは、「優しさ」「思いやり」からだとすら、お母さんは [続きを読む]
  • 思いやり・2
  • その日のカウンセリングは、すっかり絵合わせが終わったパズルが、より鮮明な絵になったような感覚だった。「先生、『思いやり』というのは、成長する過程で学ぶことが一切できなくても、大人になってからでも身につけることができるものですか?」それは出来る。「思いやり」は、大人になった時に身についているもの。生育環境の中で、全く身につかなかったとしても、大人になってからでも十分学べる。ただし。生まれ持っての「個 [続きを読む]
  • 思いやり・1
  • 昨日は、三ヶ月ぶりのカウンセリングだった。以前は、話したいことを貯め込んで臨んでいたけれど、今は、その時自然に出てくる言葉におまかせ状態になっている。久しぶりに、カウンセリング後のしんどさを感じていて。なので、うまくまとめられそうにないけど、先生に話したことを、書きたい思いだけで、つらつら書いてみる。2ヶ月ほど前だったか、ばったりと、本当にばったりと道でショウコに会った。その日の夕方、私はワンコの [続きを読む]
  • 友達親子は親放棄
  • いつだったか。テレビで、「友達親子をめざしてます」というお母さんを見た。友達親子・・・一昔前まではなかった言葉だな、と思う。私には、もひとつピンとこないけど、そういう関係もありなのかなと思う。でも、それは、あくまでも「子育てが終わり、子供が大人になって、親と大人同士という立ち位置になり、気づいたら、まるで友達のようになんでも話せる仲になっていた」という結果論で得られた関係であるべきではと思う。どこ [続きを読む]
  • 言いたいことを言える関係
  • たぶん、心の奥底で、物心ついた時から、ショウコの言動を無神経だと感じてきた。それを、自分の感覚を麻痺させ、「家族だから」言いたいことを言えるのだと、「親だから」いいのだ、と言い聞かせてきたような気がする。そもそも「言いたいこと」って何だろう。私や父に向けてきた「暴言」としか思えない言葉が、「言いたいこと」なのか。ショウコを反面教師とするのであれば、「言葉」や「コミュニケーション」について考え続けな [続きを読む]
  • 自分だけの苦しさなら頑張れる
  • 昨日、ドラマを見た。子供の病と戦う家族を描いた、実話に基づく話だった。最初から、最後まで泣きっぱなしで見てしまった。三男が2歳のころ、入院をしたことがある。激しい吐き下しの風邪で、一気に脱水になり、起き上がれず、意識も朦朧とした状態になっての入院だった。すぐに持続点滴が開始になり、長男、次男がいるので、昼間は義母、夜は私が付き添った。ちょっと心配だったけど、たかが「脱水」、丸一日輸液が入れば、元気 [続きを読む]
  • 血のつながり・2
  • これは、血のつながり云々ではないのかもしれないけど。昨年、54歳になり。まだ、「死」はそれほど身近ではないけれど、トンネルの出口に例えれば、確実にそこにあるのが見える距離にはなったなあと思う。私は、「葬儀」とか「お墓」とかそういうものにも、なんの思いもない。バチ当たりと言われそうだけど、お経にありがたみも感じないし、戒名の意味もわからない。この気持ちにダメ押ししたのが、父の葬儀、法事の時のショウコ [続きを読む]
  • 血のつながり・1
  • 息子が生まれた時。私は、よく、テレビで見るような、出産直後の母親の表情ではなかったんじゃないかと思う。感動はなかった。無事に生まれてきてくれたことに安堵した。それだけだったような気がする。うまく言えないけれど、あえて表現するのであれば。「会いたくてたまらなかった我が子」というよりは、神様なのか社会からなのかわからないけれど、何か大きな存在から、この子を育てなさいと託された、という感覚だったかもしれ [続きを読む]
  • 姉妹・5
  • 「伝言ゲーム」・・・って今もあるのだろうか。昭和世代は、絶対ご存知のはず(笑)そこそこ長い文章を、正確に「そのまま」次の人に伝えていく、というゲーム。きっちり伝えているはずなのに、それが20人近く経ると、微妙に、ときに「なんで?」というほど意味あいの違う文章になってる、というシンプルながら面白いゲームだった。人の伝え方って、意外とアテにならないんだなーと思った記憶がある。「きょうだい喧嘩」に口を挟 [続きを読む]
  • 姉妹・4
  • もし、きょうだいの関係に「平等」というものがあるとしたなら、それはそれぞれが、「自分は愛されている」と実感していることではないかと書いた。(ここから書く事は、私が学んだことや、子育てしながら考えたことなので、「こんな見方もあるのね、フンフン」程度で読んでくださいませ。)何人子供がいても、一人一人と向き合うスタンスは当然必要で、だけどそれは「言うは易し、行うは難し」。私は、そもそも「向き合う」という [続きを読む]
  • 姉妹・3
  • 祖母は80歳で亡くなった。私が看護師として働き始めて、4年目くらいの頃だったと思う。祖父が亡くなったあと、一瞬(本当に短い間)私たちと同居したけど、ずっと一人暮らしだった。体の不調があり検査をして、すい臓がんの末期であることがわかった。すい臓がんは早期発見が難しく、自覚症状も乏しい。食べられなくなると、IVH(中心静脈栄養)と言う、高カロリー輸液の24時間点滴を勧められる。私は拒否をした。職場で、同 [続きを読む]
  • 姉妹・2
  • 「きょうだい分け隔てなく」という言葉の本当の意味は、「親にとって」でなく、「子供にとって」という視点にたててこそではないかと思う。「仲のいいきょうだい」と「仲の悪いきょうだいは何が違うのか。それは、私の子育ての中のテーマのようだった。何人きょうだいであろうと、子供それぞれの心に「私は親に愛されている」という実感があるか否か、それが大切なのではないか。心が満たされていれば、妬み嫉みは生まれない。それ [続きを読む]
  • 姉妹・1
  • 私が、いつから妹のことを疎ましく思うようになったか、振り返って見ると。たぶん、小学校3、4年生の頃にはそういう存在になっていたように思う。子供を授かることがなければ、「姉妹仲」について考えることなどなかった。「反面教師」という言葉がある。「ああはなりたくない」という思い。理想や、思い描く自分の姿に近づくためには、大切な思いかもしれない。でも、「人は経験していないことはできない」と思う。虐待の連鎖が [続きを読む]
  • 「誉める」ということ
  • 先日、スーパーのレジで並んでいるときのこと。後ろに、赤ちゃんと幼稚園児くらいの女の子を連れたお母さんが並んだ。「○○ちゃん、寒いから帽子かぶろうか。」「かわいいねえ。やっぱり、○○ちゃんは帽子がよく似合うわ〜。」「そのお菓子、この台の上に置いてくれる?そうそう、上手、上手。うまいわ〜。」「ほんとに、上手に置けたよね〜。えらいわ〜。」「これも、こっちに置いてくれる?そうそう。上手に置けたね〜。」優し [続きを読む]
  • 同じ感情
  • 子供の頃から、本が好きだった。小学生の頃、夏になると、本屋さんには戦争関連の本が平積みにされていて、特にヒロシマ、原爆について書かれた本をよく読んだ。でも、大人になるにつれ、戦争関連の本は読めなくなってしまった。ジャンルを問わず、ドキュメンタリーを見ていたけれど、戦争特に原爆、犯罪被害者やその遺族の方にスポットをあてたものも見ることができなくなった。心が重くなる。苦しくなる。目にするのもしんどくて [続きを読む]
  • 変化
  • 気がつけば、半年近く続いたブログ。飽きっぽい私が、よく続いたと思う。書きながら感情に流されている文を読むと、顔から火が出そう・・・恥ずかしすぎる・・・途中でストップしているカテゴリは、果てしなく「辛かった私」に流れそうになったので「いったん落ち着け、私。」ということで中断中。改めて、落ち着いて、修正しつつ続きを書きたいなと思う。それとは別に、読み返すと、心情が変化していることも感じる。このブログは [続きを読む]
  • 心が求めたもの
  • 偏見、差別について思うことを書いたので、そんなことを思うにいたった自分を、振り返ってちょっと書いてみる。父が亡くなった時、式に参列してくださった方は、みな「いい人だった」と言ってくれた。いい人だったと思う。でも、親としては未熟だった。過保護で、自分が困らないための関わり方しかできない人だった。「甘え」と「甘やかし」」を完全に履き違えていた。「過保護」の「過」は過ぎるということ。過ぎたぶんは、いつか [続きを読む]
  • 偏見、差別を助長するもの・3
  • 「アスペ」という言葉が、本来の意味から離れてしまって、単なる差別語、蔑称となってしまっている空気。「侮辱語です」とはっきりと書いている人もいた。息子たちが、そこから伝わるニュアンスだけで、単に「関わりたくない。」「わざわざ言うことちゃう。」という感覚だけですませてしまってるのだとしたら。なんだかなー…息子の言うことも理解できなくはない。その結論でもかまわない。私だって、相手によっては、わざわざ友人 [続きを読む]
  • 偏見、差別を助長するもの・2
  • アスペルガーについて息子たちに尋ねたとき。長男だけは「わからん」と言った。聞いたこともないっていうこと?「名前くらい知ってる。」「俺、アスペルガーのこと、よう知らんねん。アスペルガーってどういうことを言うの?」いや、私も勉強中。ちょっと、手前味噌でお恥ずかしいんだけど。息子たちは、人の悪口は言わない。軽はずみなことも言わない。特に長男は、そのへんの感覚がとても公平とでもいうか、ナチュラルに「知らな [続きを読む]
  • 偏見・差別を助長するもの・1
  • 私が「アスペルガー」という言葉を知ったのは、40代半ばのころ。これは、同僚の不可解な言動がどうにも理解できず、ネットで調べたというのがきっかけだった。そして、母親が「おそらくアスペルガー」と指摘されたのは、昨年。特に、母親の指摘を受けて以降は、アスペルガーを知ることが「母親=私を苦しめてきた相手」を知ることにもつながってきた。少しずつだけれど、本を読んだり、当事者もしくはそのご家族のブログや、私の [続きを読む]
  • 親のまなざし・2
  • ちなみに、うちの次男坊は特に、好きなものがわかりやすい子供だった。「これが好き」となると、そればかり。それに満足するまで関わってから、次にいく。長男8歳、次男6歳、三男2歳のころ。近場に一泊で旅行に行った。それなりに楽しんで、翌日は遊覧船に乗って帰る予定だった。でも、翌朝、次男は「泥団子作る」と言い出した。その頃、隣の家の男の子と、毎日のように泥団子をこねていた。とにかく、早く帰って泥団子、泥団子 [続きを読む]
  • 親のまなざし・1
  • 子供にとって、親のまなざし、というのはとても大事だと思う。ありのままの子供の姿を、ただ「見ている」というまなざし。この子は、ブロック遊びが好きなんだなあ、とか。金魚を見ているのが好きなんだなあ、とか。そのまなざしの中で、子供は心のままに、のびのびと「これが好き」という自分の気持ちを大切にすることができる。「集中力」というのは「好きなこと」をする中で育まれるもの。「お気に入り」っていう言葉があるけれ [続きを読む]
  • 他者のまなざし
  • 私は、中学卒業まで学校の成績はよかった。通知簿は、変わらぬ評価がいつも並んでいた。先生が書いてくれる評価の欄も、いつも同じような言葉が並んでいた。小学校から中学を卒業するまで、ほぼ同じ。「まじめ」「いい子」「正義感が強い」そう書かれても、私には違和感しかなかった。判を押したように、9年間書かれ続けた同じ言葉。的外れなことを書かれているとは思わなかったけど、自分のことのようで、自分のことを書かれてい [続きを読む]
  • 親がアスペルガーであることを知る重要性・3
  • ちょっと唐突だけれど。周期的に、「欠陥住宅」「手抜き工事」のニュースを目にする。記憶の新しいところでは、杭の長さが足りずにマンションが傾く、ということがあった。以前、よく目にしたのが、床を転がるビー玉の映像。そういう住宅に住んでいると、頭が痛くなったり、気分が悪くなったりするということで。建築士さんがコメントをしていた。頭では、まっすぐなところに立っていると思っているのに、体は傾きを感じているから [続きを読む]