森の空想ブログ さん プロフィール

  •  
森の空想ブログさん: 森の空想ブログ
ハンドル名森の空想ブログ さん
ブログタイトル森の空想ブログ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kuusounomori
サイト紹介文森の空想ミュージアムと九州民俗仮面美術館のお知らせブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供222回 / 365日(平均4.3回/週) - 参加 2015/05/17 08:06

森の空想ブログ さんのブログ記事

  • 古伊万里瑠璃のそば猪口と<キランソウ>[花酒と旅の空<17>]
  • 古伊万里「瑠璃」の器は、時折見かける。初期伊万里の瓶子を私は長年愛蔵していたことがある。食器類は幕末から明治へかけて製造されたものが多く、瑠璃の器肌の上に金で絵付けがしてある。当時としてはゴージャスなデザインとしてもてはやされたものだろう。このそば猪口は、外側が瑠璃だけのきわめて単純な意匠のものである。これがよろしい。内側は白磁で、縁にひとすじ、更紗文様が染め付けられている。その頃合が、絶妙である [続きを読む]
  • 山の珍味「蜂の子そうめん」 [森へ行く道<35>]
  • 蜂の巣採りにはいくつかの余禄があった。退治した蜂の巣は成長途上のやや小ぶりのものだったが、蜂の子はたっぷりと入っていた。食べすぎに注意しながら調理。大部分は佃煮風に煮込んで保存。来客にさりげなく喰わせるのだ。「蜂の子そうめん」を作ってみた。これは宮崎県諸塚村で出会った衝撃の食べ方。わかりやすくいえば、冷やしそうめんに夏野菜や細く刻んだ卵焼きなどともに蜂の子が散らされているもの、冬ならばにゅうめんの [続きを読む]
  • 誕生日は蜂の巣採り[森へ行く道<34>]
  • 昨日、道の草切りをしていて、赤蜂(キイロスズメバチ)に刺された。右胸部と右肩甲骨のやや下側の合計四箇所。黒い鉄砲玉のようなものが、目をめがけて飛んできたから、とっさに避けたら、胸にそいつが突き刺さった。――蜂だっ!!と理解したので、瞬時に身体を捻って、たぶん、このときは100メートルを9秒台で走るほどの速度で、逃げた。その背後から、ウワン、と羽音が聞こえて、二三発、背中をやられた。こいつは痛い。すぐに水 [続きを読む]
  • 合歓の花の散る谷で[花酒と旅の空<14>]
  • 里では合歓の花はすでに散っていたが、峠越えの山道の脇には、まだちらほらと咲き残った淡いピンクの花が見られた。谷に下りると、そのかすかな花びらのひとひらが散り落ちてきて、ふわりと水の面に浮き、それから沢の流れに従って漂い流れていった。そのはかない花の残像が残る水際に、微小の水紋が描かれ、すぐに消えた。花の一片を、ヤマメが追ってきて、――あ、これは食いものではないな。あの南の国から渡ってくる、小さな鳥 [続きを読む]
  • 台風が去って、朝顔が一輪 [森へ行く道<33>]
  • 台風5号は北陸を通過して日本海で温帯低気圧になった。各地とも大きな被害はなく、関東地方の水源が潤ったという一面もあったらしい。今回の台風関連の記事では、いろいろとお騒がせしました。今日は、朝顔が咲いている。暴風雨を耐えたあとの爽やかな一輪である。明日は、山越えで「博多の海」へ行く。年に二、三度、調子が狂う老母の介護旅行だ。今朝は、1時間ほどかけて布巾をたたんだり、開いたり、また、畳んだりしていた。そ [続きを読む]
  • 台風が東寄りの進路を取り始めた [森へ行く道<31>]
  • 九州に住んでいると、毎年、いくつかの台風はやってきて、そのたびに被害が出るので、それなりの覚悟や対応はできている。が、いざ台風が来てしまうと、それは人知を越えた膨大なエネルギーの塊なので、皆、家にこもって通過するのをのをじっと待つほかはない。慣れている、といえば九州の人間は慣れているのである。しかしながら、今回の台風は、その進路が気にかかり、何度もニュースを見たり、インターネット検索をしたりして、 [続きを読む]
  • 台風5号接近、九州直撃の模様 [森へ行く道<30>]
  • 迷走を続けた台風5号は、最初、本州のはるか東南方で発生し、一ところをぐるぐると渦巻き状に回り続けるという特異な運動を続けた後、西へと方向を変え、四国の南方で南へ向かうという驚くべき進路変更をした。そのあと、ようやく通常のコースに戻った時には大型の台風に育っており、「九州直撃」のコースをたどる模様である。この台風の進路上に、南阿蘇があり、ひと月前の九州北部豪雨で甚大な被害が出た、福岡県朝倉地区、東峰 [続きを読む]
  • 旅の料理人・林田君の旅 宮崎→日田・小鹿田→南阿蘇へ
  • 三週間ほど「九州民俗仮面美術館」に滞在した林田君は、館の周辺の草刈り、草木の手入れ、「友愛の森・里山再生プロジェクト」などを手伝ってくれた後、私の車に同乗して、大分・日田「小鹿田焼ミュージアム溪聲館」に行った。今回の北部九州豪雨災害の模様を逐一テレビで見て、私の仲間たちも被災しているようだということを知り、心を痛めていたのである。何でも出来ることががあれば手伝いたい、という申し出によるものである。 [続きを読む]
  • 小野谷、小鹿田の里へ 渓声館は無事だった
  • 災害発生以来、初めて小野谷に入った。取り付け道路が完成し、一般車両の通行が可能になったという報があり、仲間たちも集まってくれることになったからだ。大規模な山崩れの現場は想像を絶する規模だった。同級生や友人・知人の多く住む地域。川辺には水車小屋があり、そのすぐ下の淵でウナギ釣りをしたものだ。高校時代三年間、夜間の電報配達のアルバイトで通った小道もある。特産のナシの袋掛けのアルバイトもした。それらの大 [続きを読む]
  • 小鹿田焼復興事業支援金 の募集が始まりました。
  • 下記は小鹿田焼復興事業 【小鹿田焼協同組合公式ページ】 からの転載です。1,支援金募集の趣旨平成29年7月5日に発生した北部九州豪雨により、国指定重要無形文化財「小鹿田焼」は、その原材料となる土を粉砕する唐臼(からうす)の損壊、水路の破損、登り窯の周辺部や原土を採取する山の崩落など、大きな被害を受けました。小鹿田焼は、宝永2年(1705)の開窯以来、明治時代末期まで甕・鉢・壺などの農家の日常雑器を製造し、昭 [続きを読む]
  • 渓谷を遡行する 心身が再生される一日
  • 東京から帰ってすぐに、東京の「不快な夏」のことを書いた。「不健康な夏」と言い換えてもいいだろう。だが、私は東京という街を憎んでいるわけではない。そこには大切な友人や仲間たちが暮らしており、私の絵を評価してくれる最高の「見者<けんじゃ>」たる鑑賞者がいる。古今東西の優品を収蔵した美術館があり、各種の美術展が日常的に開催されており、古書街がある。今度滞在した人形町のホテルの界隈には大正時代から続く喫茶 [続きを読む]
  • 東京の夏・宮崎の夏
  • 東京・京橋、アートスペース繭での企画展を終えて、宮崎へと帰って来た。宮崎の暑さは激烈だが、東京の夏の暑さとは質が違って、むしろ心地よい。灼熱の暑熱が、身体中の余分な成分を、汗とともに蒸発させてくれるようだ。今回の企画展でも、私は会期中の9日間、画廊にいて来客の相手をしたから、ぶっ通しで椅子に座り続けてクーラーの風に当り続けたわけである。それで、一週間目頃から、左後頭部に軽いしびれを感じるようになっ [続きを読む]